Ⅰ―Ⅲ.「木下 満ッス!」
「そこまで驚く事も無いだろう? 重さを操るんだから、こんな事はできて当然だ」
だが、頭では理解できていても実際、目にすると、また別物だった。
人間一人が何十倍……いや、何百倍もの重さのビルを片手で持ち上げているんだ。驚かない方がおかしい。
重さを操る? ちょっと待てよ。重くもできるし軽くもできるんだろ? ……なら今の状況って絶体絶命なんじゃ……!?
気付いた頃には時既に遅し。大きなビルを真上に投げて男は俺の視界から消えた。
どうする! やばいやばいやばいやばいやばい! 死ぬ! どうすれば……どうすれば!
ビルは俺に向けて隕石並みの速度で急降下した。
ドオン!
◇
死んだ……いや、普通死ぬだろ。ビルがその身に落ちてくるんだ。多分、あの男の事だ。重さを何十倍にしていたに違いない。
だが、俺は――
「大丈夫ッスか?」
ん? 女の子の声? 天使? それにしては変な喋り方だ……
ゆっくりと目を開ける。
俺のすぐ目の前にいるセーラー服姿の女の子。周りを見回す。このくさい臭いは……
「まだ……俺は生きてんのか?」
「何言ってんスか。ちゃんと生きてるッスよ?」
ふぅ……どうやら目の前の変な喋り方の女の子に助けられたらしい。
人は俺とあの眼鏡男だけなのかと思っていたがこの子もいたのか。
それにしてもどうやってあの危機的状況から俺を助けたんだ?
俺よりも一回り小さい女の子は此方に振り向き、手を差し伸べてくれる。なんとも頼もしい女の子だ。
「もう大丈夫ッスよ。私も“反対派”ですから、お兄さんの味方ッス!」
反対派と言う言葉に気がかりを覚えたが、味方なら何でもいい。そして、あの危機的状況を打開した女の子だ。力量は俺以上に違いない。
この女の子にこの状況を任せたい所だが、俺の男としてのプライドがそれを許しはしない。
「救ってくれてありがとう。もう大丈夫だ。君は逃げてくれて――」
「君じゃないッス! 木下満ッス!」
俺の言葉を遮って名前を言ったセーラー服の女の子。ここは礼儀正しく俺も名乗っとかないとな。
「倉沢剛だ」
ニコッと無邪気に微笑む満。
「じゃ、あいつは私に任せるッスよ! 剛お兄さんは栗林さんをお願いッス!」
「いや、駄目だ! 俺のやりたいことに君を巻き込むわけに……は……」
栗林って言った? しかも、栗林が死ぬって事を知っているような口振……どう言う事だ?
「剛お兄さんだけが“企み”を阻止したいんじゃないんスよ? 私も栗林さんを死なせたくは無いんスから」
企みだと? 突っ込みたいのは山々だが現状が現状。
「だけど、あの眼鏡野郎は強い」
「私も強いッ――」
すると、俺たちの頭上に一つの影ができる。
見上げると、そこにはそのスーツ姿の黒縁眼鏡を掛けた男が見下ろしていた。
「“砂の満”……お前まで」
「“重の俊作”さんッスね。“未来”ではいっぱいやらかしたようッスね」
今、満は重大な言葉を呟かなかったか? 未来ではいっぱいやらかした? まさか、未来から来たって言うんじゃないだろうな?
左足に体重を掛けないまま立ち上がり、横目一回り小さな満を見る。すると、俺の視線に築いたようでl此方を向いてニコッと微笑んだ。
「じゃ、剛お兄さんはご退場願うッスよ? 栗林さんをちゃんと救ってくださいッス!」
ポンと満に右手を叩かれた、その瞬間――
◆
「へ?」
おいおいこれはどう言う事だ?
車が通っている。人も通っている。先の戦いで壊れたビルや崩れた地面は直っている。
「やっぱ夢だったのか?」
気を抜いて左足に体重を掛けた時、激痛が走った。そして、制服は汚れたり、破れたりしていて俺の体は切傷だらけ。
おいおい……やっぱ夢じゃなかったのかよ……
頭を抱えそうになるがそれはしない。まだ、片付いていない事があるからだ。
栗林を助けないと!
すかさず、携帯電話で時間を確認。六時十八分。やばっ! 後二分しかないじゃないか!?
左足を引き摺り、壁を使いながら歩く。
「くそーどこに行ったんだ」
肝心な栗林が見つからない。
すると、少し遠くに誰かと話している、俺の通っている高校のセーラー服を来た人が見えた。そう、それは正しく――
「――栗林!」
壁を使いながら今の全速力でそこまで向かう。
生きてる……大丈夫だ! まだ生きてる!
希望の光が見えたその時だった。
話している誰かに向かって手を振ると、信号が青の横断歩道を渡ろうと歩みを進めた。
おい……まさか!?
キキー
そんなタイヤとアスファルトの擦れる音が聞こえた。そして――
「きゃああぁぁぁぁあああ!!!」
突然、赤にも関わらず、一台の車が栗林目掛けて突っ込んだ。
こんな時に使えなくて何が“のうりょく”だ!
「いけぇぇええええ!!」
片手を地面に叩きつけて叫ぶ。自分でも恥ずかしい事をしたと思ったが、今はそんなこと考える余裕もなかった。
電撃はやはり遅い。
「間に合わない!」
終わったと思ったその時だった。電撃が先とは比べ物にならないほどの速さにまで加速した。
ドン!
思わず手で目を塞ぐ。どうなった? 助かったのか?
手を退けて確認しようとするが、煙で見えない。
どうなった? 助かったのか?
壁を使い、左足を引き摺りながら栗林の許へと向かう。
煙が晴れてきて俺の視界が捉えたものは栗林の前に佇むアスファルトの積みあがった壁。
栗林はしりもちをついてそれを眺めている。
やった……やったんだ! 栗林は生きてる!
安心したせいで力が抜け、その場に座り込む。
疲れた……早く家に帰って休みたい。
「……やはり、あの男がこの時間に来ているの?」
後ろから女の声が聞こえた。聞き覚えのあるその声は正しく――
「何でここに?」
――幽霊女の声だった。
◆
「私が映像を頭に流したり、栗林さんが死ぬって言っといて此処に来ない理由なんて無いでしょ?」
此処に来るなら、自分で助ければよかったじゃないか!
「私は無理よ。私じゃ彼女に触れられないもの」
触れられない? そう言えば、俺がこいつに触れたときも変な事言ってたな……それにこいつなら“のうりょく”とか“のうりょくしゃ”について何か知ってるかもしれないな。
俺がそれについて問おうとした時、栗林を見ていたその視線が俺へと向けられた。
「大丈夫。あなたが質問したい事は分かってるわ。けど、また明日ね。今日はもう帰りなさい」
ニコリと笑う幽霊女。幽霊女か……名前、まだ聞いてなかったな。
「あなたじゃない。倉沢剛です」
「倉沢剛君。私は……桑原利恵よ」
俺はその場から退却する。
今日は帰ろう。もう疲れた。問いただすのは明日でいい。
そんな事を心中で呟きながら、帰路を行く。勿論、壁伝いに左足を引き摺りながらだ。
いろいろと考えるのは明日からだ。そして、ちょうど良く明日は学校も休みだし。
家の前に着いて、深呼吸をする。心の準備が必要だからだ。制服の汚れや破けている所。体中の切傷。そして、骨に異常のある左足。
怒られる事がわんさかある。
ドアを開けて玄関に入って「たたいま」と声を出す。
リビングまで行くと、やはり母親が声を上げた。
「!? あんた何してきたの!」
この後、俺はこっ酷く叱られる事となった。
◇
俺は杖を片手に外に出る。
松葉杖が欲しい所だが生憎、家には無い。そして、今から、病院へと行かなければならないのだった。
昨日のことについての言い訳は「喧嘩した」と言う風に済ませたのだが、それでは少し筋が通らなかったらしい。怒った母は「自分で病院へ行け!」と起こって外に出した。
と言う事で俺は今、病院へと向かっていた。
体中に包帯やら絆創膏やらを巻かれたり貼られたりされたせいでなんだかもどかしい。
「病院に行く所?」
後ろから声が聞こえて振り向くと、そこには相変わらず綺麗な幽霊女こと桑原利恵の姿があった。
「あんたの正体についてもちゃんと教えてくれるんだろうな?」
そう質問するが、笑顔で誤魔化された。
「私もついて行ってあげる。話はその後でね」
俺は舌打ちを漏らしながら、病院へと向かう。ついてくる女が少し不気味だった。
自転車や車ではそうでもない距離なのだが、歩くとやはり時間が掛かる。それに左足も使えないとなるといつもより半分くらい遅くなるのではないだろうか。
やっとの思いで病院へ着く。だが、その後の待ち時間も半端ではない長さだった。
そして、俺の横に平然と座る桑原。なんだか変な気分になった。
◆
診察の結果折れてはいなかったが、皹が入っているらしい。
全治二ヶ月。完全に治るまでは激しい運動などをしないことと忠告を受けた。
「折れていなかっただけでも上等じゃないの」
なんて桑原が軽く言う。
病院から貸してもらった松葉杖を早速使いながら立つ。
「で、どこで話すんだ?」
「どこかのファミレスにでもしましょうか」
そういうことで近くのファミレスへといくことになった。
松葉杖をついての歩行は初めてで少し戸惑ったが、すぐに慣れた。
ファミレスへ着き、対峙するように席に座る。
「話せよ。色々とな」
こちとら意味の分からない事が山ほどあんだ。早く解消させてくれ。
「まず何から知りたい?」
うーん……何から知りたいのか。やっぱり――
「“のうりょく”って何なんだ?」
「……難しい質問ね。能力。それは簡単に言えば、魔法みたいなもの」
魔法みたいなもの……何かアバウトだな。
「能力が誰に何で与えられたのかは分からない。けど、何かの目的があって与えられた物であるのは確か。そして、能力はもう一つの世界でしか使用できない」
パラレルワールド!? あの黒縁眼鏡野郎と戦った人が消えた世界のことか? いや、それよりも何かが引っ掛かる……何か――
その引っ掛かりの正体が分かり、すぐに口に出した。
「パラレルワールドでしか使えないって言うのうりょくが! 何であの時俺は使えたんだ!?」
「それには訳があるのよ。けど、それはちょっと置いといて、能力についての話を先にするわ。能力は大きく分けて三つの部類分けることができるの。一つ目の部類は物体に直接影響するもの。物体の重さを変えたり、形を変えたり、増殖させたりできる能力」
なら、俺は一つ目の部類に入るわけだな。あと黒縁眼鏡の野郎も一つ目の部類だ。
「二つ目の部類は物体をある一定の物体に変えるもの。鉄に変えたり、鎖に変えたり、ガラスに変えたりする能力。しかし、一定の物にしか変えることはできないわ。三つ目の部類は自然のものを出す、物体を自然の物に変える部類。電撃。水。火。木。雲。砂。それを手から無限に出す事が可能で、物体も必要はないわ」
じゃあ、三つ目の部類が一番強いわけだな。できれば、その三つ目の部類が良かった。
「そして、その能力の使用可能な世界。もう一つの世界には能力を持っている者、能力者しかいけないの。しかし、もう一つの世界へ行くのには鍵が必要だわ」
ふーん、鍵ねぇ……
すると、桑原は自分の持っていたバッグの中をごそごそと何か探し始める。「あった」と言ってそれを取り出し、机の上に置く。
「これって……」
「鍵よ」
そう言って置かれた物は鍵の形をしていない。何かのチップのような小さい四角の形をした物だった。
何かの冗談なのか? 何? 今の時代はこんなハイテクな鍵まであるのか!?
そんな俺の動揺している様子を見て桑原はけらけらと笑う。
「あー……おかし~、お腹痛い」
「ちゃんと説明しろ!」
まだ、笑いが治まらないのか、顔を俯かせながら机をバンバン叩く桑原。どんだけ面白いんだよ。
暫くしてから笑が退いたのか話し始める。
「……それね、今の時代には無いようなものなのよ。試しに手に取ってみたら?」
何かを企んでいる笑みだな。けど、そう言われるとやらざる終えなくなるのが人間の好奇心と言うものだ。
その小さな四角い形をしたチップのような物を親指と人差し指で掴む。その瞬間――
「わ!?」
驚きのあまり、大きな声を発してしまい周囲からの視線を一身に受ける。
今、何が起こったのか簡単に説明しよう。親指と人差し指で掴んだそのチップのような物。それを細かい所まで見ようと目の近くまで持って行ったその時だった。
そのチップのような物が俺の指に吸い込まれて消え去った。
え? どこいった? 吸い込まれなかったか?
どんどん浮かんでくる疑問を桑原へとぶつける。
「どう言う事だよ!?」
しかし、これ以上周囲の注目は浴びたくないので小声でだ。
「鍵は倉沢君の中へと吸い込まれた。それにより、あなたが思うだけで鍵を使ってもう一つの世界へ行く事ができるわ」
んな事……
「信じられるわけねぇだろ!?」