Ⅱ―Ⅴ.「――俺はチキンじゃねえ! 人間だ!」
「私、体力が全然なくてねぇ。十メートル歩いただけで息が持たないのよ」
どんだけ体力が無いんだよ……登校するだけで精一杯じゃねぇか!?
つっこみ要素満載な呟きだが、今の状況下でつっこみを入れられるほど、俺の勇気はでかくはない。
「だから、空気ぐらいしか振動させる事ができないのよねぇ……」
笑みを浮かべる女。
クソ、超音波を出して、耳から脳に刺激をしてたのか。けど、脳の信号を乗っ取れるのか? 超音波で?
そこらへんは詳しくないのでよく分からんが、今、現に満が操られているからな……認めざるをえないのか?
そう思案しているうちにどんどん体は地面に埋まっていく。
くそ……切り抜けられない……
しかし、その瞬間、俺の体は砂の中から、宙に弾き飛ばされた。
いてっ! 目に砂が入った!
地中からの突風? みたいなのにより、俺は砂から脱出できたらしい。代わりに砂がたくさん舞い上がって、目に入り、目が痛い。
人間、重力に逆らえるわけ無いので、そのまま、俺は地面に叩きつけられる。そこまでの高さではなかったので、怪我はしなかった。
くっそー……助かったけど、目が痛いし、誰の能力だよ!?
涙目になりながら、周りを見回す。
こんな能力使う奴はこの中では一人しかいない。
たぶん、坂江の能力。
風が能力なのか?
そう疑問に思って坂江の方を見るが、反応はしない。
「何をこっちを見ているのかね? 早く構えろ! 満はまだ、操られたままだぞ!」
怒鳴り声を上げる坂江は何か焦っているように見えた。
満があんな状態だから、焦っているのか。それとも、ほかの事で焦っているのか。
今はそんな事はどうでもいいな。満の能力は砂。俺の能力じゃあ、やっぱり歯が立たない。なら、どうやって満を助けるかを考えなければならない。
俺は右側に立っている制服を着た女を睨みつけた。
こいつが操ってるって言うんなら、こいつを片付けりゃあ終わりだ!
足に力を入れて、右手を下に翳し、念じる。瞬間、電撃が俺の足に向かって走り、俺の足は地面を勢い良く蹴った。
地面のコンクリートが盛り上がるほどの力で蹴り上げて、その女の方へと疾走する俺。だが、力の加減がまだ、よく分からない俺はあっさりとその女に避けられてしまい、そのまま止まるまで直進してしまった。
「猪みたいね」
女にそう言われて、少しカチンときた。
「倉沢。君にはその女を任せる。そして、僕と新川で満を抑える。あと、言っておくが――――満を操っているのはその女ではない」
独りでに指示を出した坂江が口にした事に驚きはしたが、納得もした。
脳波は振動じゃない。たぶん電気だろ? という事は、だ。満を操っているのは目の前の女ではなく、どこかに潜んでる電撃野郎って事になる。
「フッ……隠れてないで出てきてはどうかね? 電撃の“鏡”に刃物の能力者」
偉そうなお前の言う事なんて聞く奴がどこにいるんだ。
と思っていたのだが、そいつだけは校舎の中から出てきた。
「ボスはいないよ~」
こんな風に語尾をキモく伸ばす奴は俺は一人しか知らない。そいつは正しく、刃物野郎だった。
「今度は逃げないで欲しいね~臆病者」
フン! 俺の事なんかなんとでも呼ぶがいいさ。実際、逃げたのは本当なんだからな。だが――
「――俺はチキンじゃねえ! 人間だ!」
お前の目は節穴か! と言う目で刃物野郎を見ていたのだが、周りからの冷たい視線が俺を襲う。
「君は本当に莫迦なんだね~」
えっ? 何? 俺、何か間違ったこと言ったの!?
焦って刃物野郎の発言を思い出す。
チキン……? ……ああ。臆病者のこと?
「なるほど……」
と感心した隙に刃物野郎は俺へとその手を翳した。
「その莫迦さが――君の命を奪う事になるんだよ~」
瞬間、地面のコンクリートがナイフのように何本も鋭くなり、俺を襲った。
俺はこれの対処法など何も考えていなかったので刺されるのを覚悟していたのだが、その刃は俺を貫く前にぼろぼろと崩れた。
……!? 何が……起こった?
「君の相手はこの僕だ。来い」
「君が僕の相手~? めんどくさいね~」
対峙する坂江と刃物野郎。
俺が対峙すべき人物はというと、
「何か不満そうな顔してるねぇ」
あらゆるものを振動させる能力の女だった。
だが、俺はこの女とどうやって戦えばいいのだろうか? 猪突猛進では避けられるし、物体もその能力で粉々にできる。人もできるのか? だが、体力無いとか言ってたよなぁ?
必死に頭を回転させる内に段々と頭が痛くなってくる。
はぁー……
と、体中から二酸化炭素を排出させた瞬間に俺の頭の上の電球が光った。
俺はにやりと口元を歪ませる。
「何、ニヤついてんのよ……気持ち悪い」
フン! そんなこたぁ言われ慣れてんだよ!
と、威張れる事でもない事を威張りながら、俺は女に向けて、手を翳した。そして、念じる。
その瞬間に女の周りから、地面が伸び、女を包み込んで閉じ込めた。だが、女の能力から考えると、閉じ込めたところで意味は無い。
俺はそれを破壊することを前提にして、壁に包まれた女の方へと全速力で走った。
「こんなもの、私の能力に掛かれば!」
壁の向こうから女の声が聞こえた瞬間に女を包み込んでいた壁が粉々に砕け散った。
そう。俺が女の目の前にまで来ているのにも気づかずに。
「歯ぁ、食いしばれよ――」
俺は大きく右腕を振りかぶって、女の顔面目掛けてその拳を振るった。
「――クソ野郎!!」
俺は自分の拳の力を能力で底上げはしていなかった。俺の腕力だけで十分だと思ったからだ。
そんな俺の予想は的中し、女は地面で伸びている。
「ふ~ん。女性を殴るなんて酷いね~」
何とでも言いやがれ!
「坂江……お前は電撃野郎のとこに行けよ。俺が刃物野郎の相手してやる!」
「君が僕の~? 弱いからすぐに片付いちゃうよ~」
刃物野郎のムカつく発言に反応してしまいそうになったが、あながち間違ったことは言ってない。俺の能力は多分、刃物野郎よりもめちゃくちゃ、弱い。
それでも、誰かがこいつと戦り合って、電撃野郎を捕獲しないといけないんだ。電撃の能力なんて言う化物じみた能力は俺では歯が立たない。
どんだけ考えても、坂江を電撃と対峙させるのが得策だ。
「早く行けよ! 坂江!」
俺の怒鳴り声にチッと舌打ちした坂江はそのまま、学校の校舎の中へと消えていった。
「さあて……雪辱戦だぜ? 刃物野郎……」
「刃物野郎じゃないよ~。才崎友也だよ~」
自分の名を名乗った才崎は地面から一本の日本刀くらいの長さの刃を生やして、片手に握った。
「俺は倉沢剛だ」
俺は両手を握り締めて、才崎に向けて構えた。
奴は刃物……接近戦に持ち込まない限り、俺に勝ち目は無い。だが――
俺の記憶に残る刃物野郎にやられた時の光景が思い浮かぶ。
――その前に、恐怖を振り払えるかどうか……
俺は深呼吸をして、もう一度、才崎を見た。
もう、覚悟はできてる。
俺は左手を自分の足元へと向けて、念じた。そして、足に力を入れた瞬間、俺はギネスを疾うに超えているのではないかと思うくらいの速さで、才崎との間合いを詰めた。そして、無防備なその顔面に拳を振るおうとした瞬間、俺の身を何本もの刃が地面から生えて、傷つけた。
振るおうとした拳を痛みのあまり、寸前で止めた俺に才崎の片手に持った刀のような刃が襲う。
胸から腹あたりまでを浅く斬られた。
浅くなったのは痛みのあまり、後ろに倒れそうになったおかげだった。
そのまま、尻餅を着いた俺に才崎は嘲笑うような目を向けた。
「君のその能力の使い方はもう見てたよ~猪突猛進~横には動けないのが難点過ぎるよねぇ~やっぱり、君の能力は弱すぎるよ~」
俺の首へとその刀のようにしたコンクリートを向ける。
俺はその刀を握って、握ったところを粉々に砕いた。だが、そんな事をしたところで、今の状況を打開はできなかった。
俺の能力……弱すぎるんだよ……
諦めかけたその瞬間――――刃物が砂の塊によって防がれた。
その能力は正しく、満のものだった。
そう言えば、満はどうなってたんだ?
満の状態をすっかり忘れていた俺はすぐさま、満の方を見た。
「満! 大丈夫なのか!」
「もう大丈夫みたいッス!」
此方へと笑顔で手を振る満の横では桑原の表情が苦しそうだった。
満にずっと何かしてたのか? って俺は人の心配をしてる場合かよっ!
地面に仰向けに寝転んだ俺にもやは気力と言うものはなくなりつつあった。
胸から腹までの斬傷からは大量の血が制服へと染み込んでいっている。
ああ……俺はここで死ぬのか……? 痛い……やっぱり、弱すぎるだろ……俺の能力……
人生を振り返る暇も無いくらいにこっくりと死んでしまいそうなそんな状況下の中、俺の目に映るのは砂。
満……はは……
今の自分の状況が妙に笑えてきた。
女の子が戦ってる中で俺は何、地面に寝そべってんだよ……変わってねえなぁ……まあ、そんなに簡単に人が変わっちまったら、苦労しないんだけどな……
俺はうつ伏せになって、自らの腕に力を入れる。そして、俺は――
――自らの傷にその手を当てた。
「増殖の能力だってんなら…………細胞くらい増殖させろぉおお!!!」
瞬間、目の前が光に包まれた。そして、次に光景を認識できるようになったときには俺の傷は全快していた。
「な……なんだよ~……それは~……」
驚愕の表情を浮かべる才崎とその横にいる満も同じ表情を浮かべている。
「俺はただ、“手当て”しただけだ」
首を傾げる二人に対して、俺は堂々としている。
俺の後ろにいる桑原も同じ感じだったのだろうか? 後ろに目がついているわけではないので確かめることはできなかった。
「君は莫迦じゃなくて天然なんだね~」
イラッとさせる笑みを浮かべる才崎に対して満はすぐさま、才崎と距離をとった。
「剛お兄さん……傷はもう大丈夫なんですか?」
「ああ。多分、塞がった」
咄嗟に試したことなので、俺も混乱していた。だが、傷は触ってみた感じ完全に塞がっている。細胞を増殖させることに成功したって事でいいんだよな?
疑問に思うが、今は才崎を倒すことだけを考えなければならない。俺の能力ではやはり、才崎を倒すことは無理なんじゃないだろうか? 俺の能力は弱い。だが、満の能力は強い。だったら、任せた方がいい。
だが、満に任せたとして、その後、俺はどうするんだ? 電撃野郎のとこに行って、坂江を援護するのか? ただの足手まといにしかならないんじゃないか?
巡る思考。その果てに俺は一つの回答へと行き着いた。
俺の能力は増殖させる能力。つまりは――誰かの能力を援護する能力じゃないか?
納得した。
俺の能力は誰かの能力を底上げする方に向いている。俺の能力が生きるにはこれしかねえ!
「満……俺がお前の能力を援護する。だから、才崎と普通に戦ってくれ」
「……は、はいッス!」
満が才崎へと右手を翳した瞬間に才崎の立っていた地面のアスファルトが砂と化した。
俺は自らの手にはめていたグローブを制服のポケットに無理やり押し込んでから、その砂へと手を翳す、瞬間、砂の量が倍増し、才崎の足を完全に封じた。
「それだけじゃあ~倒せないね~」
と呟いた瞬間にその砂がナイフのような鋭利なものへと変化し、満へと襲おうとした。しかし、そこに思いもよらぬ人物が満と鋭利な刃物と化した砂の間へと割り込んだ。
砂の刃物を防いだのはこれまた、今までどこにいたのやらと、疑問に思ってしまうほど存在を忘れていた新川だった。
その手には鉄の盾のようなものが握られている。そう言えば、新川の能力は鉄に変える能力か。
多分、新川が割ってこなくても満は刃物と化した砂を防げたんだろうが、何も言うまい。
「私も加勢」
と呟く新川に対して、
「おう! 頼む!」
「三人で、捕獲しましょう!」
と俺と満は応えた。
瞬間、新川は早速やってくれた。
才崎の足を奪っていた砂から鉄の柱を生やして、その鉄の柱は才崎を直撃。そのまま、気絶させてしまった。恐るべし、新川!
「てか、こんなに早く片付けられんなら、最初から加勢しろよ!」
「坂江と一緒に満担当。そう言われたから」
平然と答える新川は言葉を続ける。
「けど、桑原の結界で私の仕事は無くなった。だから、考えてた。加勢するかしないか」
桑原の結界で……? ああ。だから、桑原はあんなにへばってんのか。納得。
「それにしても、やっぱお前の能力強いじゃん……」
「あなたが本当に気付かないから」
そう言えば、前もそんなこと言ってたな……未だに意味がわからない。
「それより、早く行ったほうがいいかも。油断してやられたとは言っても、鏡は坂江より多分、強――――」
と、新川の言葉を遮るように轟音と共に眩しい光が目の前を包み込んだ。
「なっ!? なん……だ……?」