Ⅱ―Ⅳ.「遅刻だぁぁぁぁあああああ!!」
翌日。
俺は今、何をしているんだろうか……そうだ、寝ていたんだ。まだ、眠い。二度寝するか? いや、学校あるしなー……って今、何時だろ……?
俺はベッドの上にある時計へと手をのばして、そのデジタルを眺めた。
今の時刻は十時。
十時だ。
そう、十時……
俺は自らの顔を歪めて、叫んだ。
「遅刻だぁぁぁぁあああああ!!」
クソ野郎! 目覚まし時計が鳴った音なんて……聞いて……ない……
とベッドから降りて、頭が回転し始めた時に思い出す。
目覚まし時計はちゃんと鳴っていた。けど――寝ぼけた俺が止めた。
「くそぉぉおおお!」
それにしても、何で母さんは起こしてくれなかったんだ!
そう思いながら、制服一式と鞄を持って、階段を駆け下りた時、リビングの机の上にある紙が目に入った。
『仕事が入ったので朝ごはんはパンを焼きなさい』
命令形のその文を見て、それが俺の母親が残した物だと理解した。
「ガッデム!」
何故、英語で言ったのか、自分でも分からないが、そんな事を考えている場合ではない。
歯磨きと顔を洗う為に洗面所へと向かって、手早くそれを行い、制服へと着替え、鞄を持って、玄関へと走って向かう。
その途中、俺は廊下のつるつるさに足をとられて、廊下に頭を激突させた。
「いってぇー……」
頭を抑えながら、ごろごろと廊下で暴れる俺。
はぁ……もう、疲れたし、眠いよ……パ○ラッシュ……
「ってこんなことやってる場合かぁぁああ!」
自分の行った事に自分で突っ込みをいれ、涙目ながらも靴を履いて、玄関を出て、家の鍵を閉めた。
それからはご察しのとおりだ。
学校まで過呼吸になりそうになりながらも、全速力で向かった。
◇
高校に入ってから、無遅刻無欠席だった俺に初めて、遅刻と言う文字が刻まれたその日。俺は地獄というものを味わった。
まず、最初の地獄は朝の頭、激突。
次に学校に行く途中にもって行かなければならない教科書があったことを思い出して引き返す。
あれ? 鍵どこに入れたっけ?
探し回った結果。鞄の中に入っていた。
家に入って自分の部屋に行くと、その教科書が無い。そう言えば、昨日、忘れそうだからと持っていっておいた事を思い出す。
学校に着いた頃には俺の足は悲鳴をあげ、肺胞は破裂しそうであった。
先生に頭を下げながら、教室に入り、椅子に座って、一息。
休息は束の間、黒板に永遠と書かれる英語をノートに写す。
額に滲む汗を拭いながら、懸命に黒板に書かれた文字を写した。
最後には諦めて、落書きなどをした事は俺以外の誰も知るわけがない事実だ。
授業が終わって、友達Aが俺の傍に来る。
「何? 朝から下痢?」
「ただの寝坊だよ。なんで、下痢だよ……?」
「ああ。俺が皆と先生にそう言っといたから」
てめえは勝手に何やってんだよ……
心中でつっこみながら、窓の外を見た。
雨など降りそうもない晴天。
そんな晴天が今の俺にとっては少し、不気味に感じた。
「なーに、青空を仰いでんだよ。最後に見る青い空とでも言う気か?」
「言わねーよ」
いや、言ってたまるかよ。電撃に必ず、勝ってやる! それにしても……俺って体力ついたよなぁ……学校までの距離を全速力で休まず、走れるなんてなぁ……
自画自賛していると、友達Aは「もう、寝坊しないようにな」と言い残して去っていった。
ああ。もうあんな思いは一生に一度だけで十分だ。
俺はもう、寝坊しない事を心で神に誓いつつ、次の授業の始まるチャイムで誓いを終えた。
◇
土曜なので午前中で授業は終わる。いや、正確には終わりは午後一時過ぎだ。
放課後になり、俺は栗林に一言、断りを入れてから、教室を出た。
そして、廊下を歩く最中、後ろから新川がついてきているかを時々確認する。ちゃんと後をついてきていた。
俺の足は自然とそこへと向かっていた。
生徒会室だ。
こう度々、訪れると、ノックする時の緊張感がなくなってくる。
もういっその事ノックなんてしないでいいんじゃね? ってことで俺はノックをしないで、ずかずかと生徒会室に入った。
「ノックと言う礼儀を君は知らんのかね?」
「ああ。しらね」
適当な返事をした俺は後ろから新川も入ってくるのを確認して言う。
「桑原と満にはここの校門で待たせてんだ。早く行くぞ」
「君に言われなくとも、分かっている」
わざとらしく、眼鏡を人差し指でくいっとあげ、威厳のありそうな椅子から立ち上がった。
かっこつけんな。どうせお前の印象はボコボコにされてた時点で最悪だ。
俺と新川と坂江が生徒会室を出たとき、そこには保健室の古嶋先生の姿があった。
「頑張ってきなさい。応援してるわ」
にこりと笑みを浮かべた古嶋先生。
本当にその笑顔には救われる気がする。
「はい。絶対、捕獲してきますから」
傍から聞いた言葉なら、「猿でも捕まえに行くのか?」と疑問に思うだろう。
まあ、知らない奴らにはそれくらいが丁度いいってもんだ。
俺は古嶋先生に微笑んでから、靴箱へと向かった。
後の二人は普通に素通りしたようだった。
まあ、二人とも人見知りっつうか何つうか……そんな感じだから、それでも最大限の対応なのだろう。
靴へと履き替えて、外へ出て、校門へと向かうと、制服の中に二つの違う格好をした者が見えてくる。
流石に誰でも察する事ができる人物。
桑原と満だ。
「遅かったわねぇ……もう、お腹ぺこぺこ」
「餓死するッス!」
俺たちと同様にまだ、昼ご飯を食べていないらしい二人は一様に頬を膨らませた。
満は可愛いが、桑原は……
俺が少し、苦笑いを浮かべると、今度は桑原は眉間にしわを寄せる。
「なーにー? 倉沢君、私に言いたい事がありそうね?」
「いや、なんでもないです」
何故か口調が敬語になってしまった俺に桑原は微笑んで、
「まずはお昼ご飯を食べましょうか?」
と提案した。
反対する人などおらず、満場一致で賛成だと思ったが、その昼ご飯を食べる店を探すために歩いていると、坂江が俺だけに聞こえるくらいの小さな声で呟いた。
「とんだ茶番だな……」
どういう意味だ?
疑問に思ったはいいが、それをあえて口に出そうとは思わなかった。
茶番……? 今の俺たちが茶番だって事なのか……?
俺は坂江が呟いた言葉を考えながら、昼ご飯の為に近くのファーストフード店へと皆で入っていった。
楽しい食事の時間だった。
今から、駿河高校と言う名の戦場へと赴く空気ではなかった。
この事を坂江は言いたかったのか?
俺が坂江に目を向けると、睨みで返された。
そして、あの呟きからずっと、閉ざしていたその口を開いた。
「君達は、ちゃんと分かっているのかね?」
坂江の唐突な尋ねに対し、皆、一様に首を傾げた。
首を傾げなかったのは俺だけ。
「これから、“戦場”に赴くという事を」
俺以外の三人に緊張が走った。
皆、理解していなかったのだ。俺も、理解していなかった。
「遠足ではないのだよ。皆でわいわいなんて論外だ。鏡を倒せばそれで終わり。そんな考え方をしているのなら、君達は――――死ぬよ?」
現実を突きつけられた。
そうだ。こいつの言うとおり、簡単な相手じゃない。分かってはいるのに、気を抜いてた。くそ、前の日にちゃんと思ったじゃないか! 後は心の準備だけだ、って。
「フン! 分かったのなら、いい。食べ終わったら、すぐ行くぞ」
坂江の一言により、変な雰囲気になってしまった
俺らは、これから雪辱戦に出向く。
そう、切り替えることができた。
遊びじゃない。半端な覚悟じゃ死ぬ。そう、いつだって、俺は運が良かっただけなんだ。
◇
ムスっとしながら、俺は駿河高校へと向かう。
歩く事、三十分。
その校門前に辿り着いた。
なんとも変な面子だ。
川上高校の制服を着た三人と、可愛い私服の中学生に二十代前半の女性。
校門から出てくる駿河高校の生徒は此方へと不審な目を向けながら、去っていく。
言っておくが、俺はMじゃないので、そんな不審な視線を浴びせられるのはご免だ。
「で、どこにいんだよ。電撃野郎は」
俺が坂江に尋ねると同時に、坂江は眼鏡をくいっと上げた。
「奴はもう一つの世界に居座っていた。部下と一緒にな」
てぇことは刃物野郎もいるんだな。ちゃんと、借りは返さねぇとな。
「僕が開けるが、準備はいいか?」
俺はごくりと唾を飲み込んで、首を縦に振った。
他の三人も同様の行動をする。
そんな四人の目を見て、坂江は笑った。
「フッ……ちゃんと切り替えはできたようだな。行くぞ!」
似合わない大きな声を上げた瞬間に目の前の風景が崩れ始めた。
もう、この現象にも目が慣れてきた。そして、校門を出て行く人たちが消える事にも驚かなくなった。
人間、本当に慣れるっていうのは怖い。こんなもん、現実ではありえない事だっていうのにな。
パズルのピースのように崩れ落ちた風景に広がるのは人が誰も存在しないのではと錯覚してしまう学校。
その学校の門に歩み寄って、足を踏み入れたその瞬間だった。
「はいはいはい。あなた達が歩み寄れるのはそこまでよ」
制服を着た女がどこから湧いて出てきたのかは知らないが、こちらへと歩み寄ってきた。
すると、その制服を着た女が坂江を見た瞬間にその眉をひそめた。
「また来ちゃったの? 交渉しても無駄だって言ったじゃない。鏡様は過去の記憶が無いんだから」
様付けか……何かの宗教団体の長みたいだな。
小莫迦にしながら、俺は鞄の中から、“それ”を取り出す。
グローブ。
いや、グローブなのかは分からないが、まあグローブに見えるのでグローブと表そう。
そのグローブを両手に嵌めて、鞄を桑原に預けた。
「気をつけろ。こいつも能力者だ」
俺たちに向けて、忠告をした坂江。
能力ったって、どんな能力もわからねえんだから、気を付けろって言われてもなぁ……
溜息を吐きながら、俺は両手をボクシングのように構えた。
目の前の女にもそう見えたのか、
「何? ボクシングでもやる気?」
と尋ねてきた。
「いや、ボクシングなんてやった事もないし、そんな甘っちょろいモンをやる気はないね」
「へぇ……なら、ボクシングよりかもすごいそれを見せてもらおうかしら?」
挑発してきたそいつ。
挑発に乗るのは気に入らないが、腕試しには丁度いいかもしれない。いっちょ、やってみっか!
速くもないスピードで女へと拳を振りかぶりながら、走る。
そして、身構える女の目の前まで来た時に俺は告げた。
「殴りたいのはてめえじゃねえ! ――――地面なんだよ!」
俺は振りかぶった右拳を目を大きく見開かせた女の目の前の地面に叩きつけた。
整備されたコンクリートの地面が大きく砕け、その破片は女を襲う。“はずだった”。
そう。何個ものコンクリートの破片が、彼女を襲うはずだったのだ。
だが、その破片は彼女の周りの空気に触れた瞬間に一様に砂のように粉々になった。
俺は驚きすぎて、その場から動けない。
「なんで……物体を増殖させる能力にこんなこと……できるはずがない!?」
桑原は俺の先の行動に驚いたような言葉を発するが、今の俺には聞こえてはいなかった。
粉々に!? コンクリが砂みたいな粒になった……坂江の時は切り刻まれた感じだったが、こいつの場合、粉々……一体、どんな能力なんだ!?
「ふっふっふっ……驚いてるようねぇ? けど、私の能力はこんなもんじゃないわよ?」
瞬間、衝撃波のようなものが俺を襲い、後方へと吹っ飛ばされた。
そんな俺を受け止めてくれたのは――坂江だった。
こいつにだけは助けられたくはなかった。
「なんだね? そんなに僕に助けられるのが嫌だったのかね、君は? 全く。だったら、不用意に飛び込んだりしないでくれるかい?」
嫌味のような言葉を投げかけてきた坂江に対して、もっと嫌な顔を見せやった後、何の能力か分からない女の方を向いた。
女は不敵な笑みを浮かべている。
その笑みがすごく不気味に思えるのは俺だけか? と周りの奴らの表情も見てみるが、皆、一様に眉をひそめている。
しかし、なんだ? なんか、やな感じがする……息がし難いというか、何か吐き気がしそうな……
瞬間、俺の頭の奥、脳みそから激しい痛みが襲った。
あまりの痛さに地面に倒れこむほどだ。
目も開けられないほどのその痛みを感じながら、頑張って目を開けると、他の四人も同様に地面に倒れこんで、頭を抱えている。
くそ……どうなってやがんだ……
おまけに吐き気までしてきた。
気絶しそうだと自分でも分かるくらいの痛みに来た時、唐突にそれは治まりを見せた。
あれ?
さっきまでの痛みが嘘のように消え去っている。なんで?
起き上がって、首を傾げると、俺の目にその姿が目に入った。
笑みを浮かべる女の姿。
「お前……何かしたのか……?」
「ご明察。このまま、“脳に刺激を与える”のも良いけど、それよりも――――“仲間同士で殺し合い”って面白くないかしら?」
どーいうことだ?
と心中で疑問に思った瞬間、満が「キャッ!」と言う可愛い声を上げて、立ち上がった。
「足が……足が勝手に……!?」
少し、意味の分からない声を上げる満。しかし、本当に驚愕している。
勝手に足が動いたのか?
そして、驚愕の表情のまま、満は地面に手を当てた。瞬間、俺たち、満以外の四人の地面が砂に変わる。
どんどん砂の中に引きずり込まれていくの中を足掻きながら叫ぶ。
「おい! 満! やめろ!」
「いや、違うんッス! 思ってもいないのに砂に!」
満はパニック状態に陥っている。
俺も意味が分からない。勝手に体が動く? それに勝手に能力が発動するだとぉ?
そう疑問に思ったとき、女の言っていた言葉を思い出した。
『“仲間同士で殺し合い”って面白くないかしら?』
おい……まさか、あいつ。人の脳みそを操れるのか……?
「ふっふっふっ……パニックになっているようねぇ。面白いわぁ。本当に面白い。こんな能力、使いものになるわけないって思ってたけど、ものもやっぱり、使いようね」
此方へと一歩一歩、近づいてくる女は、
「私の能力。知りたい?」
と尋ねてきた。
知りたいのは山々だが、今の状況を見ろ!
と、心中でつっこんだのにも拘らず、女は自分の能力を口にする。
「私の能力は――“あらゆるものを振動させる能力”。けど、大きさは体力に比例するの」