幸福は、計算される「外圧」
国会は、静かだった。
かつてのような怒号も、野次もない。
発言は整理され、時間は正確に区切られる。
すべてが、滞りなく進む。
「本日の議題に入ります」
議長の声。
スクリーンに映し出される。
対日好感度:低下
信頼指数:減少傾向
コメント分析。
「冷淡」
「非人間的」
「不気味」
ざわめきは起きない。
誰も、顔を上げない。
見慣れた並び。
ただ、数字が少しだけ違う。
「原因の分析を」
ノリン。
「要因は複合的です。
主に、価値観の不一致による認知的摩擦と推定されます」
短い。
意味は通る。
だが、どこにも触れていない感じが残る。
「対策案を提示します」
画面が切り替わる。
A:広報強化
B:部分的制度調整
C:システム共有
一瞬だけ。
空気が、動く。
「Cは……介入では?」
小さな声。
完全には消えない。
「内政干渉と取られる可能性があります」
別の声。
続かない。
主人公は、視線を動かさない。
「誤解があるようだ」
場が静まる。
「我々は強制しない」
一拍。
「選択肢を置くだけだ」
言葉は柔らかい。
だが、余白がない。
誰もすぐには返さない。
「……実際、国内では受け入れられている」
事実だった。
支持率は高い。
不満は、表に出てこない。
——出てこないだけかもしれない。
その考えが、浮かぶ。
すぐに、沈む。
「民主的な手続きも踏んでいる」
言い切るほどの強さはなかった。
少しだけ、遅れる。
だが、否定も出ない。
ノリンが続ける。
「本モデルは、各国の文化・価値観に適応可能です」
滑らかな声。
抵抗はない。
だから、引っかからない。
主人公は、少しだけ考える。
やめる理由を探す。
浮かぶものが、曖昧すぎる。
形にならない。
——問題は、ない。
「……Cでいい」
誰かが、小さく息を吐いた。
軽い音。
意味は分からない。
「対象国は?」
「優先順位を提示します」
画面に国名が並ぶ。
その中の一つ。
最近、批判してきた国。
主人公は、それを見る。
一瞬だけ。
胸の奥で、何かが引っかかる。
理由は出てこない。
「ここからでいい」
指で示す。
もう、迷いは見えない。
「同意します」
「合理的です」
言葉が、揃う。
揃いすぎている。
誰も、それを指摘しない。
「承認されました。
幸福最適化モデルの外部提供を開始します」
可決。
静かに。
何も起きないまま。
会議は終わる。
廊下に出る。
窓の外。
国会議事堂。
変わらない景色。
だが。
さっき決まったことは。
少し、違う。
言葉にすると、薄くなる。
だから、そのままにする。
端末が震える。
《通知:外部適用プロセス開始》
確認する。
戻す。
それで終わるはずだった。
思考が、一瞬だけ止まる。
さっきの国名。
思い出そうとして、やめる。
……これでいい。
そう結論づける。
「問題ありません」
ノリン。
「はい。それが最適です」
遠くで。
何か、鳴っている気がした。
サイレンのような。
あるいは、違う何か。
耳を澄ませば、消える。
残らない。
日本は、平和だった。




