4、大軍の集結と、忠誠の確証
年が明けていくらかたつと、リソスフェア地峡の静寂は、不気味な形で破られ始めた。帝国からの偵察部隊の回数が増加し、後方からは絶え間ない馬車の車輪の音が聞こえてきた。それは、新たな騎士団、歩兵部隊、攻城兵器、そしてそれらを養う物資が前線に送り込まれていることを示していた。
アレッサンドロの率いるプラティコドン騎士団は危機を脱した。アレッサンドロは頻繁にコイヌール公爵の司令部の会議に呼ばれるようになった。会議のあとの食事会のために、妻のヴィオレッタも同伴する。妻や恋人を連れて来ているものもいたが、誰も彼女の愛想のよさや配慮にかなうものはなかった。
司令部での会議が終わり、公爵主催の私的な夕食会が始まった。アレッサンドロとヴィオレッタは公爵の隣の席に座った。
コイヌール公爵は、壮年の、しかし鋭い眼光を持つ男だった。彼は穏やかに微笑んだが、その視線は氷のように冷たい。
「アレッサンドロ殿の奥方は、前線という場所にも関わらず、いつも華やかだ。夫君の支えになっておられるのだろう」
公爵はそう言って、ヴィオレッタに上質のワインを勧めた。アレッサンドロは内心で緊張する。公爵が探りを入れ始めたのだ。
ヴィオレッタは優雅にワインを受け取り、公爵に視線を返す。
「公爵閣下にお褒めいただき光栄です。夫は、私に弱いところを見せてくれませんから。夜、私からそっと尋ねるのが、せいぜいの務めですわ」
彼女は艶めかしい微笑みを浮かべ、アレッサンドロの腕にそっと手を添えた。その言葉は、夫婦の寝室でしか話せない秘密があることを示唆していた。公爵の顔には一瞬の満足感が浮かんだが、すぐに彼の視線がアレッサンドロに向けられた。
「奥方殿に夜の務めをさせるのは大変だろう。騎士殿は、奥方を心から信頼しておられるようだ」
「もちろんです、閣下」
アレッサンドロは即座に答えた。彼の言葉は、公爵に対する忠誠心を偽る以上に、ヴィオレッタへの偽りの信頼を演じなければならない屈辱を感じさせた。しかし、彼の返答は、演技を超えて、すでに真実の重みを帯び始めていた。
「ところで、奥方。アレッサンドロ殿は寝言で、戦術や皇帝陛下のことなど、口にされたりしないかね?」
公爵のきわどい質問に対してヴィオレッタは頬を染める演技をしつつ、その質問を無力化する。
「ふふ。閣下。夫は夜、私への情熱を語ってくださることはあっても、不毛な戦術の話で私を眠らせるような無粋な方ではありませんわ」
ヴィオレッタの返答はコイヌール公爵を満足させたようだった。その夜から、アレッサンドロ夫妻は公爵の私的なサークルに招き入れられたようだった。
ある夜、酒が回り、コイヌール公爵は幕僚たちに語った。そこにアレッサンドロ夫妻が同席していたのは偶然ではない。
「……皇帝陛下は、我々の敗北を望んでおられるのかもしれん。だが、私はこの帝国を愛している。兵が凍え、友が死ぬのは、私の作戦の過ちではない。この冬、我々は再起し、必ず氷壁を打ち破る。それは、帝国の栄光のためだ」
コイヌール公爵がその言葉を述べた時、彼の瞳には、偽りではない純粋な愛国心と、任務への重責が宿っているとアレッサンドロは感じた。ヴィオレッタの方を見ると、彼女は目で合図してきた。彼女も同じ意見のようだった。公爵の忠誠心には疑いがない。
食事会からの帰り、馬車の中でヴィオレッタはアレッサンドロに静かに耳打ちした。
「閣下。彼の瞳の光は、偽装できるものではありません。コイヌール公爵は、真に帝国に忠誠を誓っています。……私たちの任務は、完了です」




