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極寒の誓約、皇帝の疑惑と偽りの花嫁  作者: 万里小路 信房


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3、仮面の下の真実の炎

 ある夜、ヴィオレッタは大公国軍の偵察部隊の襲撃を受けて負傷した。館に戻ってきた彼女の傷を、アレッサンドロは自ら手当てした。


 ヴィオレッタは表向きは騎士団長の妻として貴婦人然として振舞っている。騎士団の騎士たちを食事に招き、兵たちの宿舎に慰問に回っている。しかし裏ではコイヌール公爵の身辺を探り、また大公国軍の動向も探っている。


 ヴィオレッタは騎士団長夫人を演じているわけだから、傷の手当てを他に任せることはできなかった。彼女の傷は、当初アレッサンドロが心配したほど深くはなかった。


「なぜだ。なぜ貴様が危険な前線に出るんだ。後方で公爵の動向を探っていればいいだろう」


 アレッサンドロの声は怒りに震えていた。


「それは……貴方の補佐が、私しかできないからです」


 ヴィオレッタは、彼が業務ではなく、純粋な感情で怒っていることを察した。


「このままでは、貴方の部隊は大公国軍に負けてしまいます……」


「貴様の任務は、コイヌール公爵の忠誠を確かめることだろう? なぜそんなことを気にかける?」


「……私はアレッサンドロ様のお力になりたいのです」


 ヴィオレッタは真剣なまなざしでアレッサンドロを見つめている。しばらくの沈黙の後で、彼の方から口を開いた。


「貴様からの情報は有益だ。その情報で、騎士団は何度も大公国軍の裏をかくことができた。そのことは感謝している……」


 アレッサンドロは言葉を切った。しばらく、考えこんで、次の言葉を発した。


「だが、それは貴様の本来の職務じゃない。私たちの、この偽装は、いつか終わる。だが、その時、貴様はどうするつもりだ、ヴィオレッタ」


 アレッサンドロは、ヴィオレッタの頬に残った傷跡にそっと触れた。偽りの夫婦という枠組みの中で、彼は初めて、彼女という一人の女性の存在を意識せざるを得なくなっていた。


「さあ、どうでしょう。新しい任務を与えられ、新しい仮面をかぶって、新しい場所へ行くだけだと思います」


 ヴィオレッタはそこで言葉を区切り、アレッサンドロの瞳を見つめた。彼女は彼の優しさに惹かれ始めていた。アレッサンドロが自分で傷の手当をしてくれたこと、彼女の身を本気で心配してくれたこと……。皇帝のための密偵となって、久しく忘れていた人の温もりを、この偽装の夫婦関係で、彼女は感じていた。


 ヴィオレッタは、アレッサンドロはこのような任務には向いていないと思っていた。もっと日の当たる場所を歩むべき人だと。不幸なことにフズリナ公爵の反乱事件に関与したとして、心ならずもコイヌール公爵の動向を探っている。彼女は彼の力になりたいと思っていた。


 ヴィオレッタの瞳の中には任務を超えた感情が揺らめいていた。アレッサンドロ様は、私を密偵、偽装のための妻としてではなく、ただの傷ついた女性として扱った。その時の彼の指先には、騎士としての真実の優しさがあった。彼は、私のような偽りの存在を、心底嫌っているはずなのに。


 彼のその誠実さこそが、私の冷え切った心を、静かに溶かし始めた最初の炎だった。公爵の動向を探るフリをして、私はただ、彼の視線が、私に向けられるのを待つようになっていた……。


 この静寂は長くは続かない。だが、この極寒の地での共同生活は、二人の間に、強く熱い絆を築き上げていた。彼らは、迫り来る大攻勢を前に、互いの存在が、自分たちの生きる理由であることを悟り始めていた。

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