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第94話 テレジア達の動きは

 アイザックとテレジアの様子にはその後も注目していたが……今日はゴファールの西の端――森周辺の村落を回って情報収集しているようだった。

 俺達はそんな二人の様子をスパイボットによって開拓地の地下施設でモニターしている。


『――焼け跡に入ったと?』

『ええ。流石に夜は恐ろし過ぎて無理なんですが……。それでも亡霊騎士以外は全く見かけないので昼間なら大丈夫かなと……』


 アイザックは村人からそんな話を聞いて思案を巡らせていた。

 マインラート達の焼き討ちで燃えた森については、既に植物の再生も始まっている。エルフの森であるし、森の再生も早い。火事の後は土壌の栄養素が豊富になるからだ。

 既に下支えの植物は伸びており、苗木も育ち始めていた。薬草、山菜の類もちらほらと見受けられ、村人達はそれらを求めて浅い部分なら大丈夫だろうと焼け跡に立ち入ったということだ。


『それで……どうなったんだ? 森に立ち入ったことへの報復は?』

『いえ……薬草を採取して無事に帰って来れました』

『も、元々、私共はあの近辺には立ち入って薬草採取はしていましたから……それで許されたのかも知れません』

『ですが……本当に外から薬草が目に付く程度の範囲しか入っておりませんよ?』


 アイザックから問われて村人達は何か自分達がまずいことでもしたのかと、一瞬目配せをして言い訳するようにそんな言葉を口にする。


『いや、別に君達を責めているわけではないんだ。無事だった、ということはヴァルカランの騎士達は、それぐらいなら咎めはしないんだろうと確認はできたわけでな』

『それは、何か大事なこと?』


 傍らにいたテレジアが尋ねる。


『大事なことだ。本来、ヴァルカランの国土に立ち入ってそれを見つかると、地面から立ち上がるゾンビやスケルトン、どこからともなく現れるゴーストに昼間であろうとも襲われるという。その手の記録は沢山残っている。だが……少なくともあの森の焼け跡では、亡霊騎士以外は目撃されていないし現れていないみたいだ。昼間はお目こぼししてくれているのか、本来は現れていなかった場所に現れたから、何か行動に制約があるのかは分からないけれどね』


 アイザックが説明するとテレジアはこくんと頷く。


『ヴァルカランの人達は、別に戦いたいわけじゃないって聞いた』

『憎悪に突き動かされているが、理性と記憶は残っている……らしいね。気の毒なことだ』


 テレジアの言葉に、アイザックは目を閉じる。


 実際の理由はお目こぼしの方だな。村人が浅い部分に入り込んでいるのはエルフ達もヴァルカランも把握しているのだ。森に立ち入った時点で監視網に引っかかるし、いつでも駆け付けることができる。

というか、そもそももう憎悪には突き動かされていない。


 そうなれば誇り高いヴァルカランの騎士達が生活に困っている村人達を攻撃するのはあり得ない話ではあるから、仮に遭遇した場合でも、脅しはしても傷付けはしないだろう。

徹底するなら……村人も襲撃して絶対に立ち入らせないとするところだが、エルフ達もそこまでは望んでいない。

 村人達は火事の後で困っているから生活のためにやむなく立ち入っているだけで、戦いに来ているわけではないし奥まで踏み込んできているわけではないからだ。


 テレジアとアイザックも……調査はしているが目的や立場が分からないから現時点では対応もある程度は許容し、保留するという話になっている。

 昼間に立ち入ってくるなら、エルフの集落まで近付かない限りは亡霊騎士達も対処に当たらない。

 アイザック達が斥候だと言うなら情報を持ち帰るまでは許していない。ただ、アイザックは理性的な人物だし、テレジアは色々なことに無自覚だ。


「もし仮に、森の奥まで立ち入ってくるようなら……捕虜にする形になるかしらね」


 二人の様子に、話を聞いていたソフィアが言う。


「そうなる、かな。奥までは来なさそうにも見えるけれど」


 制圧して捕虜にし、真実を知らせて説得するだとか、人死にが出ない程度の穏便な対応をするという方針ではあるが、アイザックはかなり慎重なようだしな……。


『……出来る限り事前に調べておくように、とは言われているが……。村人ではなく、僕が入っても大丈夫なのかどうかは気になるな……。よし。一度焼け跡に入ってみるか』

『今度は、森?』


 テレジアが首を傾げると、アイザックは苦笑する。


『焼け跡までだよ。テレジアはそこには入らず、外で待っていてくれ。……僕が襲われるようなことがあっても、自分で何とかする。ただ……僕にもしものことがあったら、ベルルート男爵を頼るんだ』

『もしもって?』

『要するに僕が……怪我をしたりして、動けなくなったらだな』


 死ぬことも含めての言葉ではあるのだろうが、テレジアが相手だからか、アイザックは言葉を少し選んで言った。テレジアは少し不思議そうに首を傾げるも、少し考えてからアイザックの言葉に頷いた。あまりピンと来ていない様子というか、こういうところがテレジアは浮世離れしている印象があるな。


 そのまま二人は集落を出て森の焼け跡に近付いていく。スパイボットも、それを追うように移動していった。


『んー……。何だか、ここ』


 再生の始まっている森の焼け跡を目にしたテレジアが周囲を見回しながら呟く。


『テレジアは、何か感じるのかい?』

『何か、不思議。みんなが頑張っている感じ。きっと、いい場所』


 と、テレジアは言葉だけ聞くとよく分からない内容を口にする。エステルに対する感受性が優れていたことを思うと、精霊に対する感知能力のようなものが高いからこその言葉なのかも知れない。それを前提に聞けば、テレジアの言葉に意味が通る。


 エルフに管理された森だ。精霊達は森の再生を促進している。それをテレジアに表現させるならああいう言葉になる……のだろうか。


『そうか。……確か、元々はエルフ達の森だと言うしな』


 アイザックはテレジアの感想にそう答えると、その場で待っているように伝え、テレジアは分かっているのかいないのか、アイザックの姿を見ながらその動きを見守る。


『さて』


 アイザックは少し前に出て、焼け跡の少し手前で立ち止まり、目を閉じて深呼吸をする。ヴァルカランの支配している領域に立ち入るというのが、それだけ覚悟のいることなのだろう。本来ならそうではない場所だったが、マインラート達の襲撃以後はもう状況も違うのだから。


 アイザックは目を開けると、意を決したように足を踏み出す。焼け跡の中に踏み込み、数メートル進んだアイザックはそこで一旦立ち止まり、周囲の気配を窺う。


 反応は……静かなものだった。こちらとしてはまだ静観で構わない。アイザックはあくまでヴァルカランの面々と遭遇したら襲われるというのが大前提だからこういう動きになっているのだし。


 何事も起こらない。それを確認したのかアイザックは安堵したかのようにため息を吐くと、焼け跡を調べる。


『……火を放ったのはゴファール側の部隊だったとは聞いているが、森は生命力が強いな。もう再生が始まっている……。しかし』


 そう言いながら森をあちこち見やる。


『確かに……ないな。斬り倒され、焼かれた木々を亡霊騎士達が運んでいる姿が見られた、と村人達は言っていた。ヴァルカランの騎士達が、何のためにそんなものを持っていくんだ……? 何かの材料にする、とか?』


 正解だ。ユグドライアや自走砲等の材料になったとは流石に思わないだろうが。マジックカーボンに諸々の魔法加工を施し、複数枚性質を変えながら重ねることで、かなり強固な装甲板や建材になってくれる。軽量であることは一長一短ではあるが、耐火性や耐魔法性能、メイアやフラリアとの相性なども良好だ。


『薬草や山菜も生えてきている。村人が採取に入りたがるのも分かる……かな』


 アイザックは焼け跡を少し歩いてまだ燃えていない場所――エルフの管理する森の……木立の隙間が覗ける位置まで進む。


 そこから先は踏み込めない。豊かな森ではあるが、それだけに陽光は差し込みにくく、ヴァルカランの者達に遭遇する危険性もかなり上がると見積もったのか、アイザックは緊張を解きほぐすように息を吐くと、そこから少し後ろに下がった。


『ここから先は無理そうだな。この森に住んでいたエルフ達なら何か事情を知っているのかも知れないが……そもそも、この状況で生きているのか? ……やはり、準備が整うのを待たないと、僕ではこれ以上は何かできそうにない、か』


 アイザックは小さくため息を吐くと振り返り――。


『アイザック』

『……っ! ……テレジア……外で待ってろと言っただろう』


 すぐ背後にいたテレジアに声をかけられ、驚きの表情を浮かべて振り向いたアイザックであったが、すぐに落ち着きを取り戻し、こめかみを抑えながら言った。

 テレジアは言う事を聞きはしなかったが、彼女なりにアイザックを案じていたのかも知れない。アイザックが足元を調べたり森を注目している間、周囲を警戒している様子が見て取れた。普段が飄々としているからあまりそういう印象は受けないが、やはり戦闘訓練を積んでいるのは間違いないようだ。


『この辺は大丈夫。変な感じはしない』

『……そうか。テレジアも入ってしまったなら仕方ない。検証が進んだってことにしておこう。……この際だから聞くけれど、あの森にテレジアは、どんな印象を受ける?』


 アイザックは森の奥を指差しながら尋ねる。


『こことそんなに変わらない。でも、奥の方には入らないでって』

『それは……精霊が言っているのか……?』

『精霊……よく分からないけど多分そう。小さいのがそう言ってる感じ』


 首を傾げつつそんなことを言うテレジア。


「やっぱり、テレジアさんは精霊との交信ができるみたいですね」

「後で精霊からのテレジアへの感想を聞いてみるか」


 エステルの感想に答える。シルティナ達が仲介をしてくれればその辺もわかるはずだ。


 アイザックはテレジアの言う事を信用しているのか、少しの間考えていたが、やがて口を開く。


『しかし……ということは、エルフ達は無事でいるということか。どうにかして接触したいところではあるが……ヴィルム神殿のやらかしからすると、話をするだけでも大変そうだな』


 そうだな。アイザックがゴファールの意向で調査しているのなら、エルフ達に話を聞いたところで、それはあまり意味がない。ゴファールは神殿の解呪を目的にしているのだし、少し前までなら交換条件として、エルフの集落やヴァルカランへの不可侵であるとか断絶者の情報や引き渡しを要求できたのだが……魔族を討伐しようとしてヴァルカランか竜王の山脈を攻略しようとしていることや、首脳陣が入れ替わっていることを知ってしまった今となっては、諸々捨て置くことはできない。


 とはいえ、交渉に際し何を要求するにしても、国力、武力に差がある状況なら一笑に付されるだけだ。実情が違うのだとしても、両者がそれを正しく認識していなければ始まらない。

 結局は……向こうが戦う気なのであればこちらとしても対応しなければならないということでもある。

 俺自身やエステルの平穏な生活を守るためでもあるが、世話になったエルフの皆の平穏な生活や、ヴァルカランの皆の尊厳を守るためにもな。

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