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第92話 金髪の少女

「このガキ……! 良いから財布を出しやがれ……!」


 そう言って男は子供の腰のあたりに手を伸ばす。外套を被っていて下の体格もわからないのに財布の位置が分かるというのは――巻き上げるために最初から狙って因縁でもつけたか?


 子供の足が跳ね上がる。サマーソルトのような宙返りと共に男の顎をかち上げるような蹴りが綺麗に決まっていた。


「ぐはっ」


 鼻血を撒き散らしながら男が後ろに倒れ、子供の方は空中で綺麗に後方への一回転を決めながら着地する。


「こいつ!」


 もう一人の男が殴りかかるが動きに合わせて飛びつくようにして難無くその腕を取り、勢いのままに引き倒して、腕の関節を決める。訓練を受けたような動きだ。ただ野性味のある反射神経とセンス任せという部分が大きい。体重、体格で劣るが故に、身軽さや勢いを利用して対抗している。


「ぎっ!」

「クソガキが……!」


 が、小柄な分攻撃も軽い。もんどりうって倒れた男は鼻血を噴きながらも、腰に吊るしていたナイフに手をかけていた。


「はぁ」


 俺はフードを被り、野次馬の中から一歩前に出て、蹴りを放つように砂を蹴ってナイフを手に取ろうとしていた男の顔に浴びせる。


「ぐあぁっ!」


 顔に砂埃を浴びた男は、顔を抑えて地面に転がり、子供の方は決めた腕を容赦なく捻る。ごきりと音がして、男の肩が外れて悲鳴が響いた。


「……加勢……。知らない人。誰?」


 立ち上がった子供は俺を見て、言った。


「いいから、逃げるぞ」


 きょとんとしていて、後始末だとかまるで考えていない。冒険者であれば同じような仲間がいても不思議ではないし、兵士だった場合もかなり面倒なことになるのが目に見えているからだ。


 俺も目立ちたくはないが、子供が刃傷沙汰やら面倒ごとに巻き込まれるのを見逃すのは寝覚めが悪い。それに、男達の動きには不審なところがあった。要するに金銭目的で言いがかりをつけているのではないかということ。だから加勢したが、しかし、その物的証拠と言われると、そういうものがない。白を切られたらそれまでだ。


 さっきの動きを見ると子供の方は腕前に自信があるから退かないのかも知れないが、超然とし過ぎていて世間擦れしていない。そういう小賢しいやり方をされると子供の方が不利になるだろうし、俺も兵に連れていかれたり目立つのは御免だ。


「何で……?」


 が、その子供は面倒な状況を理解していないのか、首を傾げる。


「いいから来い。……串焼きよりは、もっと上等なものを食わせてやる」

「行く」


 思いついたことを口にするとあっさりと頷いた。食い物に簡単に釣られるあたり、それはそれでどうなんだと心配になるが。走りだすと、子供は後ろからついてくる。エステルの声が脳内に響いた。


(逃走経路をナビします。そこで落ち合いましょう)

(ああ)


 人並をすり抜け、路地に入って何度か曲がる。エステルとのリンクでスパイボットの映像も見ることができているが、男達は外された肩に面食らっていてこっちを追っては来られないようだ。エステルは追ってきていない。適当な路地に入って人目がないところで姿を消し、先回りするような形で顕現することで、俺達に先行する。


「こっちです」


 路地の突き当たりで手を振るエステルに、子供は首を傾げる。


「……誰?」

「俺の仲間だ。少し土地勘があるから、先に逃げてここで落ち合うことにした。約束通り飯に連れて行くが……まあ、その前に代わりの外套に着替えておけ。それを目印にあいつらに追って来られて、また食事の邪魔をされても嫌だろ?」

「……うん。それは面倒臭い」


 納得してもらえたのか、こくんと頷く。エステルが荷物の中から予備の外套を渡すと、子供も自分の外套を脱いだ。

 外套の下から現れたのは……金色の髪の少女だった。ジト目というか、眠そうというか。マイペースで独特の空気感があり、飄々としたところはルヴィエラに少し似ているかも知れない。

 ルヴィエラは……人間との付き合いが長い。世間のことを分かった上でああしている感はあるが、この少女はもっと浮世離れしている印象だな。


 腰に無造作に財布が吊るしてあり……どうもそれなりの額の金が入っているようだ。なるほど。串焼きを買った時にこれを見ていたから、男達は巻き上げようと思ったわけか。

 ……防犯意識がなってないな。こうやって簡単についてきたこともそうだが、あまり自覚がないようなので、それとなく注意しておきたいところだ。


「改めて。俺はソーヤだ」

「ステラと言います。あなたのお名前は?」

「名前。名前は、テレジア」


 テレジアか。ま、約束はしたしどこかに連れて行くか。ベルルート男爵領での美味い飯屋ぐらいはスパイボットや聞き込みで情報を得ていたりするからな。


「テレジアは……家族や、世話をしてくれる奴は近くにいるのか?」

「家族……よく分からない」

「帰るところや迎えに来てくれる人は?」

「アイザック」

「なら、飯を食ったらそいつのところに送っていってやる。その頃にはほとぼりも冷めるだろ」

「ん」


 頷いたテレジアは……じっとエステルの顔を覗き込んで首を傾げる。


「ステラは……何だか……不思議な感じがする。ソーヤも、だけど」

「そう、ですか?」

「うん。でも嫌な感じはしない。ステラとソーヤは不思議な感じ」


 首を傾げて応じるエステルに、テレジアはそう言ってじっと見つめていた。


(何でしょうか。……精霊に対する勘が鋭い、とか?)

(かも知れないな。子供と思って割って入ったけれど、さっきの動きは何か戦闘訓練を受けていそうな印象があった。軍や冒険者、傭兵だとか、そういう類の子かも知れない)

(少年兵……でしょうか?)

(……分からない。独特の荒んだ感じはしないがな)


 子供を戦場に駆り出すというのは俺達の世界でもあった。海賊が子供を鉄砲玉や爆弾代わりに使っていた事例もある。少年兵は使い捨てにできる安価な兵器、便利な道具。そんな括りだ。

 当人達も幼さ故に倫理のタガが外れやすく、扱いも振る舞いもろくでもないものになりやすいのだが……。テレジアの様子を見る限り、そこまで暗く荒んだ感じでもないから、今の時点で決めつけるのも早計か。


 俺達の発想では少年兵を連想してしまうが、こっちの世界での常識を俺はそこまで知らない。歴史的には専門的な戦士職を養成するというのも不思議な話ではないのだし。ただ、俺やエステルに対しての感覚的な部分も含めて、色々気になる少女だ。


 飯を食うついでに少し話をしてみるか。


 というわけでテレジアを連れて移動する。テレジアは妙にエステルに懐いている風で、手を繋ぐようにして後ろからついてくる。


 ベルルート男爵領でも評判のいい酒場兼宿屋。そこが目当ての店だ。昼には少し早く、客席はまだ空いている。


「好きなものを頼んでも良いぞ。メニューの文字は読めるか?」

「読めるけど、食べ物の種類とか、よく知らない。さっきの串に刺さってたのは、匂いが美味しそうだったから?」

「そうか……。それなら、俺達と同じもので良いか?」

「ん」


 こくりと頷く。文字は読めるが種類は知らない。本当によく分からない子だな。とりあえず評判のいいメニューをいくつか頼んで、待ち時間で話をする。


「さっきのは災難だったな。多分、金を持っていると思われて狙われたんだ。人前で中身が詰まっていそうな財布は出さない方が良いぞ」

「あいつらは泥棒、だった? 泥棒……初めて見たけど意外と回りくどい感じがする」

「目的は同じでも、分かりやすく奪ってくる奴ばかりじゃないってことだ。気を付けるといい」

「分かった」


 反応自体は素直だな。どういう子なのかと思ったが、現時点では世間擦れしていないという印象だ。


「テレジアは、この男爵領の子か?」

「王都から来た。戦いになったら仕事があるからって」

「そうか……。西の森の話は知ってるか?」


 尋ねるとテレジアは首を横に振る。……ヴァルカランのことは一般的な話としてレクチャーして、あまりテレジアが戦いに首を突っ込まないようにしておくか。

 あまり敵や脅威としては伝えず、本来敵対すべき相手ではないという感じの、グラシエーラ達が教えているようなスタンスが望ましいだろう。


「……というわけで、ヴァルカランの人達は恐れられてはいるけれど、今でも魔族の侵攻を押し留めてくれているわけだ」

「魔族……魔族と戦っているのは偉い」


 テレジアは少し真面目な顔で言う。独特な反応ではあるが、印象が悪いというわけでもなさそうだ。


「それにヴァルカランの人達は、戦っても意味がない。……復活するから戦っても疲れるだけで……ここのみんなも戦いにはならないで欲しいと少し不安に思っている」

「ソーヤとステラも?」

「そりゃ、戦いなんて本当はない方がいいに決まっているからな。どんな陣営だって、大多数はそう思ってるだろう。テレジアも、こんな時期にここにいて、あれだけ動けるんだ。もし騎士団やら冒険者絡みの仕事でヴァルカランと関わるようなことがあるのなら、あまり真面目に戦うのは考えずに適当にやっておいた方が良いぞ」


 そう言うとテレジアは少し考えてこくんと頷く。そこにいくつか料理も運ばれてきた。

パン、豆とキノコのスープ。チーズ。山菜の漬物といったメニューに猪肉の串焼きの盛り合わせといった感じだ。


「おー……」


 テレジアは運ばれてきた料理に声を上げる。そんなわけで食事の時間だ。テレジアは表情こそあまり変わらないものの、片手にパン、片手に串焼きを持ってそれらを口に運ぶ。


「美味しいですか?」

「ん、ん」


 こう……栗鼠が頬袋に食べ物を詰め込んでいるような食べ方をしながら頷いている。表情や態度は淡々としているが、喜んでくれてはいるようだ。そんなテレジアの様子にエステルは表情を緩めていた。エステルは結構子供が好きだったりするからな。


 施設にいた頃は旧世代人工知能の振りをして、周囲の子供に歌や踊りの動画を披露したり、運営の足しになるように金策のアイデアを出したりと俺以外のことでも動いてくれていた。


 今は……アリアやノーラ、エデルガルトの孤児院等の子供達とも直接話もできる。誰に憚るでもなく子供と接する機会が増えた。アリア達と楽しそうに話をしていることも増えて、結構なことである。


「満足したか?」

「ん。美味しかった。色々初めて食べた」

「そりゃ何よりだ」


 普段どんな食生活をしているのか気になるところではあるが。


「まだお時間があるのでしたら、この後お店の外……どこか陽当たりのいいところで甘いものでもどうですか? その後で、家まで送っていきますよ」


 ああ。集落の方で作ったクッキーを持ってきているんだったか。反応が素直なので楽しそうにしているエステルである。


「行く」


 即答するテレジア。うむ。

 荒事に身を置いているような結構な動きをしていたので気になって声をかけてみたが、荒んだところがないようなのでそこは安心できたところはあるかな。とはいえ、どういう子なのかはまだよく分からないが。

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