第9話 幻想の樹上集落
「村まではそれほど離れていない。長老から滞在の許可が貰えるかは分からないが、万が一断られたとしてもできる範囲での礼はしよう。共に来てもらえるだろうか?」
「わかった。俺としてもこれからどうしたものか、困っていたんだ」
アルタイルが修復できても、それで母星に帰れるというわけでもないからな……。単機での転移ではありえない現象が起きたからこそここにいるのだから。
帰れる可能性があるとしたら……この世界にある独自の因子……魔力を利用する方法だろうか?
それが可能か不可能かを調べる意味でも魔法や魔力、精霊だとか、そういった部分を学んでおく必要はあるのだろう。
ただ、マザーを倒しているから急いで帰らなければならない状況ではない。その点、少し気が楽ではあるかな。戦友に顔を見せてやりたいとは思うが、俺達の戦いはもう、終わっているのだから。
何としても帰還しなければならないだとか……帰還に対して強い目的意識がないのはその辺が原因だ。最後の作戦はそもそも帰還できないことも覚悟していた。
要するにここまで戦い続けてきた最大の目的をやり遂げてしまったから、目標を見失って気が抜けているのかも知れない。俺は。
ハインに案内されて森を進むと、ドローンからの映像に少し変わったものを見つける。森の一部が何か、少し毛色の違うものが見えたのだ。樹冠の高さや種類こそ他と変わらず、空から確認しても一見では分かりにくいが……木々の隙間に人工物と、多数の熱源反応があるのが確認できた。
俺達の肉眼から見た風景にも変わったものが見える。近くまで歩いていくと、生きた蔦が密集して絡まり合い、壁のようになって横に広がっているのが目に入った。
「これは……」
「人間族の町で言うところの、外壁、城壁のようなものだな」
「蔦が壁になっているわけですか」
エステルが見上げて感心したように言う。つまりそういう植物を植えたか、それとも既存の植物を変化させたか。普通ではありえない話ではあるが、魔法や精霊が存在する世界ではそういうことも可能なのだろう。
壁にハインが何事か呟くと絡まっていた蔦が解けて道を開けた。その向こうに、エルフの集落が見える。
「ついてきてくれ。シルティナ達もだ。その首につけられた呪具を解除する必要があるし、報告もしなければならない」
「長老様のところね」
「ああ。一緒に説明をして欲しい」
「勿論だわ」
そう言って、ハイン達は内部へ俺達を案内してくれる。
蔦の内側に入ると、そこはもう別世界が広がっていた。木の高さは周囲と変わらないのに、幹が異常に太く、幹と一体化するように家々が作られている。
陽の光も少し差し込んではいるし、集落の中は大小様々な淡い光が灯っていて幻想的で暗くはないという印象だ。どうやら発光性の花や苔があちこちに植えられていて、それを鉢植に植えたりランタンに入れたりして照明代わりにしているらしい。
樹上の家々に向かうための螺旋階段。梯子があちこちに見える。樹上の家の周囲には蔦で作られた足場や吊り橋があり、それぞれの家々を繋いでいた。
「これは――すごいな」
「綺麗ですね。母星では望むべくもありません」
エステルも周囲を見回しながら言った。廃棄物が山と積まれた薄汚い街で育った身だ。軍属になってからも無機質な基地や艦内。コックピットの機械類が常に身の回りにあった。
身近にあった美しい風景と言えば、それこそ星の海ぐらいのものか。それにしたって宇宙に身を置いていれば途方もなく遠く離れていて、手を伸ばしても届かない光の集まりだ。
だからここに来るまでの道中もそうだったが、実際に触れて、匂いの感じられる距離で接することのできる自然の風景の美しさや豊かさに見惚れてしまう。
「気に入ってもらえた?」
視線を戻すとシルティナがにこにこと笑って尋ねてくる。
「ああ。美しい場所だと思う」
率直に答えるとアリアやノーラと共に笑顔を見せるシルティナである。
「それは何よりだ。長老達の元に案内させてもらう。お前達は、シルティナ達がいたということを仲間達に伝えてきてくれ」
「わかりました」
ハインの指示に従って、他のエルフ達は伝令のために走っていった。ハインは下級精霊にも何事か伝言を頼んで、それらが集落の奥へと向かって飛んでいく。
「アリアとノーラについて外に薬草を取りに行ったの。そこを……あの人達に捕まってしまって……」
シルティナが俺にどうしてこうなったかを教えてくれた。シルティナは護衛としてついていったが、最初にノーラが人質にとられてしまって、そのまま……ということだったらしい。こんなところまで人間族がやってくるのは滅多にないということではあったが。
「シルティナ達が戻って来ないから、こっちでも騒ぎになっていたんだ。周囲の捜索をしていたんだが……その奴隷の首輪は大丈夫なのか?」
「つけた人達がみんな、ヴァルカランの亡者に殺されてしまったから、力を失っているわ」
「なら、外すのは簡単そうだな」
奴隷の首輪ね。そんな首輪があるのか。力というが、魔法的な品なのだろう。
用途も想像がつく。こっちでも囚人や懲罰用に似たようなものがあったからだ。あっちは魔法じゃなくてスタンガンや鎮静剤、爆薬が仕込まれている物理的なものだけれど。
ハインとシルティナの会話を聞きながら螺旋階段を上がり、樹上の吊り橋を通って集落の中心に向かう。一際大きな木の幹に、立派な邸宅があった。淡い光に照らされた家の周りには水瓶や植物の鉢植えが置かれていたり、こう、ノスタルジックで幻想的な雰囲気というか。物語や絵本の中で見るような佇まいだ。
到着すると既に知らせが来ていたらしく、内側から扉が開かれてエルフの男女が姿を見せる。ゆったりとしたローブを纏った落ち着いた佇まいのエルフだ。……夫婦だろうか。
「ヴァイネス氏族の長老ライヒル様と、奥方のマデリエネ様だ」
「ソーマ=ミナトと言います」
「エステルです」
俺達も自己紹介すると、ライヒルは静かに頷いた。
「氏族の者達が世話になったようだ。まずは――シルティナ達に施された戒めを解いてしまうか」
目を閉じて何事か呟くライヒルの周囲に、精霊達が集まってくる。無数の小さな光の粒が俺達の周囲に舞い、ライヒルの指先が淡い光を宿す。
それがシルティナ達の首につけられた輪に触れると、ぼろぼろと崩れ落ちていった。シルティナ、アリア、ノーラは嬉しそうに首元に触れる。
「ありがとうございます、長老様」
「それらには既に効力がなくなっていたようだからな。枷の主が存命であればこうはいかない」
そう静かに応じるライヒル。
「それでは、中へどうぞ」
マデリエネがそう言って、家の中に通してくれた。ライヒルとマデリエネは、物静かで落ち着いているというか、超然としている、という印象だ。
長老の家ということでリビングには大きな切り株のような円卓があった。人を招いて話し合いもできそうな間取りというか……実際そういう用途でも使うのだろう。円卓の周りに椅子が並べられており、飲み物の用意も既にされている。
エステルに飲食は必要ない……というか今の時点では採れないが、俺の身体を介して味を知る事は可能だ。データ上からの分析からの疑似的な再現だから、俺の味覚と同じものを感じることにはなるが。
「さて。ではシルティナ。経緯を聞かせてもらえるかな」
それぞれが椅子に座ると、早速ライヒルが促す。シルティナは頷き、アリアとノーラを連れて薬草を探しに向かってからの話をしてくれた。
「ソーマさんもいるから、私達のことも説明しておくわ。まず、私とアリアは歳の離れた姉妹なの。ノーラも従妹で……薬草を取りに行きたいっていうから私が護衛をすれば大丈夫だろうって……一緒にでかけたの」
「いつも薬草をとってる場所……なの」
「あんぜんなところ、だと思ってたのに」
アリアとノーラは少し俯く。
普段採取している薬草の群生地は集落からもそれほど離れていないところにあるそうだが、そこで突然現れた人間達に人質を取られ、シルティナも抵抗できなかった、ということだった。
「あんなところまで人間族がやってきたのですか……?」
「軍はこの地に派遣できないにせよ、少人数なら我らの幻惑の守りを突破し、やって来られる手段もあるのかも知れないな。何にせよ、これからは警備や外に出る時の備えを改める必要があるだろう」
マデリエネで少し眉根を寄せるも、ライヒルは冷静だ。静かな声で言った。
幻惑の守り……魔法的な守りでエルフの集落近くまではやってこれないようになっている、というような理解でいいのかな。
その後は奴隷の首輪をつけられ、森の外まで連れ出されたそうだ。檻に入れられ、連れ去られようというその時に、あの、ヴァルカランの亡者達が現れた。
その後の顛末は俺の知る通りだ。
「遠くから放たれた光の槍が――振り上げた亡者の腕を吹き飛ばしたんです」
シルティナは少し興奮した様子で、長老に対してその後の俺達の戦いについて身振り手振りを交えつつ語っていた。ハインやライヒル達は落ち着いているが、シルティナやアリア、ノーラは割と表情がころころと変わる印象だ。あの時は怖がってシルティナに縋っていたけれど、今はシルティナの解説に合わせて固唾を飲んで聞き入っている様子。きらきらした目をこっちに向けたりもしてくる。
バヨネットの射撃は光の槍、斬撃は光の剣というような形容になっているな。
エステルのハッキングも、細かい光のリボンか帯が飛んで行ったら幽霊達が地面に落ちた、というような表現になっていた。彼女達にはそんな風に見えたということだ。
「光の剣とは……」
「精霊騎士由来の……精霊器でしょうか」
また知らない単語が出て来たな。マデリエネの言葉は気になるところだ。
「精霊騎士と精霊器というのは?」
「こちらでは、精霊の寵愛を受ける者だが……。人間族の間では精霊と契約を交わした戦士達の総称であり、精霊器は契約精霊の力を宿らせた特別な道具のことだ。その形や大きさ、宿した力は何に由来する精霊か、どのような器物を作ったかで千差万別ではあるが、高位の精霊ほど強力な精霊器になる。巨大なゴーレムのような精霊器もあるとは聞くな」
ハインが答えてくれる。巨大ゴーレムの精霊器……。
「寵愛だなんて、そんな」
何やらエステルが頬に片手を当てて表情を緩ませているが……。今の話の重要なところはそこじゃないだろう。
「なるほど……。けれど、その精霊器ではないな。技術的な物で作られた武器というか」
精霊達のことを俺達より知っている彼らに、変なところで嘘をついても仕方がない。腰に装着したバヨネットを見せながら言った。
「それが光の武器か」
「ああ。物騒だし、高熱を発するから、ここでは抜かないけれど」
ブレードの出力を絞って展開するぐらいなら大丈夫かも知れないが、ブラスターの射撃は以ての外だな。流れ弾で火事になったら目も当てられない。
「高熱か……。そうして貰えると助かるな」
苦笑するライヒルの言葉に俺も頷く。話が横道に逸れてしまったが、ライヒルは話の続きをシルティナに促す。
「それで、その後は?」
「何というか、見ている私達にはよく分からなかったのですが……」
シルティナは少し困惑した表情で、亡者達がいきなり動きを止めたことと、集団自決をしたことを話す。
「それは、また……。長く生きているが初めて聞く話だ。ソーマ殿かエステル殿が何かしたのだろうか?」
「いえ。何というか……印象での話になりますが俺と戦っている途中で何かに気付き、驚いて固まっていたようには見えました」
「その後はいきなりでしたよね。私もマスターも、何もしていない、と思います」
「驚いていた……? ふむ……」
ライヒルは顎に手をやって考え込むような仕草を見せる。
「その、ヴァルカランの亡者、というのは? ハインさんにも伝えましたが、俺達は見知らぬ土地に……多分魔法的な事故で流されてきたので、こっちの常識にはとても疎いと言いますか。だから、心当たりもないんですよ」
「亡者達か……。随分と前に滅んだ人間族の王国の亡者達だな。我らも、その頃はこの近辺には住んでいなかったから、何故そうなったか、詳しい事情までは知らないのだが……曰く、生者を憎む不滅の亡者達だという」
「ヴァルカラン王国全ての者が呪いによって亡者と成り果て、滅びることも浄化されることもなく、今も尚、滅びた王国の土地を守るように徘徊していて、土地に不用意に立ち入った者に襲い掛かるのです」
ライヒルとマデリエネはやや深刻な面持ちで言う。
「滅びない……というのは? 彼らは消滅していたようですが」
「その場では消えてもヴァルカランの王国内で回帰するそうですよ。何度か人間族側からも魔族側からも大規模な討伐部隊が差し向けられたようですが、全て無駄に終わったようですね」
「以来、ヴァルカランの地は余人の踏み入れない土地となった。あれらは不変不滅の亡者であり、憎悪に突き動かされながらも知性や理性、生前の技術を残している。必要とあらば組織だった動きもできる、恐るべき者達だ。国土から遠くまでは離れられないようだが、それが無ければ真実、世界は彼らに滅ぼされていたのではないかな」
好戦的で不死身だが、基本自分達の土地からは出てこない、と。それは何というか放置するより手のない相手だな。
しかし……その話を聞くと、あの湖にあった城や遺跡というのは、ヴァルカラン王国に由来するものではないだろうか……。最初にシルティナ達に会えたのは幸運だったかも知れない。そのことがなければ多分……いや、間違いなくあの遺跡を見に行っていただろうから。
自決した理由は不明のままではあるが、ヴァルカランの亡者については分かった。あの人攫い共は、どこまでがヴァルカランの土地か分からずに、彼らの逆鱗に触れてしまったということになる。俺が草原を移動してきた時は襲われなかったが、それは運が良かったわけか。
不時着させた場所がヴァルカランから外れているのか、それとも偶々出会わなかっただけかは分からないが。
『生者を憎むということなら……アルタイルはとりあえずあの場所で大丈夫そうですね』
『ああ。修復のための材料を持っていく時は注意しないといけないけれど』
エステルと脳内で会話を交わす。温度感知は意味がないが、動体センサーなら反応はするか。亡者達にアルタイルをどうにかできるわけでもないが、異常が見られるようなら遠隔操作でこちらに移動させる、ぐらいのことはしても良いかも知れない。できるなら動かしたくはないが、それぐらいなら半壊しているアルタイルでもまだ可能なはずだから。
とはいえ、それは様子を見てだな。亡者達がアルタイルを発見せず、或いは興味を示さずに放置してくれるのなら、それでいいのだから。
「亡者が集団自決した理由は何なのでしょう?」
エステルが首を傾げて尋ねる。
「分かりません。私達も、あれらとは関わり合いになろうとは思わないので、伝え聞いたことしか知らないのです」
それはそうだろうな……。そんな始末に負えない相手、近付くだけ損だ。
この近辺には出現しないからこうやってここに集落を作っているのだろうし、ヴァルカランの亡者と積極的に関わる理由がない以上、その知識だって一般的に知られるもの以上にならない。
となると……連中が集団自決した理由は不明。しかし、亡者らが不滅である以上、あの場で消え去ってもヴァルカラン王国内のどこかで復活はするのだろう。
ということは、傍から見れば集団自決でも、あいつらにとっては撤退するのと同じようなものだろうか? 撤退するにしても、そう決断する理由だとか、俺を見て驚いていた反応だとか、そのタイミングが不可解ではあったけれど。
「だがしかし……そんな亡者達に立ち向かい、シルティナ達を救ってくれたことには族長として感謝をせねばならないな。改めて、仲間の命を助けてもらったことに礼を言う」
「いえ。俺としても正直なところを言うのなら、助けに入れば情報をもらえるかも知れないと、そう判断しての部分はあります」
ヴァルカランの亡者について事前情報があれば、俺はどう動いただろうか。不死、不滅ということを除けば、戦う分には問題はない相手ではあったが。
「それは――突然見知らぬ地に投げ出されたのであれば仕方があるまいよ」
ライヒルは微かに苦笑してそんな風に言った。
「ソーマ殿は言葉や文字の勉強。近隣の情報や、このあたりの常識、情勢といった知識面を求めているとのことです。私としては、彼を客人として迎え、その中で、希望に沿えるようにしたいと思っているのですが、如何でしょうか」
ハインが言うとシルティナ達も頷く、ライヒルはハイン達に視線を送って、真剣に思案しているようだった。
「客人として、か。ふむ……。だが、それを判断する前に」
ライヒルの視線が、こちらに向けられる。
「ソーマ殿と、エステル殿の事情を、話せる範囲で聞かせて欲しい。事故といったが、一体どのような経緯で、やってきたのか」
問われる。そう……そうだな。帰還する見込みがあるとするならアルタイルの修復が前提であるし魔法も必要になってきそうだ。自分達に起こったことをもっと正確に把握するという意味でも、彼らに理解できる範囲で情報を明かして協力を仰いだ方が良いだろう。
エステルを見て頷き合う。言葉にせずとも、俺の生体反応を見れば大体の方針は察しているはずだ。
理解してもらえるかは分からないが、彼らに分かりやすい言葉に嚙み砕いて、俺達のことを話してみるとしよう。




