第83話 西への帰路
「……私達の出番がなくて良かったわね。子爵やあの護衛は勿論、離れることを選択した者達も、特に不自然な反応はしていなかったわ」
ソフィアがそう言うとエデルガルトは道を歩きながらも口元に小さく笑みを浮かべる。囮役になった護衛達はゾラルド丘陵地帯を抜けるのは荷が重いと判断された比較的若手の面々で構成されており、立ち去った護衛達も残った騎士も若手側だ。王女の護衛隊ということで女性も多く含まれているが、残った人物もそうである。
『カーシャ。貴女にも、苦労をかけてしまいますね。本当は、誰に事情を明かす必要もない、と思ったのですが』
『いえ。私は姫様とグラシエーラ様を尊敬しております。王都の貧民街や任務に出かけたあちこちで身寄りのない子供達を保護して教育をしていることもそうですが……。ですからお供として姫様と子供達のことも守れることが嬉しく、誇らしいのです』
残った護衛――カーシャはもう覚悟を決めた、という感じで晴れやかに笑っていた。
『しかし、先程の話にはありませんでしたが、姫様に助成してくださった協力者と言うのは一体……』
『孤児院についたらカーシャと子供達に改めて紹介しますが――西で一度会っていますよ』
『西で――』
カーシャは誰のことかと思案を巡らせていたが、思い至ったのか『ああ』と声を上げた。
『もしかしたら、刺客に襲われた時に割って入ったあの方……ですか?』
カーシャの言葉に、エデルガルトは笑みを深くして答える。
『心配して王都まで陰ながら守ってくれていたようです。義理堅い方だと思いましたよ。3度も私の命を救ってくれた恩人ということになりますね』
『色々特殊な事情を抱えている御仁というのは間違いないな。色々驚かされるだろうが信用はできる……とは思う。ヴィルム神殿の連中などよりは余程な』
エデルガルトとグラシエーラはそんな話をしながらもカーシャを連れて、孤児院へ戻る。
出発前に残った護衛と子供達を俺とソフィアを引き合わせることになった。大部屋に集まって待ってもらい、影から出てエデルガルト達と共に入室する。
「はじめまして。エステルと申します。よろしくお願いしますね」
「ルヴィエラっていうの。よろしく」
と挨拶をしたのはエステルとルヴィエラだ。エステルはにこやかに。ルヴィエラは淡々としているが物怖じしない。
俺は目つきが悪いと言われて子供や初対面の相手に距離を置かれることが多いから……今回は控えめに接しておいた方が良いだろうか。
「ソーマだ。皆のことはきちんと守って、安全な場所に送り届けると約束しよう」
とりあえず立ち位置と役割を明確にしておこう。はっきり言葉にしておくだけでも子供達にとっては心象も違ってくるだろう。
「ソフィアよ。移動した先の責任者みたいなものだけれど、そこでも危険がないように取り計らうから安心して頂戴」
俺が言うと、ソフィアも続く。
ヴァルカランと名乗らないのは子供達を怖がらせないためだろう。移動してから呪い対策してあるから無害なのだと知れば、見方だって変わる。
「姫様の護衛であり旅先での姫様の身の回りのお世話もしておりました。カーシャ=グレイアングと申します」
カーシャはそんな風に自己紹介した。護衛兼侍女のような立ち位置なわけか。囮役になった時、エデルガルトの影武者役として馬車に乗っていたのも彼女だったな。
カーシャは自己紹介しながらも、俺達がどういう人物なのかと冷静に観察している様子も見受けられた。色々聞きたいこともあるのだろうが、我慢しているというようにも見える。
「服や家、身の回りのものはこっちで用意できるが、もしこれだけは手元に置いておきたいという大事なものがあったら、持っていって構わない」
「いいの?」
「ああ。多少の荷物も問題なく運んでいける。必要なものを持ったら庭に集合だな。時間はまだあるが、戻ってはこられないから、荷物はきちんとまとめてくれ」
「聞いた通りだ。焦ったりしなくても大丈夫みたいだぞ」
そう伝えるとグラシエーラが子供達を連れて洋館の中に入っていく。
「随分余裕があるのね。子供達を連れてどうやってどこに逃げるのかって、気になっていたのだけれど……」
カーシャが尋ねてくる。大人数で移動して追跡や追撃をどうかわすのか気になっているようだ。
「行先は西だな。エルフの集落だと思ってくれればいい」
「確かに……会ったのも西だものね。けれど、ヴァルカランが近いでしょう?」
「それに関しては問題ないわ。私がヴァルカランの女王だから。憎悪の呪いにはもう対策ができていると思ってくれて構わないわ」
ソフィアがそう言うと、カーシャは何を言われたのか分からないというような怪訝な面持ちになって、その言葉を十分に咀嚼してから固まり、ぎこちない仕草でエデルガルトを見る。
「どうやら、本当のようですよ」
「そ、そうなのですか……。それならば確かに……王都から姫様を脱出させられたことも不思議ではありませんが……呪いが絡まなければ判断力や理性的で、生前と変わらないというのは、本当なのですね……」
苦笑しながら答えるエデルガルドと、独り言のように呟くカーシャ。
「まあそういうことね。とりあえず、話はついているからその辺安心して頂戴」
「わ、わかりました、ソフィア陛下」
カーシャは王族に接する時のようにソフィアに応じる。
「逃亡の方法だが、刺客から襲われる心配もしなくて大丈夫だ。空を飛んで一気に移動する予定だから」
カーシャの疑問に答えて上空を指差す。
「空から……。そのような方法がヴァルカランにはある、ということなのでしょうか……。いえ、今は詮索するのを止めておきましょう」
エデルガルトには他に頼れる相手がいない。あまり突っ込んだことを聞いて心象を損なっても不利益しかないとカーシャは判断したのか、エデルガルトのすぐ側に控える。
若手とは言うが、王女の護衛役としてはしっかりしている印象があるな。
やがてエデルガルトも伝言となる手紙を用意して目立つところに置き、子供達も庭に集まる。全員での移動はやはりソフィアとルヴィエラに頼り、空から一気にということになるが、エステルもそこに力を貸す形だ。
「流体制御の補助による形成と光学迷彩はこちらで行います。私達の常識の範囲で安全な乗り物を作って、それで西へ向かうとしましょう」
「分かったわ」
精霊騎士の力で湖水を呼び寄せるソフィアとルヴィエラ。赤い水はエステルの補助によって機体の形を形成していく。血の質感では子供達に受け入れられないと思ったのか、半透明な結晶のような質感になって固まる。
「こ、これは何ですか?」
「こんなものが……あっという間に……」
エデルガルトとカーシャが声を上げる。
「輸送機……要するに人と荷物を乗せて、移動できる乗り物だな」
戸惑うように尋ねてくるエデルガルトに答える。グラシエーラや子供達も興味津々と言った様子で輸送機の外観を眺めている。ソフィアとルヴィエラの精霊騎士としての力。それにエステルの流体制御によるサポートで作られたのは垂直離着陸式の輸送機だ。
何というか……全員が乗れる程度の最低限のサイズになっていたり、細部のデザインに変更は加えられているが、軍の地上基地で使っていた輸送機ほぼほぼそのままだな。エステルのライブラリにデータがあるからそのまま流用したわけか。
「これが移動するのか……すごいな」
「実際は、外からは見えなくしますから目立つこともありません」
グラシエーラに答えるエステル。空を飛ぶ、と言わないのは乗り込む前に怖がらせたくないからだな。機体側面にあるはずの窓がないのも、子供達を怖がらせないためだろう。
「何だか、赤くてキラキラしてて格好いい」
透明感のある赤い結晶のような外装は、子供達には中々好評なようだ。
「これは俺が操縦すればいいのか?」
マニュアルはインストールされているから飛ばす分には問題はないが。
「そうですね。飛ばすと言っても磁力レールで打ち上げて揚力回りを制御するだけの疑似的なものではありますが……マスターが入力操作してくれた方が私も力を発揮しやすいのは確かです」
なるほど。やる気というか、エステルの在り方に根差したものだろうか。エステルが力を発揮するにしても俺からの命令や魔力供給があるとより効率的に力を使えるということらしい。この辺や契約精霊や精霊術のルールにも則ったものだろう。
「分かった。それじゃあ、みんなは後ろから乗り込んでくれ」
後部ハッチは開かれた状態になっている。そこから乗り込む形になるが――内装が普通と違うな。軍のものは後部ハッチから貨物室に繋がっており、その隣に人員が座るためのスペースが設けられている。ここは本来、機体の左右一直線に並んだ座席がついているという機能最優先の味気ないものだが、これの場合は旅客機のようなシートと座席配置になっていた。
しかも外装は水晶のように硬化しているのに、シートは弾性があるというか。
流体制御の結果か。エステルの拘りだろうな。コクピット側には小窓が付いていて後部の客室と直接声でやり取りができる。本物は勿論こんな作りではなく、きちんと操縦席と後部は扉で閉ざされているのだが。
子供達は正体がわからずとも何か乗り物に乗るというのが楽しいのか、和気藹々と乗り込んでいた。エデルガルト、グラシエーラ、カーシャはそれぞれが機体の前、真ん中、後部と分散して座って子供達の様子が見られるような配置につく。ソフィアとルヴィエラ、ロスヴィータは固まって前方の席。俺とエステルは機長席と副機長席に座ることになるだろう。
貨物室に皆の荷物を置き、全員が座席に座ったところで改めて点呼を取る。間違いがないことが確認したところで、スイッチを押せば後部ハッチが閉じる。
「さて。それじゃ行くか」
「いつでも大丈夫ですよ」
マニュアル通りに動かすと――エステルの疑似的な制御に伴い垂直に機体が高度を上げていく。
垂直に上昇するという不慣れな感覚に、後部座席の子供達から楽しそうな声や戸惑ったような声が上がる。前の座席の小窓から操縦席側を覗かないと外が見られないということもあって、何が起こっているのかよく分かっていないようだが。
一定高度まで上昇したところで、機体は西に向けて飛翔を始めた。動き出してしまえばそこからはもうかなりの速度だった。これなら、それほど時間もかからずに目的地へ到着するだろう。




