第81話 ライゼス子爵との面会
『私達はこれから、ライゼス子爵のところへ説明に行って来る。結界は張っておくから、私達以外の誰が来ても通さないように』
グラシエーラが子供達に言い含めると、年長の子供達は「任せて」「絶対誰も通さない」と真剣な表情で答えていた。
『すぐに戻りますよ。約束です』
エデルガルトが笑って言う。子供達も納得したようで、そのまま敷地から出るエデルガルト達を見送り、母屋の中へと戻っていった。
「あの子達がエデルガルトの奔走している理由というか、動機ってことでいいのかな?」
『そう、ですね。私にとっては充分な理由になります。その……昔、お忍びで城を出た時に人攫いに合いそうになって……エディに助けてもらったことがありまして……エディと知り合ったのもその時です』
『私もその頃は家を無くし、王都の貧民街に身を寄せていたんだ。食うに困って冒険者もしていたし魔法も使えたからな。そのままエディに乞われて子供達の救出も手伝ったというか、エディの機転で子供達を救い出したというか……それが出会いだな』
その時にスラムの暮らしを目の当たりにし、民の暮らしを良くしたいとか、そもそもそういう子供達が生まれるような状況を作らないようにしたいだとか、そういうことをエデルガルトは考えるようになったのだと言う。
『私はまあ……その時できた縁でエディが王城から持ち出してきた魔術書を読ませてもらったりしてな。今、魔道具作りで資金を稼いだりできているのはエディのお陰ではあるな』
……なるほど。その頃から志を同じくしているというわけか。グラシエーラはグラシエーラで、スラムの子供達が救出の助力を求める程度には当時も親切にしていたのだろうと思うし。
そういうことなら……俺のことも話しておくか。
「俺も……孤児院出身だった。だからまあ……そういう状況にならないように改善したり、なってしまった子供達を保護したりってのは……応援できる話ではあるかな」
『そう、だったのですか?』
エデルガルトは目を瞬かせている。
「ああ。仕事もな。宇宙――空を飛べる仕事がしたかったってのもあるんだが、軍人になればとりあえず給与は安定してるし平時の衣食住は保障されてるから、恩返しに施設への仕送りもできるかと思ったんだ。結局、魔族みたいな敵対的種族との全面戦争が始まってしまって、後のことだとか考えられる情勢でもなくなったから、仕送り以外で給金を使う機会もなくなってた」
休暇をとったりして使う当てもなかったしな。
「ま、そんなわけだから、個人的にも応援してやりたいとは思う。真偽も分からないこんな話が信用に繋がるどうかはわからんが」
『いや……。そういう話をしてくれるというのは、信用を築こうとしてくれているという現れだろう。気遣いには感謝する』
グラシエーラが答える。そんな話をしながら通りを進んで領主の館へと移動する。
門は開かれており、エデルガルト達が中庭に進んでいけば、そこにはエデルガルトの使っていた馬車が停められていた。
神殿から逃げる時に囮にした馬車だな。……領主の館に置いておくことで、注意を孤児院からこちらに引き付けることもできる。それと……領主の館にはやはりアストラルナイトが置かれている。剣を地面に突き立てるようにし、陽の光を浴びて静かに立つ。目が覚めるような青い機体だ。
『ライゼス子爵の通り名の由来の一つだな。子爵には雷の契約精霊がいる』
『そうですね。彼は精霊騎士です』
「なるほど。それなら、魂の入れ替えは無理、だと思う」
ルヴィエラが言った。
『そうなのか?』
その言葉にグラシエーラが尋ねるとルヴィエラが頷く。
「ソフィアが真祖に変化した時はそれが分かった。ずっと昔、私は王家の別の人と契約していたこともあるけれど、人の魂の感じ……波みたいなものはそれぞれ、違う」
『つまり……精霊騎士の後からの入れ替わりは契約精霊に気付かれてしまうわけですか』
「そう。ソフィアはソフィアだから、契約は変わらない。けど、中身が違っていたら多分、契約も切れる」
なるほどな。契約精霊までもがそれを了承している場合を除き、後から精霊騎士を挿げ替えることはできない、というわけか。
備え付けのノッカーで扉が叩くと程無くして開かれ、中からメイドの女性が顔を出す。
『グラシエーラ様。それにエデルガルト殿下……。ご無事で何よりです。子爵と護衛の皆様がお待ちしております』
メイドはエデルガルトの来訪を事前に知らされていたからか、その姿を見ても落ち着いた様子で応対する。
エデルガルトは頷くとそのままグラシエーラと共に屋敷の奥へと進んだ。
貴賓室へ向かうと、そこに護衛達も通されていた。映像では見たことのない人物が更に一人。中肉中背。口ひげを蓄えた紳士然とした人物だ。彼がライゼス子爵だろう。
『これはエデルガルト殿下。ご無事で何よりです。来訪すると聞き、お待ちしておりました』
ライゼス子爵が一礼すると、護衛達もそれに倣う。
『お待たせしてしまいました。その節は、作戦に協力し、皆を匿って下さって感謝しております』
『いえいえ。お安い御用です。私も軍事面で関わったことはありますが、ヴィルム神殿の関係者の好戦性には……戦いに身を置く者としては少々思うところもありました。貴人の暗殺や誘拐による冤罪で開戦を帰途するとは……度し難いと言わざるを得ません』
落ち着いた様子でライゼス子爵が言った。ライゼス子爵に関する印象を言うなら、泰然自若、と言う奴だろうか。物腰、所作に隙が無く、確かに腕が立ちそうだ。
『はい。しかし神殿から追われていた一件に関しては……私が王城に到着した時点で一段落したもの、と思われます。王城や王都にもヴィルム神殿に立場の近しいものはいたと思いますから』
『でしょうな。完全に警戒を解くのは時期尚早ではありますが……』
『そうですね……。しかし今はもう、別の問題が持ち上がっています。今回訪問してきたのはその注意喚起ではあるのですが……。ただ、私にはもう何か申し上げる資格はないのかも知れません』
エデルガルトの物言いにライゼス子爵が怪訝そうな表情を見せる。
『資格がない、とは?』
『誓って法を犯したであるとか、後ろ暗い事をしたわけではないのですが……私は既にある者達に追われる身なのです』
エデルガルトは淡々と、何気ない口調から衝撃的な内容を口にする。ライゼス子爵と護衛達の動きが一瞬固まる。
『それは……殿下……一体どういう……』
護衛達が恐る恐ると言った調子で尋ねれば、エデルガルトは静かに、落ち着いた調子で応じた。
『話をしても良いのですが、それを知るだけで……知っていることを悟られるだけで危険が生じます。誇張ではなく、知っていると思われた時点で口封じを考えられるような話ですね』
そこまで言ってエデルガルトは居合わせた面々に視線を巡らせる。グラシエーラも困惑した護衛達から視線を向けられ、エデルガルトの言っていることは間違っていないというように真剣な表情で頷いて見せる。
それで、エデルガルトが本気なのだということが伝わったのか、再会で少し緩んでいた場の空気が緊迫したものに変わった。
『一先ず、私の知った秘密を聞くかどうかともかく、これから起こると予想される出来事に関する注意をしに来たのです。秘密に関しては……私とは会わなかったことにして、ここで別れるという選択肢を取る方が良い。どちらにせよ、私達は――協力者と共に子供達を連れ、迷惑をかけないように子爵領からも離れる所存でいますから。そういう意味では……そうですね……私の事情は子爵にはお伝えしない方が良いでしょう』
『子供達と共に……。それは、孤児院の子供達が貴女を誘き寄せるための人質として使われないように、ということですかな?』
ライゼス子爵は……流石にその辺察しが良いな。王国がいずれ王女の死体が残っていないことを確認し、様々な可能性を考慮して秘密を守るために子爵領にも使いと兵を派遣して子供達を引き渡すように言ってくるだろう。
名目は--そう。王女の意思を引き継ぎ王都で預かる、でも何でもいい。大義名分があれば裏の事情は何でもいいし、ライゼス子爵とて表向きの体裁さえ整っていれば断れないし、事情を知らなければそもそも断る理由がない。
但し、子供達の扱いが実際はそういうものだとなれば話は別だ。子爵は後で知って後悔するか、話に適当な理屈をつけて断り、国から王女との関係を疑われながら対立するかしかない。
エデルガルトとグラシエーラとしては子爵に迷惑をかけず、子供達を確実に守るならば、王国の手が届かないところに連れて行くしかないのだ。能力の問題としてではなく。立場の問題としてライゼス子爵は彼らを守れない。子爵は王国の貴族であり、領民達も守らなければならない立場なのだからエデルガルト達のように出奔するという選択肢はとれない。
『分かりませんな……。殿下にそこまでの覚悟を抱かせるほどの秘密とは……。いえ、先にこの先に起こる出来事の注意、というのを聞いておきましょうか』
『はい』
ライゼス子爵に促されてエデルガルトは話を続ける。
『注意というのは西のことです。止めようと動いていましたが……西での戦いは起こる、と思います』
『そう、なりますか……』
ライゼス子爵が残念そうに眉を潜める。王国の西といえば、ヴァルカランと竜の山脈。それを超えたところにあると言われる魔族の国。どれであれ厄ネタだが、一連の出来事に照らして考えるならそれは、間違いなくヴァルカラン絡みだろう。
『はい。神殿と王の意向は、一致していますから、少なくとも派兵はされるはずです。派兵の規模やいざ戦いになってしまった場合、どの程度のものになるかは分かりませんが、出兵や参陣を求められても、前には出ないようになさってください。子爵やあなた方の武勇を疑うわけではありませんが……本気で戦ったりはしないことです。例えば私の敵討ちだとか、そんな理屈をつけてくるようであれば尚のことですね。固まって、被害を減らし、生き残ることを考えて下さい』
『……忠告として留意しましょう。とはいえ、私に参陣の要請があったとしても、あまり戦場では当てにはされないとは思うのです。私は精霊騎士ではありますが、アストラルナイトの改修に応じておりませんからな』
『改修、ですか。あちこちで進めているとは聞いていましたが……』
エデルガルトが言うとライゼス子爵は静かに頷いた。
『左様。魔工技師の話によれば精霊を捕えて眠らせ、封じ込める力を持つ……魔法の炉を組み込むことでアストラルナイトの性能が向上するという話でした。新造機に組み込まれ、既存のアストラルナイトの改修も進めているという話でしたが……私は精霊騎士でもあります』
契約精霊の加護を受けたアストラルナイトに、そんなものを組み込みたくなかったために安全性や精霊との信頼、それに金銭面やら仕事が多忙だとか、あれこれ理由を付けて断っているのだとライゼス子爵は言った。
組み込まれた精霊を解放するために解析したあの動力炉だな。王国としては精霊騎士の強力な機体をより強力なものにしたいわけか。……改修を勧めているというのなら、尚のこと捨て駒にされるようなことはあるまい。
エデルガルトがヴァルカランに助けを求めたという情報はゴファール側にはないだろうし、護衛達にそうした情報は一切渡してはいない。王女と繋がりの強いライゼス子爵だからという理由で考えた場合でも、西の戦場でもそういう使われ方はしないだろうとは思う。
それに……実際ライゼス子爵やその領民達が兵として前に出されたとしても、相対するのが俺達である以上、いくらでもやりようはあるか。




