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第80話 子供達への想い

「――ソーマ殿のことは知らないから今の私には何も言えないが……ヴァルカランの女王がそう戦力分析をしたというのであれば……そうなのだろうな」


 グラシエーラは俺達の言葉に少し考えた後でそう言った。


「……いずれにせよ一度引き受けた子供らを私達の都合で放り出してはいけない。子供達に話をするのも必要だが、私自身も子供達を連れて西へ同行させてもらいたいと思っている。我らだけでは子供達を守る事ができない」

「勿論構わないわ。元よりそのつもりでいたもの」


 子供達を放り出しても元の生活に戻るだけでは済まないしな。エデルガルトに対して人質として有効に働く上に人数までいるとなれば、何人かを見せしめに処刑することだってできてしまう。

 その上、孤児達では社会的な役割や立場が弱いからその非道に対する非難の声も裏切り者の王女の味方だなどと理屈を付けられてしまえば大きくはならないだろう。要するに必要とあらば躊躇わないだろうというのが想像できてしまう。


 放り出していけないし、例えばライゼス子爵が身元を引き受けると言ってもエデルガルト周辺の厄介事を抱え込むことになってしまう。


「もっと言ってしまえば、子供達が大人になってしまえば、その顔を覚えている者もいまい。自立できるだけの知識と技能を蓄えて、時勢が変わっているなら、最終的にはゴファールに帰ることもできる選択肢も考えられる……ということで良いのかな?」


 俺達に視線を向けてくるグラシエーラ。年月が経ってしまえば、ゴファールの王達は孤児院出身者など覚えていないし気にも留めないだろう、という判断なわけだ。

 いずれ帰ることができる自由はあるのかどうか。エルフの集落やヴァルカランで見聞きした情報が漏れる可能性を考えれば、行動の自由が認められないかも知れない、という危惧も考えられる部分ではあるか。


「私は問題ないと思うわ。その頃には状況も変化しているでしょうし。帰れる、帰れないはその時にそれぞれが判断すればいい。無理に引き留めるつもりもないわ」

「そうだな。軍事的な秘密の漏洩だとか技術の漏出だとかは、こっちで見せるもの、話すことに気を付ければいいだけの話だ」

「その辺は、どこの国でもしていることだものね」

「そうか……。どちらにせよ今の私達に選択の余地はないが……安全になれば帰れるというだけでも子供達にも安心してもらえるだろう。感謝する」


 グラシエーラが言うと、エデルガルトも一礼する。


「私からも改めて感謝を。子供達に話をしたら……ライゼス子爵と護衛達にも伝えることにします」

「ライゼス子爵は信用できる人物?」


 ルヴィエラが首を傾げて尋ねると、エデルガルトは頷く。


「私は――そう思っています。英傑の目覚めのような……若い頃からの評価の変化もなかったと記憶しています」

「武芸に優れるだけでなく、領民を大切に思っていて話のわかる御仁だ。王都のスラムに子供達が増えたことに、気に留めていてな」

「土地を探している時に、自分のところなら受け入れられる。屋敷も空きがあると、そう言ってくれました。時間の余っている時の教育による人材育成もできるし、繁忙期の農作業の手伝いをすることで将来的な開拓村の入植を優先して認めてくれる……。そういった事に許可を頂いていたわけです。私としても将来、騎士や魔術師、文官といった人材の育成に繋がるもの……と期待していたのですが……」

「なるほど……」


 それだけに領民を守るためならば子供達の避難に対しても理解を示し、黙認してくれるだろうというのがエデルガルトとグラシエーラの見解だ。


 子爵では武勇に優れていようと国を敵に回せるわけもない。王女のことは知らない。勝手にやったことで通した方が互いに幸せだろう。


 そう言う意味では護衛達にも子爵にも余計な情報を渡さずに行方を晦ました方が良い。国を追われて王国を離れるのだから、理由はどうあれゴファールにとっての裏切りと見られてもおかしくはない。そもそも入れ替わっていて最初から敵側だった場合は論外で、話をするのはそれだけ最初からリスクを孕んでいる。


 それでも警告を促したり情報を渡すのは――エデルガルト達にしてみると俺達と王国軍が戦うとなった時や王家と接する時に子爵や護衛達に立ち回りを考えてもらうためでもあるだろう。つまり……彼らへの恩を返し、義理を通すためだ。

 兵をどのぐらい出して、西が戦場になった時に戦場のどこに立つのか。国に対して通すべき義理や果たすべき任務があるのだとしても、積極的に前に出てきて敵に回らないなら子爵領から出てきた兵や護衛役を務めていた者達に対して、配慮ぐらいはできる。


「護衛達にも――ライゼス子爵の館に移動して頂きましょう。もし敵になった場合、戦っているところを子供達には見せたくありませんから」

「そうだな……。そうなると、彼らをどう移動させたものか」

「私からの書状を受け取ったという形でなら、子爵のところに集まってもらう理由にはなるかと。封蝋はありませんが、私の筆跡は彼らも覚えているでしょうし」


 どうやって護衛達を移動させる、どう話を切り出すか。その辺りの段取りをエデルガルトとグラシエーラは相談する。

 情報を明かすにしても、何処まで明かすのか。国家の機密であり、恥部だ。知る事、関わる事そのものがリスクである以上、下手に知らない方が良いし、知ろうと探ろうとしない方が身の安全に繋がるという部分はある。


 特に、囮部隊としてここに逃げ込んだ者達は若手が多く、エデルガルトとの関係性も薄いという者も多いらしい。敵との繋がりは分からないし、それがなくとも、将来ある身を関係性が薄いのに引き込むのも忍びない……とエデルガルトは考えているようだ。


「知らない方がいいと前置きした上で、それでも聞きたいと言った者にだけ明かす形にすればいいだろう。場合によっては命を狙われると覚悟した上で決断するのなら受け止める側の問題だ」

「それに私は身体的反応で判別するから、事実を明かした時に判別しやすくなるわ。最初ににおわせておけば、事情を知るものなら察しを付けられるから、真実を明かされても演技をしようと振舞う。仮に事情を知らなくとも国王の利になろうと動こうとするなら、エデルガルトに対して敵意、殺意に近い感情を抱きながら協力を申し出てくるでしょうから」


 ソフィアの判別はそう言った嘘偽りにはかなり敏感だということだ。嘘を吐こうと身構えた時、体臭や心拍数が変わるのだとか。

 敵が紛れ込んでいた場合であるとか王家への忠誠から――エデルガルトを捕えようと動く者であればそれはソフィアが判別できる。


「敵だった場合は……一戦交えることも覚悟しなければなりませんね。ライゼス子爵は武芸に優れる人物、ということを念頭に置いておいて下さい」

「分かった。アストラルナイトを保有している人物だしな。俺達はさっきと同じように影の中に隠れて様子を見て、判別がついた段階で不意を衝く形がいいだろう。例によって結界のワンドを使って身を守ってくれ」


 エデルガルトの言葉に応じる。まずは――護衛達に移動してもらい、子供達に話をするところからか。混乱も予想されるが、上手く話を進められるかはエデルガルトとグラシエーラに任せるしかないな。




 エデルガルトはまず書状を書いた。外に向けてのものではなく、エデルガルトからグラシエーラ宛てに送られてきたという体でのものだ。

 神殿の問題は解決したが、別件の問題ができたこと。但しそれは、護衛達や子爵は関係がなく、あくまで自分に関する問題であること。すぐに話をしにいくので、領主の館にて少しの間待機していて欲しい、ということ。


 そんな内容だ。「遣いに手紙を預け、それをグラシエーラに届けてもらった」という名目でエデルガルトの記した手紙を見せながら伝えると、護衛達は筆跡を確認すると間違いないと頷き合う。

 彼らは潜伏と護衛のためにここにいるが――グラシエーラの孤児院は元より結界で守られている上に、ライゼス子爵領の雰囲気もあって余所者が目立つから攻められにくい。


『まあ……日中ならば大丈夫でしょう』

『そうですな。神殿側の問題は無くなったとのことですし』

『しかし、神殿の刺客――末端に情報が伝わるまで間があるやも知れません。陽が落ちたらこれまで通り護衛の任につきましょう』


 と、護衛達も納得して移動していった。


『では、子供達に話をしてくるとしようか』

『わかりました』


 グラシエーラとエデルガルトは連れ立って、教室代わりにしている大部屋へと向かう。

 エデルガルトのテクスチャーは解いている。本来の姿になってグラシエーラと共に教室に顔を出すと、子供達は笑顔になる。


『姫様だ!』

『エデルガルト王女様!』

『お帰りなさい!』


 と、子供達はがたっと席を立ち、エデルガルトとグラシエーラの前に集まっていた。


『はい。随分と心配させてしまったようですね』


 そんな子供達の反応に、エデルガルトは表情を綻ばせる。少しの間子供達に囲まれて盛大に出迎えられていたエデルガルトであったが、やがてグラシエーラが宥めるように言った。


『気持ちはわかるが――落ち着け、お前達。今は少し……時間がなくてな。皆に大事な話があるのだ』


 そう切り出すグラシエーラに、子供達は神妙な面持ちになる。少し普段と雰囲気が違うというのを察したのだろう。

 一口に子供達、と言っても、上は後数年もすれば孤児院を出られる年齢、下はまだ幼いと呼べるような子まで様々だ。それでもそういう空気には敏感であるのは孤児だからだろう。状況を見て動かなければ、生き延びることができない。不安げな表情を浮かべる者もいる。


『そうですね……。皆には苦労を掛けてしまう事にはなるかと思います。……私は……追われる身となってしまいました。その……誓って間違ったことや罪を犯したというわけではないのですが、暫くの間、身を隠さなければなりません』


 エデルガルトとグラシエーラが言うと、子供達の顔が曇る。


『エデルガルト様、どっかにいっちゃうの!?』

『そんなのやだ!』


 年少の子供達が騒ぐも『落ち着けって』『まだ姫様は私達にどうして欲しいって言ってないでしょう』と、年上の子供達がそれをなだめる。


 比較的冷静な者は話がどういう着地点を見せるのか、固唾をのんで見守っている。そんな印象だった。

 こういう反応は――エデルガルトとグラシエーラが信頼されているということの裏返しでもあるだろう。

 エデルガルトは目を閉じる。


『ありがとう。私は一人で逃げるつもりはありません。みんなのことも守るために一緒に連れて行きたいのです』


 一旦言葉を切っての、僅かな沈黙。それから更に言葉を続ける。


『みんなで逃げる方法も、逃げた先でみんな一緒に住む場所も……もうあります。そこは大丈夫ですが……馴染んだ場所を離れさせることには、苦労や心配を掛けてしまいますね。故郷を追われ、私達のところへ来て……それからまた別の場所に、だなんて。暮らす場所をあちこち変えさせてしまうのは、心苦しいのですが』


 独白するかのような呟き。審判を待つように目を閉じたまま俯いているエデルガルト。

 安定した環境、安心できる場所を。そういうものを与えてやりたくて、孤児院を作ったのだろうし、孤児院がそんな場所になってくれているという自負もあったはずだ。そういうものを捨てさせて、皆で逃げなければならない。本来しなくていい苦労を、自分や国の都合で負わせてしまっている。そんな心苦しさは……想像に難くない。


 だが――子供達の反応はエデルガルトの予想してたものとは少し違ったようだ。一緒に連れて行きたい。守るために必要なこと。その言葉が出た時点で、子供達の顔に合った不安が薄れたのだ。


 投げ出されるわけでも、見捨てられるわけでも、会えなくなるわけでもない。それに、エデルガルトが捕まるというわけでもない。


 孤児院から立ち去らなければならないが、周りにいる者は変わらない。だったら、それぐらいは別に構わないということだろう。子供達は顔を見合わせ合って頷く。


『エデルガルト様、大丈夫だよ』


 一人が言うと、エデルガルトが目を開ける。そこにはエデルガルトを見守るような子供達の笑顔があって。


『みんな一緒に行けるっていうなら良いよ』

『そうだよ。ここはいい場所だったけど、住む場所が少し変わるぐらい、私達慣れてるもん』

『だから、姫様、そんな顔しないで』


 そんな風に言われたエデルガルトは、周囲の子供達の顔を、表情を焼き付けるように見回していた。


『あなた達……。ありがとう』


 エデルガルトも微笑んで答える。場所が変わっても一緒なら大丈夫だと。その言葉はエデルガルトとグラシエーラへの信頼に他ならない。方法や行先を聞かないのも、二人に任せておけば間違いないという想いの表れだろう。この辺は人徳というか日頃の行いだな。


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