第79話 エデルガルトが望むことは
「自己紹介が終わったところで、俺達の事情も説明していこう。何分、脱出が優先だったから細かい説明も後回しだったんでな」
「経緯についてはエデルガルトさんの手紙か護衛の方々から聞いて、把握しているんですか?」
エステルに尋ねられるとグラシエーラは頷く。
「ああ、まあ……エディの事情については大体のことは」
なら、説明は割とスムーズにいくか。
「それじゃ、私達の話からかしらね」
ヴァルカランの過去の出来事を伝えていく。グラシエーラはソフィアの語る内容に途中から眉根を寄せながら聞いていた。エデルガルトに同調して孤児院を営んでいるような人物だ。ヴァルカランに過去起こった出来事の真実を不快なものとして受け取っていたようだ。
「その上、他者の肉体を奪って、王族やその側近がいつからか分からない程に延命しているか。ろくでもないな」
「直接の仇の一人と分かったから、それは脱出の前に磨り潰したけれどね。オーヴェンハウトと言ったかしら?」
「宰相だ……それは。長年国政に携わって来た重鎮だが……欠けたとなると影響が大きそうだな」
頭痛を堪えるようにグラシエーラは額を抑える。
抜けた穴埋めか。ずっと同じ人物に任せていたと考えるなら、それが欠けたわけだからゴファール王視点での後任選びは確かに面倒なことになるか。
同類に適任がいればそれに任せればいいのだろうが、そうでなければ引き込めるような相手かどうか見定めるところから始めなければならない。
仲間に引き込むこと自体は、人となりを見ればそれほど難しくもないのだろう。
疑似的な不老不死。永遠に生きて権力者としての生を謳歌できるともなれば、それを望む者も多いはずだ。もっとも……祭具や祭壇を破壊されてあの儀式を継続できるかどうかは不明だが。
「ま、そんな理由もあって私達はこの世界に由縁のない――別の世界から召喚された、断絶者をずっと探している。最近になってそういう者を見たと、部下達から報告があったのよ。エルフの集落に調べに行って、その人物……ソーマ達と出会ったというわけ」
「では――ソーマ様は勇者なのですか?」
「いや……別に誰に召喚されたわけでもない。偶発的な事故でこっちに流れ着いたと思ってくれればいい」
エデルガルトに答える。
「だから、私達の憎悪はソーマとエステルには向かない。誤解は解けて、そのままソーマ達には随分と世話になっているわ。ま、貴女方の一番知りたい話をはっきりさせておくのならば……外で行動できるようにはなったけれど、断絶者や騙した仇達のことを除けば、私達は別にその子孫達に戦いや復讐をしなければならないと思っているわけではないわね」
「そう、か……」
グラシエーラはソフィアのその言葉に目を閉じていた。ヴァルカランの者達が国土から自由になり、外征を始めたらどうしようもない、と考えてしまう部分はあるのだろうが。実際は魔道具による限定的な解呪だからな。そうはならないし彼らは完全な解呪になればどちらかというと、静かな眠りを望んでいる……ように感じられる。俺への義理がある、なんて言ってはいたけれど。
「俺達は帰還のための手がかりを探るか、或いは残してきた仲間に、生きていると報告できればそれでいい。後は……エルフの集落で平和な暮らしを過ごせればそれで十分……と思っていたんだがな」
「ですが、そこにゴファール王国の部隊が精霊を目的に攻め込んできた、というわけです」
マインラート達のことは予想していたのか、その話をしてもエデルガルトもグラシエーラも驚いた様子はなかった。そうなるとヴィルム神殿の話も予想がつくか。
「攻めてきたのはマインラート卿とヴィルム神、そしてその部隊ですね」
その通りだと首肯し、その時の経緯を話していく。エデルガルトもグラシエーラも、相手がエルフ達だからと彼らの行いを肯定することはなかった。話の腰を折るような事も無かったが、略奪に対して思うところがあるのか不快げに眉を潜めている様子だった。
ただ、実際に撃退したのがヴァルカランの面々による物量ではなく、俺達とソフィアだったというのには驚いていたようだが。
「ヴィルム神の呪いもその時の戦いが原因だったわけですね」
「マスターに呪いを向けてきたので。それを防いだ時に、ヴィルム神にこちらからも干渉できるタイミングが生まれましたからね」
エステルは頷く。それに関して、エステルは譲る気がない。俺も否定しない。それが原因でこれからもう一戦交えることになろうともだ。どちらにせよ、あの国王達とは相容れない。
エデルガルトも、それを解除して欲しいとは言わなかった。国力の低下に違いはないだろうが、国王達の行いや国の方針を考えると、戻して欲しいと言わないのは当然のことだろう。
「ともあれ、攻め込んできた連中を潰して、ゴファール王国の情勢を探るためにエルフの集落から森の調査に出たところで、エデルガルトを見かけたわけだ。神殿の連中に狙われていることを知ったから、その思惑を潰して……ゴファールとの戦いは避けられないまでも、その時に交渉相手が必要になる。エデルガルトは望ましい相手だったから、助けようと思ったわけだ」
「見る目があるな。エディを助けてくれたことには感謝しよう」
俺の言葉を聞いたグラシエーラが満足げに頷いていたりするが。そんなグラシエーラに、エデルガルトは苦笑してから俺達に向き直り、頭を下げた。
「改めて……幾度も助けていただいたことに、感謝します。その……ご期待に添えられなかったのは申し訳ありません」
「いいさ。国王達の背景や行動は予想外だったしな」
「知らずに和解していた方が、私達にとっては耐え難いものだったわね。戦いが避けられないというのなら、迎え撃つ用意と心構えはあるのだし。エデルガルトにとっては頭の痛い話かも知れないけれど」
「そう……ですね。ですが、ソフィア様達の考え方を聞いて、戦いになっても……少なくともヴァルカランの方々から民に非道が行われることはないだろうと安心できる部分はありました」
エデルガルトは真剣な顔で言う。そうだな。その見解は正しい。
「ふむ……それで、私達にも警戒はするようにと伝えに来たわけだ。エディがこれからソーマ達とどう関わり、ゴファールにどう働きかけるのかは今後の状況次第なのだろうが……その時、私や子供達が足枷になることはあり得るだろうからな」
「……はい。シェラや子供達は多分、私に対する人質になり得る……と思います。ですから、護衛達にも私の顔はまだ見せていませんが……頃合いを見て彼らが王都に帰れるように声をかけておきたいなと」
エデルガルトはグラシエーラ達であれば自分に対して強力な人質に成り得るという自覚があるのだろう。だから、人質に使われることがないように先手を打ちに来た。或いは何も伝えずにいた時、後悔しないように手を回したというところだ。
「要するに私や子供達が利用されないように注意を促し、護衛達にも自衛できるよう、注意喚起に来た、と」
「そうですね。護衛の皆さんは戻る場所がありますから」
「昔の私のように根無し草ならば行動の自由はあるのだがな。護衛達はお堅い職業だものな。エディを選ぶなら覚悟も必要だろう」
護衛達は王国側の人間だ。エデルガルトか国かと問われた時、仮にエデルガルトを選ぶなら、仕事や家族、友人に恋人といったそれまでの全てを捨てなければならない。その選択肢は……確かに中々取れないだろうし、護衛の任務はエデルガルトが一度王都に到着した時点で達成されているとは言える。そこから先は、国を出奔する王女に対してどう動くのかという別の話になってくるわけだ。
「一応、言っておくわ。子供達の安全を確保したいというのならば、西で受け入れる用意はある。呪いによる憎悪は対策が取れているし住居もある。衣食住と安全は保障するわ。周囲にいるのが私達と、ソーマ、エステル、エルフ達という環境にはなるけれど」
「それは――子供達ごと西まで逃げるということか」
「私とソフィアなら、みんな纏めて迅速に逃がす、ぐらいのことはできる」
ソフィアの提案と疑問に対するルヴィエラの答えに、グラシエーラは真剣に悩んでいる様子だった。元々王都で孤児であった子供達だ。エデルガルトが個人で孤児院を作り、グラシエーラと共に経営していたわけで、エデルガルトは手を差し伸べていてもゴファール全体としては見捨てていた者達だと言える。騎士達、兵士達と違ってゴファールに残る義理はない。
一方で、エデルガルトへの対策として孤児院が将来的に狙われる可能性はというのは実際どの程度か。
エデルガルトの生存をゴファール王が知った場合、捕えて再度乗っ取りを図るか、祭壇と祭具が破壊された現状、それが叶わないなら口を封じるために幽閉、或いは殺害という手に出てくる、というのは想像に難くない。
エデルガルト自身は国のため、民のために自分の命を使うことも辞さないという程度には覚悟のできている人物だ。だから、それに対して投降を促す、或いは言う事を聞かせるならば本人の命よりも周囲を人質とする、ということになってくる。その点、グラシエーラや子供達はウィークポイントに成り得る。本人が、そう自認する程度には。
「本気で守るつもりならば、すぐに決断しなければならないな。しかし……ゴファールと戦って、守れるのか?」
「王国の短期的な要求……というより目標としては、神殿の機能復活であって、戦いそのものやヴァルカランの討伐ではないわ。国土深くに攻め入ってどうにかできるならとっくにそうしている。逆説的に安全な場所は作れるし、交渉の余地も作ることができるわ。もっとも……交渉とか攻め入ってくるとか言う以前に、戦っても負けるつもりも全くないのだけれどね。ソーマとエステルに、協力してもらっているのだし」
ソフィアは俺とエステルを見てくる。
「まあ、そうだな。何を以って勝ちとするのかって話になってはくるが」
不利な条件で交渉の結果を飲む、或いはそれ以下の状況を負けとするならば、現時点でもそうはならないだろうとは思う。
こちらの視点で完全勝利を王国首脳陣――入れ替わっている連中の首のすげ替えまでだろうが、それを達成するのは中々ハードルが高いように思える。全面戦争というのは流石に考えていないから、ピンポイントでの首切り作戦、或いは政治的な決着を以って失脚させた後にケリをつけるだとか。
それを一足飛びに行うというのは現時点では可能か不可能かを言えない。相手の技術力、保有戦力に関する情報が足りていないからだ。
ただ――マインラートとヴィルジエットを基準に敵の保有するであろう戦力を考えれば、対等以上の相手と認めさせ、こちらを相手取って戦うことのデメリットを叩き込み、一旦状況を落ち着かせるところまで持っていく……というのはそう難しくはないだろう。
ともあれ、こちらの最終的な目標が入れ替わっている連中を打倒することだとしても、それは今考えなければならないことではない。今必要なのはエデルガルト達の継続的な安全の確保であり、そちらは問題なく達成できるはずだ。




