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第78話 孤児院の主

 大きな洋館の一階。庭に面した光の差し込む大部屋。そこから声が聞こえてくる。


『それでは、この問題が解ける者は挙手を――』


 洋館の一角の大部屋を教室代わりに使っているようだ。窓ガラスから中を覗き、軽くノックすると、講師を務めていた人物がそちらに目を向ける。


 続いて授業を受けていた者達も窓を見て声を上げた。


『誰?』

『先生の客……?』


 声を上げる子供達にエデルガルトは微笑みを向けて手を振る。


『ふむ』


 講師をしていた人物はカツカツと歩いてきて、窓を開けた。


『失礼だが……どなただったかな? 場合によっては騎士達を呼ぶことになるが』


 言いつつも、片手は後ろに回し、短い杖を手に取っている。返答如何によっては即座に攻撃なり、子供達を守るための術


『驚かずに聞いてもらえると助かります、シェラ。ご無沙汰してます』


 笑みを浮かべるエデルガルトにシェラと呼ばれた女性は一瞬固まる。モノクルで、髪を後ろでひとまとめにした、理知的な雰囲気を持った女性だ。


『……もしかして、エディか?』


怪訝そうな面持ちになると小声で尋ねてくる。


『はい。魔法で変装しています』


 エディとシェラね。互いに愛称で呼び合うような仲ということか。彼女がグラシエーラだろう。


 グラシエーラはエデルガルトの姿を眺めて顎に手をやって思案していたようだが、やがて頷くと言った。


『何か……重要な話があるようだな』

『そう……ですね。授業が終わったら話をしたいのですが、良いですか?』


 エデルガルトが尋ねるとグラシエーラは子供達の様子をちらりと見てから答える。


『構わん。あいつらも集中力が切れたようだし先に話を早めに終わらせてしまおう』

『ありがとうございます。では――場所を変えて話をしましょう』

『良いだろう。さて。私は……古い友人と大事な話がある。お前達は自習をしておくように』


 グラシエーラに言われた子供達が元気よく返事をする。

 エデルガルトは正面玄関に回り、そこからグラシエーラに迎えられて応接室へと向かった。

 応接室に入ったところで、エステルが影の中から偽装を解く。エデルガルト本人であると姿を認めたところで、グラシエーラは小さく息をついた。変装だとは分かっていても、別人の可能性を排除していなかったのか。小さな杖を手の中に隠していたグラシエーラはそれを胸のポケットにしまう。


 魔術師として、場数も踏んでいる。そんな印象があるな。グラシエーラはエデルガルトの向かいに座ると尋ねてくる。


『エディ一人か? 他の護衛の者達は共に王都に向かったと聞いたのだがな』

『いません。神殿については問題なくなったと思いますが……別の問題が持ち上がり、私一人で戻って来たのです』

『ほう』

『その問題が起こったので……もう、誰を信じて良いのかも分からなくなりまして。グラシエーラは、英傑の目覚めを知っていますか?』

『ゴファールの王族の……重要な局面、節目において起こっている、と言われているものか』

『それです。今から話をすることは、場合によっては知っているだけで危険ということも有り得る情報になります。それでも子供達を守るためには必要なのかなと……。シェラにとって迷惑なのであれば、子供達を引き取って私はここから去ることも考えているのですが……』


 申し訳なさそうに言うエデルガルト。覚悟がないとなればエデルガルトは何も言わずに子供達を引き取って去るつもりなのだろう。

 グラシエーラは予想以上の危険な話だと理解したのか表情を引き締める。が、それも一瞬のことだ。不敵に笑って見せる。


『どうやら、相当ろくでもない話のようだな。ま、聞かせてもらおうじゃないか』


 興が乗ったというようにグラシエーラは身を乗り出す。その反応にエデルガルトは感じ入るように胸のあたりに手をやる。そしてそれから言った。


『感謝します、シェラ。その……人の魂を別の肉体に移し替える術がある、と言ったら信じますか……?』

『……つまり、それが英傑の目覚めの真実だと……?』


 グラシエーラの眉根が寄る。ソフィアは――反応を示さない。見たまま、通常の驚きに伴う身体的反応だということだろう。


「とりあえず、おかしな反応していないわね」


 そうソフィアが伝えると、エデルガルトは一瞬目を閉じる。安心した、のだろうか。


『はい。私の考え方は……彼らにとって王国の益に繋がらないと判断されたようです。器やこれまでの人脈には価値があるからと、別の身体に移し替えられそうになり、脱出してきました』

『ほう……そうか』


 グラシエーラは静かに答えているが、少し魔力が揺らいでいるようだった。


「……反応としては怒りの感情よね」


 入口に顔を近づけてグラシエーラの反応を探り、エデルガルトや俺達に伝えるソフィア。


『そうやって、人の肉体を移し替えることができて、それをしていた痕跡が過去にも見られるという時点で、私は誰を信じていいのか、もうわかりません。父はいつから父でなくなったのか。それとも、私が生まれる前……初めからそうだったのか。この身体以外は不要と判断された時点で、王国に留まるわけにもいかなくなりました』


 エデルガルトが言うと、グラシエーラはそこで初めて慌てたような表情になった。


『待て待て……。要するに……エディ。お前は私や子供達が人質に使われることのないように別れを告げに来たのか?』

『……場合によっては。王都では私の生死が分からなくなるような出来事があったから、それを誰にも伝えずにいなくなるという選択肢もあったのです。ですが……』


 伝えないことで自衛の動きが出来ず、グラシエーラや子供達、ライゼス子爵に何かあったら、自分はきっと後悔するでしょうからと、エデルガルトが口にするとグラシエーラは目を閉じて額に手をやる。


『そう、か……』


 背もたれに身体を預けるようにして、ため息をつく。それから顔を上げ、エデルガルトを見ると胸に手を当てて宣言するように言葉を紡ぐ。


『まずはっきりさせておこう。私はグラシエーラだ。生まれた時から今に至るまで、エディの知る私だよ。王都の貧民街に身を寄せていた没落騎士爵家の娘であり、魔術師見習い崩れの冒険者。エディとは王都の誘拐事件の時に出会った。あの時は助けたし、助けられもしたが……だが、そうだな。こんな話も、仮に肉体を奪った時に記憶まで引き継げるのだとしたら意味はないのか』

『――信じます』


 エデルガルトは何か確信できる部分があったのか、ソフィアの返答を待たずにそう言った。ソフィアはと言えば……「そうね」とただ静かに相槌を打っただけだ。グラシエーラに疑うべき点は見当たらなかったということだろう。


 グラシエーラは少し笑って再び深く座り直し、それから表情を真剣なものにした。


『しかし、お前自身にはこれからどうしようという展望はあるのか? それに、庭の護衛達に関しても信用していいのかどうか』

『一応、身を隠す当てならあります。護衛の彼らは……世話になったというのもありますから、できるだけ守りたい対象ではあるのです。私との関係が一応切れてさえいれば、彼らは勇敢な騎士達ですから無碍に扱われることはないでしょうし、家族も友人もゴファールにいるのに、それを捨てろとは言えません。私の今の状況でそこまでは守り切れませんから』

『なるほどな。だからこの時点で対策を講じようというわけか』

『はい。それから、逃亡や潜伏する当てですが――。王城から逃げた時に助けて下さった方達がいまして。シェラにも紹介したいのですが、かなり特殊と言いますか……できるだけ驚かないで欲しいのですが、良いですか?』


 エデルガルトが尋ねるとグラシエーラは怪訝というか神妙な面持ちになってから尋ねる。


『紹介か。エディ一人でここまでの逃亡に成功というのは確かに難しかっただろうから、協力者には納得だが……。子爵領にも来ているのか?』

『はい。空間操作の術でこの場に』

『空間操作……闇の高等魔法の使い手とは……』


 グラシエーラは目を見開く。

 確かに。グラシエーラは信用できる相手のようだし、姿を見せるべきだろう。


『出てきて頂けますか?』

「ああ」


 エデルガルトの言葉に応じ、俺とエステルがまず姿を見せて、陽光対策を行い、続いてソフィアとルヴィエラ、ロスヴィータが影から出てくる。

 グラシエーラはと言えば「精霊に霊魂……どういう集まりだ……?」と、驚きはしているものの、冷静にこちらを観察している、という印象だ。


「とりあえず、自己紹介からかな」

「そう……ですね。私もシェラに紹介できるほど、ソーヤさん達の事情を知っているわけではありませんし」


 エデルガルトは自分の急所とも呼べる場所に俺達を連れてきてくれた。ならば、俺達ももっと事情を話すべきだろう。でなければグラシエーラに信用してもらう以前の話になる。


 まずは名前から名乗る。偽名ではなく、本名だ。


「ソーマ=ミナトという」

「エステルです。マスターの契約精霊のようなものと思って頂ければ」


 そこまでは良い。エステルを精霊と聞いて「精霊騎士か……」と、考え込んでいる様子のグラシエーラに、ソフィアが名乗る。


「ソフィア=ヴァルカランよ。呪いの対策は出来ているから安心して良いわ」

「ん――? ヴァルカラン……?」


 目を瞬かせたグラシエーラは信じられないという顔をしてソフィアに視線を向ける。


「ええ。そのヴァルカランの、女王をしている者よ」


 そう言って、隠していた魔力を少しだけ解放するソフィア。


「真祖……ッ。いやいやいや……冗談だろう。何故こんな場所に昼間から……というか、当てというのは西か。……それ以前に呪いに対策……?」


 グラシエーラの頭の中で色々繋がるものがあったのか、額に手をやって頭痛を堪えるような表情になる。

 少し混乱しているようだが飲み込もうとしてくれているようだ。まあ、そうだよな。王城の地下祭壇の反応とは違って、正体を明かされてから驚くのが普通ではあるだろう。


「ま、そんなに警戒しなくてもいいわ。エデルガルトやあなたに危害を加えるつもりはないのだし。王女の名にかけて保護した者に手出しさせる気もない。皆、呪いに振り回されるのはうんざりしているし、子孫まで責を問う気はないのよ」


 混乱しているグラシエーラを眺めつつ、ソフィアはくすりと笑って説明をした。


「自己紹介を続けても、良い?」


 マイペースにルヴィエラがいつもの調子で尋ねる。グラシエーラはかぶりを振ってから「ああ」と乾いた笑いを浮かべながら応じた。


「ルヴィエラ。ソフィアの契約精霊。よろしく」

「ロスヴィータです。霊魂ではありますが、ヴァルカランの者ではありません。ソーマ様、エステル様、ソフィア様よりゾラルド丘陵地帯の迷宮の支配から解き放って頂きました。どうぞお見知りおきを」

「そ、そうか……。何というか……随分と個性的な顔触れだな……。私はグラシエーラ=ロズフィールだ。元冒険者あがりの魔術師で、今は魔道具を作りながら孤児院の経営なぞをしている。どこぞの王女に唆されてな」


 グラシエーラも名前と経歴を簡単に紹介してくれた。色々な言葉を飲み込んで個性的という言葉に集約したようだ。疑問点は多々あるだろうが、だからこそ細かい部分はさておいて話を進めた方が早い……というところだろうか。

 魔術師か。エステルの観測によると保有している魔力量が大きく、かなりの実力者ではないか、という分析ではあるが。

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