第76話 王国の空を飛んで
王都の外門から出た俺達は、そのまま街道を歩き出す。
「このまま歩いて行って、人目のないところから一気に移動していこう。一人増えたが、ソフィアは大丈夫そうか?」
『問題ないわ。エステルの支援があれば日中でも活動できるのは分かっているし』
『私もいるから、精度も強度も上がる。安心して、いい』
ソフィアとルヴィエラの声がエデルガルトの影の中から返ってくる。
『私は……ソフィア様にくっついていきます』
と言うのは、ロスヴィータである。
「私は道案内すればいいわけですね。空を移動というのは……初めてのことですが」
「そうだな。とはいえ、門番も言っていたように、みんな上空には警戒していると思うからそこだけは気を付けないといけないが」
「テクスチャーを切らさないように気を付けますね」
昨日の竜騒動もあってか、エデルガルトによるといつもよりかなり人通りは少ないということだ。まだ様子見している者達が多いのだろう。
それでも王都であるため、人が少ないタイミング、場所を見計らうのには少し移動する必要があった。
「部下達に、何も話せなかったのが心残りではありますね……」
「仕方がないさ。儀式場や祭具は破壊したが再建できるのかだとか、他に同じような施設や祭具の予備があるのかだとか、何もわからない状態なんだからな。そんな状況で伝言を残したり何かを持ち出したりしていたら、逆に問題になる」
『兵士や魔術師達はともかく、王都にいるアストラルナイトもとなると今の戦力では正面切っての戦いをするのもね……。万一攫われたりした場合の再度の救出というわけにもいかないし、第一対応し切れるかどうかも未知数ではね』
奇襲のアドバンテージもあったからな。アストラルナイトで周囲をガチガチに固められてしまったら……例えばアルタイルを呼び寄せてもその間に儀式を終わらされてしまうということだってあり得る。保護と避難、次善の策を練る時間。こういったものが必要だ。
王都から繋がる道は多い。人気の少ない道を選び、人の切れ間が出来たタイミングを見腹からって、俺達は高速移動をする準備に入った。
「陽光を遮断できたら伝えます」
『ええ。よろしく頼むわね』
ソフィアの返答を受け、エステルの周囲に光のラインが奔る。と……同時に俺達の身体の周りが暗くなった。暗くなったというより、サーモセンサーのように周囲の景色が光の反射とは別のものを知覚するように切り替わってから色が付いた。
「できました。色は自然光と同じものを乗せていますが、実際は陽光を遮断していますし、周囲からも私達は見えていません」
そう言うとソフィアとルヴィエラ、ロスヴィータがエデルガルトの影の中から出てくる。
「大丈夫なようね。では、行きましょうか」
ソフィアが大きな翼を広げ、赤い血晶によって、さながら気球のゴンドラのような構造体を作った。
皆がそこに収まると、エステルが言う。
「上空までは磁力レールで一気に飛ばして浮力を生じさせます」
「支援して貰えれば後は風と羽ばたきでどうにかなるわ」
大きなバスケットを持つようにソフィアがゴンドラを持つ。
「いきますよ」
という言葉と共に磁力レールに一気に引っ張られて俺達の身体は上空へと上がった。
『ああ。これはすごい――』
ロスヴィータが声を漏らす。霊魂になっても鉄巨人に縛られていたから、こういう景色を見るのは初めてなのだろう。
「素晴らしい眺めですね……」
「私も、こんな明るい中で空からの景色を見ることができるとは思わなかったわ」
エデルガルトとソフィアも言う。エステルの補正は大したものだ。景色に補正をかけているが、それは肉眼で見た場合のそれと見分けが付かない。見渡す限りの広大な景色を眺めながらソフィアは翼をはためかせて飛翔した。
「このまま街道が見える位置を進んでください。必要なところで道案内します」
「分かったわ」
エデルガルトの言葉に答えてソフィアが飛翔する。
俺達を引っ張っている形だが、その飛翔はかなり軽快だ。エステルのサポートもあって、どんどん速度を上げているというのに、温度や気圧の変化はほとんどない。
「飛びやすいわね」
「翼に揚力は得ていますが、身体への風の抵抗と温度、気圧の変化は抑えていますので。後は磁力の後押しですか」
「ふむ……これなら……」
ソフィアがどんどん速度と高度を上げていく。どうやら生身である俺達に遠慮していたところもあるようで。
「揚力、ですか?」
「ああ。それはですね――」
首を傾げるエデルガルトにエステルが解説をすると、エデルガルトは真剣な表情で聞き入っていた。活用できるかはともかく、魔法と魔力で解決できてしまえるわけだしな。
とはいえ、そういう理論、理屈的な話はエデルガルトにとっては非常に興味深いものであったようで、エステルの説明に目を瞬かせて暫し呆然とした後で感動している様子だった。
「これは……やはり皆さんとの戦いは回避、ですね……。神殿の顛末や王都で行動していた時や今もそうですが……ゴファールの技術や理論の先を行っているように思います」
「魔法技術の優劣はその真髄を目にしていないので、私には何とも。ただ、私達の得意分野ではこちらの方が先行しているのではないか、と思いますよ」
「それを説明して納得してもらえるならいいんだがな。戦いになってしまったら犠牲を少なくする意味でも、緒戦でその辺を見せるしかないが……」
向かってくるのであれば加減はできない。その為に自分が殺されてしまっては本末転倒だからだ。力の論理で動いている奴に対しては逆に見せつけて踏みとどまらせるしかないというか。
国際関係なんてものは単純化してしまえば力関係の話だ。あちらが弱いから要求を呑ませて利益を得るだとか。あちらが強いから繋がりを作ってその力が向かないようにするだとか。様々な利益、情勢も絡んでくるけれど、そこで決められる方針にしたって彼我の力関係が重要になる。
要するに……力は見せなければ分からないし、力があっても振るう気がないと見切られたら相手はどうにかして付け込む隙を見出そうとする。だから……一度口火を切ってしまえば、手加減なんてせずに全力を叩き込んで心をへし折りに行った方が解決も早まる。……そういう理屈だ。
「仰っていることは……わかります。戦火を広げることや国土の拡大を望んでいるようには見えませんから、私達にとってそこは有難い話ではありますが……」
エステルは目を閉じる
そうだな。相手が戦いを望んでいないのなら、ちょっかいを出すのを諦めてくれれば。そこで交渉に乗り出すなりすれば、それで話は収束する方向に向かう。
金属生命体群だとか、こちらの世界で言うなら魔族や魔物あたりはそれで解決とはいかないのだろうが、今回はそうではないのだから。
「まあ、そうだな。俺達もヴァルカランの皆も、別に戦いを続けたいわけじゃない」
「ええ。直接の仇に対するけじめは必要だけれど、あなた達に私達への交渉材料はあるのだし」
それは、断絶者のことか。交渉となればソフィアはまずそれを言い出すだろうからな。
戦い自体が避けられるかどうかは微妙なところだ。今回の王都での騒動が落ち着いて来れば、エデルガルトの行方はともかくとして神殿の問題を片付けようと動くはずだ。だから、やはり一戦ぐらいは交えなければ向こうも納得は出来ないのだろうとは思う。
エデルガルトも……戦いそれ自体は起こるものと受け取っている節はある。ゴファール王家やその側近らがそういう方針で固まっているからだ。国に帰れず、働きかけらる状況と立場にないエデルガルトにとっては、自分を取り巻く状況を打開するなり、何かしらの展望なりができるまでは、ゴファール王国に対してできることもないだろう。
「その……私も父……国王達のやり取りについては、昨日聞かせてもらいました。あの様子ですと、西の集落やエルフ達のことは気にしてもらえないのだと思います」
国王達のやり取り――つまりエデルガルトの身体を奪うだとか言っていた、あの会話のことだ。通信機に記録してあるものを聞いたのだろう。父と言いかけて国王と言い直したのは、父と信じてきた相手がそうではないかも知れないからという可能性が出てきたからだ。生まれた時に父であったかも知れなくとも、中身が違ってしまっていると。
心情的にも……乗っ取られそうになった直後だしな。
どちらにせよ、そうやってエデルガルトも切り捨てる者が、西の集落の住民達であるとか、ましてやエルフ達のこと等気に留めるはずがない。元より、エルフやドワーフ達を辺境に押し込んだのがあの王達なのだから。
だから、戦いは起こる。
問題はーー元々、こちらと事を構えようとしていたその理由だ。
ゴファール王達は神殿を元に戻したい。国力の低下などもあるのだろうが、魔族の本拠地がある限りだとか魔族によって齎される危機だとか、気になることを言っていた。
「国王達の話と言えば、魔族達のことを話していたな」
「そうね。その辺、どういうことか聞きたかったわ。組織だっての大規模な山脈越えはできなくとも魔族達は少数ながら現れている……というところは理解できたけれど」
「はい。魔族は散発的に西方諸国に現れて大小様々な被害を齎しています」
軍という規模感での侵入は竜に見つかって阻まれるも、個人レベルでならば山脈越えも不可能ではない、というわけだ。
「人に化けて紛れ込んで人に仇なし、或いは人里離れた土地で怪しげな儀式を行って大きな被害を齎す。魔物を操って人里を襲う……そういった行動をしています」
「魔族は……変わらないわね。私達の時代からずっと似たようなものだったけれど、今もそうなのね」
「危険を冒して山脈越えまでして、それですか。何のためにそんなことを……?」
エステルが理解できない、というように眉根を寄せる。
「単純に邪悪、且つ版図を広げる為ではないか、とは私達の時代でも言われていたけれどね。東進を続けているけれど、その本当の理由は分からない。敵対的種族だから話し合うだとか、そういう余地がないのよ。楽しんで殺しているのか、私達のように、何かに駆られてのものなのか。それとも領土的な野心があるのか……は分からないけれど」
人の世に紛れ、話すことができるのに正体が発覚すれば結局戦いになる。食う為なのか、と言えばどうもそれも違うようで、連れ去るケースはあっても食料としているケースは目撃されたことがない、ということだった。




