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第74話 廃屋で過ごす夜

 予め決めておいた仮の拠点まではすぐに移動することができた。尾行がないことを確認した上でアストラルナイトが対応しようと動いた頃合いを見計らって囮のドラゴンも東に向かって飛び去らせ、ある程度遠くまで離れたところで霧のように散らしてしまう。


 ドラゴン自体は王都上空を飛び回っていたので多数に見られているだろうが、夜間なので上空から飛び去ってしまえば目撃証言も曖昧なものになるだろう。それに、時間稼ぎにもなっている。あの状況で何があったかはわからず、死体が残っていないエデルガルトを始め他数名は現状、生死不明、行方不明という扱いにはなる。瓦礫で埋め尽くされ、儀式場は酷い有様。犯人も竜の正体も不明という状態だ。


 きちんと瓦礫を撤去して捜査すればエデルガルトと捕虜に取った騎士がいないということには気付くはずだが……数日の余裕はできるだろう。竜の飛び去った方向も東側に偽装しているしな。オーヴェンハウトの方は――ソフィアの車輪をまともに食らっていたから、痕跡が見つかるかどうか。


「隠れる場所がこんなところしかなかったのは悪いな」

「いえ。非常時であれば致し方ありません」


 廃墟に野営用の毛布を敷き、そこに座って話をする。エステルやロスヴィータも姿を見せると、どこからともなく現れたエステルと浮かぶ霊魂にエデルガルトは目を瞬かせていた。


「それじゃあ……こっちの事情も話していくか。今の時点で手の内を全部言うわけにはいかないが、ある程度は話せるし安全な場所の提供もできる」

「ゴファールへの遺恨はあるけれど、手出しはしないしさせないと、私の名にかけて約束しましょう」


 俺とソフィアが言うとエデルガルトは神妙な面持ちで頷く。色々と衝撃を受けてはいるのだろうが気丈に振る舞っているようだ。


「ヴァルカランへの避難、でしょうか」

「ヴァルカランの近場でもいいけれど。どちらにせよゴファールの力が及ばない場所よ」

「……はい。西から来られたということで良いのですね、ソーヤ様」


 ソフィアと一緒にいるから、エルフの森やヴァルカランに絡んでのものだとは分かってはいるのだろう。こちらに視線を移して尋ねてくる。


「ああ。まあ、その名前も偽名ではあるんだが。エディーラ嬢もそうだろう?」


 エデルガルトの偽名を口にすると彼女は少し笑う。


「ふふ。そうですね。事情がありそうなので深くは聞きませんでしたが。もしかすると王都だけでなく、道中――ゾラルド丘陵地帯でも先回りをなさって魔物に対処なさって下さったのですか?」


 エデルガルトは偽名であることは予測がついていたのだろう。俺の言葉には驚きもせず、寧ろ納得がいったというような表情をしていた。


「そうだな。こっちの都合で状況は追っていた。だからゾラルド丘陵地帯もそうだが、王城でも助けに入れたってわけだ。理性的に話のできそうな相手の方が、俺達も交渉する時に助かるからな」

「比べる相手がヴィルム神殿の方々で申し訳ありませんね。私達はあまり世間のことを知らなくて情報が足りないので、ヴァルカランの方々から聞いた昔のお話や、エルフの皆さんからの伝聞、それから実際に相対した相手ぐらいしかないのです」


 エステルと共に言う。


「そうですか……。マインラート卿は森に火を放ったと聞いていますし、ゴファール王国に対して慎重になるというのは分かります」

「ああ。だから、助けようと思ったのはその辺が理由だ。道中で神殿の手に掛かっていたら、こっちに軍が差し向けられるのは確定していたからな。結果から言うと……こういう形にはなってしまったが」


 現状が変わったわけではない。西に軍は差し向けられるのだろうし、その時そこにやってくるであろう交渉相手はエデルガルトではなくなってしまうのだろうが……それでも神殿の目論んだ通りに王女の仇だと言われて攻められるよりはマシだろう。


「エデルガルト王女は、ゴファールとヴァルカランの経緯をどこまで知っているのかしら?」

「魔族に滅ぼされ、呪いを受けてアンデッドとなったと聞いています。連合が本腰を入れて支援しなかったことで、ゴファールや諸王国にも強い憎悪を抱きながらも今も国土を守っている……と」

「まあ……そうよね。国王達があの有様で、王族が相手でもわざわざ真実を話すわけもない」


 ソフィアは目を閉じると、実際にあったことを語り出す。

 断絶者を召喚したゴファール王国と、それに支援をした当時の連合軍。断絶者と連合の首脳陣に渡された魔道具で呪いを受けたこと。話を聞くエデルガルトの表情は曇り、顔色も悪くなっていった。かなりショックを受けているようだ。


「ああ。別に貴女や事情を知らない子孫を責めようとは思っていないわ。呪いが原因で感情を左右させられるのには本当にうんざりしているの。まあ……国王を名乗っている者達は、恐らく当事者のようだから話は別だけれど」


 ソフィアはそんなエデルガルトの様子を見て、気に病むことはないというように肩を竦めて笑って見せた。


「……寛大なお言葉に感謝します」


 深く一礼するエデルガルトにソフィアは頷く。エデルガルトが謝罪の言葉を口にするのも筋が違うしな。現状のエデルガルトは国からは追われる立場で、王女として何かが約束できる状況でもない。色々ともどかしいだろうが諸々の気持ちを飲み込んでいるからこういう言葉になるのだろうし、ソフィアもそれは分かっている、という様子だ。


「まあそれで、流れ着いた俺が呪いへの対応策を持っていたからこうなっている」

「それでは――ヴァルカランの方々は……」

「既に憎悪に囚われることなく、外にも出られるわね。復讐のために出兵するとは言わないけれど、王の出方次第かしら。真実を知っていて兵を差し向けてくるなら相応に対応するだけだし」

「そう……ですか」


 エデルガルトはソフィアの言葉に目を閉じる。


「どちらにしろ、エデルガルトが再起を図るっていうなら今の状況のままなのは問題だろう。安全に過ごせる場所はあるから、今後の行動について考えが纏まったら教えてくれ」

「とりあえず西に向かって移動するわけですが、王都やゴファール国内でしておかなければならないことがあるなら今のうちに聞かせて欲しいのです」


 エステルと共にそう尋ねると、エデルガルトは思案を巡らせる。


「……友人のところに、顔を出しておきたいと思います」


 ああ。神殿の刺客……捕虜を預けると言っていた人物か。


「信用できる人物なんだな?」

「はい」


 頷くエデルガルトの反応に、俺達も頷く。

 では、その友人のところに立ち寄って西に帰ることになるか。王都にもスパイボットをもっと色々仕掛けておきたかったところではあるが、最低限といった程度で我慢しておこう。発覚するのとしていないのとでは大違いだからあまり贅沢も言えない。


「まずは着替えを作ってしまいますか。表面をテクスチャー……幻術で隠して変装はしますが、その格好ですと色々不便かと思いますし」

「そう、ですね。動きやすいとは言えませんし。ですが、服を作る……のですか?」


 エデルガルトは不思議そうに首を傾げた。


 エデルガルトは自分の服装を確認するように視線を落とす。エデルガルトはゆったりとしたローブのようなナイトガウンを羽織っている。上等な仕立てで暖かく、過ごしやすそうではあるが行動はしにくそうだ。


「作成はエステルに任せるよ。材料は――その辺にあるものでも作れるか」

「そうですね。木材からなら時間もかからず問題なくいけるかと。ああ。靴も作る必要がありますね」


 エステルに作成許可を出し、廃墟の木材などを利用して服を作ってもらう。セルロースやカーボンファイバーをベースにするという感じになるだろうな。

 ソフィアの収納によって手荷物にはならないというのもあって、エステルはエデルガルトにデザインの希望等を聞きつつ色々作っていたようではある。


 俺はその間席を外させてもらって外の見張りに回ることにした。採寸もしなければならないし下着等も必要だ。当然着替えもするから俺がいても邪魔なだけというか。

 エステルに中継して貰えば必要な音声だけ選別して話の続きもできるし、ソフィアも護衛役になってくれるから問題はないだろう。


 別の部屋から外の様子を窺う。王都はまだ騒ぎが収まっていないようだ。兵士達はスラムにも警戒態勢を敷くように走り回っているし、アストラルナイトが大通りの方を歩いているのが見える。城か兵士達の詰め所か。そこから出てきた機体が警戒に当たっているようだ。


 ……王城から突然ドラゴンが飛び出してきたという状況だしな。まず考え得るところでは召喚魔法の類か幻術だろうが、結論を出すにはしばらくかかる。いずれにしても再度の襲撃に備えないわけにもいかないだろう。


『王都から、どうやって脱出する?』


 ルヴィエラの声がエステルに中継で聞こえる。


「王城に侵入した時と同じようにするか、或いは正門から堂々と出ていくかだな。変装すれば警戒もされにくい」

『変装……といっても流石に分かってしまうのではないでしょうか。私の顔は兵士達も知っていますので……』


 俺の返答にエデルガルトがそう応じるが。


『そんなことはないですよ。例えば、こう……』


 エステルはテクスチャーを実際に貼り替えてみせているようだ。


『ろ、老人の姿に……? ここまでできるのですか……?』

『はい。ですから、相手が思ってもみない内訳にすれば警戒されずに門を通り抜けられると思います』

「まあ、俺達も姿を変えているが、印象はそこまで違っているわけでもない。避難先にいったら変装を解いて改めて自己紹介をさせてもらうさ」

『楽しみにしておきます』


 エデルガルトはそんな風に答える。


『とはいえ、今の状況では門も閉ざされているでしょうから、通ることはできないかと』

『エデルガルトさんも王都に戻って来たばかりで疲れているでしょうし。一夜明けてから動いていきましょう』

「助かります」

『昼間も通れないようでしたらその時は出入りする兵士達に紛れてすり抜ける感じでいきましょうか』

「そうだな」


 王都から出たら後は磁力レールで滑走するなり、ソフィアの翼で飛んでもらうなりして高速移動すればいい。

 そういう意味では夜間の方がスムーズに移動もできるのだろうが、エデルガルトの体力もあるしソフィアは大技を使ったばかりなので今日のところは休んでもらった方が良いだろう。


『友人っていうのは、西にいるの?』

『そうですね。王都に来るまでの道中に』


 ルヴィエラが尋ねるとエデルガルトが答える。囮役の馬車をどこかの領地に向かわせたことは知っているが……領主か、それとも他の知り合いか。まあ、行けば分かるか。今度は姿を偽装できるので神殿からの刺客を避ける必要がなくなった。ルート選びや移動速度の調整を考える必要もないしな。


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