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第73話 赤い螺旋

「貴様ら……何者だ……? どこから入って、どうやって現れた?」


 オーヴェンハウトは先程までの笑みを消して、俺とソフィアを冷たい目で睥睨する。

 魔法に頼りすぎているから、そこによらない技術で動くと感知できないわけだ。俺達にとってのアドバンテージだな。


 ……さて。人数的な有利不利はともかく、立ち位置と目的から考えるなら俺達の方が有利だ。入口側に立っているのは俺達とエデルガルト。奥にいるのがオーヴェンハウトと宮廷魔術師達であるから。

 そんな中で、ソフィアは一歩前に出て、顔を覆っているフードに手をかける。

 躊躇うことなく、素顔を晒す。偽装はされていない。


 これは確認行為だ。王の側近達。ここにいる者達。あれらが乗っ取りを繰り返している者達だというのならば。後は、いつから。誰がその身に宿っているのかという話になる。

 オーヴェンハウトは? この儀式場に立ち入ることを許されている宮廷魔術師や近衛騎士達は?


 それを見定めるためにソフィアは敢えて顔を晒した。そして――それを目にした者達の反応は、劇的だった。表情が、動きが固まる。


「ソ、ソフィア……王女……? ヴァルカランの亡者が、何故、ここに……」


 オーヴェンハウトが言った。先程まで感じられた余裕もなくなり、信じられないといった表情で一歩後退りする。


「ご機嫌よう。私を『王女』と呼び、この顔を見て身体的な反応を示した。そう……お前達は、やっぱりそう(・・)なのね」


 底冷えするような声。周囲の温度が何度か下がったような感覚。凄まじい魔力がソフィアから放射される。こちらに向けられたものではないが、真祖の怒りと殺意というものは凄まじいものがある。


 ソフィアは相手の身体的な反応を察知できる超人的な感覚を持っている。心臓の鼓動や体臭の変化。そういうものから動揺や嘘を見破る。

 わざわざリスクを追ってまで素顔を晒したのはそういうことだ。自分の顔を、知っている相手かどうか。仇であるかどうか。そういうものを、見定めた。


 ソフィアは王女ではない。今は、女王だ。少なくともヴァルカランの内部ではそういう事になっている。


 彼女を見て王女だと言える人間は、当時の記憶があるということ。

 ヴァルカランが変貌した後は――攻め込んできていた魔族はいざしらず、内部に入って来た人間に一々ソフィアが対応する前にヴァルカランの皆が対応しているという。つまりヴァルカランの王女の姿を知る人間は、『面識のある当事者でしかありえない』ということ。


「お前達の中身は誰かしらね。まあ、誰でも良いけれど――」


 軽く手を頭上に掲げるソフィアの周囲に、ひゅんひゅんと風を切るように、赤い閃きが奔る。螺旋のように身体の周囲に渦を巻き、四肢に黒い火花が散る。


「な、何をしている! 奴を! その化物を斬れ!」


 凄まじい魔力と物理的な圧力さえ感じるほどの殺気の放射に、呆然としていたオーヴェンハウトが我に返る。それを合図に、他の者達も今動かなければ終わると判断したのか、剣を抜き、杖に魔力を宿してソフィアに対応する。しようとした。


「遅い――」


 一閃。ソフィアが腕を真一文字に横に振るえば、周囲に渦巻いていた螺旋が赤い衝撃となって放射状に広がった。真実、瞬く間ほどの間に儀式場の端から端まで広がる程の斬閃。


 そう。斬撃だ。深紅の一閃は軌道上にいた人間も、柱も斬り裂いて、祭壇にまで亀裂を走らせていた。


 呆然としたまま、動きを止める騎士と魔術師達。数瞬遅れて、魔法陣と自身の血だまりの上に崩れ落ちていく。


 苦悶の絶叫が響いた。オーヴェンハウトは――魔力障壁を展開していた。しかし間に合ってはいない。完全に展開されるより早く一閃が到達し、その腕を斬り飛ばしている。


 一撃で仕留めることはできなかった。それに対して悔しがるでも、勝ち誇るでもなくソフィアは手を前方に翳す。


「ブラッドスペル――ホイール・オブ・アゴニー」


 ソフィアの宣言と共に。倒れ伏した者達から流れ出た血が、空中に集まっていく。集まって、回転を始めた。苦悶の車輪。古い時代の拷問器具を思わせるそれは、鋭い棘を備えた血の車輪だ。


 その魔法。込められた魔力の強大さに、蹲ったオーヴェンハウトの表情が絶望に染まる。血を代償に真祖が放つ一撃。どうあがいても防げない。そんな威力の魔法だと、気付いてしまったのだろう。


「ま、待て。わ、私を殺すのか……!? 私の知っている情報は王女にとっても――」

「必要ないわ。真実を話す口はそこで蹴り飛ばされて転がっている騎士の一つでもあれば事足りる。あれも、私を見て反応していたから。さぞかし愉快に囀ってくれるでしょう」


 俺に蹴り飛ばされた騎士は痛みとぐらつく頭とでまだ立ち上がれずにいたが、ソフィアの姿を目にしていたらしい。言葉を失う騎士と、目を見開くオーヴェンハウト。

 尋問なら当人にその気がなくともソフィアならいくらでもできる。


「それに――今の私はヴァルカランの女王。王女呼ばわりは不敬ではなくて?」


 そんな言葉と共に。ソフィアが無造作に腕を振るう。

 車輪は床に刻まれた魔法陣を削り取りながらオーヴェンハウトとその背後の祭壇、祭具に向かって突き進む。


「うっおおおおおおおっ!?」


 魔力障壁を展開。車輪に激突して青白い火花と黒い火花が儀式場を照らす。が、拮抗できたのは僅かな間だけのことだ。障壁を。オーヴェンハウトの身体を。背後の祭壇と祭具を。諸共に巻き込んで車輪は壁に亀裂を穿ち、まだ進む。軌道上の一切合切を粉砕して破砕音と衝撃とを響かせる。


「魂まで滅ぼすことを想定したけれど、肉体を移し替えたからといっても、その時の肉体が破壊されれば普通に終わる……か」


 ソフィアはアンデッドとして魂の状態というものを確認できるのか、そんなことを呟きながらも、まだ生きている騎士にブラッドドミネートによる精神支配を発動して意識を奪い、抵抗できない状態にしていた。


 祭具が砕け散り、魔法陣も破壊されていることを確認していると、神妙な面持ちで目を閉じていたエデルガルトであったがどこか遠慮がちに尋ねる。


「ヴァ、ヴァルカランの……ソフィア女王、陛下ですか。……私のことは、見逃して下さるのですか?」


 儀式場の状態を見回して慄然としながらもエデルガルトが尋ねるも、ソフィアは明後日の方向を向く。


「憎悪の呪いには対処することができたのでね。貴女がどの程度真実を知っているかは知らない。私達がゴファール王国に思うところがあるのも事実。けれど、ただ、これだけ世代を経た子孫にまで復讐しようとは思っていない。呪いによる憎悪とは関係なく、理性的に判断するならばそういう結論になるわ」


 ソフィアはエデルガルトに背を向けたままで言った。その言葉にエデルガルトは目を瞬かせる。ソフィアは言葉を続ける。


「私が顔を見せても特別な反応もない。それに……貴女は私達のことを、一度も亡者とは呼ばなかった。私はゴファールの中では他の誰でもなく、貴女に賭けてみたい、とは思うわね」

「……ご期待に沿えるよう、精進します」


 エデルガルトは一礼する。一瞬ソフィアに斬られた騎士や魔術師達にも目を向けるが憐憫を振り払うように首を横に振り、表情を凛としたものに変えていた。

 記憶したものを忘れないエデルガルトが普段の彼らの表の顔を知らないはずがない。しかしゴファールの為だからと言われても、裏で他者の肉体を乗っ取って来たその在り方を肯定する気にはなれないのだろう。


「多分、貴女は俺のことも察しがついているとは思うが」

「……背格好や話し方、立ち姿から、何となくは。きちんとお借りしたものをお返しできそうで良かったです」


 容姿と声まで偽装してこれだからな。観察眼は大したものだ。


「だろうな。だがそれが分かっているなら話は早い。事情の説明や積もる話は後だ。今は脱出をして安全を確保しないといけない。さっきの技で儀式場は破壊できたが、轟音は響いただろうからすぐに人が来る」

「精々派手に行きましょうか。侵入者を防ぐ結界というのは、案外内側からの圧力というのには脆いものよ」


 ソフィアが笑って。その足元に魔法陣が広がった。


「来なさい、ルヴィエラ」


 召喚魔法だ。王城を囲う結界といっても、封鎖や封印をするためのものではなく外敵からの守りのためのもので出入り自体はできる。

 内側の術者が召喚魔法を使えばそれに応じての召喚も可能だ。ましてや、精霊騎士であるならば。


 空中の一点に赤い球体が浮かんだ。ルヴィエラがその姿を顕現させ、球体はバスケットボール程の大きさになるとそのまま頭上に向かって浮遊していく。


「来てもらって早々で悪いけれど、精霊騎士としての力を発動させるわ」

「分かってる。久しぶりに、思い切りやって良い。わくわくしてる」


 ソフィアが頭上に浮かぶルヴィエラに向かって手を翳す。


「ブラッドエクリプス」


 赤い球体が、変化する。赤から黒へ。そこから、赤い水が溢れだす。さながら空間に穴が開いたようだ。地下祭壇を照らす照明の光量は変わっていないのに、周囲の風景が暗黒に染まっていく。ソフィアの喪服の周囲に赤い水が纏わりつき、所謂ドレスアーマーのように変化する。

 流れ込む赤い水の量は凄まじい。あっという間に地下祭壇が満たされていく。だというのに、俺達は水に沈むことなく、水面上に立つことができた。


「これは――」

「ルヴィア湖の湖水全てが精霊器であり、私の手足。更には真祖である私にとって、有利な「世界」を作り上げることができるように変質したわ。とはいえ、ルヴィア湖から遠いから、長続きするものでもないけれどね」


 あの空中に浮かぶルヴィエラの姿は――日蝕の意味合いを持つ魔法のようなものか。

昼ですら夜の暗黒に作り変え、大質量の水を血と見立てて自身の武器や防具として用いることができる。ソフィアにとっての切り札。


「あなた達は私の後ろへ。前にいると巻き込まれるわよ」


 ソフィアの言葉に頷き、俺達も後ろに回る。

 水面に変化が起こる。空中に浮かぶような赤い大渦が俺達の眼前に巻く。


 ソフィアの手には大きな血晶の弓矢が形作られる。

 矢を番え、弓を引く。その動作に合わせて、撓む。大渦の中心がソフィアに向かって引っ張られるように、撓む。

 膨大な赤い湖水と、ソフィアの動きが連動しているのだ。ギリギリという弓弦の音。ソフィアの指が弦を離し、それが解き放たれた瞬間。


 放たれた矢が撓んだ大渦の中心を撃ち抜く。矢は膨大な大渦を纏い、瞬時に巨大な砲弾へと変化した。射線上にある建造物や城の結界。そういったものを諸々、一切合切吹き飛ばし、王都の上空を横切るように、赤い閃光が一直線に突き抜ける。穿たれた大穴の向こうに、夜空が浮かんでいた。


「ルヴィエラ。後は作戦通りに」

「わかってる」


 残った湖水が、形を変える。赤い竜の姿になると、穿った大穴から飛び出していく。ルヴィエラが放った水を遠隔操作で操っているのだ。同時に、俺達も迷彩で姿を隠し、脱出に移る。


「静かに、素早く移動するわ」


 エステルが迷彩を施し、足下に広がるルヴィエラの赤い水に乗ってソフィアと共に俺達は滑るように移動を開始する。


 王城の中はかなり混乱していた。怒声やらバタバタと慌ただしく走る足音やら。そのお陰でエステルは光学系の迷彩にのみ集中できて、温度や音の変化で発覚することもない。

 いきなり城の中から飛び出してきた竜が東の空を飛び回っているのだ。混乱もするだろう。アストラルナイトが対応に当たるべく動くのも時間の問題だ。

 あれは、囮だ。込められた魔力が尽きる前に霧となって霧散するように調整した人形であり、抜け殻。


 ハリボテの竜が目を引き付けている間に脱出をさせてもらおうという算段である。俺達は悠々と結界に空けた穴を抜けて、エデルガルトを連れて王城からの脱出を果たす。


「まずはスラムへ移動するか」


 すぐに移動するつもりではあるが、エデルガルトから話を聞いて、ゴファールから離脱する前にしなければならないことがあるようなら聞いておきたい。王都を離れてからではできないこともあるだろうし、状況を伝えあって納得してもらってから動いた方が良い。

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― 新着の感想 ―
前作でもやった脱出作戦ですね! うん、こんなの「あれは囮で、本体は別方向に逃げたな」なんて予想できる奴なんているわけないよな・・・
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