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第70話 王国の根

 エデルガルトがサロンを出ていき、それを見送ったゴファール王が口を開く。


『危機に際して王族として命を賭ける、か。見上げた覚悟ではあるし人を惹き付けもする。それだけに、惜しいな。あれは。ヴィルム神殿はともかくエルムディアのためならば謝罪のためにヴァルカランに首を差し出すかも知れんぞ』

『しかし行かせる、と? お止めせずによろしかったのですか?』

『あれが西方に向かう事で得られることもある。下手人と証拠を握った上で当人が動いているのであれば、ヴィルム神殿の手綱も握りやすくなるだろうよ』


 白髭の老爺の言葉に、ゴファール王は応じる。


『……人を惹き付ける能力と性格、容姿に恵まれる。だが、あれは甘く、情に流される傾向がある。ヴァルカランの亡者が絡むこの局面を任せるわけにはいかんし、此度の対応がこれでは今後もそのような甘い選択を選ぶのだろう』

『ヴィルム神殿に刺客を差し向けられ、ゾラルドを抜けてきたと言いましたか。判断力や胆力は大したものです。確かに……そこは惜しいものですな』


 隣に座った老人が、己の白髭を撫でつけながら言う。


『あれの記憶力と胆力……それに、保有する魔力も生来のものだ。しかし、容易く死地に臨むことを決断する胆力はあるのに理想に走りすぎるきらいがある。言葉や交渉で物事を解決できるのならばそれが上策と思ってのことではあるのだろうがな』


 エデルガルトとは方針、方向性の違いはあるが、一定の評価はしている。そう感じられるゴファール王の言葉ではあった。

 評価はするが任せることはできない。この調子だと……エデルガルトは西方に派遣されても大した仕事をさせてもらえないのではないだろうか。いや、調査ぐらいまではさせてくれるかも知れないが、最終的には王の意向、方針が通るようにする、というところか。神殿も首輪をつけて言う事を聞かせる方向に見えるしな。


『では……エデルガルト王女の処遇はどうなさいますか?』

『此度の派遣で資質と才能、信念は充分に見せてもらった。研鑽を怠らず、理想を掲げ、その生き様にも偽りはない。ゴファールの王族として国の役に立てと教えた通り……誇り高く立派なことではあるがな。だが、たかが過去の亡霊の溜飲を下げるために命を捨てる覚悟というのは頂けんな。才は有用だが中身を新たな根とすることはできまい』


 新たな根……とはどういう意味だろうか。


『つまりは……』

『ゴファール王国には不要だ。築いた人脈共々、王家のものとして有効活用させてもらおう。オーヴェンハウト。貴様があれの肉体を引き継げ』


 ……。何? 今何と言った? 肉体を引き継げ、と言ったのか?

 思わずエステルと顔を見合わせてしまう。

 言葉を失って固まる俺達を尻目に、奴らの会話は続く。


『確かに……この身体もかなり衰えてきました。病も抱えておりまするが……私でよろしいのですか? あれだけの才を持つ肉体。陛下の次の器にするという手もあるかと』


 老爺は意外そうに言う。


『いらん。あれの築いた人間関係を維持して周囲の顔色を窺うのは性に合わん。お前の方が有効に扱えるだろう。第一、魔法はともかく剣を扱えぬのではな。文武に優れるというのならば王太子の方が次の器としては扱いやすく、王位の継承に際して問題が生じることもない』


 ゴファール王の目に感情はない。淡々とエデルガルトの評価をしていく。それはおおよそ娘や息子に向けるような言葉ではない。いや、身体を移し替えているというのなら、乗っ取った他人の娘、息子なのだろう。宿っている魂は或いは先祖なのかも知れないが、子孫を肉親ではなく、資産、資源として見ているように感じられた。


『それに……あれの報告にもあったが、余にも西方に何か大きな動きがあるように見える。先程も言ったが、ヴァルカランに変化が生じているこの状況で、若輩に任せるわけにもいくまい?』


 そう言ってゴファール王は感情のない冷たい瞳のままに笑う。


『左様でございますか。では、今宵にでも王女を祭壇に連れて行き、儀式を執り行うと致しましょう』

『ああ。今宵の派遣で齎した情報を功績とし、エデルガルトを病床の貴様の補佐官として取り立てることとする。今後も励めよ』

『はっ。今の器は暫く死霊術で動かし、折を見てエデルガルト王女の手腕を認め、後進を譲る事と致しましょう』


 ……言葉もない。


「こいつら……」

『最悪だわ。魂を移す秘術……。そんな悍ましいもの』


 ソフィアが吐き捨てるように言った。その反応も当然だ。そんなものを使って子孫や有用な人間の身体を乗っ取っているわけか?

 新たな根というのは……恐らくではあるが自分達の気質、方針に合いそうならゴファール王国の政治の中心に居座り続けるような仲間として引き込む、という意味か。そうでないなら新しい肉体として活用する、と。


「何時からそうしているのかは分かりませんが……子孫に託すことなく、自分達の玉座と立場を維持している……というわけですか。……何と、言いますか。私はこちらに来るまで自分の身体を持ってこなかった身ですが、誰かに成り代わるようなそんなやり方は気持ちが悪いですね」


 エステルも目を閉じて首を横に振る。


『ゴファール王家が……このようなことになっているとは。私も今や霊魂の身ではありますが、そのようなことまでして玉座にしがみつくなどと……』


 ロスヴィータも言う。少しの沈黙の後に、ソフィアは怒りを吐き出すようにため息をついてから口を開く。


『為政者にとっての……黒い夢かしらね。自分の治世を。築き上げてきたものを、誰かに託すことを良しとせず、未来永劫思うままに続けていく。確かに為政者ならば現実に打ちのめされて、夢半ばに倒れそうになって。永遠を夢想することはあるかも知れない。けれど、決して叶えてはならないものだと思うわ。そんなものは、人としての在り方を投げ捨てている。私達よりも、余程化物よ』


 ソフィアは――感情に流されるのを嫌ってか、客観的な意見を述べながらも侮蔑の言葉を紡いだ。


 黒い夢、か。託した相手が、国を良くしてくれるとは限らない。であるなら不老不死であれば。不老不死に近い形で、永遠に一貫した意志で続けていくことができれば。夢半ばに倒れることもなく、自分の理想とする治世を続けていくことができるというわけだ。だが。


「ゴファールという一国の中で見るなら一理あるのかも知れないがな。仮に治世を続けているのだとしても、王国民じゃない俺達としては全く考慮してやる理由もないな」

『ええ。そうね。本当にそうだわ』

「エルフさん達やヴァルカランの皆さんには、敵対的であったりするわけですしね」


 そう。ゴファール王の正しさはゴファール王国の内側だけにしか通じないものだ。俺達があいつらのやり方を肯定してやる理由はない。はっきり言えば、あいつらは気持ちが悪い。


『それで。ソーマ。エデルガルト王女はどうする?』


 ソフィアが尋ねてくる。そんなもの、決まっている。


「当然、救出する。エデルガルト王女をこっち側に引き込んだ方が気分的にも良いからな。その後のことは……なるようになるさ」

『そうね。全く同意だわ』


 ソフィアは影の中で楽しそうに笑ってからそう答えたのであった。




 ゴファール王達が立ち去ったサロンから人目を避けるようにスパイボットを動かす。城内の天井は高く、薄暗い。スパイボットを行動させるには適した場所だ。エデルガルトも湯あみをしたり着替えたり、証拠品を引き渡したりと忙しそうにしていたから、人の出入りもそれなりに多い。エデルガルトの部屋に戻ってドレスの裾に隠れるのは割とあっさりとできた。

 流石は王女のドレスというべきか。装飾品も多く複雑な構造で、旅支度の丈夫な外套などよりも下手をすると重量がある。その重みやフリルに紛れればスパイボットの所在も簡単に隠すことができた。


「このままエデルガルト王女のところで待つとしましょう。夜になったら彼らも動くようですから、部屋から連れ去ろうとしたところに合わせて私達も動きます」

『問題が一つ。王女の所在はボットで分かるとして、城には結界が張られているわ。侵入する方法と脱出する方法を考えないといけない』


 ソフィアが言う。結界。結界か。


「結界っていうのはどういうものなんだ?」

『敷設した魔法陣により外界と内側とを意味的に分けて魔法障壁で遮断する。意図されない侵入経路は障壁で弾かれるわ。王城のものとなれば、相当強固でしょうから、私が前にやったように簡易の隔離結界を割るのとは違ってくるわ』

「……スパイボットが侵入できているのはどういう理由でしょう?」


 封印する結界と、施設等を守るための結界は違う、ということらしい。俺達の世界の通信というのは光子と量子もつれを利用した転送・通信の技術で……こっちの世界では未発見の技術だ。定義されていないから観測されないし、事実、結界にも引っかからずにこうして城の内部から情報を得られている。


『人が行き来するような施設の場合、魔法的な意味で完全には閉ざすことができないの。だから城門や跳ね橋を上げ、それ自体に強化を施すことで守りを確かなものにする、というわけね』

「入口は通過できる、と。なら、門が開かれている時間帯の内に正面から入るしかないんじゃないか?」

『ソフィア陛下の影の力で潜り込むというのは難しいのでしょうか?』


 ロスヴィータがそう提案するが、ソフィアは『それは無理だわ』と応じる。


『私はソーマの許可を得て影の中に潜んでいる。ソーマは私から支配や影響を受けていないから神聖魔法にも引っかからないし、ハーヴェイ達が開発した魔法はそういう……陽光や神聖魔法の影響を受けない異空間を、影を入口に作り出すというものよ』


 だから俺達にくっついていればソフィアは昼間も移動できるし結界や神聖魔法に感知されることなく一緒に通過できる。

 しかし相手の許可を得なければならないから、城に出入りする誰かの影に密かにくっついていく、というのは不可能。


『つまり少なくとも許可を得た誰か、或いは私が魔法をかけた何かは、影を地面に落とさなければならないのよね』

「要するに……誰かは外に出て、しかも門が閉ざされていない時間帯に突破する必要があると」


 まとめると、ソフィアが頷く。


「そうなると……迷彩したマスターに通過してもらうしかないですね。私は姿を消せばいいですし、ソフィアさんとロスヴィータさんは影の中に潜めますが、マスターは外に出ていなければなりませんので」

「まあ、そうなるか」


 表面にテクスチャーを貼りつけて見た目を風景に紛れさせ、周囲の空気に干渉して音と臭い、温度変化を感知させない。それで門番や城内の巡回の目を誤魔化すというわけだ。


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