第7話 少女達の先導
さて。エルフ達との接触についてはエステルに任せよう。俺は――転がった男達の遺体が目についてしまった。
「……そんなに時間をかけてもいられないが、エステルに任せている間に埋葬ぐらいはしておく時間もあるか。墓穴が奴らの出てきた穴と一緒ってのは納得がいかないかも知れないが、野ざらしになって墓すら残らないよりはマシだろうさ」
男達の遺体は亡者達の手によってかなり損傷している。
エルフ達を檻に捕えていたことや、どうも彼女らを囮にしようとしていたことを考えると、とても善人とも言えなさそうだし、亡者がまた襲ってこないとも限らない状況だ。
あまり時間をかけたいとは思える相手でもないが、それでも何というか……大した手間でもないし、そのままというのは気にかかるのだ。
施設のシスターのように、俺は神を信じているわけじゃない。ただ――施設の裏手にある墓地で祈りを捧げる彼女の姿は今も思い出せる。
俺は軍で新型試作機の適性を見出され、軍属になってその研究開発に関わっていた。
金属生命体群の出現によって人類絶滅の危機が現実のものとなってからは、その試作機もなし崩し的に実践投入されることになった。
適性者である俺達は人体を改造し、ナノマシンを身体に組み込み、兵器の一部になって化物と戦うという、地獄のような戦場に身を置いていた。
だからこそ、自分は兵器ではなく人間でありたいと、摩耗していく中でそういう人らしい在り方、手続きに俺だけでなく、部隊のみんなは拘って、縋っていたように思う。
ああ、多分、俺は今も縋っているんだな。見知らぬ場所に流れ着いて軍属の肩書きすら意味を失くしたというのに。
身体中を改造している人間の形をした兵器なのだとしても、人間らしい感覚だけは忘れないようにしたいのだと。
それに道を切り拓いてくれたマークやイクス、部隊の皆。囮になった艦隊の者達には、何もしてやれなかった。
要するにこっちの方がすっきりするという自己満足であり、男達が想像通りのろくでなしだったとしても、これぐらいのことはしてやってもいいかと思ってしまった。
それに、アンデッドなんてものが普通に闊歩している世界だ。こいつらがそうなるのを防げるかどうかは分からないが、埋葬ぐらいはしておいた方がいいんじゃないか、とも思う。
亡者達が地面から這い出してきたであろう穴と、その時に出たであろう土を利用して男達を埋葬する。男達の状態はエルフ達には刺激の強い光景だ。エステルにエルフ達を頼んで、少し離れたところで話をしてもらう。
埋葬しようとしているという行為の意味は伝わったのか、年長の子が遠巻きながらもそれに気付いて、手伝いを申し出るように、俺の方を見て胸のあたりに手を当てて視線で訴えてきている。
「それは大丈夫だ」
掌を使って押し留めるようなジェスチャーで、笑って首を横に振って固辞する。
本当に簡易の埋葬だ。穴に土を被せ、手ごろな石や枝を墓標代わりにおいて出来る限り手早く済ませ、汚れたグローブはサバイバルキットの中にあるクリーナーに放り込んでおいた。
一方で、エステルの方はと言えば順調に進んでいるようだ。花や蝶、キラキラとした光。そういう立体映像を見せて、小さな2人の少女の意識をこっちからは見事に逸らしている。中々やるな。下層の施設……孤児院でも子供相手に似たようなことをしていたから、流石は経験者である。
「私達の言葉は――通じていないとは思いますが。家はどこにありますか? 貴方達のご両親は? 帰る手段はありますか?」
緊張が解けてきたところでエステルは言葉に出しながら掌の上の立体映像を変化させる。家だ。色んな形式の集落を次々に表示し、耳の長いエルフ達がそこで暮らしている様を簡易ながらに映し出し、彼らを指さしてから周囲を見回すような仕草を見せる。
それで、エステルの意図するところは通じたようだ。
年長の子が頷くと森の奥を指差して何か言う。
エステルは頷くと、立体映像を変える。森の中にある家に向かって進んでいく俺達の姿。亡者が後ろから出てくるが、俺が戦って撃退しているところを映し出していた。
期待しているのか、まだ信じられないのか。エルフ達は目を瞬かせながらこちらを見てくるが、俺からも少し笑って頷いて見せると、顔を見合わせ、それからパッと明るい表情になる。口々に何か喜び合っている様子だが、言葉の意味は分からない。
それから俺とエステルを交互に見て、笑顔で何か言っていた。異口同音に同じ言葉。多分、お礼の言葉だとは思う。
「ソーマ。エステル」
了解したというように頷いて、俺は自己紹介をすることにした。
自分とエステルを交互に指差し、名を呼ぶ。
「名前ですよ。私はエステル。そして、ソーマは私の主です」
エステルも自分の胸に手をやって名を口にし、俺の肩に触れるように名を呼ぶ。
それでエルフ達も理解してくれたらしい。「ソーマ、エステル」と俺達の名を、それぞれの顔を見ながら言った。
「ああ。それで良い」
笑って答えると、エルフ達も自分達の胸に手を置いたり、顔を指差したりして、自分の名前を口にする。
「アリア」
「ノーラ」
「シルティナ」
3人のエルフ。アリアとノーラはまだ幼いと呼べるぐらいの少女。シルティナはもっと年齢が上だ。見た目の年齢は、エステルと同じぐらいだろう。
確認するようにエステルがそれぞれの名を呼ぶと、エルフ達は嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いていた。
「エステル……エレメア・スェラ?」
アリアはシルティナに何かエステルに尋ね、シルティナはエステルの顔を見てから答える。言葉の意味は理解できないが、エステルについて何かを確認し、シルティナは少し自信がなさそうに「多分……」と頷いたようにも見えた。
「エレメア・スェラ……」
ノーラもエステルを見て、その言葉を口にすると手を組んで祈るような仕草を見せた。
「んー。どういう意味ですかね?」
「エステルが、その、エレメア・スェラだと思っている……とか? 翻訳が進めばその内分かるだろう」
「そうですね……。今は会話からデータを集めることにしておきます」
「よし。それじゃあ、自己紹介も済んだし行くか」
彼女らの示した森の方角を指差して言うと、エルフ達は頷いて案内するように森の中へと進み出した。
エルフ達の家か村か、或いは街や国か。そこまでどれぐらいの距離があるのか分からないが。嬉しそうに歩き出したということは、彼女達が歩いて現実的に帰れるような距離にあるのだろう。
というか3人には妙に気に入られたようで、アリアとノーラは屈託なく笑いながら、俺の手を引いたり随分と嬉しそうだ。シルティナもその光景ににこにことしている。
「えーっと。なんだ。随分懐かれている、ような気がするが」
俺としては初対面の子供からこういう反応をされることはなかったので、戸惑ってしまうのだが。
エステルも彼女達のそうした反応に満足そうに頷いてみせた。
「ふふふ。やはりマスターのことを理解して貰えれば、子供達とて懐いてくれるのですよ。立体映像でマスターの格好いいところもアピールしておきましたし。それにさっきの埋葬だって……印象が良かったのではないですかね?」
というのは、先程エステルにエルフ達との交渉を任せた時の会話の続きだろうか。
「……何を伝えたんだか。結局、第一印象って意味じゃあまり良くないんじゃないか?」
「いいえ。過去、マスターの顔つきに因縁をつけてきた奴らがろくでもなかっただけです。この子達が最初怖がっていたのもあの男達に攫われかけたからですし、亡者達に襲われたからでしょう」
エステルはそう自信満々に言い切っているが、それは身内故の贔屓目もあるのではないだろうか。
強化改造手術で見た目が今のように変わってから、通信で孤児院に映像ありの通話をした時は、初対面の子に怖がられて泣かれてしまい……その辺軽くトラウマになっているのだ。
が……そんな俺の困惑をさておいて、アリアとノーラは俺の手を引き、森の中にある花を指差したり、木の実を指差して食べられるというジェスチャーをして見せたり、俺に対して自分達の育った森を知ってもらおうとしているかのようにも感じられた。
見た目も相まって、天真爛漫な森の妖精だとか、そんな印象がある。
というか……こういう空気感は久しぶりな気がする。久しぶりすぎて、やりにくい。やりにくいが――。
「……まあ、嫌われずに済んでいるのは、悪くはないかな」
「良いことです」
感想を零すとエステルが穏やかな表情で目を細める。
彼女達は森の歩き方を十分に心得ているようだ。鬱蒼とした森に見えて獣道はあるようで、深い茂みや藪を突っ切るような事もなく、シルティナやアリア、ノーラの案内についていくと案外歩きやすかった。
だが、それだけではないようだ。小さな光の粒のようなものがシルティナの前を案内するように飛んでいる。進むべき道を指し示しているかのようだ。
「なんだろうな、あれは」
「うーん。因子絡みの何かだとは思いますが、さっきの幽霊達とはまた違う感じがします」
そんな話をしていると、疑問に思っていることが伝わったのか、アリアが光の粒を指差して言った。
「エレメア・ディエ」
「あれは、エレメア……ディエ?」
指差して尋ね返すとこくんと頷く。エステルのこともエレメア・スィラとか呼んでいたな。
「私もエレメアで……スィラという、区分、でしょうか」
エステルが確認するように自分を指差して言うと、意味するところが通じたのか「エレメア・スィラ」とエステルを見て笑顔で繰り返すノーラである。
「ファンタジー的に意訳するなら精霊か妖精、辺りですかね?」
「ああ。実体がないから、そう思われても不思議ではないのか? 彼女らは精霊と馴染みがありそうだし」
してみると、スィラの意味は「大きな」だとか「人型の」とか、色々思いつくところではある。そしてそのエレメア・スィラは、エルフ達からは好意的というか、敬うような存在なのがエステルへの接し方を見ていても分かる。妙に恭しい態度を取っているのだ。単純に助けた相手だから、というのもありそうだが。
一方、あの光の粒の方はエルフ達にとってもう少し身近というか、友達感覚なように思えた。アリアやノーラの周囲にエレメア・ディエ達が時折やってきて踊るように舞い、二人も嬉しそうに手を伸ばして掌に乗せたり、俺の周囲を舞うように誘導したりしている。普段から光の粒に慣れ親しんでいるというような印象があった。
「精霊達も、マスターのことを歓迎してくれているのではないでしょうか?」
「だと良いがな」
苦笑する。そんな調子で俺はアリアとノーラのしたいように任せたままで、大人しく手を引かれて歩き続けたのであった。




