第68話 ゴファールの王
田園地帯の中を、エデルガルト達は馬で走っていく。
魔術師が魔法を使って馬達の体力を回復させながらだから全力疾走に近い。その光景を目にした農民達も巡回の兵士も驚いているが、護衛の騎士達が『火急の用である! 道を開けよ!』と声を響かせながら疾駆していく。農民達は遠巻きに。兵士達は道の脇に下がってそれを見送った。
その疾走を止めに入る者はいない。ヴィルム神殿の関係者とて、この状況で堂々と割って入ることはできないだろう。
やがて外壁の門までエデルガルト達は辿り着く。そこでようやく疾走することを止める。門の内側まで無理矢理駆け込むことは流石にできないからだ。
馬上から降りた騎士が門を守る兵士達に告げる。
『エデルガルト王女殿下の御帰還である。陛下への報告がある故、通して頂こう』
そう伝えながらもエデルガルト自身は馬に跨ったままだ。ワンドを発動させて自身の身を守っているのは飛び道具による暗殺を警戒してのものだろう。
エデルガルトもだが、護衛の騎士達は門番達の知っている顔触れであったらしく、かしこまった門番達が慌てて動く。引き止められることもなくそのまま王都の内部に入っていった。馬上から降りた護衛が残って、代理で手続きを進める。
エデルガルト達はそのまま王都の通りを進む。王都内部は外のように走り抜けることはできないが、エデルガルトの守りは発動したままだ。
城に入り、王への報告を終えるまでは決して油断しないとばかりにエデルガルトは警戒を怠っていない。ヴィルム神殿が敵である以上、どこに敵がいるか分からないからだろう。報告さえ終わってしまえば、後は自分の口を塞ぐ意味もなくなる。
「全体を守るのではなく、自身と騎乗している馬だけを守っている形なら魔力消費も抑えられますし、報告は問題なくできそうですね」
「ここまで来てしまえば暗殺の下手人を擦り付けるということもできないだろうけど。報告を終えるまでは油断しない、か。俺達も少し急いで移動しよう。王都内部に入る手続きもあるしな」
そこで時間を食ってしまうと、何かあった時に救援が間に合わないということも有り得るからな。
「では、テクスチャーを被せて姿を見えなくして……適当なところで解除しますね」
エステルが迷彩を施してくれた。磁力レールに乗って、軽快な速度で俺達は舗装された道の上を滑って移動していく。
エデルガルトが報告さえ終えてしまえば神殿に狙われる理由もなくなり、一先ずは安全になるだろう。
ただ、ヴィルム神殿にゴファール王がどう対応するのかは分からない。娘を狙われたから処断する、というような単純な話にはならないはずだ。
ヴィルム神殿の重要性が王国にとってどれぐらい重要なのか。それ次第ではエデルガルトが狙われたと知って尚、思惑に乗るということも有り得る。ヴィルム神の解呪をしなければ困るというのなら、交渉なり戦いなりを天秤にかけて現実的な選択肢を選ぶ……ということになるのだろうが、如何せん俺達はゴファール王の人となりやそれを取り巻く政情を知らないからな。
一方で、ゴファール王も情報が不足しているだろう。分かっているのはヴィルジエットやマインラートを含めた新型機の部隊が行方知れずとなり、森に今まで出現しなかったヴァルカランの見回りが出現していること、そしてヴィルム神が呪いを受けて神殿が機能不全に陥っている、ということだけだ。
因果関係や背景は王がそれらの情報からあれこれ想像するしかないのだろう。交渉か西方への不干渉の継続を選んでくれるとこっちとしては助かるんだがな。
ヴィルムの軍神としての性質を考えると、ゴファール王国にとっては神殿の機能不全は軍の弱体化にはなるのだろう。問題はその規模がどれぐらいか。天秤にかけて喪失を看過できるものなのか、それともゴファールの国防において絶対に欠かせないものなのか。
そのあたりを推測する材料を、俺達は持ち合わせていない。現実的なところでは、示威しながらの交渉……だろうか。軍を派遣し、交渉が決裂すれば実力行使も辞さないというのを見せながらの対話だとか。
ヴァルカランは本来交渉できないと思っていたとしても、状況は既に違っている。ヴィルム神が動けなくとも、交渉するべき相手はいる程度のことは伝えられるかも知れない。
そのヴィルム神殿は戦ってでも呪いを解呪すべきという見解のようだが。
外壁が近くなってきて、人目の切れたあたりで迷彩を解除し、俺達は西側の門に回り込んで王都入りの手続きを行った。冒険者としての身分証は王都でも通用するものではあった。
わざわざ西側の門に回り込んだのは、俺達の冒険者登録が西の男爵領で行ったものだったからだ。
西の新米冒険者がわざわざ南の方からやってきたとなると怪しまれて勘繰られることも有り得る。王女が南側のルートで駆け込んできたばかりだしな。
というわけで王都に仕事を探しにきた、というと案外簡単に内部に入る事ができた。ヴィルム神殿のことや西の辺境での出来事は、末端の兵には知らされるような内容でもないのだろう。少なくとも、王都の兵士達が常時警戒しなければならない事態、とは認識されていない。
王都内部は――かなり栄えているという印象だ。人通りも多く、道も広く……少なくとも表通りは清潔で整然としている。
ゴファール王国民の暮らしぶりなど……その辺の実情も知りたいところではあるな。どこにスパイボットを仕掛けるのが安全で有効なのか。その辺も含めて王都内部を見ておきたいところではあるが。
エデルガルト王女は街の中心部――城に到着したらしい。
『国王陛下に至急取りついていただきたく。大事な報告があります』
という少し緊迫した様子のエデルガルトと護衛達の様子に、ただ事ではないと感じたらしく、取り次ぎを頼まれた兵士は慌てて走っていった。
『そのような旅支度で会見に臨まれては。湯あみをし、然るべき服装に着替えてらしてはいかがでしょうか』
通された部屋で女官から進言されるも、エデルガルトは首を横に振る。
『このままでよいのです。今の私は刺客に狙われており、どこでどのような強引な手段をとられるか分かりません。報告を終えるまでは魔法の守りを絶やすつもりもないのです。ですから、今は飲み物や食べ物の用意も必要ありませんよ』
エデルガルトがそう応じると、護衛達も静かに頷く。
その返答に女官達は驚きの表情を露わにすると、気を取り直すように顔を引き締め、一礼して引き下がる。
報告前に着替えないというのは助かるな。今はスパイボットもエデルガルトの衣服に潜ませているから、こっそりと移動させる手間がなくなる。どこかのタイミングでエデルガルトの自室の物陰なりに潜ませたいところではあるが。
エデルガルトの様子に注意を払いつつ、王都の大通りを行く。多少は王都の調査をしてから戻るつもりでいるから、どこかで宿を取りたい。十分な資金はあるが――新米冒険者が不釣り合いな宿というのもな。
街の様子を見ながら歩いていく。王城にもアストラルナイトが配備されているな。王城の城壁――門の近くに白いアストラルナイトが直立不動で槍を携えている。陽の光を浴びて槍と装甲が輝いている。それは王国や王家の威光、威容を示すには十分なものだろう。
王都に配備されているアストラルナイトが今見えているものだけとは思えないが、ここから確認できるものだけでも城壁に4機。外壁周りに……恐らく8機いるだろう。格納庫や整備工場、製造設備のようなものがあるとするなら、そこにまだ控えなりがいるのだろうし、神殿も保有しているということを考えれば、もっと数がありそうだ。
多分……王権、兵権とも関わってくるから王侯貴族となれば専用機を保有しているだろうしな。
配備されている戦力を確認しながら街並みを進む。住民の暮らしぶりは……王都の大通りともなれば余裕のある暮らしもしているか。ここが荒廃しているようなら国も末期だろうしな。
とりあえずどこかの店に入って、食事をしながら情報収集でもしたいところだが――。
適当な店を探しながら歩いていると、エデルガルトの方にも状況に変化が生じた。国王が顔を合わせるということで女官が呼びに来たのだ。
『陛下は殿下からのお言葉を伝えると、旅支度のままで構わないから話をしにくるようにと。そう仰いました』
『では、案内をお願いします』
女官の案内を受けてエデルガルトは王城内を行く。回廊を抜けて通された一室は、サロンというかなんというか、公的な謁見の間ではないことは確かだ。
入室前に、エデルガルトは深呼吸を一つ。結界を解除して部屋の中へと進む。そこに、エデルガルトを待っている者達がいた。
まず目に付いたのは緩くウェーブした長い黒髪の男。優男という雰囲気で穏やかに笑ってはいるがそれは表向きのもので、あまり感情を表に出していない印象がある。特徴的なのは目……その目だ。感情が薄いと言うか、冷え切った無感動な目をしている。
豪奢なローブを纏ったその男は椅子に深く腰掛け、その傍らに帯剣した人物と杖を持った魔術師を控えさせている。隣に座る白髭の老人。
エデルガルトの姿を認めると黒髪の男は笑みを深めて口を開く。
『息災であったか、エデルガルトよ』
『はい、陛下。西方の調査に赴いた結果、重要な報告があり、まかり越してございます。刺客に追われていた故、このような服装での来訪となったことをお詫びします』
エデルガルトは片膝を突いて言う。黒髪の男は頷くと言った。
『これが当代のゴファール国王……』
ソフィアが呟くように言う。黒髪の人物が王であるというのは間違いなさそうだ。
『ふむ。そのようなところにいては話もできまい。こちらに来て座るが良い。なに、服装のことは気にするな』
『はい。それでは恐れながら、失礼します』
エデルガルトは静かに歩みを進め、王に勧められるままに向かいに腰かける。女官がティーカップに茶を注ぐもエデルガルトはそれに手を付けない。
『では、報告を聞かせてもらおう。西で何を見て、何者に狙われたのか。刺客とは穏やかではないではないか』
促されるとエデルガルトは頷いて深呼吸をしてから言葉を紡ぐ。
『神殿に起きた異変の一件で陛下から調査の任を仰せつかり、私は原因を探るべく西の辺境を見て参りました。まず、辺境の森――ヴァルカランに通じる森に異変が生じていたことを報告しなければなりません』
『ほう……』
エデルガルトの言葉にゴファール王は笑みを消して顎に手をやる。ヴァルカランの名を聞き、その場にいた者達もそれぞれに反応を示していた。
『精霊捕獲の任を侯爵より与えられたマインラート卿と、侯爵麾下の部隊は、ベルルート男爵領に滞在し、辺境の森――緩衝地帯に住むエルフ達に着目し、強い力を持つ精霊を保有している、と考えたようです』
『ルヴァイン侯爵家か。あの家は西の守り手。ヴィルム神殿とも元々繋がりが強いからな。しかし家督を譲り、代替わりして日が浅い。功を焦ったか、それとも神殿に唆されたか』
ゴファール王は思案を巡らせながら言う。
『マインラート卿の率いる部隊は、森の調査を終え、エルフの集落の場所を突き止めると実際に西の森に攻撃を仕掛けたようです。その際森に火を放ち、迎撃に出てきたエルフ達を引き付けて集落に隠密性に優れたアストラルナイトで奇襲を仕掛け、精霊をできるだけ力を維持たまま奪取することを目論んだのでしょう。しかし……実際の現場で何が起こったのかは分かりません。出撃したものは誰一人帰ってくることもなく、アストラルナイト共々行方不明になったからです』
この話も補給や整備のために同行していた魔工技師や男爵家の方々から聞いた情報を元にしたものだと、エデルガルトは伝える。目撃者が極端に少ない。夜襲であり、放った火は後方に燃え広がって周辺の住民は戦いを見るどころではなく、燃え広がってくる野火への対処に追われていたからだ。
『その規模からなるアストラルナイトの部隊……しかもヴィルジエットや新型機が一機残らず行方不明と……?』
『はい。戦いとなったであろう森の焼け跡は、遠目から目にする機会はありました。しかし……焼け跡に立ち入るのは危険すぎると判断し、踏み込むことができませんでした。それまで目撃されていなかった、霊体の騎士達が多数夜に巡回するようになったと、住民達から聞かされたためです』
『ヴァルカランの亡霊騎士か……』
『私の調べによると、かつては緩衝地帯と認識されていた森です。目撃されることはあってもそれは一時的なものであり、居着いて巡回するようなことはなかった。資料からも住民達の話からも、それは確かなことのようです』




