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第66話 突破と観察眼

「これで……いいのか?」


 魂を見ながらソフィアに尋ねる。


「ええ。解放されたわ。但し、契約解除するのは少し待った方が良いわね。ここではなくて、迷宮から離れた土地で自由にしないと」

「また迷宮に吸収される可能性があると」

「そうね」


 それじゃ、ついてきてもらうか。


「私からも……良いだろうか」


 知らない人間の声がした。見ると魂が明滅して声を響かせている。

凛とした女の声だ。鉄巨人が厳つい印象だったから、少しギャップがあるな。


「契約は――解除しなくていい。少なくとも、あなた方に恩を返してからでも遅くはないはずだ」

「……もしかすると俺達はゴファール王国の敵かも知れないぞ」


 そう言うと、魂は何か……少し考え込むように明滅した。ヴァルカランの王族が一緒にいるということを考えれば、普通ではないとは分かってはいるだろう。


「……構わない。魔法生物として迷宮の傀儡となった私を剣士として扱い、この魂をまだ人として扱ってくれたあなた方が、悪人であるとは思えない」

「そうか。まあ……行動を共にしていれば見えてくるものもあるか。契約が嫌になったら言ってくれ」

「ありがとう」


 礼を言う魂に頷き、名前を名乗る。契約があるから不利益になることはできないということなので偽名を名乗る必要もない。俺とエステル、ソフィアがそれぞれ名前を伝えると、魂は何度か明滅を繰り返す。


「ロスヴィータ=クランゲルという」


 ロスヴィータか。まあ、こっちの事情等は追々話していこう。色々込み入っているし、話せば長くなる。


「鉄巨人の核は持って帰って解析してみましょうか。何かの役に立つかも知れませんし」

「そうね。魂を入れて巨大な器を動かしていたわけでしょう。不都合の無い形で活用できれば、ゴースト系の仲間達にとって有用かも知れない」


 エステルの提案にソフィアは嬉しそうに笑い、二人でいそいそと鉄巨人の核を影の中に収納していた。

 ともあれ、魔物の間引きは完了か。魔物全てを排除できたわけではないが、突破に際しては問題も起こらないだろう。


 迷宮は――気にはなるが突入して攻略という状況でもないしな。少なくとも、今は。これ以上拡大しないようだし訪れる者も少ないのなら放置しておいても問題はあるまい。


 そんなわけで大物二体と戦った痕跡をなるべく隠し、その他の後始末に追われながら夜は更けていったのであった。




『それでは――行きましょう』


 凛とした声が響く。馬上にはエデルガルト王女と騎士達の姿。彼らは陽が昇り、周囲が明るくなる前には出発の準備を整え終えていた。馬達にもたっぷりと休ませて体力は充分。


『最終確認です。侵食されている区間に入り次第、合図を。先頭を行く者の速度に合わせ、部隊全体で一気に走り抜けます。それまでに魔物から襲撃を受けた場合、その時点で動く。一度突入してしまえばやり直しも効かない。落馬した時に助ける余裕がない可能性もあります。そのつもりでいるように』

『はっ!』


 最後の確認も終えて、いよいよといった様子だ。


 王女を中心に前後左右を固める形。殿を務めるのは一番ベテランの騎士で、後方から皆の背後を守りつつ、部隊全体を指揮するという算段であるらしい。

 魔術師は王女の隣。馬の体力を回復させる役割を担う。斥候役はやはり前衛のようだ。敵の動きをいち早く察知し、部隊全体の進む方向を左右する大事な役割ということで、信頼されている者が選ばれていた。


 王女が中心に位置するのは、当然一番に守らなければいけない人物だからだが、結界のワンドを展開する関係もあるだろう。王女を中心に部隊全体を守る結界を展開して走破しようという考えのようだ。


 そのため、部隊全体が出発しても最初の足並みはゆっくりとしたものだった。ゾラルド丘陵地帯が近付き、突入するまでは出来る限り馬の体力を温存しようというのだろう。


 ゆったりとした足並みで進んでいるが、部隊全体にはピリピリとした緊張した空気が漂っている。

 そして。とうとう先頭が侵食されたエリアに差し掛かる。剥き出しになっていた土の道が、石造りの変質した道へと差し掛かった瞬間。


「行きますよ!」

「はっ!」


 エデルガルト王女の号令と共に、全員が馬を走らせた。訓練された軍馬は一糸乱れぬ隊列のままで重い蹄の音を響かせながら疾駆する。


 先頭がコントロールしているのだろう。馬の速度はどれが突出するということもなく一定。互いに剣を振るって戦い、守れる距離を維持しつつ部隊はゾラルド丘陵地帯に突入していく。


 馬を走らせる地響きは、すぐに残存する魔物達の知るところとなる。が、その追いかける魔物もエステルがコントロールしている。偽の立体音響で別の場所に誘導してエデルガルト王女達のところには向かわせなかったり、気付くのを遅らせて後追いさせるような形にしたり、といった具合だ。


 エデルガルト達を追撃する魔物達も、昨晩得られた戦闘データや標本のデータを照らし合わせれば、どれぐらいの速度で走れるというのも予想が立てられる。

 エステルはこの魔物はこの距離なら追いつける、追いつけないという予測を立てて魔物を誘導している。


 奇石群の間、壁の隙間から偽装蛇が遅れて飛び出して追ってきたり、ゴーレムが通り過ぎた後で顔を出したりといった具合。

 魔物達の気配はあり、追走もしているのに僅かに遅れるような形。間引きは終わっているので総量も多くない。先回りされて行く手を遮られるというようなことだけは起こらず、さりとて、追走してくる数だけは多く。

 そんな中をエデルガルト達は丘陵地帯の道を走破していく。


「追ってくる数が多い! 絶対に足を止めるな!」


 殿の騎士が後方を窺って叫ぶ。

 部隊の全員が緊迫した表情の中で――エデルガルトは緊張感のある表情を浮かべながらも、周囲の観察を怠っていないという印象だ。見て、記憶し、分析することが自分にできる仕事だとでも言うかのように。


 一瞬一瞬。エデルガルトは走りながら他の者達とは違う部分――何かを目に留めているのが窺える。それは、昨晩の戦いの僅かな痕跡であるとか、自分の読んだ資料と実際との差異であるとか。そういう細かな部分なのかも知れない。どういう感情がその表情の奥にあるのか。それを見ている俺達には読み取りようのないことだ。


 正面から襲ってくる散発的な蛇やぎりぎりで追いついてきたシャドウビーストに何度か対応をして切り伏せながらもエデルガルト達はそのまま奇石群の間を駆け抜けていった。


 何匹かの魔物がエリアを抜けても尚追走を続けているが、大した数ではない。どこかで反転して迎撃するかしても問題のない数だと思う。大多数の魔物は縄張りから出ずに追走を諦め、戻っていったり、或いはエステルの与えた偽情報に誘導されて別の場所へと向かっていった。


「抜けたな」

「抜けましたね」


 遠くに消えていくエデルガルト一行と追走する魔物達を見送って、俺達は頷いた。


『まあ、少ししたら魔物に対処した後でどこかで馬を休ませるでしょう。その時に追いつきましょうか』


 ソフィアが言うとロスヴィータも影の中から声を響かせた。


『今のが――通過させようとしていた御仁か。エデルガルト殿下と呼ばれていたようですが』

「この時代のゴファール王国の王族だよ」

『なるほど……。王族を陰ながら支援とは……』

「とはいえ、私達は決してゴファールの味方ではないんですが」

『寧ろ敵ね。王女を助けるのは利害が一致してのものよ』


 驚いている様子のロスヴィータに答えつつ、魔物達が落ち着くのを待ち――それから俺達は動き出した。


 昨晩はロスヴィータも戦闘と契約の直後ということで随分と消耗していた。今日の様子を見てもらってから話をしつつ移動していこうと、エデルガルト達の突破の様子をまず見てもらった。


「話すと長くなる上に、お互い、違う時代、違う国の生まれだしな。王都までの旅だ。時間は充分にある。色々と話をしながらいこう」

『はっ。我が主』


 ロスヴィータは改まった声色で答えた。

 まずは前提となる話のすり合わせからだ。ロスヴィータの常識がどの時代のもので、ゴファールとヴァルカランの事情についてどこまでのことを知っているかを確かめる。


『ヴァルカランについては知っている?』

『はい。隣国の名です。私の知っているヴァルカランは――やや小国ながらも、竜の山脈を望むに足る、精兵からなる武人の国だと聞いております。それ故に、昨晩は本当に驚かされました。王族を名乗る御仁が吸血鬼としてここにいる、というのは……一体どういうことかと』

「ヴァルカランが呪いを受ける前の時代の方……ということですか」


 ロスヴィータの言葉は意外なものだった。ヴァルカランの状況変化を知る前に亡くなったということだ。

 話を少し聞いてみると、どうも……ロスヴィータはソフィアとかなり近しい時代の人間らしい。魔族の侵攻については知っていて、西方諸国が魔族に押されて戦況がかなり悪いという情報は知っていたからだ。


『そう……。そういうことなら、私達の話をしてから現在の状況について話をしていくのが良さそうね』

『わかりました』




 ゾラルド丘陵地帯を後にし、エデルガルト達を追って俺達は移動を開始した。


 といってもエデルガルト達は丘陵地帯を抜けて、追ってきている魔物の規模が大したことがないと察すると早々に迎撃に転じていた。温存していた結界のワンドを活用して敵の動きを阻んだ後に転身。騎士達は馬上から降りて魔物達を撃破するという形で、ここまで走って来た魔物達に対して体力的な優位に立った状態で攻勢に転じ、あっという間にこれらを殲滅していた。


『やりましたな! 被害も出ず、完璧な突破だったと言えましょう!』

『確かに! あの魔道具の効果もすごいものです!』


 と喜び合う騎士達。エデルガルトは小さく笑みを見せる。


『そうですね。これほどまでに上手くいくとは』


 そう言って笑って応じてから、喜んでいる騎士達の様子を眺め、ふとゾラルド丘陵地帯の方へと目を向ける。


『本当に……。資料からすると、もっと困難なものだと予想していたのですが……』

『何か、気がかりなことでも?』

『いえ。魔物の数が伝え聞いていたものより少なく感じたので』


 騎士から尋ねられたエデルガルトが答えると、騎士も少し表情を曇らせる。


『まさか、罠ですか?』

『いいえ。だとしたら途中で私達の足を止めるような策があるはずです。走っている途中に、あちこちで戦闘の痕跡らしきものも見ることが出来ました。それが関係している……かも知れません』

『ふむ……。では、冒険者がやって来ていたのでしょうな』


 思案しながら答える騎士に、エデルガルトは少し笑って応じる。


『……そうですね。幸運だったと思う事にしましょう』


 そう言いながらも再びもう遠くなったゾラルド丘陵地帯に目を向けるエデルガルトは、何か思うところがありそうな様子だ。


『壁に残された斬撃の亀裂の断面……あれは……。いえ、思い過ごしか、見間違いか。戻って確認するわけにもいきませんし』


 苦笑してエデルガルトは首を横に振ると、気を取り直すかのように明るく言う。


『さあ、もう少し移動してから十分に休ませてもらいましょう。馬達の疲れを取らなくてはいけませんからね。皆、此度の危険地帯の突破、大儀でした』


 そう促し、エデルガルト達は徒歩で馬を引いての移動を再開した。


「本当に……よく見ているな、あの王女様は……」

「壁の傷ですか。高周波ブレードの断面に共通点でも見出しましたかね?」


 俺が言うと、エステルが顎に手をやって感心したように言う。


『馬で走り抜けながら観察をしていたのだとするなら、凄いわね。ソーマがブレードを使ったのだって、あの刺客達を斬った時ぐらいでしょう?』

「そうだな。あの時は武器ごと切り伏せた相手もいたから、硬質な物体の切断面ってとこでは共通している部分があるのかも知れないが……」


 他には、太刀筋……か? 太刀筋なんて言ってしまうと曖昧だし、俺は武術家ではないからそういうものを説明できるほど詳しいわけではないが、斬撃を放ったものの推定される背丈や斬り込む角度だとか。そういうものから見出せる共通項は確かにあるかも知れないな。


 どちらにせよ、エデルガルト王女の行動が今回のことで変わるわけでもないだろう。


 エデルガルト達は馬の休息を優先させるようで、今はそこまで遠くにはいかない。俺達も向こうからは目撃されず、丘陵地帯の魔物からは襲われないような、安全に待機できるポイントを探してそこでロスヴィータに色々説明をしていくとしよう。


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