第64話 剣士達の矜持
「さて――」
十分な距離まで詰めて射撃モードにして構える。
仕掛けるタイミングはアイコンタクトすら必要ない。ARによる表示で視界内にカウントダウンを表示している。
カウントダウンの数字がゼロになった瞬間に合わせ、立て続けにトリガーを弾く。目玉と鉄巨人の頭部と心臓付近に一発ずつ。バヨネットの光弾が空中を奔る。
撃ち込んだ3発の光弾は――命中する寸前、空中で干渉の火花を散らして弾かれる。待機中ですら防壁のようなものを張っているのか。そこで初めて、奴らは敵がいると気付いたようだった。
俺とソフィアは――その結果を見届けるよりも早く、それぞれの相手に向かって踏み込んでいた。
ソフィアの突っ込むタイミングは完璧。光弾が弾かれた次の刹那、身体ごと飛び込むように長大な血晶剣を横薙ぎに叩き込む。人間であれば。生物であれば致死確実だっただろう。
しかし相手は魔法生物。揺らぐことも恐れることもなく、見たものを見たままに対応した。
凄まじい激突音。ソフィアの剣と跳ね上がった肉斬り包丁が空中でぶつかり合った音だ。衝撃が走り、大気が揺らぐも、その音が、弾けた火花が、遠くまで届くことはない。エステルが遮断している。
そのソフィアの動きに合わせるように俺も突撃している。バヨネットは射撃モードのまま。立体的な戦闘が得意そうな目玉の魔法生物は、恐らくこうやって気を引かなければ鉄巨人の支援に入るだろう。それはさせない。目をこちらに向けたかと思うと発光しているブロックの光量が上がり、空間に光の盾のようなものが複数生まれる。射線を遮りながらも、その裏で。目玉から甲高い波長の音が響いたかと思うと応戦するとばかりに光弾が放たれた。
ただし、こちらに向けて真っ直ぐにではない。自らの周囲に浮遊するブロックに向けてだ。
放たれた光弾はブロックからブロックへ。反射を繰り返してあらぬ方向から、突っ込んできた俺に向かって撃ち込まれる。
「リフレクターか」
横跳びに跳びながら光壁の隙間を縫うように射撃。こちらの銃口から光弾が放たれると理解したのか、それは射線上に光壁を置いてきた。撃ち込まれた熱量と激突した魔力の壁が、干渉して小規模な爆発が巻き起こる。爆風の中を光芒が奔る。右に左に、複雑な光の反射起動を空間に描いたそれらが上下左右から俺のいる空間に向かって叩き込まれる。
速く、遅く不規則に速度を変えながらも右に左にランダムに動いて的を散らすように跳ぶ。予測させない。普通に走り込めば偏差射撃で撃ち抜かれるだろう。
「シャドウウィップ」
黒い鞭が俺の手から伸びる。伸縮する闇の鞭は掴むも払うも自在だ。
これは攻撃用ではなく、あくまで機動の補助。跳んだ後に物体に巻き付け、引き寄せることで自身の軌道を変えるための手段として使う。地面に向かって牙を突き立てるように闇を突き立て、自身の身体を引き寄せれば、本来の放物線の軌道を目玉からの光弾が薙いでいった。
やはり。こちらの動き、射線。そういったものを正確に演算して動きを予想して攻防に組み込んでいる。
変則的な機動で回避しながらもこちらも立て続けにバヨネットをぶっ放す。目玉に向けての射撃と見せて、狙いはそっちではない。発光量が低いブロック目掛けて叩き込めば爆発して打ち落とすことができた。
それを見て取った目玉が高音を周囲に響かせる。こちらとしてはブロックを削り切っても良い。それだけ目玉は攻防共に甘くなる。
多面的な制御がどこまでできるのか、見せてもらうとしよう。
「ふっ!」
自分の身長よりも長大な刃をソフィアは叩きつける。鉄巨人はその斬撃に合わせるように受け止めて見せた。
剣と剣がぶつかりあったのも一瞬。そのままの間合いで、赤い刃と肉斬り包丁とが凄まじい速度で交差し、重い剣戟の音が幾度も響き渡る。
両者の振るう刃は人間の目に留まらない速度。紅と黒の旋風が空中で激突して衝撃が大気に、地面に響く。
その手並みにソフィアが目を見開く。最初に見積もっていた実力よりも上だ、と鉄巨人の力量を即座に上方修正する。感じられる魔力の規模から力量に見積もりを立てていたが、当初の見立てよりも強いと判断したのは、その剣捌き故だ。歴戦の剣士を思わせるような技量は魔力からは推し量れないものであるからだ。
見た目から判断するなら力に任せて突っ込んでくるタイプと思っていたが、そうではないということだ。勿論、見た目通りの重量も備えている。万全な体制から切り結べば、ソフィアの膂力に打ち負けることもない。アストラルナイトと違って自分の身一つで動いているから、反応が遅れることもない。
故に――。ソフィアに対して打ち負けることもなく、互角に渡り合っている。
単純な腕力と速度に優れているだけの魔法生物ならば、難無く叩き潰せていただろう。が――。
「エステルが外からは見えないようにしてくれていて助かったわね」
斬撃と斬撃をぶつけ合い、少し後方に弾かれたソフィアの身体が空中で止まる。その背中に翼が生えていた。誰に見られることもない。ならば吸血鬼としての力も使える。
ぴくりと、鉄巨人がそれに反応する。その反応は翼を生やしたことにか。それとも吸血鬼であると理解したからか。
ソフィアは赤い残光を尾のように引きながら空中を疾駆して鉄巨人に打ち掛かった。
すれ違いざまの斬撃。空中で軌道を変えて更なる一撃。更にすれ違いざまの斬撃と見せかけてダガーのような血晶剣をばら撒いてソフィアは高空へと飛ぶ。
通常の武術や立ち合いではありえない機動。有り得ない剣舞。そう言ったものに、鉄巨人の対応が僅かに遅れる。
複雑な軌道で迫るダガーの群れを弾き散らした直後。ソフィアが月を背に垂直に落ちてくる。大上段。長大に展開された血晶剣で真っ二つにするかのような軌道で斬撃が振り抜かれた。
鉄巨人が転身する。身を翻して縦に薙ぐ赤い斬撃を避け、避けた動きを斬撃の勢いに乗せるように肉斬り包丁を振るえば、飛翔するソフィアに向かって三日月状の魔力斬撃が放たれていた。
翼をはためかせて回避した瞬間に、鉄巨人が虚空に向かって手を翳す。握りつぶすように拳を握り込めば、魔力斬撃が空中で分かたれて四方八方からソフィアに身体に向かって突き進む。
ソフィアは目を見開く。回避が間に合うタイミングではない。
次の瞬間に。手にしていた刃の形が変化していた。長大な剣から、通常の長さの二刀流に。暴風のような剣舞がソフィアの周囲に赤い渦を巻いて、無数に分かたれた魔力の刃が残らず撃ち落とされる。
拳を握り込んだまま、鉄巨人の目に宿る光が僅かに揺らいだ。ソフィアはそれを見ながらも少し離れた場所に着地した。ソフィアは鉄巨人を見据えたままで静かに二刀の剣を構え、口を開く。
「ゴーレム系の魔法生物かと思ったけれど……こっちの動きや正体に反応しているあたり、お前は違うものよね」
ソフィアの言葉に、鉄巨人は答えない。かといって踏み込んでくるわけでもない。静かに、魔力を高めながら剣を構えるだけだ。
「その剣術は確か……ゴファール王国の、高名な流派のものだったかしら。元人間だとするなら、私達と同じアンデッドか、人の記憶や魂を魔法生物の核として利用しているかのどちらか。迷宮の拡大を阻止しようとして呑まれたのね」
そう言って。
ソフィアは右手に握った剣を眼前に構え、さながら騎士が決闘の前にするかのような礼を取る。
「我が名はソフィア。ソフィア=ヴァルカラン。その剣技の研鑽と志に敬意を示し、ここからはヴァルカランの騎士として相手をするわ」
そう伝えれば鉄巨人の目に宿る光が輝き増す。驚きに目を見開いているようにソフィアには感じられた。ヴァルカランを名乗ったことに驚いたのか。それとも迷宮の走狗と化した自分に騎士としての礼を尽くしたことに驚いたのか。それは定かではない。
鉄巨人が動く。ソフィアと同様に、騎士がするかのような礼を取って。しかして名乗る口はない。それでも鉄巨人の意志は、相対するソフィアには伝わった。
数瞬の静寂。次の刹那、一瞬で両者の間合いは潰されていた。真正面。互いに踏み込んで真っ向から斬撃をぶつけ合ったためだ。
凄まじい衝撃。大上段から斬撃を放った鉄巨人と、それを交差させた剣で受け止めたソフィアと。視線が交差したのも一瞬。そのまま切り結ぶ。退かない。互いに退かない。鈍重な肉斬り包丁を暴風のように軽々と振るう鉄巨人に、一歩も引かずにソフィアは斬撃を繰り出す。先程までの吸血鬼としての膂力に任せた、暴力的な斬撃ではなく、研鑽を重ねた騎士としての剣技。撃ち込まれる斬撃をいなし、逸らし、間隙を縫って斬り込む。
それは、吸血鬼に変じて以後も研鑽され続けた剣技だ。
魂を虜囚とされ迷宮の傀儡と成り果てた鉄巨人をして、見惚れる程の流麗で華麗な卓越した技量であった。
鉄巨人の防戦一方となる。膂力ではなく、重量に剣技を合わせたものが鉄巨人の持ち味だと。そう判断されたからだろう。
研鑽を重ねてきたことが分かるソフィアに対して。自分はどうだったか。ただただ、傀儡として無為な時間を過ごしてきただけの空虚な日々を送ってきただけなのではないか。
そう自問する。自身の剣技には、見る影もない。肉体が生前とは変わってしまったから、戦い方も違ってしまった。だからこうまで一方的に斬り込まれている。
それは言い訳にはならない。最適化された形に鍛え直す時間はそれこそ無限にあったのだ。戦う意味を、意義を見失い、ただただ迷宮の定める本能のままに動いてきただけの抜け殻だった。
ソフィアの剣技は正統派だ。しかし、振るう膂力と魔力の込め方が人間のそれとは異なる。洗練されている。最適化されている。
赤い剣閃が閃き、黒鉄の暴風を受け止める。火花が弾け、剣戟が鳴り響く。暴風が激突するような剣舞。その攻防の中で。
打ち込んだ斬撃が流麗技で流され、体勢が僅かに崩れた瞬間を赤い閃光が穿つ。技巧を凝らした一撃が、膂力で受け止められて弾き飛ばされる。
両者の研鑽の差がこういう結果に繋がっている。ソフィアの剣舞に瞬く間に鉄巨人の装甲表面に細かな斬撃痕や打撃痕が刻まれていく。
生身であったらとっくに殺されている。その無様さに、危機感よりも申し訳ないという気持ちが巻き起こる。人間としての剣術など捨てて、迷宮の守り手としての在り方、戦い方を全うしろという本能的な衝動に似た感覚が沸き起こる。ヴァルカランの王族が何故、という疑問もあった。
それらの葛藤や横槍や様々な疑問を――剣を志したものとしての自我が凌駕した。
忘我。全ての雑音を置き去りにするように鉄巨人が――その中に宿る魂が、戦いの中に没入していく。戦士として。騎士として。自らの死に場所を与えてくれるというのならそれに全霊を以って応えよう。
そう決心した瞬間に。鉄巨人の動きも変わる。相手は自分より格上。ならば技量で競うべきではない。泥臭い戦いであっても勝ちを拾いに行く。
踏み込む寸前、鉄巨人の足が地面を蹴り上げた。土砂は桁外れの重量を持つ鉄巨人の脚力で巻き上げられ、散弾となってソフィアに向かって迫る。
ソフィアの判断、対応は一瞬。身体に魔力の渦を纏って正面を突破する。
土砂の散弾を突き抜けたソフィアは――笑っていた。泥臭く勝ちを拾いに来た鉄巨人に、それで良いと肯定するかのように。
懐に飛び込んで斬撃の渦を繰り出してくるソフィア。斬撃に身を晒しながらも胴体への直撃を避け、質量と重装甲を以って押し返すように攻撃を寸断する鉄巨人。
交差させた剣で体当たりを受け止める。弾かれたソフィアを追うように鉄巨人が迫る。
ここだ。騎士として地上戦に付き合ってくれているソフィアは、空中に吹き飛ばされても翼でその軌道を変えていない。普通の斬撃を叩き込むことに、意味はない。相手が吸血鬼だというのなら、肉体的な欠損を与えるだけでは何の痛痒にもならない。
上段から振り下ろす一撃。それをソフィアは空中で受け止める。その、刹那に。
鉄巨人の空いた左手に、光の刃が生まれた。魔法剣士の業。アンデッドを打ち滅ぼす光の魔法剣――。ありったけの魔力を込めた一撃を、横薙ぎに放つ。
黄金の輝きを放つ刃がソフィアの胴体を両断するように叩き込まれていた。
「――――」
届かない。全身全霊。かつての魔法剣士の全てを込めた魔法剣は、しかしソフィアには届かない。片手に握っていた剣を手放し。黒い雷を放つ魔力の刃を展開してそれを押し留めていた。手だけではない。剣に。全身に、暗黒の魔力を纏っている。
「悪いわね――。前に、その技は見たことがある。その技では、この身を滅ぼすには至らない」
颶風を巻いて暗黒の火花を散らしながらソフィアが踏み込んでくる。魔力を振り絞って渾身の一撃に賭けた鉄巨人に、それを避ける術はない。斬撃に斬撃を重ねて。黒と赤の軌跡が空間を引き裂けば、鉄巨人の身体が、手足がバラバラと刻まれて宙を舞った。




