第61話 戦いに赴く理由
――シェルターでの一夜が明ける。目を開けると、そこは昨晩の状態と変わらず、エステルとソフィアが隣で横になって通信機からの情報を精査している様子だった。
「ん……おはよう」
そう挨拶すると、エステルとソフィアは揃って明るい笑顔を見せてくる。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、ソーマ。よく眠れたかしら?」
そう挨拶してくる2人は何やら和気藹々とした雰囲気というか、昨晩よりも仲良くなっているようにも感じる。
何、だろうか。ソフィアが俺に向けてくる笑みに何かしら意味合いがあるように感じられるのは。
「ああ。よく眠れたが……何だ。俺の話でもしていたのか?」
「そうですねえ。私達の世界のことや、平和だったころのソーマとの思い出話を少し」
「なるほどな」
少し笑って答える。
何を話していたのやらとも思うが……エステルがこうやって気兼ねなく話を出来る相手が増えてくれるというのは良いことだ。
何分、普通の人工知能ではないと詳しく話をすることでバレてしまう可能性があったからな。俺以外の相手との会話もエステルは感情表現などを加減していたところがある。
当然、思い出話に花を咲かせるなんてことは特別にそうして欲しいとでも指示しない限りしない。友人という関係性だって自由に築くことはできなかったから、そういった何気ない話で盛り上がれたというのであれば、本当に喜ばしいことだと思う。
そして、二人の様子を見る限り昨晩も今も、特に異常は起こっていないのだろう。エステルはマルチタスクが得意分野だし、雑談していてもそういった部分抜かりがないからな。
「とりあえず異常はなかったみたいだな」
「はい。エデルガルト王女のところも私達の周辺、みんなの集落に開発地、それからモニターしている街も、特に問題は起こっていません」
それは何よりだ。では……身だしなみを整えたら朝食の準備をしつつシルティナ達とも連絡を取っておくとするか。
俺達の荷物に関してはソフィアが同行してくれたお陰で影の中に収納出来ていたりする。だから、十分な量の食料やら調理器具やらを旅先にも持ち込める上に、行動の邪魔にもならない。
ソフィアは影の中から食材を色々と取り出してくれた。街で買った新鮮な食材も旅先で使えるのは有難い。
「他人の影に自分が潜むのは吸血鬼由来の術だけれどね。収納だけなら闇魔法系統の術にもあるから、その気になれば適性のあるソーマには習得できると思うわよ」
と、そんな風に教えてくれるソフィアである。
「それはいいな。便利そうだ」
色々と行動の幅が増えそうな魔法だ。容量は才能と魔力量、習熟度による、とのことで、どれぐらいの規模の収納になるのかは個々人に依存する部分が多く、今の時点では何とも言えないとのことだ。
普通はそこまで大規模な収納にはならないということではある。ソフィアは吸血鬼であるが故にそれらの部分をクリアしているので大容量の収納用の空間を手元に作れるとのことだが。
そのまま、軽くサンドイッチやら卵焼きやらを食べて、茶まで入れて朝食を満喫する。俺とエステルだけでなくソフィアも人工血液による朝食だ。
「こう……誰かと談笑しながらの朝食なんて、吸血鬼になってからこっち、初めての経験ね。ソーマ達と行動していると、新鮮に感じられることが多くて楽しいわ」
「それは何よりです」
エステルが笑って応じる。ソフィアからすると魔物の血では食事と雑談を楽しむどころではなかっただろうしな……。そもそも、吸血鬼が誰かと朝食というのも普通はないとは思うが。
朝食が終わったら出発の準備を整えつつシルティナ達と朝の定時連絡だ。アリアやノーラの元気の良い挨拶にみんなでも和みつつも、集落や森、ヴァルカランに特に異常はないと聞かせてもらった。
『そっちは大丈夫だった?』
「ああ。昨日はゆっくり眠れたよ。エデルガルト王女達は今から軽く食事をして、すぐに出発すると言っているから、俺達もそれに合わせて移動だな」
『うん。気を付けて』
『ソフィアさまは、これからおやすみなさい?』
「そうね。夜の間は周辺の見張り役もしていたから」
そんな話をしつつ、出発の準備を進めていく。といっても後はシェルターを収納すればいつでも動けるという状況だ。シェルターもワンタッチで簡易に小さく畳んで持ち運べる。その辺軍用なので利便性や携帯性が高いのである。
エデルガルト達も無事に野営を終えられたようで、異常がないことを確認してから携帯食を手早く口にしたり馬に必要な世話をしたりしてから移動を開始するようだ。
今日も追跡は続いていく。確実にゾラルド丘陵地帯は近付いている。分岐点を外れ、俺達の進んだ街道を行き交う人通りは少なくなり、風景も長閑で明るい場所から、次第に閑散としていき、やがて街道の整備もそれほど行き届いていない、荒れた地になっていくのが分かった。
ゾラルド丘陵地帯。魔物が多数出没する危険地帯ということではあるが、まだそこには到着していない。
傾斜は僅かだが少しずつ標高が上がっている。荒れてはいるが、なだらかな道がずっと続いている。
『丘陵地帯までは、まだ距離があるのですか?』
『ああ。もうしばらく進まねばならん』
女騎士が尋ねると年配の騎士が応じる。
『明日には確実に到着することになります。突入前に野営に入り、明るくなったら突破……の予定ですね』
『そうですな。明日が山場となる。各人、夜は十分に休んでおくように。交代も回数を増やし、それぞれが休める時間を長くとるものとする。良いな?』
『はっ!』
と言った会話が通信機の向こうでされた。
「つまり俺達の山場は今日の夜、というわけだ」
「今の私達の戦力としては、夜の方が上がりますからね」
そうだな。ソフィアもいることだし。とはいえルヴィエラがいないからソフィアの方は本領発揮というわけではないが。となると……バヨネットも丘陵地帯の環境次第では今日の夜の戦いでは解禁しても良いかも知れない。山火事の心配などが無ければ全力で振るうことができる。
『ん……。おはよう』
影の中から声がする。陽の高い内におはようと挨拶する吸血鬼というのも珍しい気もするが。
「悪い。起こしたか?」
『いいえ。眠りを浅く保っていただけよ。どうも、事態が動きそうな肉体的な反応があったからね』
「その辺は流石の感覚と言いますか」
エステルと共に感心しながらもソフィアに状況を伝える。
『なるほど。今日の夜ね』
「目撃者がいなくて山火事にもならなさそうって条件ならバヨネットを使っても良いかも知れないな」
『あの光の剣ね』
「その辺は本当に状況を見つつだな。高周波ブレードだけで足りて、出番がなさそうなら使わなくてもいい。バヨネットは斬撃の痕跡も独特だから、あのお姫様の周囲であまりそういうものは残したくないってのはある」
「魔物がどれだけいるのか分かりませんが、間引きとなると倒した魔物を全部回収というわけにもいきませんからねえ……」
そうだな。そこまでするのは人手も時間も足りない。バヨネットで切り裂き、撃ち抜いて回っていたら痕跡が残ってしまう。
『まあ……大丈夫じゃないかしら。ソーマと高周波ブレードなら、相当高位の魔物や魔獣でない限り問題にならないでしょう』
ソフィアの見立てがそういうものなのであれば……なんとかなるか。ソフィアは魔物討伐の経験もあるそうで、知識もあるから魔物を見ればある程度は種類や対処法等も伝えられるとのことだ。魔物討伐にあたっては心強いアドバイザーではあるな。勿論、白兵戦ではこれ以上ないというぐらいの戦闘能力でもある。
『とはいえ、よね。誰かに目撃される可能性を考えると、一見して吸血鬼だと分かるような、あまり派手なことはしない方がいいわね。勿論、必要なら使用は躊躇わないけれど』
巨大な血槍だとか翼を生やしての高速戦闘だとか、人間離れした技の使用は控える、と。それでも事足りると考えているのならソフィアの判断を信じよう。こっちの世界――特に迷宮だなんてわけのわからないものに関してはソフィアの方がずっと知識だってあるのだから。
「夜になる前にドローンでも飛ばしておくか。高空から熱源反応で魔物の分布と地形を把握しておけば作戦も立てやすくなるだろう」
『ドローン……ああ。これで合っていたかしら?』
影の中からドローンが浮かんできた。それを拾ってエネルギー残量や端末とのリンクなどの点検をしておく。
「飛ばすタイミングはエデルガルト達が野営の準備を始める頃合いでいいか。そこまで行けば道を間違える心配もなくなるし」
『それは……どういう魔道具なの?』
「スパイボットと基本的には同じようなものだよ。もっと高空まで飛ばせて動かせる時間も長いし収集できる情報も多い。迷彩できるから、地上から目視するのも難しい」
簡単にドローンの説明をすると『あの虫魔道具の高性能版ということね』とソフィアは納得していた。
「情報の共有はします。地形と分布から作戦は立てますので、ソフィアさんには魔物の種類と習性からアドバイスをお願いできればと思います」
『良いわ。何というか……こういう作戦立案は楽しいわね。誰かと話し合って作戦を立てるなんていうのは、随分久しぶりなことだわ』
影の中からそんなソフィアの声が聞こえる。
「ハーヴェイさん達と作戦会議をしたり、ですか?」
『魔族相手の戦いね。でも、その頃のものは国の命運がかかっていたし、不死になってからは……割と適当でも何とでもなってしまったから自暴自棄になっていたわ。だから……追い詰められているわけでもなく、誰かを守るために真面目に作戦を考えられるというのは……そうね。本当に記憶にないわ』
なるほど。戦いの理由は切羽詰まってもいないし後ろ向きでもない。魔物討伐なら気兼ねするようなこともない。
誰かを守るための、というのは、まず同行している俺達も含める言葉だろう。目的としてはエデルガルト達の安全確保であり、集落の安全のためではあるが。ソフィアとしては、こんな形で戦いに赴くなんてことは今までなかったわけだ。
「まあ……そうかもな。気持ちはわかる気がする」
『追い詰められての戦いなんて、ろくなものではないものね』
俺の言いたいことを察してか、しみじみと言うソフィアである。全くだな。暴れ回りたいわけではないし戦いたいわけではないが、どうせ戦うなら今回のような形の方が良い。




