第58話 出発の前に
とりあえず宿に戻り、荷物を回収したら王女の動きを見てそれに合わせて動いていく。俺達の見た目はエステルのテクスチャー張り替えで割と自由に調整できるから、もしもう一度救助に割って入るような状況になっても遠慮なく動けるはずだ。
ただ、あの王女様は記憶力もそうだが、洞察力にも優れているように見えた。自分が死んだ場合の保険を渡してから動くことと言い、肝も据わっているから、場合によってはテクスチャーを張り替えていてもちょっとした動きや背格好といった共通点などから見破ってくるかも知れない。しっかりとその辺注意しなければならないだろう。
エデルガルト達から少し遅れて移動し通信機でシルティナやアリア、ノーラ達にこちらの状況を伝えていく。
「――というわけで、少し帰るのが遅くなる。他の都市部からも情報を得られるようにしてくるつもりだから、守りはもっと盤石にはなるとは思うけれど」
『……んー。わかったわ。王都までの道……十分気を付けてね』
『わたし達の方は、大丈夫。ヴァルカランのひとたちも、みんなやさしいから』
『アンナさんと、一緒にみんなのおひるを作ったんだよ』
『友達になったの』
アリアとノーラはにこにこと笑いながら教えてくれる。アンナは、俺が湖城に滞在していた時に身の回りの世話をしてくれたメイドだな。スケルトンの姿をしているが細やかな気遣いをしてくれる性格で、今は共同開発地や集落で作業しているエルフ達の食事作り等を手伝ってくれている。人手が取られる分通常の狩猟や家事に費やす時間が減るから手伝いにきてくれているのだ。
ヴァルカランの面々も、有意義な仕事ができるとそういう雑事にも乗り気だったりする。城で働いている面々は、そういう細々とした仕事こそ生き甲斐とばかりに楽しそうに仕事を手伝いに来ている印象だ。
そういったわけでアリアとノーラは一緒に食事の用意の手伝いをしたのだろう。友達になったという二人は楽しそうにその時の話をしていた。ヴァルカランで作られていた料理を教えてもらったのだとか。
ソフィアやメアリが先んじて受け入れられていたということであるとか、ヴァルカランの事情を把握したこともあって、アリアとノーラに限らず、エルフ達はヴァルカランの人達に皆好意的だ。
拠点や開拓地で仲良くやっていてくれることは安心するというか、微笑ましいというか。
『気を付けていってきてね。みんなの無事な帰りを待ってるから』
シルティナ達は通信機の向こうでそんな風に言ってくれた。
「ああ。行って来る」
「何かあったら通信機に連絡を入れなさい。私達は拠点の安全を優先してそっちに戻るから、遠慮することはないわ」
『うん。いつもと違う事があったらその時に伝えるね』
シルティナがソフィアの言葉ににっこりと笑って応じた。
……王都までの旅か。刺客が倒れたことを察知されて次の手が打たれない内に動こうとするだろうから、エデルガルトの旅は道中どこかにゆっくりと滞在するということあるまい。期間としては最短時間での移動となるはずだ。
『馬鹿なことを……』
宿に戻って通信機を確認していると、領主の嘆くような声が聞こえてくる。エデルガルトがテレンスを引き渡した形だ。エデルガルトの話を聞いた領主は頭痛を堪えるかのようにこめかみのあたりを抑えて渋面を浮かべている。
『暗示の魔道具も使われていましたし、こういった手管に長けた者達なのでしょう。任務の性質上騒ぎにするつもりも、報告する気もありません。それに、この地の混乱も望んでいない。ですから、私からは不問とします』
それを聞いて、領主は少し安堵したようであった。王族の拉致、或いは暗殺の未遂ともなれば大事件だろう。下手をすれば自分の立場とて危うくなるところだろうが、エデルガルトは表沙汰にはしないと言ってくれている。
『そう……ですか。殿下のお心遣いに感謝します。しかし、けじめは必要ですな。テレンスには然るべき罰を与えると約束しましょう。少なくとも、今後一切、表に出てくるような事はなくなるかと』
表沙汰にはできないとなれば表立った処罰、処刑などはできない。しかし領主から恩情をかけてくれたエデルガルトに示すけじめは必要だ。暗示の魔道具が使われたことへの理解も示してくれているから王女の顔を立てる意味で命を奪うところまではいかなくとも、テレンスに対しての処罰はかなり厳しいものになりそうな様子だ。
『もう一人の、生け捕りした刺客についてはどうなさるのですか?』
『魔法で眠らせていますし、最低限の手当てを済ませたら連れて行きます。道中で話を聞きつつ信頼できる領主に預けて、そこで情報を引き出してもらうとしましょう。ベルルート男爵を信じていないわけではないのですが、彼の背後が奪還や口封じに動いて、この地で混乱が拡大しても困りますから』
刺客の奪還や事情を知った者の口封じに動かれては困るとエデルガルトは言う。混乱という言葉の裏には領主――ベルルート男爵の暗殺や懐柔、脅迫も含まれる。領主の交代、或いは懐柔等による西の森に対する方針変更が起こるのをエデルガルトは望んでいない。
『私は何も知らない、ということにして欲しいと仰るのですか』
『そうですね……。その方が領地も家人も安全かと。西の集落に男爵の言葉を伝えてくるつもりでしたが、私はすぐに王都に向かおうと思います。西の現状について報告をしなければなりませんので』
エデルガルトは落ち着いた様子で淡々と言う。領主――ベルルート男爵は深々と頭を下げる。
『分かりました。せめて他の刺客の後始末などについてはこちらに任せて下さい。他の土地から流れてきた盗賊ということで処理をし、記録を残しておきます』
『はい。刺客が盗賊ではないと分かる持ち物……証拠品の類は、私達で回収します。陛下への報告の際に役立つと思いますし。ベルルート男爵のお力添えについても伝えておきましょう』
『……殿下に危険な橋を渡らせることになって、申し訳なく思います』
『気にすることはありません。それぞれに成すべきことがあるのですから。護衛も、つける必要はありませんよ。私は調査を早めに切り上げて王都に戻る。それ以外は何もなかった。それだけのことです』
エデルガルトは少し笑って、領主からの言葉は西の集落の面々に伝言できなかったのでそちらは頼みます、と伝える。
『それこそ本来は私の仕事ですな』
男爵は苦笑する。領民から詰め寄られた時に約束もしたということと、調査のついでということでエデルガルトが伝言を引き受けていたようではあるが。
そんなやり取りを経て、刺客の手当てと証拠品の回収を終えたエデルガルトは最低限の見送りを受けつつ、引き上げる準備を進めていった。
西の集落の調査の時よりも護衛の人数こそ増えるものの、やはりヴァルカランを刺激しないということを念頭に置いているためか護衛は小規模だ。王家の紋章等も馬車には刻まれていない。
ただ、その分行動もスムーズではあるようだ。王族の護衛ということで練度も高く、きびきびと動く。可能な限り早くエデルガルト達は男爵領を立つようだ。
俺達もそれに合わせ、食料を買い込んで旅支度を整えてから宿を引き払うことにした。
ベルルート男爵領の情報はスパイボットを配置したお陰で放っておいても集まってくるからな。住民達と直接接しての情報収集をもう少ししたかったが、今はエデルガルトを優先すべきだろう。ただ、出発前に街でするべきことはもう少し残っているのだが。
「……馬車ってのは案外速度が出ないものらしいな」
『そうね。馬を全力で走らせ続けることはできないし、普通の速度で進んでも数時間置きに馬を休ませる必要があるわ。護衛に守られながら、いざという時の襲撃にも備えて馬の体力を温存することを考えるとね』
「なるほど。いざという時に馬を乗り換えて全力で王女だけ逃げるってこともできるもんな」
その点で言うとヴァルカランの亡霊馬達はかなりの速度で軽快に走っていたが、あれは例外だろう。
一方で俺の場合はナノマシンもあって歩いたり軽く走ったりした程度では一日中続けても疲労しない。エデルガルトの馬車に対して、つかず離れずの距離を維持して十分追跡できる。
さて。十分に追跡できるということも分かっているということもあり、街を出発する前に俺達にはやっておくことがあった。即ち、身分証の取得だ。
買い物をしながら住民達から色々聞いたところでは、魔物退治や薬草採取……その他住民の対応しにくい雑事を依頼として受ける、冒険者なる職業があるそうだ。
魔物や魔獣が存在する世界であるが故に、それらとの戦闘を前提にした何でも屋のようなものは必要なのだろう。
ともあれ、冒険者の身分証があれば各都市部や町に訪問した理由等も依頼だとか仕事を探してだとかで通るので、都市に入る際や移動の際も便利になる。
冒険者なら依頼をこなしている、仕事を探しているという体で旅をしていても不自然ではないからな。
というわけで冒険者ギルドに足を運ぶ。大通り沿いで、場所については既に把握している。
男爵領のギルドは小規模なもので、少し閑散としている雰囲気だった。
というのも、マインラート達の部隊が駐留している間、エルフの集落がある森への立ち入りが制限されていたからだ。貴重な薬草採取の仕事があり、森の魔物もそこまで強くない。
エルフの集落に近付いたり、ヴァルカラン側に抜けたりしなければリスクを抑えて稼げる場所ではあったのだが、それが出来なくなってしまった。しかも、その森の、浅いエリアが燃えてしまって今はヴァルカランの面々が夜間警備している。立ち入りは制限どころか禁止されて解除の目途も立たず、依頼が出来ないという状態であるらしい。
西の森以外からの採取依頼、魔物退治の依頼はあるが、それは別にベルルート男爵領でなくてもある仕事で、依頼全体が少なくなってしまった。冒険者が離れるのは仕方がないことだろう。
だから――俺が他の森から猪の魔物を狩って、その素材を持ち込んだと伝えた時に薬草は他の森にないのかと結構食いつかれた。他の森はエルフの管理する森程資源が豊かではない、と答える程度に留めたが。
そんなわけで、カウンターで冒険者登録に来たということを伝えると「この時期にここでというのは珍しいな」と言われた。
「近隣の森に流れてきて狩りをしながら暮らしていたんだが、エルフの森には入れないとなるとな……。だから登録はさせてもらうが、ここでの仕事は今のところは考えていない」
受付で担当してくれた職員に言うと、ガシガシと頭を掻く。
「まあ……仕方がねえな。今はどうにも時期が悪い」
そう言ってから冒険者の制度に関して一通り説明してくれた。
冒険者は実績や実力、素行に応じて等級分けされているそうだ。等級は青銅、銅、鉄、銀、金、白金となっていて、依頼をこなして実力を示していくことでランクが上がっていくのだとか。最初は全員青銅から。駆け出しということでプレートの色もそれに準じる。
そうやって説明してから用紙を出してくる。名前を紙に記入し、登録料を支払う。
指を少し切って血を垂らし、魔石の嵌ったプレートとギルド側の魔道具に同時に触れ、職員が魔道具を操作することで俺の登録は完了した。
あっさりしたものだというのが俺の感想である。
「血で魔力を登録しているから他人のプレートは使えない。紛失したら届け出が必要だが……ギルドの方で依頼完了後に実績を記帳しているから、それまでの実績を反映させたいなら最後に依頼の報告をしたギルド支部で再発行する必要がある」
冒険者証というべきか。ドッグタグと言うべきか。名前や実績記録などがプレートとギルドの双方に記録されて残る、というわけだ。
他所の支部に行ってもプレートに実績記録が残っているから、手続きを行えばそのまま他支部で依頼を受けて仕事ができるということらしい。
血で本人と照合する上にギルド側の魔道具にも登録情報が入るようだから、色々とセキュリティ回りも確保されている。青銅等級の駆け出しに信用はあまりないだろうが、これなら確かに身分証にもなるか。アストラルナイトの時も思ったが、魔法文明は結構侮れない技術力だな。
エステルの方は、血を使うことから魔道具の誤作動の可能性を考慮して「私は付き添いなので」と今回は登録をしないことにしていた。エステルの場合は姿を消したり現わしたりが自由なので、冒険者登録しなくても問題ないだろう。




