第57話 王女の願いと再会の約束と
「西の森は備えや監視に留めるべきだと、私は考えます。ですから、こうした見解を伝えるつもり……というのは、ソーヤ殿とステラ殿の望みに合致するとは思うのです。民の暮らしも……死者の眠りも……平穏で安寧が守られている方が良いに決まっていますから。
エデルガルトはそこまで言って目を閉じる。死者の眠りも、か。王族であるエデルガルトがヴァルカランの本当の事情を知っているのかは定かではないが、少なくとも影に潜んでいるソフィアの――その魔力に揺らぎなどは生じていない。静かに影の中からエデルガルトの話を聞いているようだった。
「もっとも……これは私の考えでしかないので、あくまであなた方の望みに対して私ができる範囲のお話でしかないのですが」
「いや……十分だ」
そう応じると、エデルガルトは少し笑い、それから少し申し訳なさそうに言ってくる。
「その……ついでと言っては何ですが、一つ、お願いしたい事があるのです。お礼の話をしている場でお願いというのもどうかとは思うのですが……聞いていただけますか?」
「内容によるな」
「はい。順を追ってお伝えします」
エデルガルトは言葉を続ける。
「今回――あの刺客に狙われた理由に関わるものなのですが……刺客がヴィルム神殿の者達であるというのならば、彼らにとって、きっと私の報告は邪魔なものなのでしょう。だから――恐らく彼らはヴァルカランかエルフ達の仕業と見せかけて私を亡き者にし、火種にしようとした……のだと思います」
……神殿の狙いを言い当ててきた。王女だから神殿の事情を把握した上での推測かも知れないが。
「私はこれから西の集落に領主の意向を伝え、調査を続行してから王都へ戻る予定でした。しかし――こうやって刺客を差し向けられてしまっては。急ぎ領主にこのことを伝え、王都に帰還する必要があります。しかしその過程で……もしかしたら刺客から狙われ、命を落とすかも知れません」
「その可能性は――あるかもな」
この近辺から離れてしまってエルフに罪は着せられなくとも、盗賊の仕業に見せかけるとか、そういうことは十分に有り得る。というか想定しておいて然るべきだ。
「ですから、手紙を預かっては貰えませんか? もし、私の身に何かが起こったという噂を耳にした場合、手紙を王城へ届けて頂きたいのです。少なくともエルフ達ではなく神殿の刺客に狙われたのだと伝われば、戦いが起こってもそれが長引くようなことは回避できる……かも知れません。勿論、危険を感じたならば手紙は処分してもらって構いませんよ」
「それは――」
狙われていることを承知で帰還し、謀殺された場合の保険も残す、か。随分と覚悟の決まったことではあるが。
「どうして、俺達なんだ? 領主に頼むとか他に相応しい相手もいるんじゃないか?」
「領主とて、しがらみは多いですから。神殿との間に利害を絡めて交渉されたらどうなるかは分かりません。しかし……あなた方は貴族や神殿とのしがらみは特にないとお見受けしました。自身の身を守れる力を持ち、こうやって割って入って助けてくれて、平穏を望む人柄でありながら、別段神殿から警戒や注目を受けているわけでもなさそうという……そんな知己は私には多くありません。何より、私との関係性が薄いからこそ良いのです」
だからこそ、あなた方が狙われるような心配もありませんから、とエデルガルトはにっこりと笑って見せた。
俺は目立ちたくないと前に話をした時に伝えている。刺客から割って入って王女を助けたのが俺達だと、領主に対して名乗り出るつもりもない以上、当然、この場にいる者達以外に知られることもないわけだ。
生き残った神殿の刺客にとって、突然割って入って来た俺達の正体は不明であり、テレンスは――エデルガルトの話の持っていき方次第で、いくらでも俺のことを話さないようにはできるだろう。例えば領主に対して助命の口添えをする代わりに俺のことを黙っているだとか。
存在を知られることがないから俺達は神殿からノーマークで動ける。
それに……手紙を預けると言っても保険であり、その内容としても神殿が刺客を差し向けてきた、といった内容だ。
万一、俺から裏切られ、約束を守ってもらえなくとも、エデルガルトとしてはそれほどのリスクではない。刺客が増えるわけではないし、これから王都に報告に行くという、自分の行動が邪魔されるわけでもないからだ。
「……分かった。手紙を預かろう。何事もなく王都に帰って報告できることを祈っている」
少し考えて、頷いた。助けて欲しい、ではなく、手紙を保険として預かって欲しい、か。
「ありがとうございます。助かります」
エデルガルトは笑うと、早速手紙を認め始める。馬車の中でもそう言った道具は揃えているらしかった。
手紙を封筒に閉じ、指輪を火の魔法で少し焙り、蝋を垂らしてそこに指輪を判子代わりに押す。間違いなく王女の手紙であると、そう示すための紋章が刻まれた封蝋だ。最後に封蝋に何か、魔法の類を用いていた。意図していないところでの開封の防止だとか、そういう防犯機能を持たせた魔法だろうか。
「これは、面倒なことを頼んでしまうことへの心付けです。売れば幾ばくかのお金になるでしょう」
そう言って、手紙と共に自分のしていたネックレスを外して渡してくる。
「……確かに預かった。首飾りの方も受け取っておく」
「いいえ。大したお礼もできずに申し訳ないぐらいです。お二人は目立ちたくないとのことでしたから、領主から恩賞をというのは神殿に狙われる可能性がありますし、こういう形の方が良いかなと思ったのですが」
「そうだな。確かにこっちの方が有難いが」
エデルガルトからしてみれば、お礼をする機会が今しかなかったとも言える。
国王に考えを伝えるのはエデルガルトの元々の仕事であるのだし、俺の望みと合致しているからといって、仕事を遂行するだけで俺への感謝を伝える、ということには彼女の中ではならないのだろう。
「……ステラ。あれを渡しても良いんじゃないか?」
「そうですね……。ソーヤがそう言うのでしたら。あまりお力にはなれませんが……これを持って行って下さい」
エステルは自作の魔道具を取り出す。青い宝石が先端につけられたワンドだ。
「こ、これは……?」
「ある程度の任意の大きさと範囲の結界を作り出す魔道具ですね。いざという時に壁を作って敵の追撃を振り切るだとか、弓矢などから身を守る程度には使えるかと」
エステルがワンドを発動させると、杖から少し離れた位置に、縦長の八面体をした、小さな光の結界が生じた。
「小規模ではこれぐらいの大きさに。大規模なら馬車と護衛の皆さんを守るぐらいはできるのではないでしょうか。基点になるものを中心に展開した結界自体を動かすこともできます。勿論、大きいものを長時間となると魔力の消耗も大きくなるから注意が必要ですが」
「こ、このような貴重なものを……? あなた方は一体……」
エデルガルトは目を瞬かせる。……思考入力方式で範囲を自由設定できる結界を展開できるということで、ハーヴェイ達の常識からは割と外れている魔道具ではあるようだ。
「まあ……無事に報告ができたら返してくれ。他所ででかい仕事を終えてこの近辺に腰を落ち着けることにしたから、俺達としては悠々自適に隠居生活したいだけなんだ」
「ですから、エディーラさんの報告が上手くいってくれると、私達としても助かる、というわけです」
パイプを作っておくにしても相手は王族。こちらが必要になった時に会いに行くのに苦労するようでは困る。再開の必然性を作っておけば、必要な時に交渉の窓口にもなってもらえるだろう。
「分かりました……。素性の詮索もしません。我が名誉にかけて必ずお返しすると約束します。お話は――その時にでもまた聞かせて頂けたらと思います」
エデルガルトはそう言ってワンドを受け取った。
「ああ。その時は……のんびりと落ち着いて話ができるような状況だと良いな」
「はい。私もそう願っています」
そうして、王女は馬車から顔を出すと、護衛達にも俺が目立ちたくないと言っているので他言無用にするようにと伝える。テレンスにも何やら言い含めているようで、拘束されたテレンスは青い顔をしたままがくがくと首を縦に振っていた。
「それでは、私は行きますね」
「ああ。気をつけてな」
「道中の無事を祈っています」
俺とエステルが言うと、エデルガルトは頷き、そうして刺客やテレンスを回収した護衛達と共に街の方へと戻っていった。
「さて。どうしたもんかな。エデルガルト王女からの報告と説得が上手くいけばいいんだが……」
馬車が見えなくなってから呟くように言うと、影の中から声が響く。
『色々な思惑も絡んでくるでしょうし、王女の考えだけでは……何とも言えないわね。軍神の神殿の在り方は、私達とは相容れなさそうではあるし』
「私達は、ゴファール王国の現状にはまだまだ疎いですからね……。とりあえず馬車の位置座標は追えますし、音声データ等も拾えます」
スパイボットを馬車に張り付けた形だ。王女の追跡は可能である。
『私としては……ゴファール王国は敵なのだけれど。あの王女を助けることには反対はしないわよ。真っ当な考えと行動をしているし、互いの存亡をかけて争っている状況でもない。ゴファールの族滅を目指しているわけでもないのだから。こちらと話が出来そうな相手というのは貴重だわ』
「ソフィアが良いっていうのなら、方針としては決まりだな」
先程のやり取りも、ソフィアが気に入らないなら俺にだけ合図を送れるはずだがそうはしなかった。
『まあ……こんなことを言っていられるのは呪い対策をしているからなのだけれどね。だからこそ理性的な判断というのは大切にしたいわ。怨念は子々孫々……族滅まで祟るなんて話もあるけれど』
そんなことを言って苦笑するソフィアである。
見解としては、エデルガルトはゴファールにおける交渉相手になり得る、と考えているわけだ。
実際のところ、魔道具が無ければそれこそ憎悪に飲まれて利害や後先、エデルガルトの人柄や考え方等考慮に入れられなかっただろうというのがソフィアの予測である。
……そうだな。ゴファール王家は仇の直系であるから、実際に目にした時の怒りはエルフ達の比ではないのだろう。だが、それも他者に意図してそうされたものだ。そんな衝動に従うのはソフィア達にとっては矜持に関わるものだ。
だから助けるのも見捨てるのも、許すのも許さないのも、ソフィア達自身の選択と意志によるものである。
「だとするなら、つかず離れずで王都――王城に到着するのを見届けるって形で良いか? 現状、仮想敵はゴファールだけだからな」
『そうね。集落に戻るのは遅れてしまうけれど』
「工作機械や製造機はみんなもある程度使えるようになりましたし、複雑なものはこっちで制御しています。問題があればリモートによる操作で調整もできますし……状況が双方向で伝わっている以上はある程度外出の期間が延びてしまっても問題はないかと」
帰還するだけなら、ソフィアの飛行とエステルの補助による高速移動ができるしな。それこそ、陽光と空気抵抗をエステルがカットすれば昼間でもソフィアは全力飛行できる。
現状、防衛設備もある程度出来ているしその訓練もしている。夜間警備はヴァルカランの面々が行っているし、協力すれば防衛力もかなりのものになっているというのは間違いない。
資金面も余裕はある。後は……食料品を少し買い足すぐらいで旅もできるか。
シルティナやアリア、ノーラを残念がらせてしまうかも知れないが、そこは定期連絡で話をすることで勘弁してもらおう。




