第56話 王女の見解
「サスペンドロック・ビジュアライズ」
エステルのハッキング――光のラインが空間に奔り、直後、護衛に斬りかかろうとして板刺客の右腕に光の環のような拘束が生じた。通常のサスペンドロックは不可視の拘束であるが、今回はエデルガルト達に対して味方であることをしっかりと見せなければならない。光の環というエフェクトを乗せることで、拘束のための術を使っていることを見せている。
「な、なんだこれは――!?」
振りほどこうともがいている男に対して勢いに乗せて逆袈裟に斬り上げる。続けざまにもう一人――護衛に剣を振り下ろして受け止められていたテレンスの、その横顔目掛けて回し蹴りを叩き込む。
「ぐべッ!」
妙な悲鳴を上げながらテレンスが大きく吹っ飛び、地面に転がる。顎先を狙った一撃は脳を揺らしている。顔を抑えながらもテレンスは悶絶し、立ち上がるでも倒れ伏すでもなく、地面を転がりながら激痛に苦悶の声を上げる。
その悲鳴と光景に焦ったのか、身動きを封じられている刺客はこちらに掌を向けて何か魔法を放とうとした。が――それはこちらが何をするでもなく、不発に終わった。恐らくは、ヴィルム神殿系列の神聖魔法。
エステルは、ヴィルム神本体が機能不全を起こしているから神殿が焦っているのではないかと推測している。だから、その力を借りる類の魔法が効果を発揮しない。神殿に属する刺客であるから、焦って使えないはずの神聖魔法を咄嗟に使ってしまったというところだろうか。
刺客達が純然たる魔力の放出によってどうにかサスペンドロックの効果から逃れた時には、護衛達も落馬の衝撃から立ち直り、剣を構えて刺客達に向かっていける状態になっていた。
「助太刀感謝する!」
そう言いながらも護衛達は刺客に斬り込んでいく。既に奇襲による混乱も挟撃による優位性もない。数的な有利も既に失っている。
正面から戦えばそこは流石王族の護衛だ。刺客達の動きも十分に鍛錬された者達のそれだが、互角以上に渡り合っていた。
だが、刺客達にとっては残念なことに、これは一対一の戦いに拘るような場面でもないし、俺は堂々たる騎士というわけでもない。
遠慮なく彼らが最初にしようとしていたように、遠慮なく1対1の戦いに割り込み、護衛と戦っている刺客を背中から切り伏せていく。
「お、おのれ! 卑怯な……!」
「どの口がほざく」
戦況の変化に刺客の一人がこちらに向かって突っ込んできながら吠えるが、そう答えながらも迎え撃つ。テレンス以外にも一人ぐらいは生け捕りにしておきたいところだ。振り下ろす斬撃に合わせて皮一枚、ぎりぎりの回避をしながら踏み込む。腕を取る。腕を取って、そのまま技も何もなく、腕力任せに引っこ抜くように振り回した。
「う、おおおっ!?」
空中で弧を描きながら悲鳴を上げる。そのまま地面に肩から落とせば、骨の折れる音がした。
激痛と衝撃に、刺客の口から絶叫が漏れる。が、あまりの痛みにのたうち回ることすらできない。動こうとしても叫んでも激痛が走るからか、うめくような声を漏らすばかりだ。
今の男が最後の一人というところか。テレンスは目の前の惨状に「違う」だとか「自分は国を憂いて説得するつもりで」などと自分の正当性を主張しているが――剣を向けている護衛達の目はかなり厳しいものであった。
テレンスと、生き残った刺客とを彼らは拘束する。恐らく肩の骨が折れているであろう刺客の方は、拘束される時に押さえつけられ、痛みに耐えかねて意識を失ったようだ。
「……あなた方に助けていただいたのは、2度目ですね。礼を言います」
安全が確保されたところで、馬車からエディーラことエデルガルトが降りてきて俺とエステルに言う。その言葉と共に、護衛達も感謝を示すようにこちらに一礼した。
「ああ。一先ず、無事なようだな」
「はい。しかし、すごいタイミングで駆け付けて下さいましたね」
エデルガルトが笑みを見せた。
「実は昨日、領主の御子息と……その刺客が話をしているところを酒場で見かけたんだ。刺客の方は話をしながら妙な魔道具を使っていたようでな……」
「妙な雰囲気がしたから、それが気になってその男達の動向をそれとなく追っていたんです」
「そうしたら、兵士の格好に着替え出してな……物陰に隠れて窺っていたら、いきなり盗賊の真似事みたいなことをしだしたからな」
俺とエステルが事情を伝えると、護衛達は気絶している刺客の持ち物を漁る。
「これだろうか?」
こちらに確認を取るように魔道具を見せてくる。それは、確かに昨日映像で見た者と同じものだった。「ああ」と頷くと、エデルガルトはそれを検分してから眉根を寄せた。
「取り締まりの対象として前に見せられたことがあります。暗示の魔道具……。これを使ってテレンス殿を唆したわけですね」
「あ、暗示……?」
テレンスが膝を突かされた状態で顔だけを上げて、呆然とした表情を見せる。
「……どういうものなんだ? 雰囲気というか、そういうものがおかしな感じがしたから不審に思っていたんだが」
「簡単に言ってしまえば、使用者の言葉を信じやすくさせるという代物です。禁制に指定されている品で、使われる相手に依存する上に使い手の話術次第という不安定さはありますが……例えば、上手く使えば彼のように誰かを刺客に仕立て上げることもできるでしょう」
……なるほどな。映像だけだと魔力の波長も調べられなかったから確認を取る意味で聞いてみたが、概ねソフィアの予想した通りだな。
「な、なら俺は……わ、悪くないはずだ! そ、そう! ヴィルム神殿の連中に騙されただけなんです……! 俺には、エデルガルト殿下を傷つける意図などなく……ただ国のためを思って……!」
便乗するようにテレンスが訴えるが、エデルガルトは名前を呼ばれたことに眉を潜めた後で、首を横に振る。
「……信じやすくなると言っても、判断の基準を緩め、その後押しするというような性質のものです。相手の言い分を信じたとしても、誰しもが目的や利得の為に人を殺めることを良しとするわけではありません。考慮には入れますが、ここまでのことをして無罪放免というわけにはいきませんよ」
「黙って沙汰を待つのだな。お前は、口が軽すぎる」
そこで初めて自分がエデルガルトの名前を口走ってしまって、失態に失態を重ねていたことに気付いたのか、テレンスの顔色が更に悪くなる。これ以上何か言っても心象を悪くするだけだと思ったのか、がっくりと項垂れて黙ってしまった。
「……えー……そんなわけですので。少しだけお話に付き合って頂けるでしょうか。私としては言葉だけではなく、きちんとした形のお礼もしたいですし」
エデルガルトは馬車を指差しながら、やや申し訳なさそうに言ってくる。
話を聞かない、という選択肢はないだろうな。テレンスがエデルガルト殿下などと名前を口走ってしまったせいで、俺達は王女であると理解してしまった、という状況だし。刺客達がヴィルム神殿の者達であるということを含めて俺とエステルに対して口止めをしておきたいのだろう。
こちらとしても話はしておきたい。エデルガルトは今のところ真っ当な会話が出来そうな相手だ。こちらの手札を明かすかどうかは一先ず置いておいて、いざという時に交渉の窓口にできるからパイプは作っておく必要がある。
促されるままにエステルと共に馬車に乗り込み、そこでエデルガルトと話をする。
「前に見た時も思いましたが、不思議な魔法を使いますね。見たことのないものです」
「独学だよ。確かに他では見ないだろうとは思う」
本題に入る前の雑談と言った様子でサスペンドロックについての話題を振ってくるエデルガルトにそう答える。エデルガルトは頷くと表情を少し真剣なものにして自分の胸に手を当てて口を開いた。
「改めて自己紹介を。エデルガルト=ゴファールと申します」
「王女……ということでいいのか?」
「そうです。身分を隠していた理由は――ここで消息を絶った部隊に何があったかが不明なので、変に状況の刺激をしないように……ですね。私はこの記憶力を父に買われ、使者や調査員としての役割を担うことが時々あるのです」
なるほど。エデルガルトならこの地で起こったこと、起きていること。現状を余すところなく見てくることができる。その上で問題があれば直接王の耳に入れることもできるというわけか。
今回、交渉相手がいるとしたら領主ぐらいのもので、そこは王家の命令ともなれば断れないだろうから、それほど重要ではない。調査員としての役割を期待されての王族の派遣なのだろう。
「俺は……ソーヤだ」
「ステラと言います」
とりあえず偽名を名乗る。ソーヤもステラも名前のもじりではあるが。
「ソーヤさんとステラさんですね。お伝えした通り、この土地への訪問は秘密にしているので、ここで話したことや知ったこと等は他言無用にして頂けると助かります。勿論、ただでとは言いません。口止めをお願いすることを含めて、私や皆の命を助けていただいたことへのお礼をさせて下さい」
「それぐらいのことは構わないぞ。黙っていることで危険が及んだりするような不利益が起こらない限り、秘密を守る」
エデルガルトをエディーラと呼ぶことぐらいは別に構わないというか。要は交渉の窓口として信用できて、顔の利く人物であるということだけが分かっていればいいのだから。
神殿のことは……元々俺達は知っていたことだしな。
「そうですか。快く承諾してもらえるのは有難いことです。何か……希望はありますか? 王族としては無理ですが……今の私にできる範囲でできるだけ要望に応えたいと思います」
「前の時も言ったが、俺はあまり目立ったり、お偉いさんとは関わりたくないんだ。だから……望みを言うなら平和で静かに暮らしたいってことになるのかな」
「自給自足という意味ならば、私とソーヤはそれほど現状でも困ってもいないのです」
ゴファールが大人しくしていてくれるなら、それに越したことはない。勇者――もとい、断絶者に関しての問題はあるが、それはここで伝えられるようなものでもないしエデルガルトに頼んで何とかなるものでもないだろう。元より、ソフィア達は行動の自由が利くようになったから、自分達で調査する気でいるのだし。
そうなると平和で静かに暮らしたいというのが現状での俺達の一番の望みと言える。エデルガルトが報告を持ち帰り、俺達の意思を汲んで再侵攻が起こらないように積極的に働きかけてくれるなら、それは望みに合致するものだ。
「……なるほど。お二人の望みは私の仕事にも合致するものではありますが」
「仕事に合致?」
「そうです。私の仕事は西の状況のありのままを陛下にお伝えすることです。個人的な意見としては、森の状況を見るにヴァルカランの勢力圏への手出しになってしまうので捜索は勿論、刺激することも危険だと見ています。そもそも、森の外周部までこれまで彼らが姿を見せることはなかった、と住民から聞きましたから」
エデルガルトはしっかりと集落からの調査してきているという印象だ。国王の意向の方が強いにしても、エデルガルト個人の見解としてはこれまで通り、ヴァルカランは刺激するべきではない、と考えているのだろう。
「実際、王城で昔見た書物にはあの森は過去、ヴァルカラン王国との緩衝地帯、中立地帯になっていたそうで、一時的にあの森の奥での戦闘になったことはあっても彼らが留まるということはなかったそうです。つまり――マインラート卿の作戦が呼び水になったのではないかと」
「呼び水、か……。確かに、刺激されなければ変化は起きなかったか」
エデルガルトの想像とは少し違うが、エルフの森に手出しをされたからヴァルカランの面々が巡回することになったというのは変わらない。
「何せ、彼らは生前の記憶……技術や知識を留めているそうですから……何かのきっかけや技術開発などがあれば、状況が変化してもおかしくはないのではないかと思います。実際、今までにない変化が起こっているようですし」
「だから、刺激はしない方がいいのではないかと考えている、と」
エステルが確認を取るように尋ねるとエデルガルトは静かに首肯するのであった。




