第54話 密談と暗示
『もしこのまま、ヴァルカランを理由に国が手を引くようなことになっては……神殿としても困ってしまいます。そうなった場合、我らも打つ手がなくなり、マインラート殿の捜索は勿論、西の森の調査や精霊の捕獲といった話からは手を引かざるを得ません』
酒場の奥まった席に座った男は、やや芝居がかったような仕草と口調で、大袈裟に嘆いて見せる。
『そうなった場合……俺との約束はどうなるのだ。神殿の大神官に引き合わせ、聖堂騎士として取り立ててくれるという話は……』
『不本意ながら、白紙にせざるを得ませんな……。騎士殿達と交わした約束ということだったのでしょう? マインラート様と副官殿は神殿とも強い繋がりはありますが……当人がいないのでは確認の取りようもない。国が西から手を引いて捜索が打ち切られてしまっては……』
『馬鹿な……。こうしてお前達に情報を渡し、融通を利かせているというのにか?』
『テレンス殿のご協力には大変感謝はしておりますが、我らも此度のことで大損害を被って混乱しておりましてな。正直新たな聖堂騎士を迎え、育てる余裕がないのですよ』
男は言葉を一旦切り、困ったように思案していたが、何か思いついたというような、はっとした表情を浮かべる。
『何か思いついたのか?』
『いえ……もし仮に、仮に……の話でございますよ? 我々にとって不都合な報告が行われず、国の威信に関わるような事態が起これば、陛下もヴァルカランを一時的に敵に回し、国の力を結集させてでも事態の解決に乗り出して下さるやも知れませんな』
『ほう……。何か妙案でもあるのか?』
『そう。例えば……立場ある御仁が、森を焼かれたエルフによって連れ去られれたり、命を奪われたりして、報復であると声明が出される、などということになれば、その奪還や報復のために国は威信にかけ、例えヴァルカランの勢力圏でも動く……でしょうな』
『貴様……まさか……』
テレンスは男の言いたい事を察したのか、驚きの表情を浮かべる。男は大したことではないというように笑って手を振って言葉を続ける。
『いやいや、説得してその御仁に協力を頂く形で良いのですよ。少しの間行方を晦まして頂く、とか。国と神殿の行く末を思ってのことであるとお伝えすれば、御仁とて一考し……いえ、きっと協力してくれるはずです。幸いにも、明日また西に向かわれるというこの状況は、我らの味方をしてくれていることですしな。しかし……この機を逃せば次はない』
『……それは、確かに』
テレンスは男の言葉に思案を巡らせながら言った。
『これは内密にして頂きたいのですが神殿は……ヴィルジエットを失い、その余波で呪いが神殿を襲い、大神官方が倒れてしまわれるという……大変困った状況になっているのですよ。ですが……ヴィルム神殿は国の軍事をも支える重要なもの。その神殿を危機から救う功績を立てることができたならば、聖堂騎士に取り立てるどころか、これはもう、国の英雄と呼んで過言ではありませぬ』
『英雄……』
『我らの部下もおります。明日、我らに協力を願えませんか?』
『……よかろう』
『素晴らしい。では――』
と、男はテレンスに明日の段取りを伝えていく。
「……胡散臭い」
そのやり取りを見ていて、そんな感想が漏れた。
「今しかないだとか、保証のない将来の口約束とか……どこでもこういう手口は変わりませんね」
エステルがかぶりを振る。
「そうね。このテレンスという男は貴族の子弟なのでしょうけれど、多分――後嗣ではないのでしょう」
家督は継げないが育った環境自体はよく、さりとて表舞台や交渉事に立つことは少ない。裕福でない貴族であれば後嗣の育成に力を入れて、それ以外には貴族教育がおざなりになることもある。だから悪意には慣れておらず、立身出世を仄めかされたり自尊心を擽られたりすれば簡単に転ぶのだとソフィアは言う。
「そういう貴族の子弟って昔から結構いて、時々問題を起こすこともあったのよね。ヴァルカランは……そういう後嗣にならない子弟の教育にも国として人材育成を兼ねて力を入れたりもしたけれど」
ソフィアはしみじみとした様子でそんな風に語った。
なるほどな。
「それに、王女相手に狂言誘拐を持ちかけて軍を動かそうというのでしょう? 元王女として言わせてもらえれば、王女や王族の名誉というものを軽く見ているのではないかしら」
「まあ……そうだな。大事になりすぎるし、結果良ければ全て良しで終わる話でもない。名誉のこともあるし、普通に考えれば話自体も断られるだろうな」
騙す気満々の語り口でこんな話を持ち掛けているということは……後で王女やテレンスも含めて口封じすることも視野に入れてのものだろう。しかし、エルフの皆に濡れ衣を着せ、ゴファールの威信に傷をつけてでも……というのは。
……ヴィルム神殿だけはそこまでするだけの動機があるのだろうが。
「しかし、神殿がここまでするっていうのは……ヴィルムに叩き込んだのはそんなに強烈なウィルスだったか?」
「激痛を与えるだけのものですが、性質上、ヴィルムは大幅に行動が制限されると予想されます。一応、力の行使の目的に筋が通っているならお目こぼしはしているんですが……何もできなくなったと思っているのなら、あの軍神の力が使われている場面、使おうとする場面の大体においてが、制限に引っかかるようなもの、ということですね」
エステルは説明してくれた。
……多分、悪あがきしてウィルス感染が広がったんだろうな。それで神殿自体が事態を重く見て、王女とは別に解決に乗り出し……テレンスにあんな話を持ち掛ける程追い詰められている、と。王女の報告で国に退かれると解呪の上では困るから威信を傷つけてでも巻き込んでやろうと考えたわけか。ヴィルム神そのものの意向なのか、大神官とやらの意向なのかは分からないが。
「さて。どうしたものかしらね」
「そりゃ妨害一択だろう。エルフに濡れ衣を着せようってやり方自体も気に食わない。妨害することでゴファールが再度攻めてくることを防げるかは分からないが、放置していたら確実にまた戦いになるし、エルフ達の名誉にも関わる」
目論み通りになれば最悪の場合、王女と貴族の子弟を殺害して報復という名目でその死体を人前に晒すという結果になる。少なくとも、ゴファール王国のエルフ達に対する憎悪は酷いことになるだろう。西の森の集落だけの問題に留まらず、ゴファール国内や近隣にいる他のエルフ達に向けられる目も厳しいものになってしまう。
「計画は聞けたわけですし、監視して行動に移したら割って入るのが正解ですかね」
「そうね。功績や恩というものは伝わらなければ意味がない。秘密裡に阻止したってこっちにとって得がないわ。それに……」
ソフィアは一旦言葉を切って目を閉じる。少しの間を置いて言葉を続ける。
「あの娘は王女。上手くすれば交渉の糸口になってくれるかも知れない。ゴファールの王族に対して、思うところはあるけれどね」
「……こっちを優先してくれるのは助かるが……悪いな」
ソフィアにしてみればゴファールの王族なんてどうなっても構わないだろうに。
「良いのよ。エデルガルト個人に恨みがあるわけではないし。そうやってソーマやエステルが理解を示してくれている。それに森のエルフ達のことも、私は気に入っているもの」
そうか。一先ずは今を優先してくれるというのは有難い話だな。
こっちの方針が決まったところで、彼らの方も話がまとまったらしい。明日の段取りなどの打ち合わせを終えたテレンスは立ち上がり、酒場を出ていった。
残された男はその背を見送ってから馬鹿にするように笑った。
『田舎貴族の三男坊如きが。英雄とは笑えるな』
そんな言葉を口にすると立ち上がる。男もどこかに向かうようだ。仲間がいると言っていたから恐らくそこに戻るのだろう。エデルガルトの身の回り。テレンスと男の追跡はしっかりとさせてもらうとしよう。
男はそのまま、裏通りにある宿に戻っていった。その宿の内部へとボットを潜入させて行動を共にしている面々の顔と人数も把握しておく。
調査に赴いた王女の暗殺まで目論んでいるとなれば、護衛も含めて全滅させるということになるからそれなりの人員を揃えているだろうとは思っていたが……。男も含めて6人か。
エデルガルト王女は身分を隠し、エディーラと名乗っている状況が分からないからエルフやヴァルカランを刺激しないために、使用する馬車にも王家の紋章をつけず、護衛の数も目立たせないためにそう多くは引き連れていない。領主の館に護衛達をもっと引き連れてきているのにも関わらずだ。
策を練られたり不意をつかれたりすると危険な状況ではあるだろう。エデルガルトの人となりは知らないが、昨日話した感じだとまだ交渉の窓口にはなってくれそうな雰囲気はある。
年若い王女とはいえ、記憶力の高さを買われてか、このタイミングで派遣されてくるほどに評価されている人物ではあるようだしな。
明くる日。もう少し街に滞在して腰を据えて情報収集をする予定ではあったのだが、俺達は朝早くに街の外に出ることにした。
仕掛けるタイミングはある程度把握しているし、王女にスパイボットをくっつけて動きを見張れるようにしている。目撃者を抑えるために行動を起こすのは街の外に出てからという計画だ。
俺達も街の外に出て状況を見つつ、つかず離れずの位置をキープしていざという時に行動を起こすつもりだ。
「私めも、この土地に暮らす者として西の集落の状況や森の状況を見て、現状を把握しておきたいのです。父には西の森を刺激するなと言われたのですが、騎士を志す者としてこの状況を座視していることはできない。行方の分からなくなっているマインラート殿にもよくして頂きました。邪魔はしませんので、同行を許可して頂けないでしょうか」
朝になって、テレンスは――そんな風に王女に申し出た。エデルガルト王女は暫くの間テレンスを見ていたが、やがて静かに頷く。
「……分かりました。集落に領主からの返事を伝え、西の森の端から状況を見るだけなので……森の中に手出しをしないというのであれば構いませんよ」
「殿下の馬車に同乗させることは出来ません。馬の用意等はテレンス殿の方でお願いします」
「分かった」
護衛から言われたテレンスは同行するための支度を整える。
この辺は、昨晩の打ち合わせ通りに進んでいると言える。
テレンスは昨晩、作戦を立てる段になって『自分の立場なら最初から行動を共にして王女の西の調査に参加することもできる』と神殿の者達に伝えていた。
行動を共にしていれば……例えば護衛に眠り薬を盛ったり、いざという時に取り押さえたりもできるから、というのがその理由だ。
『素晴らしい案ですな。しかしその場合、王女が消息を絶った時にテレンス殿も一時的に身を隠さなければなりません。私達が支援しますが、その覚悟がありますか?』
『……身を隠す……。そうか。王女が殺されたとあっては守り切れなかった責は同行者にも及ぶか』
『そうです。しかし、神殿と国の危機のために身を隠した王女をテレンス殿達がお守りしていたと分かれば、罪には問われますまい。少なくとも神殿は後ろ盾になりますし、匿います。一時的に身分を変えて聖堂騎士としても良い。事が上手く運べば、テレンス殿は神殿のために姫をお守りした聖堂騎士――英雄として称賛される栄誉を得ましょう』
『そ、そうか。俺が英雄、か……』
と、昨晩はテレンスと酒を飲みながらそんなやり取りをしていた。しかし男は手の中で何かやっているようで。多少のリスクを払い、スパイボットを動かして確認してみると、小さな球体を手の中に隠して何かやっているようだ。
「……作りからしてそんなに強力そうな魔道具には見えないわね。多分、暗示か何かの類で、本人の気を大きくするとか、自分の言葉を信用させやすくするとか、そういうものよ。そういう魔道具を感知したり抵抗したりは可能でしょうけれど、魔法に疎くて脇の甘い相手には、酒の席では効果的かも知れないわね」
というのがソフィアの分析だ。当人に付け入る隙が無ければ跳ねのけられる程度だろうというのがソフィアの見解であるが……そんなものまで使うのかと呆れるばかりだな。




