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第53話 酒場の謀

 そうして、俺達はゴファールの地方都市に潜入したまま、少しの間滞在させてもらうことになった。一度設置してしまえば特に出歩く必要もないので滞在中の生活に支障はないが、ソフィアは……吸血鬼であるからか、少し大変そうだ。


 人目がなくとも昼間は陽光対策で影に入っている必要があるし、何より、食事は持ち込んだ魔物の血液ということで、時折、魔道具の水筒を片手にひどく気分が悪そうにしているのである。夕食を食べて部屋に戻って来た時にそういう光景を見てしまうと……何というか気の毒だ。そうでなくてもこちらに気を遣ってか、俺達が見ている前では食事をとらないようにしている節のあるソフィアである。


「その……あまり触れられたくない話題なら済まないとは思うんだが、人工血液とか、そういうのはソフィアにとってはどうなんだろうな?」


 魔物の血を摂取した後なのか、ひどく不味そうな表情をしているソフィアを見かねてそう言うと、当人は首を傾げて目を瞬かせた。


「人工血液……。何、かしらね、それは」

「俺達の世界の医療用のものだな。元々は出血多量で人が死なないよう、他人の血を移植する医療技術があったんだが……一定量の確保や管理、他人への適合性は気を付けないといけなかった」

「人工的に合成できればその辺の問題は解決するわけです。機能的には人間の血と全く同じに作用するわけですから……確かにマスターのお考えの通り、代替品になるかも知れませんね」

「なるほど。私の食事としてそれが使えたら……ということかしら。それは確かに……一度試してみたいわね」


 ソフィアは興味があるらしく、顎に手をやって真剣な表情で思案しながらそう言ってきた。人から血を吸うことは忌避しているが、代替手段があるなら融通は利く、というのがソフィアである。


「では、合成してみましょう。ナノマシンの制限も遺伝子周りを外した上での医療関係なら案外融通が利きますし」


 エステルの言葉によると血液の成分は9割方が水分で残りが血漿と細胞、老廃物からなるのだとか。ナノマシンがあれば構造を組み替えて作り上げることもできる。制限がなければそれこそ疑似的な遺伝子構造も作れるが……まあ、それはバイオハザードを防ぐために制限されている部分だ。血液中に含まれる遺伝情報がソフィアの食事に必要ならば人工血液では代替にならない、ということになってしまう。下の食堂で材料になりそうな食事メニューを頼み、それを人工血液の素材としてみる。


 ソフィアが作業工程を見守る中でそれが完成する。隔離用カプセルを割ってコップに移す。


 ソフィアはやや恐る恐ると言った調子で合成した人工血液を口にする。少しの間、それが自分にとって有害か無害か、味はどうかといったことを確かめていたようだが――。


「――素晴らしいわね」


 と、そんな感想を口にするソフィアである。


「問題なかったか?」

「ええ……。何というか……余計なものが何もなくて、美味しいわけでもないけれど、不味いわけではない、と言えば通じる?」

「ああ。けど、それで素晴らしい、なのか?」

「ええ。その……魔物の血はとても臭くて不味いから。こっちは、味も匂いもあまりしない。でもきちんと私にとっての食事にはなっているわね。私にとっては水のようなもの、と言えば伝わるかしら」

「なるほどな……」


 ソフィアの場合は意地で人からの吸血を拒否してきたような背景もある。不味いものを我慢しながら補給するより、味気なくとも水で間に合うのならそちらの方がずっと良い。


「何が味に関わっているのか分かりませんし、今後は成分の調整をしつつ様子を見ていく感じにしましょうか。とりあえず食事としての意味を果たしているのなら、何よりです」


 エステルはそう言って笑みを見せるのであった。




 動きがあったのは陽が落ちて暫くしてからだった。あの馬車に乗っていたエディーラという少女は、やはり領主の館に逗留しているようだ。

 領主の館からも音声情報は得られている。


『……白銀将殿もですが、困ったものですな』

『全くだ。エデルガルト殿は西の集落への支援を、等と軽く言うが、そもそもその現状を招いたのはその白銀将……国や神殿の方針だというのに。自分も国に働きかけると言っているが、こんな僻地にどれほどの支援を頂けるやら』


 そんな会話。窓には書斎で話をする領主らしき人物と執事らしき人物の姿があった。


「エデルガルト……多分、エディーラのことかな」

「状況から考えて私もそう思います」


 エディーラが視察を終えて西の集落の現状を伝え、その支援を進言した、というところか。領主からしてみれば、余所者のマインラート達が火を放った後始末を自分達がする羽目になっている。アストラルナイトや駐留している部隊の補給も手伝わされていたと考えると、恨み言の一つや二つ言いたくもなるだろう。


『しかもあやつは白銀将殿や神殿に入れ挙げてその気になっている始末』


 そう言って領主はため息をついてかぶりを振る。


『エデルガルト様の報告では、森の焼け跡にヴァルカランの亡者共が舞っているという話でしたな。……刺激するようなことはしない、とは思いますが』

『そうだな……。今一度あれにもヴァルカランの恐ろしさは伝えておかねばなるまいよ。王国の先達があれに手を出してどういう目にあったかが記録として残されているというのに。だからこそ、王国はこれまで、エルフや獣人のような亜人共を森に追いやり、炭鉱におけるカナリアの役割を担わせていた。そもそもあんなもの、アストラルナイトがあったからと言ってどうにもならん。白銀将殿や神殿はそれが分かっておらなんだから、境界線を刺激するようなことをする』

『それでこの有様、ですか』


 と言った話をしている。領主としてはヴァルカランに触れたくないと考えているようだ。

 領主の言い分は不快だが、少なくともこれまでの国の方針には逆らわずに森のエルフ達や獣人、ドワーフ達には不干渉という立場ではあるようだ。


 当然ながらヴァルカランを更に刺激することになるかも知れないから、西の森での戦いは避けたいのだろう。西の森はエルフ達の集落があると知られていた場所。そこに今までいなかったヴァルカランの面々が巡回している。これまでと違うのだから危機感を抱きもする。


 一番近いところの領主がそういう方針でいるのはこちらとしては好都合だが……領主の方針だけではそもそもの戦いを避けるには少し弱い気がするな。事実、マインラート達に対しては協力していたし、個人的な見解よりも国の都合に


 領主の言うあやつ、というのが誰のことかは分からないが、エデルガルトとは別の誰かなのだろう。身近な人物のようだから、数日領主の館から情報を集めれば誰のことなのかもはっきりしてくるだろう。


 一方、エディーラことエデルガルト一行は調査から戻ったばかりでかなり疲れているようだ。それぞれが部屋に戻って部屋に運ばれた夕食を取り、早々に床に就く者もいるようだった。エデルガルトは部屋で何か、報告書のような書き物をしているようで一人で過ごしていた。


「現代ゴファール文字は解析中ですが、恐らく西の集落の現状に関する記述だと思われます」

「報告書か、覚え書きかしらね。調査に赴いてきたことといい、公的な立場……それもかなりの家柄の人物のようだけれど」


 窓から覗いての映像を見て、二人はそんな風に分析し合っていた。




 次に動きがあったのは更に夜が更けてからのことだった。俺とエステルはソフィアから魔法に関する講義を受けたり精霊騎士と精霊器に関する話をしたりしていたが、ふと、エステルが声を上げた。


「通知が来ました。誰かが領主の館の裏手から出てきたようですね」

「しかも……人目を忍んでか」


 俺とソフィアの視線が通信機に向けられる。立体映像で状況を見ると、フードを目深に被った男が領主の館の裏手――勝手口から人目を避けるようにして屋敷を出て行くところであった。


「……屋敷にいた人物ですね。背丈と体格などから判断するに、この方かと」


 エステルが別の立体映像を映し出す。

 私室にいる若い男の姿が映し出された。もう少し早い時間帯に記録されたものだな。身形がよく、召使いという雰囲気ではない。


「多分領主の息子か、或いは親族かな」

「それぐらいの年齢よね……」


 スパイボットは通りにも仕掛けられている。エネルギー節約も考え、屋敷担当のボットによる追跡は視覚情報が途切れない程度に。別のボットに中継して屋敷に戻す。次の担当ボットの映像に切り替えて男を追跡して映し続ける。


 男は数回振り返って追跡等がないことを確認しつつ、酒場に向かっているようだった。

 店内か。映像情報だけでも口の動きから会話を解析できるが……建物の構造によっては内部に入る必要がある。酒場もそうだ。窓からの位置によっては見れない可能性があるし、音声情報も酒場の喧騒に紛れたら聞こえなくなる。

 男の入店に合わせてスパイボットを店内へと潜り込ませる。スパイボットは天井に潜むように隠れ、男は店内を見回し、端の方で料理と酒を楽しんでいた人物へと近づいた。


『待たせたな』

『いえ。時間通りかと』


 男は店内に入ってもフードを被ったままで男の向かいに座る。適当に酒と料理の注文をすると、周囲の席に人がいないことを確認してから声のトーンを落として話を始めた。


 内容は――エデルガルトの調査に関するものだ。


『白銀将殿の消息や戦いの結末を、西側の集落の者達は知らぬらしい。火の対処に追われていてそれどころではなかったようだ。それよりも、ヴァルカランの亡者共が今まで出てこなかったところまで出てくるようになったと……そんな目撃情報があるそうだ。エデルガルト殿は明日も調査を行い、開拓村の者達に現状を伝えてから王都へ報告に戻ると言っていたが………』


 男はエデルガルト経由であろう情報を、眼前に座った男に向かって伝えているようだ。


『それはまた……あの辺りは元々干渉地帯。どの国に帰属するか曖昧な場所だったと聞きますからな。刺激したことで出てきたのかも知れませんが……』

『全くだ。父上はヴァルカランを恐れていてな。だから白銀将殿が駐留して森の精霊を確保に行くという話にも良い印象を持っていなかった。恐らくそれが理由で捜索や調査にも乗り気ではないのだ』

『それは……困った話ですな。領主殿だけならばともかく、王女の報告でヴァルカランを理由に及び腰になってしまうようなことになっては……。ヴィルム神殿としては何があったのか、一刻も早い原因の究明や、生きているかも知れないマインラート様方の救出を求めているのですよ』


 そんな会話を交わしている。


「……領主の息子と……ヴィルム神殿の関係者か?」

「ヴィルムの分霊とやらにはウィルスを叩き込みましたし……それで問題が起こっているのではないですかね。神殿としてはそれを解決したいと考えて独自に動いている……とか?」

「領主は誰かが白銀将に入れ挙げているといっていたわ。その息子は……神殿や白銀将に恩を売りたい……というところかしら」


 エステルやソフィアと状況を整理しながら二人の話に耳を傾ける。ヴィルム神殿か。何を考えているのか聞かせてもらうとしよう。

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