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第51話 地方都市へ

『お人好しね』


 収まっていく様子の馬車の騒動を見て、影の中からそんな、ソフィアの声が響く。何となく機嫌の良さそうな声だった。


「マスターは何だかんだ言って優しいですからね。それを言うなら、ソフィアさんもですが」

「そうだな。俺よりもソフィアの方が、とも思う。俺としては寝覚めが悪いってのもないでもないが、今のタイミングで騒動になって欲しくないっていう打算もあるからな」


 さっきの騒動はゴファールの子孫達ということになるのだろうが、今の騒動が大きくならなかったことをソフィアは好意的に受け止めている節がある。それはまあ、ソフィアが理性的というか、優しいからというのに間違いはない。


『まあ……その……私だって関係のない農民まで騒動の余波で酷い目に遭って欲しいとは思わないわ。ゴファールの過去の行いだって、上の者達のしたことだものね』


 俺とエステルの言葉に、ソフィアが少し間を置いてやや照れくさそうに言う。

 殺し合いや略奪目的の奴らならお互い覚悟の上だからこちらとしても加減はしないがな。ともあれ、馬車に乗っていた人物の対応も良かった。あの感じなら何とかなるのではないだろうか。


「しかし、辺境の方に向かって調査に出てきたってのは……。この地方の役人とも領主の家の者とも違うようだし、そうなるとこの前の騒動を受けて派遣されてきたってところか?」

『でしょうね。見たところ、身形も所作も洗練されていたわ。どういう状況でどんな相手に敗れたか。その戦力差や正体がはっきりとしない内は戦闘を避けたいでしょう。そうなると調査に軍を使うのは論外として、使者として通用する者か、諜報能力を持つ者を調査に派遣するのではないかしら』


 ソフィアが言う。こちらを刺激しないようにということか。軍を編成して再度攻め入るにも準備やらが必要だからな。相手がヴァルカラン関連かも知れないとなれば尚更慎重にもなるだろう。


 こっちとしては更なる準備時間が取れるので良いことだ。ヴィルジエットの機体も解体して解析しているが、どうもメアリの話によるとコックピット回りに宗教的な意味が施されているらしく、あの機体自体が神殿や聖堂のような役割を果たしているらしい。


 信仰の力を集めて神霊を降ろし、力を増幅して供給する。そういう形式の機体のようだ。だから、その辺をエルフ達やヴァルカランの精霊信仰に応用できれば開発中の機体を更に強化できるのではないだろうか。その辺りの開発をしようと思うのならハーヴェイではなく神官であるメアリ達の知識を借りないといけないな。




 ――野宿を2回挟んで更に半日。ゴファールの辺境の様子を観察し、沿道沿いに情報収集用の機材を配置しながらも歩いていると、やがて道の先に街が見えてくる。目的地にしていた場所だ。エルフ達の森からは歩くとそれなりの距離があるが、アストラルナイトなら目と鼻の先といった距離ではあるだろう。

捕虜の話では街に入るには門番に簡単なチェックを受ける必要があるそうだ。身分証があればそういったチェックも緩くなるらしいが……。


 ここに来るまで、昨晩の騒動を除けば街道を行き来する人間はまばらだった。西側の街道が続く先は基本的に辺境であり、ヴァルカランや竜王の山脈に向かうような方角だからだろう。人通りが多くないのも納得だ。


 俺達の通って来た方向。後ろから馬車の近付いてくる音が聞こえる。道を譲るように端に寄りながら歩いていると、エステルが言う。


「2日前に見た馬車ですね。調査を終えて戻って来た、のでしょうか」

「ああ。あの馬車の一行か」


 通信機でシルティナ達と報告は取り合っているが、現状、森への侵入者はないということだ。馬車の一行が調査するにしても焼けた森を外から眺め、集落から話を聞いてきた程度ではあるのだろう。もっとも、夜間にはヴァルカランの面々が見回りをしているから、わざわざそこに踏み込むはずもないが。


 護衛の兵士か騎士かが……4人か。馬車を先導するように馬に跨って進んでくる。続いて馬車はゆっくりとこちらを追い越しにかかり――追い抜こうとしたところで馬車の中から静かに声が上がった。


「止めて下さい――」


 その言葉と共に馬車が止まる。遅れて護衛の者達も動きを止めた。

 扉が開いて、先日見た少女が姿を見せた。


「そこの方々。少し良いでしょうか」


 と、こちらを見てそんなことを言ってくる。


「何だろうか」


 そう応じると、少女は静かに一礼する。


「先日、私達が詰め寄られていた時に通りがかった方々とお見受けします。もしかしたら、あなた方があの時に助けて下さったのではないかと思いまして」


 少女はそう言うが、一行の他の者達――護衛や御者は何のことかときょとんとしている様子だった。距離を取って通り過ぎたはずだが――少女だけは俺達に気付いていたということか。


「……どうしてそう思うんだ?」

「幻術を用いてくれるような方はあの場に集まっている方達の中にはいなかったように思いますので。記憶力が良い性質なのです」


 ……瞬間記憶能力という奴だろうか。視界の一部ででも俺達のことを捉えていて、それを記憶していたのだとするなら……結びつく、のだろうか。用いてくれるような、と言った。 

 皆切羽詰まって怒っているという状況で、我関せずといった感じで通り過ぎたのが俺達だ。幻術は誰が使ったか分からない。だから、そうやって使ってくれたのは俺達ではないかと。そういう結論になるのだろうか。


「そうか。あの場を通りかかったのは確かにそうだがな。あまり、ああいう騒動には関わらないようにしている」


 肯定も否定もせずに応じる。


「幻術を使ったのがあなた方でしたら……という過程で話をしますが。武力を用いて彼らを鎮めるのは避けたかったので、あの時はかなり助かりました」

「まあ……怪我人が出なかったのなら良かったのではないでしょうか」


 エステルがそう答えると、少女は少し笑う。


「そうですね。本来ならすぐにお礼を言うべきなのでしょうが、あの時はお話をできる状況ではありませんでしたので。その後しなければならないことも多く、今更になってしまいましたが、改めてお礼を伝えたいなと。私は……エディーラと申します。今しばらくは領主の館に逗留しているので、もし何かお困りのことがあれば尋ねてきて下さい」

「ああ。一応覚えておく」


 そう答えるとエディーラは馬車に乗り込み、そのまま一行は街の方へと進んでいった。こちらの名前等も聞かなかったが……あまり関わり合いになりたくないというこちらの意向を汲んでくれた形だろうか。


『……家名を名乗らなかったのは、多分偽名だからでしょうね。身分を隠していると思うわ』

「色々事情がありそうだな。接触すればそれなりに情報も得られそうだが……」

「細かく話をするには、こっちの常識に不安がありますからね……」


 そう。簡単な受け答えなら良いが、こっちは捕虜から聞き出せた以上の外の情報を持たない。だから特定の相手と突っ込んだ話をしていると思わぬボロを出してしまう可能性があった。


 言葉関係一つとってもそうだ。精霊の翻訳術を捕虜に用いることによって現代のゴファールで使われている言語に調整した言葉を話せるようにはなっているが、その情報が十分とは言えない。


 精霊術を介すと言葉と意味が重なるように聞こえてしまうし、先程のように精霊術を介さずに会話すれば、こちらは普通に話しているつもりでも、向こうからするとやたら古風な時代がかった話し方をしているだとか、言葉の遣い方が現代語と異なるということが、普通に有り得る。それが元でエルフの言語に近い、等と思われるのは避けたい。


 街中で交わされる一般市民の会話からの情報などが集まれば、噂話程度の情勢に関する話だとか、現代で使われているゴファールの言語へのアジャストなどもできるだろう。それからならエディーラと接触を……というのも難しいか。得られる情報は一般市民よりも重要度が高そうだが、その分こちらの情報もあちらに渡すことになる。


 俺達はそのまま街へと進む。アストラルナイトはやはり、この都市に駐留していたらしい。足跡は西側の門の脇に固まってついている。部隊を展開させて野営していたのだろうか。


 西側の門は人通りが少ないからか、あまり長時間並ぶようなこともなく、門番のところまでスムーズに進むことができた。

 被っているフードを取って、顔を見せるように言われて俺とエステルは大人しくその言葉に従う。俺は白髪だったりエステルはとんでもない美少女だったりでそのままでは目立つことこの上ないが……エステルがテクスチャーを上から貼る事で平凡な特徴、平凡な容姿に見えるように小細工をしていたりする。


「見ない顔だな。目的は?」

「しばらく前に西に流れてきた。森で良い獲物が狩れたから値が付くかと思って持ってきたんだ。この前火災もあっただろう? 先立つものがないと生活も立ち行かない」


 荷物の中から猪の毛皮だの牙だの魔石だのを見せると、門番達は納得するように頷いた。


「そうか。西の集落は大変らしいな」

「ああ。倉庫が燃えたりして、蓄えがダメになったとこもあるようだ」


 そんな話をすると門番達は頷く。通行料として銀貨1枚を渡して通る。ゴファールの通貨は――まあ捕虜達の荷物から流用させてもらっている形だ。資金としては不足だが、ヴァルカランから資金用として預かって来た宝石をどこかで売却する形でも当分は補えるだろう。


「気をつけてな」


 というわけで門は割とあっさりと通ることができた。

 こっちの世界の地方都市の水準を俺は知らないが、大通り沿いは店も並んでいて、そこそこ人通りもあるようだ。ただ、行き交う人々の表情は若干暗い……ようにも見える。出撃したアストラルナイトの部隊が帰って来ないだとか、西側の火災だとか、悪い情報が多いからだろうか。


「……都市内部にも足跡があるな」


 アストラルナイトの足跡は大通りにも残っている。というか……この足跡はヴィルジエットのものだな。街の中心へ向かって続いているようで、ヴィルジエットだけは都市内部に駐留させていたようだ。


 ヴィルジエットの足跡が街のどこに続いているかは後で調べるとして……そうだな。街のあちこちに情報収集用の端末を仕掛ける、それから世間話の体を借りて聞き込みだな。


 街中を歩きながらそれとなく物陰に情報収集用の端末を仕掛ける。端末は昆虫型のロボットだ。見た目はエルフの森やヴァルカランの草原にも出るような虫と同じというか、質感まで含めて再現したものになる。ナノマシンによる合成で作ったので精密な見た目だが……中身はプログラムに従って動くロボットである。複眼による広角の視覚情報と集音能力を持っており、太陽充電で稼働。通信機に情報を送ることができる。


 建物の壁などに、人の手の届かないところに張り付いてそこから情報を得られるようにしておく。ある程度の範囲は自力で動けるが、あまり意味もなく動かしていると雨などが続いた時に機能停止してしまうことも有り得る。

小型化されている分、バッテリーの容量は大きくないのだ。稼働時間を延ばすためにもエネルギーは出来るだけ節約したい。


 だから最初から要所に仕掛けることで極力移動の手間を省く。近付くのが難しい施設だけは近寄らず、スパイボットを放ってから陽当たりの良さそうな場所に移動させて待機させておけばいい。

 仕掛ける場所は――例えば兵士の詰め所や訓練施設のような軍関係の施設。西寄りの大通り。街の中心部といった場所だ。


「あるな……」

『そのようね……』


 騎士団の施設。それから街の中心の大きな屋敷。そこに一機ずつ。アストラルナイトが鎮座しているのが遠巻きにも見えた。ただ、森に侵入してきた機体のどれとも違うデザインだ。騎士団にあるものは若干無骨な印象。屋敷にあるものは少し流麗で光沢がある。街中にヴィルジエット以外の足跡はないから、あのアストラルナイトはあまり活動させている形跡がない。


 そうやって情報を収集しつつ街中を移動して端末を仕掛けながら、人々の会話を現代語のサンプルとして情報を収集。不自然にならず話せるように準備を整える。


「言語サンプルは十分集まりました。何時でもインストールできます」

「それじゃ、よろしく頼む」


 俺が頷くとエステルが現代ゴファール語をインストールしてくれる。途端、街角でざわめく人々の会話の内容等が細かなニュアンスも含めて理解できるようになった。


『……この短時間で準備できてしまうだなんて。本当に、情報分析に特化しているのね』


 ソフィアが言うとエステルは笑って頷く。


「ふふふ。それが私の役割ですので」


 言語情報も集まったし、スパイロボットも配置した。後は住民と話をしての情報収集だな。


あけましておめでとうございます!

旧年中は大変お世話になりました。

本年も頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

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