第50話 焼けた森を抜けて
ゴファールから見ればアルタイルは壊れかけの謎のアストラルナイトだ。ヴァルカランがどこからかアストラルナイトの情報を得て開発した何か、と予想を立ててこれまでと同様に不干渉になるか。
「色々情報も引き出しているからゴファールの案内は、私がするわ。影の中に潜り込めば、日中でも行動を共にできる」
「そんなことができるのですね……」
エステルが感心したように言う。
「ええ。ソーマは強いけど、一応ね。生身なら護衛役にもなれるもの。いざという時は空を飛んで逃げたりすることだってできるし」
「潜入するなら着替えなきゃいけない。防御面は脆くなるから、同行してくれるなら確かに心強いな」
軍のコートとパイロットスーツであるが、これは防刃、防弾に耐熱、耐寒とまあ、色々高性能なものであったりする。当然ながらどこに行っても目立つ服装なので、人攫い達や捕虜が着ていたようなデザインの服に着替えて偵察に行く予定だ。
エルフのみんなはゴファールには同行できない。ヴァルカランの面々もアンデッドであることが一目瞭然という者が多いのでほとんどの場合は同行できないだろう。
その点で言うなら……ソフィアは見た目人間と同じだしな。日中の行動に問題がないのなら一緒に来てくれると有難い。俺はこっちの世界での常識的なところも欠けているから、マインラート達から引き出した情報を元に、ある程度のアドバイスも期待できるか。その辺ソフィアも過去の時代から情報が更新されていないところがあるが、俺よりはな。
それに遠出というわけでもない。ソフィアの飛行能力ならすぐに行き来できる距離だ。通信機をこちらに残していけば、もしもの場合のやりとりであるとか互いの進捗状況の報告や作戦の立案計画等もスムーズにできるしな。
そんなわけで俺達はそれから2、3日してゴファールの街に向かって出発することになった。
「気を付けてね、ソーマさん、エステル様、ソフィア様」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
「ソーマお兄ちゃんもエステル様も、ソフィア様も……怪我しないようにね」
シルティナと共にアリア、ノーラが声をかけてくれる。ライヒルとマデリエネ、ハイン達もエルフの集落を出る前に見送りに来てくれた。
エルフ達としては総じて少し不安そうな印象だ。ゴファールの人間達に良い印象を持っていないから、そこに向かうということに不安があるのだろう。俺も……顔は割れていないが既に彼らにとっては敵だからな。発覚したら何がなんでも殺しに来るだろうが。
「行って来る。まあ……目立たないように行動するつもりだから、そこまで心配はいらないさ」
「また、朝になったら連絡を入れますね」
アリアとノーラをそっと抱擁するようにしてエステルが言うと、二人も頷いていた。
「二人の護衛は任せておいて。必ず一緒に帰って来るわ」
「ソフィア様もお気をつけて」
『ありがとう。シルティナから心配してもらえるのは嬉しいわね』
シルティナから言われたソフィアは俺の影の中から穏やかな声を響かせる。前回の訪問の時以来、シルティナを気に入っている様子のソフィアである。
「道中で食べて欲しい。一応、我らの物だと分かるようなものは入れていないつもりだ」
ライヒルは食料の入った包みを渡してくれる。干し肉や保存の利くものを用意してくれたようだ。
「ああ。有難く頂くよ」
渡してくれる物品も気を遣ってくれたようだ。
そんなわけでみんなに見送られてエルフの集落を出発する。
「では、行きましょうか」
エステルの言葉と共に光のラインが空中に走る。ふわりと、少しだけ地面から浮いて、俺は地上を滑るように移動していく。
ソフィアの飛行程の速度と自由度はないが、空中に磁場のレールを引いて自分自身の足元に磁場を纏ってレール内を滑走するという、エステルのハッキング魔法の一種だ。
森の木々の間を縫うように俺はエステル、ソフィアと共に滑りながら進んでいく。移動のことだけを考えるなら夜に出発した方が良いんだがな……。夜間は門を閉められているから、結局街の中に入るには陽がある内でないといけない。
森を抜けて街道に出たら目立つような行動は控えなければならないしな。
ともあれ、森の中を俺達は軽快な速度で進んでいった。やがて――森も焼け跡に差し掛かる。焼け焦げた森は枝葉が焼け落ち、アストラルナイト達が暴れた場所は焦げた木々が薙ぎ倒されており、酷い有様だ。
焼け跡には焦げた木の臭いも漂っており、それなりに日数が過ぎていてもまだまだ戦いの爪痕が残されているという印象である。
それでも焼けた木々やへし折られた木々は素材や建材としてエルフ達が回収を進めていたりする。普通の森よりは見通しも良いが、焦げたままで残っている木々もそのまま残っているので、遠くまでは視界も通らない。少なくとも森を抜けるまではこのまま磁力レールを滑っていっても大丈夫だろう。
『森を抜けたら案内するわ』
「一応、聞いた情報を基に簡易マップを作っています。方角と、話から推定される距離ぐらいの、大雑把なものではありますが」
「方角が分かっているなら、街道を見つければ問題なくいけるだろう」
影から響くソフィアの声と、背後に浮かんでいるエステルの声。エルフの集落側はルヴィエラが雨を降らせたものの、ゴファール王国側はあまり消火活動が進んでいなかったのか、結構燃え広がった様子だ。
やがて――森の終わりが見えてくる。
森を抜ければそこはもうゴファール王国である。ヴァルカランの見回りを恐れてか、周囲に人影はない。草原の方まで火が回ったのか、焼け痕はかなり広がっているが、時間も経っているから下草は既に生えて生きている。見通しは良くなっているが……人はいないから行動はしやすいな。
『森人達の話だと、近くに村があるということよ。そこから街道沿いに東の方へ進んでいけば目的の場所に辿り着けるはず』
ソフィアの言葉と、エルフ達の証言を基に作ったマップを参考に歩みを進める。
エルフの森と違って草原の方までは精霊の加護も及んでいない。野原は広範囲に渡って焼けてしまってはいるものの、もう復活してきているし、基本的には自然豊かな場所ではあったようだ。エルフの森を挟めばもうヴァルカランなので本当に国の外れではあるのだろう。辺境、というわけだ。
焼けた痕跡があちこち残る野原を進んでいくと最初の目標にしていた村や街道はすぐに見つかった。開拓村と言えば良いのか。規模の小さな集落から道が続いているが、火はこの辺まで回ったのだろう。
刈り取ってから日数の経った草が積まれている。慌てて草を刈って集落にまで火が回らないようにした痕跡だ。それでも柵の一部が焼けた痕が見られる。何とか消し止めたようで集落内の建物自体は無事なようだが……。
「……あいつらの放った火はここまで影響を出していたみたいだな」
「この辺りが辺境だからと、小さな集落のことまでは考えずに火を放ったわけですか……。消し止めたようですし集落内の生命反応もきちんとありますが……消火は随分大変だったのではないでしょうか」
『愚かというかなんというか……。強い精霊を確保できればこのあたりの集落のことは些事だったのね』
ソフィアの声は感情を見せないように淡々としているものの呆れている様子であった。
……道を辿っていくと街道沿いにはアストラルナイトが移動した足跡も発見できた。これを辿っていけば目的の場所に辿り着けるだろう。
目立たないよう、エステルと共にフードを被り、街道沿いの足跡を辿って歩いていくと、段々と道も広くなっていく。焼け跡もこの辺までは及んでいないようではあるが……。
……街道の先――遠くに何か見えるな。馬車の周りに人集りができているようだ。襲っているだとか盗賊の類ではなさそうだが、人々の顔には怒りの色が見えて。何か騒ぎになっているようだ。歩いていくと、話の内容も耳に入ってくる。
「貴様ら、いい加減に――!」
「俺達は話をさせてくれって言ってるだけだ……!」
「そうだ! 森に火を放ったのは騎士様方じゃねえか……!」
怒りを露わに詰め寄る者達と、それを制止しようとしている兵士……だろうか。激しく言い争っていて……聞こえてくる言葉を要約すると馬車に乗っている者と話をさせろと詰め寄っている者に対し、それはまかりならんと兵士達が押し留めているという構図だ。
「代官殿に陳情するのであれば然るべき手順を――」
「そんなの待ってられるか! 俺らのとこは蓄えだって焼けちまってるんだぞ!」
「そうだ! 働き手の中から怪我人だって出てるってのに税を集めるだと!?」
「代官は俺達に飢えて死ねって言ってるのか!?」
ああ……。草原の火災で被害を被った周辺の開拓村や村落の住民か。作物にも被害が出ているのに税収の話があり、陳情に向かった一団と貴族の馬車が鉢合わせをした、という感じだろうか。
……俺には無関係ではあるか。ゴファールの内政がどうであろうと、それは火を放ったあいつらの自業自得。目立つべきではないから関わらないのが最善なんだろうが……タイミングが悪い。これから潜入しようという時にお偉いさんが暴動に巻き込まれるようなことになっては困るのだ。警戒度が高くなったら動きにくくて仕方ない。
「待てと言っている! この馬車に乗っている方は代官とは――」
兵士は何とか宥めようとするもの男達はヒートアップしているのか、怒りと勢いに任せて兵士に詰め寄る。
その時だ。馬車の扉が開かれて中から歳の頃17、8ぐらいの身形の良い女が姿を見せた。
「落ち着いて下さい。話は聞きますから」
「あんた、代官の娘か!?」
「いえ、私は――」
女は何か言おうとするが、殺気立っているというかなんというか、兵士達を突破して詰め寄ろうとする。
「エステル」
「はい」
エステルは俺の言葉と指示に従い、目立たないようにハッキング魔法を展開する。変化はすぐに起こった。
コード:38、オブジェクトストーム。煌めく花びらと透き通った空中を泳ぐ魚。それから煌めく光。そうしたイメージが彼らの間をすり抜けるように流れていく。幻想的だが場違いな拡張現実の幻。
「な、なんだ……!?」
一瞬、彼らの動きが止まって花びらや魚を目で追う。
護衛の兵士達も一瞬呆けていたが、馬車から出てきた少女が視線を送って頷く。幻影が無害だとも理解したのか、すぐに気を取り直して声を張り上げた。
「この方は代官とは無関係だ! 落ち着け! 貴様ら!」
「そうだ! 我らは調査のためにやって来たに過ぎない!」
幻影とその言葉は、彼らを制止させるには事足りたようだ。
好機と見たか、少女もよく通る声で口を開く。
「火災によって大きな被害に遭った旨、しかと聞き届けました。多少は顔も聞きますので、代官の上――領主にあなた方の陳情と現状をお伝えすると約束しましょう」
「ほ、本当か!?」
「はい。騎士達の撒いた種ということですし、此度のことは不問とします。しかし、陳情は冷静に行ってください。こんなことで処罰されるようなことになってはあなた方の家族や友人が悲しみます」
そう相手の言い分に便宜を図ると伝えつつも冷静になるように促していた。……まあ、この分なら農民達が処罰を受けるような事もないか。ゴファールの連中は気に入らないが、農民が処罰を受けたり、ヒートアップしての暴力沙汰になるようなことを、ただ見過ごすのも気分が悪いからな。
混乱が広がっていた方が再侵攻の妨害になるのかと言えば……アストラルナイトを持ち出されたら鎮圧なんて片手間だろうから、あまり意味がない。継続的にかき乱すような胸糞の悪い工作をしたいわけでもないし。
俺達は少し距離を取りつつも通り過ぎる。騒ぎになっていてこっちに気付いた様子はないし、魔法の出所も分かりにくくしている。エステルも精霊の気配は遮断できるようになっていて顕現していても人と見分けが付かないという状態だ。勿論、ソフィアも感知できないように気配を隠している。だからそのまま街道を進むことにした。
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