第5話 亡者と銃剣
「とりあえず……空から道が見えた方向に向かうか」
「見えたのは草原の向こうに見える森沿いの方向ですね。ただ、あまり手入れされていない、かなり古い道……というか道の痕跡みたいなものでしたよ」
「他に指針もない。辿っていけばどこかには出るかも知れない。ドローンを飛ばして周辺の様子を見ながら進んでいこう」
探索用ドローンを空へと飛ばす。周辺の地形と共に温度センサーにいくつも反応が見えた。
「小動物サイズですが、結構生き物がいますね」
「生き物がいるなら食料の調達はどうにかなりそうだ」
有毒かどうかは調べなければならないが、場合によっては草原に居座るのも選択肢に入るだろう。危険な生き物が少なく食料が豊富であるならば、それはアルタイルの修復を待つ上では都合がいい。
とりあえずの生活を続けていけるのなら現地の知性体と接触を急ぐ必要もないのだし、現地の知性体と交渉を行うなら、アルタイルが使える状態の方が選択肢も増える。
もう少し調査しなければ結果は出せないが、草原自体は生活基盤を築くのに悪くなさそうな場所に見えるな。
自然の豊かな場所だ。
戦友達と一緒にここに来られたらと、思ってしまう。俺よりも喜びそうな戦友達の顔が幾人か脳裏に浮かぶが……それは考えても仕方のないことだ。少しかぶりを振ってそれらの考えを片隅に追いやる。
「植物の成分自体は――そんなに私達の知るそれとかけ離れてはいないのですよね。食用にできそうなものもいくつかあります」
知らない植物しかない土地だ。時々草葉、小さな木の実等を採取し、探査キットで成分分析を繰り返し、毒はないか、食用にできるか、といったことを調べながら進む。
結果としては悪いものではない。食用として適したもの、食用とは言えないが食べても死なないものも見つかっており、食料の継続的な確保は可能だと思われた。
「生命居住可能領域の惑星だからかな。環境や生態系に親和性があるってのは不思議なもんだな」
「ですね……。ここにある動植物を母星に持っていっても繁殖可能だと思いますよ。あっち側で発見されていたら、真っ先に植民惑星としての候補にされていたんじゃないですかね」
エステルが言う。そうだな。異星人の文明がある星ではあるが。
「というか、ここまで環境が整っていて文明があることを考えると、あの金属生命体にとっての、次の標的だったとか、あり得るかもな」
「あー、偶然以外の理由でここにやって来た可能性は十分ありますね。あいつらが外宇宙のどこからやってきたのかは不明のままでしたし」
「暴走した兵器説やら暴走したナノマシン説やら色々あったが……それも研究で否定されたようだしな。信憑性は微妙なところだが」
軍部やら政府やらがその辺の失態を隠した、なんてまことしやかに囁かれていたりもする。
どちらにせよこの場所は俺達の世界――次元と断絶した別の宇宙にある星なのだろう。因子のことを考えると世界に働いている物理法則が異なるものだからだ。
ワープ時に用いる亜空間。俺は詳しい理屈を知らないが、アルタイルに搭載された位相融合炉がエネルギーを引き出すための空間でもあるらしい。その空間を更に隔てた先に、こんな別の法則が働いている宇宙が存在していた。
だからあの金属生命体群もまた、そういう世界から現れたのではないか、という可能性も、少し考えてしまったと言うだけの、単なる想像だ。
ただ、この世界が無事である以上、ここから現れたわけではないだろう。あいつらなら文明や生物の類もデータとして取り込んで食いつくしてしまうから。
エステルと話をしながらも草原を横断して向かい側にある森の側まで進む。
動物はあまり大きなものもいないが、センサーを見て近付かないようにしている。現時点では狩っても荷物になるだけだからだ。生活基盤を置く場所を見つけるまでは、手持ちの食料と固形ブロックで何とかすればいい。
さて。ここからこの森を外周沿いに進んでいく事で、道のあった場所に出られる……はずだ。
その道を辿って進む事で上空から見えた、あの湖や城のある方向にも行ける。遺跡は気になっているから、道中で様子を見ておきたい。文明のレベルと年代を測定すれば、この星の現代の文明レベルがどんなものかが多少は予想がつく。
そんな風に考えを巡らせながら歩いていると、ドローンからの映像――その森を進もうとしていた方向とは逆方向の外周沿いにしばらく進んだところに、何か人影のようなものが多数集まっているのが見えた。かなりの人数。
ここからではまだ距離があるが……しかし、これは。
俺は、思わずエステルと顔を見合わせていた。
「くっそ! 失敗した……!」
「ヴァルカランの化け物に見つかっているじゃねえか! このあたりはまだ国土じゃねえって言ってただろう!」
「てめえが欲をかくからだぞ!」
「うるせえ! てめえらだって話を持ち掛けられて乗り気だっただろうが!」
馬車を囲むように人だかりができている。馬車に背を向け、囲んでいる者達を牽制するように剣を構える男達。荒事を生業とする荒くれ者といった風貌だ。馬車を引くはずの馬は――既に血にまみれて地面に倒れ、動かない。下――地面から槍で腹を突かれ、動けなくなったところで喉を剣で切られた。そんな形で彼らは襲撃を受けたのだ。
そして、そんな奇襲を行った襲撃者達は人間ではなかった。
少し遠巻きにして、しかしきっちりと包囲したまま、男達の仲間割れを眺めている。ある者は悪意のある笑みを以って、ある者は憎悪を込めた眼差しで。
一斉に飛び掛かればすぐにでも終わってしまうだろう。そうしないのは、この状況を楽しんでいるからか、他に思うところがあるからか。
自分達の領分を侵した者達。簡単に殺してしまっては胸に渦巻く憎悪も晴れはしない。
ぼろぼろに錆びた武器と鎧。白骨と頭蓋の下に蟠る暗黒。その暗黒の中に爛々と光る眼。骨だけになった者もいれば、腐った肉が朽ち果てないままに残っているものもいる。干からびたような姿の者もいれば、肉体を失くし、青白い靄のような形で浮遊する者もいた。
姿形こそまちまちだが、いずれもアンデッド。アンデッドの兵士達。
――滅びることなき、ヴァルカラン王国の残骸。生者を憎悪し今も尚闊歩し続ける、不死者の群れ。それが彼らの正体だ。
陽光の下では焼かれて弱体化すると男達は聞いていた。確かにそれは正しい。日の光の下で、土の下から現れた彼らは身体から白煙を上げながらもそれでも尚そこに立っていた。生者への憎悪が、陽光以上にその身を焦がす故に。
「……おい。檻の鍵を開けろ!」
「なんだって?」
「捕まえているガキ共が囮になりゃ、俺達も逃げられるかも知れねえだろうが!」
「そ、そういうことか!」
上手くすれば包囲に穴が空くかも知れない。檻の中の連中だって、自分達が殺された後に殺されるのだから、囮になって逃げられる可能性があるだけマシというものだ。
馬車の後部。檻になっている鍵を男が急いで開ける。
「おら、さっさと逃げろ! ここにいてもお前らも殺されるぞ!」
男はそう叫んで、檻を剣で叩く。
「ひっ!」
「や、やだ……!」
檻の中にいた者達は悲鳴を上げる。誰も亡者の中に飛び出していきたくはない。だというのに彼女らに嵌められた首輪は激痛を与え、命令に無理矢理にでも従えようとする。
檻の中にいた小さな娘が痛みと恐怖に耐え切れずに飛び出したその時だ。遠巻きにしていた亡者が動いた。
飛び出した子供に向かって、錆びた槍を構えながら突っ込む。その光景に男は狙い通りになったとほくそ笑み、自身は包囲網に穴が開かないかと周囲の状況を観察する。
尖った耳を持つ小さな少女は迫る亡者に悲鳴を上げて、その少女を庇うように囚われていた別の女が覆いかぶさる。――直後、悲鳴が上がった。
男のその表情が苦悶に歪んでいた。
突っ込んできた亡者は突然狙いを変えて男の脇腹を槍の穂先で抉ったのだ。
「ぐっ、あっ……。こ、こっちじゃねえ……!」
足を引っかけるようにしながら男を引き倒し、槍を突き立てたままで亡者は笑う。槍を握っているのは白骨の兵士故に、笑うための声帯はない。だから、カタカタと骨を震わせ、全身で嘲笑の意を示す。
しかも、次々と周囲の土の中から亡者が増えて、包囲網に穴が開くどころか更に強固なものになっていた。
ヴァルカランの亡者達が何故恐れられているか。不滅であることもそうだが、生者への強い憎悪に突き動かされていながらも、通常理性や知性がないとされる下級アンデッドとされるものに至るまで全てが、生前に身に着けていた技術、知識を振るうことができる。
だから当然、兵士としての技量。判断能力。そういったものを残しているのだ。
必然、飛び出した子供よりも、けしかけた男を優先して狙った。そっちの男を狙った方が気分がいい、というただそれだけの理由で。
地面に縫い留めた男に向かって、他の亡者達が笑いながら殺到する。亡者達の前で囮などと言い出したからか、その末路は悲惨なものになった。錆びて朽ち果てた武器を。その辺りで拾った石を、わざと急所を避けるように振り下ろし、叩きつける。
「やめ――!」
悲鳴と絶叫は亡者達の哄笑と鈍い音にかき消されてすぐに聞こえなくなった。
それを目にしていた亡者達からもゲタゲタという笑いが漏れる。そんな狂乱の中にあって、仲間達と連携して包囲は一切崩さない。檻の外まで出たはいいが、逃げ出す隙すらなくて、囚われていた亜人の娘達は固まっていた。
亡者達は誰一人逃がす気はない。ないが、判断能力や理性を有する彼らにとっては優先すべきは男達だ。捕まっていた少女達はともかく、男達は出来る限りの苦痛を与えてから仕留めるような。そんな対象に過ぎない。
だから檻から出てきた者達は遠巻きにしたまま、外の包囲は切らさずに。
男達に対しては1人につき、2人ないし3人の亡者で踊りかかる。人数と技量。双方で上回る相手に、男達は成すすべなく断末魔を上げながらも血の海に沈んだ。
「あっ……。ひっ……」
檻の中にいた娘達は、その光景に腰を抜かしている。亡者達は、すぐには襲ってこなかった。男達を襲った時とは、少し反応が違う。
理性がある故に、巻き込まれただけの被害者だと理解しているのだ。衝動を堪えるように武器を握る手を抑えるような仕草を見せる者もいた。
そう。亡者は理解している。恨みもない。理解しているが、視界に入れてしまえば生者への憎悪は止まらない。止められない。
彼らは呪いと憎悪に囚われたヴァルカランの亡者であるが故に。亡者の中から、一人が静かに前に出た。手入れのされた剣を持つ亡者。男達とは違う。まだ理性が働いている内に、せめて一太刀で楽にしてやろう。そういう情けであった。
剣を振り上げ、それが振り下ろされようとする、その瞬間に。
亡者の腕が半ばから消失した。
青白い閃光が走ったのだ。凄まじい熱量を集束させた光弾は、亡者の腕――骨を完全に焼き切り、空間を裂いて射線上の亡者達も諸共に穴を穿ち、遥か彼方まで突き抜けていった。
銃剣式ブラスター。LBS-4。通称バヨネット。軌道防衛艦隊の特殊部隊に配備された白兵戦装備。新型ブラスターガンによる射撃の結果であった。




