第49話 共同開発地の発展
共同開発地は日進月歩というか、凄まじい勢いで形になっていった。柵で囲われ、農地、住宅地と役割に応じた区画が整理された。
井戸が掘られて用水路が作られる。農地が開墾され、古くなっていた道が整備され、開発地の内部の道はきっちりと舗装までされていく。
目を引くのは開発地の中心にあった広場だ。大量の石材が運び込まれ、開発地の中心に石造りの頑強な施設がものすごい勢いで建築されていった。防衛設備としての砦と、その周囲の居住区域と広々とした農地。それが共同開発地の全体像となる。
砦まで建築しているのは攻め込まれた際に立て籠もれるように、というのと前線に備蓄して戦いに備えられるようにだが、対人はともかく砦というのはアストラルナイト対策としてはどうしても心もとなく見える。
砦の規模や防御力がどうこうというよりも、機動力と火力に優れた機動兵器に対しては、砦のような防衛拠点だけでは対応しきれないという方が正しい。
実際は魔法障壁などを張れるようにし、時間を稼ぐことを想定した運用を考えている、というのがハーヴェイの弁だ。
アルタイルやその他の機動兵器、防衛兵器を併用して接近してきたアストラルナイトに対応するという形になるだろう。
そうやって急速に形作られていく開発地の空き地に、ソフィアの姿があった。
「魔道具の調子はどうかな?」
渡したプログラムから作った魔道具の実験中であったソフィアに尋ねる。ソフィアとルヴィエラの眼前に、大きな腕が浮かんでいた。サイズ的にはアルタイルと同程度だろうか。
制御用のプログラムを組み込んだ魔道具と、ソフィアの精霊騎士としての力。ルヴィエラの精霊器。それらを組み合わせた結果だ。
何でも、ルヴィア湖の湖水はかつて呪いを受けた折に沢山の人が亡くなって真っ赤に染まったという。ルヴィア湖はソフィアにとっては血魔法で操れるリソースのようなものであり、ソフィアとルヴィエラの精霊器そのものでもあるのだとか。
大質量の湖水を、場所を選ばずリソースとして自由に操り、武器にも防具にも魔法の触媒にもする。それがソフィア達の奥の手ということだが、そこに流体制御や機体制御等のプログラムを組み合わせることで、彼女達が制御に意識や力を割かずに機動兵器代わりにすることができるというわけだ。
「かなり良いわね。何も意識することなく、魔力を大した消費もせず、動かすことができる……。どうなっているのかしら。これは」
ソフィアはそう言いながら浮遊している巨大な腕が拳を握ったり開いたり、指を自在に動かして操る。
「これは……全部通常の法則に即している。世界に影響を与えたり、魔法で法則を歪めて無理したりする必要が、ない。当たり前のことが当たり前に起こっている。だから使う魔力も少なくて済む」
ルヴィエラの説明に俺の後ろでエステルがうんうんと頷く。
「湖水を仮想の液体金属の機体とみなし、機体制御と流体制御のプログラムを組んでいます。科学と物理法則に沿ったものですよ」
「私達から言わせると、こっちの方が魔法のように思えるけれどね」
十分に発達した科学技術は魔法と区別がつかない、というのは後世でも語られている有名な言葉ではあるな。
俺達の場合、魔法理論とでも言うべきものでアストラルナイトのようなものを作ったりしているこちらの世界の方が驚きではあるのだが。
「まあ、良くも悪くも安定していて基本的には制御プログラム通りのスペックと動作になる。要するに想定した以上にも以下にもならないってことでもあるが……多分、魔力を余分に使ってやれば、一時的な強化なんかはソフィア達ならできるんだろうけどな」
その分規模に比して魔力消費も大きくなるのは注意が必要だろう。それを伝えるとソフィアはにやりと笑う。
「魔力量には自信があるわ。まあ、奥の手ぐらいには考えておくわね」
「私達の方は、順調として。エルフ達の機体は、どう?」
そうルヴィエラが尋ねてくる。
「ああ。問題ないよ。木を素材に硬化用の特殊な高分子ポリマー……素材を浸透させると、鋼鉄なんかよりも遥かに強度に優れた素材になる。耐火、耐熱っていう面からも優れていて、実際にこれで作られた兵器が実戦で結果を出していたって事実もあるからな」
この硬化素材はナノマシンで構築した装置による合成だ。
エルフ達の機体――その装甲や部品として硬化木材を使うメリットは色々だが、森が燃えたことから素材として量を確保しやすくなっているというのがまず一つの理由として挙げられる。
ソフィアとルヴィエラはそれぞれの得意技と制御プログラムの合わせ技で機動兵器の装甲から駆動系、制御系まで構築できてしまうが、エルフ達の場合はそうはいかない。機体や兵装はきちんと用意する必要がある。そこで木材という、短期間ですぐに用意できるものを装甲や部品として活用させてもらうことにした、というわけである。
まあその副産物として、エルフ達と精霊達にとってすこぶる相性の良い素材になった、というのがある。彼らにとって魔力の通りが非常にいいものだそうで。制御プログラムを動かす時にも魔力の消費を抑えてスムーズに操れそうな手応えを感じている。
動力系ーーエンジンは魔石、宝石と部品型のゴーレムを組み合わせ、俺達の世界の、旧式動力炉を再現するように組み上げている。発生させた電力と熱は雷と火の魔石に蓄えることが可能だ。それらを魔力として蓄積することで、精霊を介さずにアストラルナイトに使われている技術も流用できる。
「そのポリマー……とやらの色なのかしら、あれは」
「発色が良くて、綺麗。木目が見えなくなるから、木の印象はないけど」
「確かに。木材と言われても、知らなかったら信じられないわね」
というのが硬化木材を見た2人の感想である。
「まあ、そうだな。ポリマーが表面の質感や色に影響を出してる。後はパイロットをどうするかなんだけど、メイアに相性の良い人物となると……」
エルフの集落でも力のある精霊――メイアに協力してもらうことで、制御と動力の制御ができる。機体の内部に流体を通してプログラムを介しての制御を行えばいい。無論、アストラルナイトのようにあんな方法で精霊をパーツのように組み込むような必要もない。
パイロットと精霊の認識がズレていたりしても、意識の乱れが制御系に影響を与えたりしないからだ。組んだ通りに安定して効率的に動作する。
「集落でメイアと一番相性の良いのはシルティナ、だったかしら」
「そうだな。本人は自分が一番力を引き出せるならって、かなりやる気だけど……」
戦士でも無かった子をパイロットにするというのもどうなんだと、俺としては思ってしまうところがあるな。
フラリアにも協力してもらって、ミニウッドゴーレムを機械部品として扱う方式の機体も開発中ではあるのだが、そちらは俺達の方にゴーレム作成のノウハウが足りずにもう少し時間がかかりそうだ。要するに近々組み上げられそうな機体を一番うまく動かせるのはシルティナ、ということになる。
「シルティナね。あの子……結構肝が据わっているわよ」
「あの場でソフィアに意見を言えたというのは結構なもの。心の強さという面で言えば好感が持てる」
ソフィアが最初にエルフの集落にやって来た時のことか。ソフィア達としては結構シルティナのことを高く買っているという印象がある。
「それに当人も、弓や魔法はそれなりに使えると言っていたし、戦闘に関しては素人というわけでもないみたいだものね」
というのがソフィアの見立てであるようだ。
アリアとノーラが外に出る時に、護衛も兼ねて同行したと言ってたっけな。戦いの心構えや勝負強さか……。そういうのは確かにパイロット適性とは言える。
「その辺はエルフ達の話し合いを尊重するのが良いかと」
「そう、だな。自分達で自分達の集落を守るって意識は強いしな」
選択するのはエルフ達、というのはそうだな。
「後は砲台、とかいうの」
ルヴィエラが言う。
「レールキャノンだな」
「発射実験自体は成功していますからね。とりあえずの防衛兵器としては十分なものに仕上がっているかと」
「エルフの皆にとっては新しい兵器だからな。運用する側の訓練は必要かな」
磁力制御をして弾体を加速して放つという、原理的にはシンプルなものではある。砲身は工作機械で研磨して成型しているから、精度は十分。砲身は消耗品だが硬化木材ならかなり耐久度も高い上に交換も可能だ。
弾は単純な金属弾でも砲弾として放つことができるので、供給してもらうだけなら簡単だ。ヴァルカランの鉱山から採掘した鉄を成形してやればいい。
砲弾を何かしら作って着弾した時の爆発力を上げたいところだが、ゴファールに見せて新兵器開発のヒントにしてしまうのもな。
とはいえ、懲りずに攻めてくるようなら否応もないのだが。
いずれにしても砲兵としての訓練は必要だ。現状、火薬等は使っていないので運用は安全な方ではあるだろう。
後は射撃角等の調整も制御プログラムで運用しやすくする等……課題が多いな。
「早い内に訓練のような最低限の準備だけは整えておきたいから、そう考えると時間が足りないな」
「ソーマは、よくやってくれていると思う」
「そうね。私達と違って疲労もするのでしょうし、無理はしないようにね」
改造されてからこっち、そういう言葉をエステル以外から聞いたのは久しぶりな気がするな。正直、金属生命体群をどうにかしないと未来がなかったから無理するしない以前の話だったというか。
「まあ、その辺は問題ない。身体にも手を加えているから疲労はしにくい方なんだ」
ソフィアとルヴィエラに応じる。
「と言っていますが、もっと言ってやってください。マスターは言ってやらないと自分では休まない方なので」
などとエステルがそれに便乗し、二人も頷いたりしているが。
「本当によくやっていると思うわよ。設計や製造に指導もだけれど、新しい作物まで用意したのでしょう? 森人達が随分喜んでいたわ」
「トマトとポテトか」
これは木精に力を借りて植物を育成する精霊術と、エステルのデータベースの合わせ技だ。エステルは……いつか戦争が終わった後に軍から解放されたら制限も外れてできる事も増えるからと、その時を見据えて色々調べていた。
見据えてというよりも、二人で戦争後のことに希望や戦う意味を見出し、心の支えにしていた、という方が正しいか。
新鮮な野菜を栽培して俺に食べさせたりしたいと作物のDNAマップなどを自分のデータベースに入れていたのもその一環だ。ナノマシンで遺伝情報を組み上げてやれば作物を人工的に合成できる。
母星の場合はそうやって合成できても土壌や水、空気に問題があるので継続的な栽培ができる場所は限られていた。宇宙ステーションや植民星も環境が良好とは言えないから、普段は固形ブロックだのペーストフードに補助用ビタミン錠剤といったレーションが主体の味気ないものしか食べられなかったわけだが……。
ここは違う。汚染されていない、清浄な土地と水、空気。好きな場所で好きな作物を育てられるという……まあ、俺からすると夢のような環境である。
当然ながらDNA情報を含んだ操作は、通常のナノマシンは制限を受けている。だからプログラムを組んだのは俺で、エステルはデータベースにあるDNAマップの内容を提供してくれただけだ。
そうやって出来上がったものを木精への精霊術との応用で組んだプログラムを流し込んだというわけだ。結果として新しくこっちの世界にトマトとポテトを持ち込むことに成功している。
トマトもポテトも栽培地をそれほど選ばず育てやすい部類らしいからな。
用意できることを話してみたら、ライヒルは「問題ない。食料が増えるのは有難い」とのこと。フラリアも「知らない子を紹介してくれるのね。面白そうだわ」と言って、こっちに作物を用意することに賛同してくれた。
ある程度作物を育成までしてくれての促成栽培だ。俺はこういう本物の作物を扱った経験はないのだが、こう、新鮮で楽しい。生き延びるための戦いではなく、何かを作るための作業というのは建設的で良いものだと思う。
「エルフと木精霊の皆さんも、ヴァルカランの方々も作物の扱いに長けているので、私としては助かっていますよ。育てるための知識だけはあっても実践するとなると、やっぱり色々違いますので」
エステルが言うとソフィアは少し離れたところを見て頷く。
視線の先に開墾し、土を耕して農作地を今も拡げているヴァルカランの面々の姿があった。ヴァルカランの――生前は農民だった人達である。
スケルトンやゾンビ、ゴーストといった面々が農作業している中々不思議な光景だ。
余裕が出来たら農作業用の機械類も作ってやりたいところだな……。燃料不要の手押し耕運機ならカーボン素材にして土から作れるから、一段落したらそっちにも着手してみるか。食料生産も重要度が高いしな。
特に、頼れる勢力が現在は外に存在しないから、食料の自給と備蓄であるとか各種資源調達であるとか、できるだけ自分達の中で完結できるようにしておくのが重要だ。
まあ、それでもヴァルカラン一国分のリソースをここに集中できるというのは大きい。建物、畑、井戸等々、急ピッチで町が作られて行っている最中である。
「そういえば、この実験が上手くいったら偵察も考えていると言っていたけれど」
ソフィアは農地から視線を外し、少しの間魔道具の動作確認を進めていたが、ふと俺達を見て尋ねてくる。
「ああ。人間達の街に偵察に行くっていう話か。ある程度大きな拠点の場所はもう、尋問で分かってるんだろう?」
「ええ。マインラート達が補給を受けていた街がそれね。アストラルナイトの補給や整備を考えるなら、この地方ではそこぐらいだという話だけれど」
「そこに向かう。偵察用の機械を街のあちこちに仕込んでいけば、敵の動きを見逃さずに済むからな」
「通信機みたいな感じ?」
ルヴィエラが首を傾げる。
「ああ。遠隔で映像と音声を見せてもらう。ついでに、ゴファールの実際の姿も見ておこうと思う」
敵の動きを早期に把握できれば森を戦場にする必要もないからな。ヴィルムの分霊経由で情報は伝わっているだろうし、あの分霊を含めて全滅させられたという結果だったと仮定しても再度調査に乗り出してくるのは確実だろう。だから多分、ゴファールとの間にもう一戦ぐらいは起こるはずだ。
もっと、アストラルナイトは結構彼らにとってもコストの高くつく貴重なものらしく、10機近く撃破された前の戦いは相当な損害ではあったらしい。
だからもう一戦があるとしたら今度は向こうも準備を整えてから来るだろう。それを叩き潰した上でなら、交渉も可能になるだろうと見ている。
だが……まあ、それと同じぐらいヴァルカランの面々が見回りしていることを警戒し、二度と近付いて来ないという可能性もあるな。そうであってくればこっちとしても楽で良いのだが。




