第48話 解呪の顛末
グレゴール達を乗せた馬車の車列はヴィルジタリアに到着する。迎えの一団は姿を見せない。表沙汰にしたくないから、あくまでも訪問してきたという体でということなのだろう。だから王家の紋章等であるとか旗であるとか、そう言ったものも掲げてはいない。
神殿の敷地内に馬車を停め、側近が馬車の中での注意事項をそれとなく他の側近達に伝えていると、やっと迎えが出てきた。
「……案内するように承っております」
迎えに出てきた神官は一目見て分かる程度には暗い顔をしていた。何があったのか問うような場所でもないために、一同は怪訝に思うも疑問を口にできず、神殿の奥へと通される。分かるのは、余程深刻な何かが起きた、ということだけだ。
「暫し……この部屋でお待ちください」
そう言って退出していく。
「本当に、何が起こったというのです……」
呟いているのは王家の遣いとしてやってきた王女だ。護衛の騎士達と共に顔を見合わせている。
少し待って、誰かが通された部屋にやってくる。
ヴィルム神殿の神官ウィットーリオだった。若手で辣腕として知られる有能な人物で、彼らも面識があったが……ウィットーリオもまた、あまり眠れていないのか、憔悴したような表情で、その様子に彼らは目を剥く。
「お待たせしました。大したお出迎えもできずに申し訳なくは思ってはいるのですが、この有様でして」
ウィットーリオはそれでも力なく笑った。
「グレゴール様方をお呼び立てしたことから、想像はついていると思いますが……重要なお方が呪いに倒れ、祭事を始め、様々なものが滞っておりましてな。それに付随する混乱も我らの不徳の致すところ。やむなく私が雑事を引き受けておりますが、人手が足りず……。申し訳なく思っております」
ウィットーリオは頭を下げる。憔悴している様子なのは呪いもそうだが、その他の仕事に追われているという理由もあるのだろう。
「頭を上げて下さい、ウィットーリオ殿。そのために我らが呼ばれたのでしょう?」
「そう、なのですが……。かの呪いは解呪しようとした者にも飛び火するのです。専門の方から見て、その見解を聞き解決する道筋を探ってもらえたらと」
「ふむ。とはいっても、これだけの顔触れですからな。儀式魔法で何とでもなりましょう」
「そう……ですな。そう信じたいものです。我らは一番の術者と他数名が初動の折に個別に動いてしまったばかりに収拾がつかなくなってしまいまして」
「なるほど。それで我らが」
最初から厄介な呪いだと分かっていて、ヴィルム神殿ではなくエルムディア神殿の高位神官達が動くとなれば結果も変わってくるだろう。
「しかし、解呪ということは少なくともすぐさま死に至るような呪いではない、ということですな」
「恐らくは。ついて早々で申し訳ありませんが、グレゴール様達には早速呪いを受けた方々を見て頂きたく。王女殿下は――ないとは思いますが、呪いが万一王家に飛び火しては大事です。このままここでお待ちください。私がお相手をするようにと仰せつかっております故」
「分かりました」
案内の者達に連れられ、グレゴール達は部屋を出ていった。部屋には王女とその護衛。ウィットーリオが残された。
「しかし……どうしてそのような呪いを受けることになったのです?」
王女が尋ねるとウィットーリオは嘆息してかぶりを振った。
「白銀将殿と共に西方にて軍の任務についていた折に、と聞いておりますが……そうなった経緯についてまでは。その辺は王家や騎士団の方が詳しいのではありませんか?」
「それが、私にもよく分からないのです。とある任務に就いていた騎士団の方々が帰ってこず、異常を察した後詰の補給部隊から報告があったと……。その上で私にはグレゴール様達に同行してその便宜を図り、神殿で事情を知る者がいるから話を聴いてくるようにと。事が事なので余計な情報を余人に漏らさぬために私を伝令役にしたのでしょうが……西方で呪いとなると――ヴァルカランや魔族絡み……でしょうか」
「任務に就いていたお方は事情を話したがらないのです。アストラルナイトを動かしていたようですが、流石にヴァルカランへの手出しはしていないかと」
これほどの大事になりながらも事情についての話をしたがらない等、あり得るのだろうかと王女はいぶかしむ。そんなことが許されるとしたら、それこそ大神官のような最高位の者だが、そうなると白銀将と共に精霊絡みの任務についていたというのが不可解な話となる。神殿に移動してグレゴールに協力して事情を聴いてこいという話なのに、騎士団は西方で動いていて、実働部隊が帰って来なかった。だというのに任務に就いていた者はここにいるとウィットーリオは言う。
そんなことが有り得るとしたら――。そこまで考えて王女や護衛の表情が強張ったものとなる。
「まさか、呪いを受けた方というのは……」
「はい。白銀将殿はヴィルジエットを動かしておりました」
ヴィルジエット。タイプ・カテドラルと呼ばれる特別なアストラルナイトだ。通常のアストラルナイトとは異なり、神霊を祀る聖堂の役割を持たせることで機体に神霊を降ろし、それを以って動力を与えてもらう、のだとか。
新型機と比べても尚、タイプ・カテドラルには遠く及ばないという話だった。
ヴィルジエットに降ろしていたのが分霊であるというのなら、事情を知っている者が神殿にいる、というのにも説明がつく。その上で呪いを受けたというのなら。ヴィルム神がそうなってしまったのだと言うのなら。
神殿やヴィルム神に力を借りる神聖魔法が機能不全に陥っている理由にも説明がつく。
「表沙汰にできないわけですね……」
王女は目を閉じてかぶりを振った。それは白銀将とヴィルジエットが敗れたということでもあるし、分霊が受けた呪いが神殿にいるヴィルム神の本体に届いてしまったということでもある。それを何とかしようとしてヴィルム神殿の高位神官達もまた呪いを受けてしまったというわけだ。
父王がどのように一連の動きを把握して自分をグレゴールに付き添わせたのかまでは知らないが、こうなると自分のすべきことはグレゴール達が解呪した後に何とかヴィルム神から話を聞くということになってくるだろう。
或いは――呪いが解けず、そのこと自体を報告するという形になるかも知れない。そこまで考えて流石にそれはないか、と王女は苦笑する。エルムディアの高位神官達が儀式魔法による解呪を行うのだ。それで駄目ならゴファールにその呪いを解ける者は誰もいないということになる。その程度には彼女はエルムディアの高位神官の力を信用していた。
が、その信用が続いたのもグレゴール達の向かった神殿の奥が、騒がしくなるまでの話であった。
「し、信じられん……。こんな、こんなことが……」
王女がウィットーリオと共に駆け付けると、そこはもう混沌とした状況だった。祭壇の前に祭具がひっくり返って散らばり、エルムディアの高位神官達が気絶して倒れていたり、蹲っていたりといった状況。
神官の内何人かは、魔法陣の上を転げ回ったのか、衣服がチョークの粉で汚れており、その周囲の魔法陣は掠れて乱れている。とりあえず死人はいないようではあるが……。尋常ならざる状況だ。
グレゴールも片膝を突いて脂汗を流し、呆然とした表情でそんな言葉を口にしていた。
「な、何があったのです……」
王女はその光景に驚愕しながらも、どうにかその質問を口にした。
「解呪儀式に、失敗してしまったようです。……いや、そもそも、呪い自体を感じることができない。だというのに……あんな飛び火を……。こんなことが、有り得るのか?」
グレゴールは王女に答えるも、後半は半分思索に没頭しながらの独り言のようなものになっていた。
王女が状況を目撃していたであろうヴィルム神殿の神官に何があったのか改めて尋ねる。
「呪いの内容は――明快で分かりやすいのです。魔力を使おうとすると凄まじいまでの激痛が走るというもの。しかし解呪を試みたものに、さながら流行り病のように移るのです。この呪いは」
「だというのに、呪いの力の片鱗すら感じられない。呪いが返せるような手応えさえない」
王女に答えてくれた彼らもまた、呪いを受けた面々なのだろう。表情には明らかな疲れと諦念が見えた。
「ヴィルム神が語りたがらないのも納得です。顕現や神託の折にも魔力は使ってしまいますからな」
「それが飛び火して、この惨状ですか……」
王女は今の状況に得心がいき、周囲を見回す。
それでも、ヴィルム神からはどうにかこうにか、激痛のうめき声の中で断片的な情報は貰っているという。
「エルフの集落。壊れかけの黒いアストラルナイト。ヴァルカランの亡者。謎の精霊と精霊騎士。神託が乱れに乱れていたので、どうにか聞き取れたのはこの程度です」
「随分と……不穏ですね」
断片的な言葉ではあるが、内容が不穏に過ぎる。
ヴァルカランの亡者も含め、正体不明の存在が絡んでいるようだ。その情報の中に出てきた何か。或いは全てによって、白銀将の率いる者達は壊滅し、ヴィルム神は呪いを受けた。
とはいえ、その呪いはヴァルカランの亡者が受けているという不死、不滅の呪いとは全くの別物であるようだ。
性質が違う。あの呪いは亡者達が呪いを受けているのだと解呪しようとした者には感じ取れるという。少なくとも、この呪いのように所在を感じ取ることすらできないということはない。
魔力を使おうとしなければ呪いは発動しないし、死にはしないということではあるが、神霊は勿論、魔術師や神官達にとって死活問題だ。
もっとも、彼らの定義からは外れるものなのだ。エステルの叩き込んだウィルスは相手が情報体ならばデータであり、生物であればナノマシンを構築する。
普段の姿を無害なものに偽装する。条件を満たした時だけ自身の外装――偽装を僅かに変えた複製をバックアップしてから活動を開始するのだ。
本質的な部分は変わらないからエステルの想定外の変異は起こすことはなく、狙った相手と共にそれを排除しようとした者に対して潜り込む。さながら相手の一部のように振る舞う。そういう微小な情報体。それが彼らを蝕んでいるものの正体である。
作り手から独立したスタンドアロン。意思を介在せず、設定された条件を満たした時に機械的に動く。故に呪い返しは機能せず、正邪の類ではないので浄化もされない。
完全に彼らの想定外であり、彼らの知る呪いの定義や方式に留まらない。
「……グレゴール様……まさかこの呪い――エルムディア様にまで飛び火してはいないでしょうな?」
ようやく立ち直ったらしいエルムディアの神官が額に手をやってかぶりを振りながら言う。
「まさ、か……。確かに、儀式魔法でエルムディア様のお力を借りはしたが……」
グレゴールはそう答えるが、それは単なる希望的観測というものに他ならない。答えながらもその顔色はどんどん悪くなっていった。
「まずい、かも知れぬ。今すぐエルムディア神殿に戻り、この儀式魔法に参加していない者に確かめさせるのだ……!」
「は、はいっ……!」
エルムディア神官の一人が立ち上がり、必死な形相で飛び出していく。一連の騒ぎを見ていた王女としては言葉もない。あっさりと儀式魔法が打ち破られ、高位神官達がその力をもぎ取られてしまったということになる。
これを、何と報告すればいいのか。最後の任務や断片的な言葉から類推することはできても、何があったのか具体的なところまでは分からないままだ。
では、エルムディアの本体はどうか。ヴィルム神が分霊から本体に影響を受けた以上、安心とは言えない。既にエルムディアの神官達の魔法は破られているのだから。
限定的ながらも、儀式魔法を介してエルムディア本体にまで影響が出ていたと神官達が知るのは、それから半日程経ってからのことだ。
状況、相手を選択し、魔力行使を抑止する。その条件の警告が頭の中で響いたと、エルムディアは伝え、それを聞かされた神官は頭を抱えて嘆いたのであった。




