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第44話 ここで生きるために

 その日は捕虜の拘束や機体の回収など、後始末に追われる形となった。ソフィア達は夜が明ける前に一旦ヴァルカランに戻り、森の警備にやってくる顔触れの人選をしてくるということで、今度はソフィア達に通信機を預ける。

 アルタイルは――とりあえず警備体制が整うまで、ヴァルカランに置いてきた武装を回収した後は集落から動かさない方が良いだろう。


 その代わり、ここでも修復の続きができるように素材を持ってきてくれるらしい。修復速度は若干落ちるが、危険に晒されているのはエルフ達ということで、ソフィアも色々考えてくれているな。


 ヴァルカランの呪い――回帰への対策にしても、アルタイルの修復を進めて万全にならないと状況が動かないから、緊急度から判断してエルフの集落を優先してくれているわけだ。


 今回、森は火災になったが集落そのものに出た被害は大きくはない。精霊の捕獲を目的としていて、集落内部は荒らされなかったからだ。

 人的被害に関してはどうかと言えば、重軽傷者は出たが、巨人という未知の相手にハインが慎重に立ち回り、その采配が良かったのか死者だけは出なかった。


 もっともそれも結果論でしかないが。メアリがいなければ治療が間に合わずに何人かは亡くなっていたし、それ以前にソフィアや俺が間に合わなければ何人犠牲になっていたか分からない。


 ともあれ、鎮火しているということもあって集落内の片付けや敵パイロットの埋葬といった後始末もそこそこに、動ける者が見張りに立ち、他の者達は休息を取る形となった。


 俺も監視用ドローンを上空に飛ばし、敵が姿を見せたらすぐ動けるように警戒態勢は整えてからヴァルカランの城へ向かい、武装を回収、集落まで戻って修復作業の続きができるように整えてからその日は集落に戻って来たのであった。


「数日ぶりの我が家ですね」

「そうだな。集落にまで火が回らなくて良かった」


 家はヴァルカランに出発する前の状態、そのままだ。夜も遅くなっているし状況も落ち着いたので、もうみんな寝静まっている。見張り役こそ巡回しているものの、集落内は静かなものだった。

精霊達は少し消沈してしまっているらしく、集落内を漂っている数もまばらだが……数日もすれば元通りの幻想的な集落の様子を見せてくれるだろう。


 俺とエステルは寝静まった集落を寝室の窓から眺めつつ、これからのことについて少し話をする。


「……色々と、状況が変わってしまいましたね」

「そうだな。ヴァルカランの人達も行動の自由を得たし、アストラルナイト、だったか。あれも潰した。良くも悪くも状況が動くか」

「集落が平和で、素敵な暮らしだっただけに邪魔をされたのは残念ですね。折角マスターが戦いから解放されたというのに」


 エステルは少し唇を尖らせる。


「俺のことは、まあ別にいいさ。今までとしてきたことは大して変わらない」


 守りたいものや居場所があるのならそのために戦うというのは、今までだってしてきたことだ。

 だからヴァルカランの呪い対策も、マインラート達と戦ったことも、間違っていたとは全く思わない。

 エルフの集落の暮らしは静かで穏やかで……ヴァルカランのことも、知ってしまったからには何とかしてやりたい。こっちに来て知り合った顔触れは皆良い人達だったから、そうしたいと思うのだ。


「だからまあ、帰るって選択肢は、当分無くなったかな。自分のしたことの責任は取らないといけないしな」


 放り出して帰るという選択肢はない。


「……私は……それでもいいです。ここがマスターの心穏やかに過ごせる場所であってくれるのなら。それにこの世界であれば、私もこうやって顕現して隣にいられるのですから言う事はありません。当分帰らないから安心してしまったというのは……悪い気もしますが」


 エステルは少し遠いところを見るような目をした。

エステルは、魔力や精霊が存在するこっちでしか顕現だってできない。

 こっちにいることにメリットがあって、それを彼女自身望んでいる部分があって。そう思ってしまうこと自体を俺や孤児院の皆に悪いと……そう思っているわけだ。


「……選んだのも俺だからな。前も言ったけれど、少なくとも親しい人に声を聞かせて、こっちで平和に生きていることを知らせられたら、俺としてはそれで満足だよ。別に帰らなくても……それで良いんだと思う。エステルがこうやって隣にいてくれることも、嬉しいことではあるしな」

「……はい、マスター。私も、できるのならこうやってマスターの隣で一緒にいたいと思います」


 俺が言うと、エステルは胸のあたりに手を当てて、感じ入るように微笑んで目を閉じる。そうだな。こっちの世界で生きていくことに覚悟を決めるべきなんだと思う。まあ、覚悟というほど今の状況に不満があるわけじゃないけれど。


「マスター。こっちの世界で暮らしていくのなら、私は――」


 エステルは、その言葉を途中で飲み込んでしまう。


「ん――?」


 首を傾げると、エステルは少し慌てたように手を振った。


「いえその……冷静になると取るに足らないことだなーと。顕現している精霊についてルヴィエラからも色々教えてもらったので……色々選択できることが増えたのですが状況が状況なので少し冷静になって考えるべきだな、と思い直しました」


 ……ふむ。


「したいことがあるなら言ってくれれば協力するぞ。私生活で遊びや趣味を諦めなきゃならないほど余裕がないわけじゃないしな」

「まあ、その……何と言いますか、ありがとうございます。戦いの後ですし、今日のところは自己メンテナンスをして、のんびりと色々考えてみますね。相談するのなら、その内にでも」


 エステルはぱたぱたと手を振って言う。


「分かった」


 まあ……何か俺に相談しにくいことでもあるのなら、ルヴィエラにでもそれとなく聞いてみればいいか。顕現して肉体があることで色々勝手も違っているし、精霊のことは精霊にしかわからないこともある。それこそ異性である俺には相談しにくいことだってあるだろうし、その辺、人との関わりが長いルヴィエラなら機微にも長けているだろう


「というわけで……今日のところは先にお休みしますね」

「ああ。おやすみ、エステル」




 そして一晩が明ける。ドローンの監視下の中でエルフ達は森の調査に出かけ、焼けた範囲や森の被害等の全容を探りに行った形だ。


 俺とエステルは広場に向かい、並べられた敵機体――アストラルナイトの残骸からその仕組みなどを探っていく。

 いくつか早めに解析して対策を立てなければならないものがある。精霊達の目を誤魔化した方法。それから、精霊の力を減衰させた力の正体。囚われている精霊はどんな状態になっていて、解放は可能なのか。それができるならどう解放するのが安全なのか。


 そういった部分を調べ、解決していく必要がある。

といっても、今回は呪いのように目に見えないものではなく、現物があり、効果も分かっていてアルタイルもすぐに使える状態にある。解析にそこまで時間はかからないはずだ。


 まず、精霊の目を誤魔化した方法であるが――。パイロット達の遺品やコクピットの中からそれらしき装備が出てきた。宝石の嵌ったタブレットのような物体だ。

 エステルは顕現していて視覚が使える上に、感知手段も動体や熱感知等々色々あるからその装備で目を誤魔化すことは出来ないが、起動させると小さな精霊達はそこにいると感じ取れなくなった。


 通常、小さな精霊は顕現していない。だから視覚以外の感知手段で外界の情報を得ている。この魔道具は疑似的に魔力的な空白を作り出すと共に、小さな精霊達が漂っているような反応を作り出すことで「そこに異常は何もない。仲間達がいるだけだ」と錯覚させているわけだ。

 これを斥候に使わせたことで気付かれずにエルフの集落の位置を探れたし、鉤爪達のようにアストラルナイトで接近して来た時は周辺の精霊が接近に気付かないまま沈静化されて、精霊達が集落に異常を知らせる前に突入されてしまったというわけだ。


「要するにこの疑似空白が展開できないように妨害装置を作って配置しておけば、同じような形での侵入は防ぎ、感知することができます。精霊達の動きを阻害する術への対策も必要ですが」

「対抗プログラムは組めるか?」

「問題ありません。私の制限に抵触するようなものではありませんし」


 次に、精霊達の動きを阻害する術。これはアストラルナイトの内部回路に組み込まれているもののようだが、実は対抗策だけなら解析を待つまでも無かったりする。エステルが自身へのハッキングのようなものと判断して防御していたから、それを対策にできるのだ。

 だが、どのような原理でそんな効果を発揮しているのかは調べなければならない。そこを調べておけば対策もいくつか用意できて、対策を潰された場合でも、違う形式での次善の備えを用意できるからだ。


 昨晩の時点で分かっていることとしては、アストラルナイトは一定間隔で精霊に対して沈静、衰弱の効果を発揮するウェーブのようなものを発信しており、これが意識を持っている精霊の動きを阻害する働きを持っているということらしい。

 だが、仲間に対してその効果が出ないよう、それをシールドする処置が施してあるのではないかというのがエステルの仮説だ。防ぐ方法は確実にあるので、後は解析してそれをこちらでも活用できる形にすればいい。


「要するに、エステルのハッキング防御や、連中のシールド処理といった方法を範囲内に効果を発揮するようなフィールドを作る感じで対抗できるか」


 顕現できる精霊ならともかく、顕現していない、或いはできない精霊に魔道具として装備させるのは現実的な話ではない。


 残りはエンジン部だが――これは精霊達の安全の意味合いもある。安易に解体して囚われている精霊に何か悪影響があっても困る。ソフィアによるパイロットへの尋問を待ってからでもいいだろう。


 といってもマインラート達はパイロットであって技術屋ではないから、どれぐらいの情報を持っているか分からない。まあ、少なくとも概要ぐらいは知っているのではないだろうか。


 広場での解析を進めていると、シルティナ達が昼食を持ってきてくれた。


「ソーマさん、エステル様!」

「お昼を持ってきたよー!」


 明るい笑顔で木の蔦で編んだ篭や鍋、水筒を大事そうに抱え、アリアとノーラがこちらに駆けてくる。少し遅れて、にこにことしながらシルティナが歩いてきているのが見えた。

 昨日の今日なのでトラウマになっていないか心配ではあったが、少なくとも3人が俺達に向けてくる笑顔は明るいものであった。


「ありがとう。それじゃ、少し休憩しようか」

「はい。顕現していたのでお腹も空いてきたところです」


 というわけで膝を突くように座らわせているアルタイルの近くにみんなで腰を落ち着け、そこで食事をとることになった。

 エルフの集落の焼いた鳥肉と山菜を挟んだ木の実パン。川魚の塩焼き、キノコのスープ。果実の盛り合わせといったメニューだ。そして量も多め。


「みんなが、ソーマさんや昨日戦った人達にってみんなで料理したのよ」

「だから、遠慮なく食べてね」


 ……なるほど。そういうことなら有難く頂こう。

 食材はどれも新鮮な物で味付けも美味だった。鳥肉は刻んだ香草と共に焼いたのだろう。鳥皮の油分を香草が爽やかな風味に仕上げていて。レーションで食べたぐらいであるが、使われている香草はバジルの風味に似ているように思う。

 塩焼きやスープも美味だ。塩焼きも焼き加減で焼き目のついた魚の皮の香ばしさであるとか、鍋に入れてきたスープの温かさであるとか、美味しいものを食べてもらいたいという想いが伝わってくるものだった。


 量からしても料理を作った面々が張り切ったというのがわかる。戦士達に食べて欲しいということだから、昨日守ってもらったからとか自分達は戦えなかったからとか、そういう想いも込められているのだろう。


「これは……美味いな」

「本当……料理というのは奥が深いですね……」


 エステルと共にそう感想を伝えると、シルティナ達は顔を見合わせて嬉しそうに笑う。アリアとノーラも料理を手伝ったのだろう。ハイタッチしていたりする。

 そうやって木漏れ日の中で食事をとっていると、ノーラがアルタイルを見上げて尋ねてくる。


「これが、お兄ちゃんの乗り物?」

「ああ。アルタイルって言うんだ。少し――怖い見た目かも知れないが」

「そんなことないよ」

「うん。みんなのこと、守ってくれたもん」


 アリアとノーラはそう言ってにっこりと笑う。


「そうね……あの時見たアルタイルさんの背中は、光っていて格好良かったもの」


 シルティナが割って入った時のことを思い出すかのように目を閉じて言った。


「アルタイル、触っても大丈夫?」

「動いている時や光の壁が出ている時は駄目ですが、今は大丈夫ですよ」


 セキュリティレベルも低めにしているしな。エステルがアリアに答えると、二人は近くに走っていって、装甲に触れたり、抱き着くように頬を寄せたりしていた。


 何というか……アルタイルと戯れるエルフの子というのも不思議な光景だ。軍事的な兵器であり、金属生命体と戦うためのもので、こういう風に子供から好意的に触れ合うというのは想像していなかったな。


 だがまあ……集落の幻想的な風景と相まって良い光景だと思う。

 シルティナ達はアルタイルを背もたれにするようにして食事の後も俺達の作業風景を見学することにしたようだ。

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