第42話 月下飛翔
ヴィルジエットと切り結び、スパークが弾ける中でエステルの指がコンソール上を奏でるように撫でる。
「――コード:291、サスペンドロック」
斬撃の応酬をしながらも、アルタイルの背から四方に光のラインが散る。ヴィルジエットに向かって光のラインが奔る――が。
『そのような些末な呪法が通じるか!』
神霊の声が響いて、光のラインが砕け散る。
呪法。エステルのハッキングはあちらから見てそういう扱いなのだろう。
向こうの精霊を抑える力はエステルから見るとハッキングという扱いで対処できる。向こうからするとこちらのハッキングも呪いの類に分類されるということか。
「続けていきます。オブジェクトストーム。ミラージュイメージ。ロストコントロール」
魔力を固定して拘束するサスペンドロックこそ弾かれたが、エステルは矢継ぎ早にハッキングを放つ。オブジェクトストームは幻影を相手に向けて飛来させるもの。ミラージュイメージはアルタイル本体の分身を作り出すもの。ロストコントロールは機体制御の制御系に干渉するハッキングだ。海賊の船を制圧する時に使ったこともある。
立て続けに放たれるそれらを、神霊は弾き、破る。防壁なのか、守護のような類なのかは知らないが、周囲に広がる光のラインがその度に弾け、出現した幻影なども掻き消える。
『鬱陶しい! 無駄だと言っておろうが!』
「やはり直接干渉は魔力で抵抗されるのか、天然のファイアウォールのように機能するようです」
それを突破するには停止させるか相手の抵抗の仕方を解析するかだとエステルは伝えてくる。
「そういう方法は戦いの中では難しそうです。ですので、間接的なハッキングで攻めます」
切り結びながらもレーザードローンの射撃と、ハッキング魔法とを同時に仕掛け、飽和攻撃を見舞う。俺とマインラートが近接戦をする傍らで、エステルと神霊の――俺達の言葉で言うなれば電子戦、電脳戦のような戦いを行うような形。
『小賢しい真似を……!』
『距離を取れ! 見たところ離れた位置に大した攻撃は来ぬぞ!』
神霊の言葉と共に跳躍する。背面から光を噴出させてヴィルジエットが空を飛んだ。距離を取りながらも光の斬撃をこちらに向けて雨あられと飛ばしてきた。三日月のような薙ぐ斬撃もあれば、最短距離を高速で穿つような刺突も混じっている。
ハイエンドの機体は飛行も可能ということか。だが空中戦なら望むところだ。こちらもスラスターを吹かして追随する。
ヴィルジエットの背後に巨大な魔法陣が展開して地面が隆起し、周囲の地面から巨大な石槍を形成しようとする。しかしそれはエステルの防壁に引っかかったのか。こちらへの攻撃となる前に崩れ落ちた。
『ちっ!』
神霊の舌打ち。多分、あの槍を射出することで地上と空中で挟み撃ちにしようとしたのだろうが。遠隔で何かを操作しようとするような術はエステルの前では無駄だな。
『片翼のままで、ヴィルム神の加護を受けたヴィルジエットと空中で戦うつもりか? 貴様の背面から噴出している光も、不均衡なまま力無理矢理飛んでいるのだろうが!』
マインラートの嘲るような声。こちらの状態を観察してある程度は把握しているようだ。確かに、ヴィルジエットは中々の速度で飛翔できるようではあるが。
互いに一気に間合いを詰めて鍔迫り合いになる。互いの刃がぶつかり合う度に巨大な火花が散って、焼け焦げた森を眩く照らす。唸る斬撃の軌道を予測し、反応し、スラスターと姿勢制御のバーニアを細かく操作し、回避しながら反撃を見舞う。
その中で再びヴィルジエットを射程に捉えたエステルが立て続けにプログラムを実行に移し、神霊――ヴィルムも遠隔での魔法の類を放って、互いに弾けた。
『何なのだ、この呪いは! 何故あの雑霊に返っていかぬ!』
ヴィルジエットはハッキングを無効化するたびに何かの術を使っているのか、妙な煌めきを見せていたが、何の効果も発揮しない。苛立たしげにヴィルムが喚いていた。
エステルのハッキングプログラムは放てば半分独立したまま自動で動き続け、迂回や偽装をした後で目的の効果を発揮するだとか、発信元を偽装して辿れなくするだとか、秘匿性や安全性を重視した作りだ。
攻性防壁に引っかかって組み込まれた義体部品をショートさせられたり、ナノマシンを誤作動させられて廃人になるハッカーだとか、そういう出来事は電子戦で普通に起こる。俺達の世界の電子戦では秘匿性はまず抑えておかなければ話にならない。
アルタイルとヴィルジエットが、空中で幾度も交差する。交差する瞬間に火花が弾けた。斬撃と斬撃の応酬。目まぐるしく入れ替わり、凄まじい速度で流れる風景の中で刃を振るい、剣戟の火花を散らし、盾で弾かれる勢いに乗せるように自ら飛んだ。
慣性をスラスターで無理矢理殺し、飛来する光の斬撃の隙間をすり抜けるように突き進む。
反撃とばかりにあらぬ方向からドローンのレーザー射撃を浴びせ、回避したところに間合いを詰めた。
プラズマトーチごと機体をぶつけるように圧力をかけ、耐えようと背面から光を噴出させたところに、不意に力の方向を変えて直上へと推進する。
勢い余って空中で動きを乱したところに、ドローンのレーザーの一斉射が浴びせられる。魔力障壁でそれらは受け止められたが、中々際どかったな。もう少しで直撃させられると思ったのだが。
『馬鹿げた動きをする……!』
マインラートがジグザグに飛翔する、こちらの動きを見て呆れたように言う。
確かに、奴が先程言った通りスラスターは不調だ。メインスラスターの一つはまだ使えず、それを補うために残ったスラスターの出力調整や一部のサブスラスターの封印をしている。だがエステルが現在の状況に合わせて最適化しているのだ。最高速にこそ届かないだけで、俺の思うようにアルタイルは飛んでくれるし、俺の身体はこの程度の負荷を問題にしない。
「巡行形態もいけるな?」
「問題ありません。形態変化時も自動でスラスター出力が最適化されるようプログラムを組んであります」
では、始めよう。飛翔しながらアルタイルのその形態が、白兵戦形態の人間型から高速巡行用の戦闘機形態へと姿を変える。
それによって。
爆発的に飛行速度が上昇した。高速巡行形態は戦闘機が本来そうあるべき飛び方をするために、大半のスラスターを機体後方に集中させているのだ。飛行速度は先程までの比ではない。ヴィルジエットの速度を振り切り、空中に光の尾を引きながら月夜に飛翔する。
『な――』
近接戦闘用のマニピュレーターから出力を上げたプラズマトーチを長く伸ばすように展開させる。一度離れたヴィルジエットに急接近し、すれ違いざまに斬撃を浴びせる。
斬撃を受けて火花が散ったのは一瞬のことだ。一撃浴びせた時にはもう奴の射程の遥か外まで飛んでいる。鋭角に折れ曲がるように軌道を変えて、奴の放ってくる光の刃を置き去りにするかのように回避。
突っ込む。突っ込んでいって斬撃を繰り出し、糸で縫うかのごとく機体を急旋回させて再度の突撃と斬撃を繰り返す。
行き違った瞬間にスラスター噴射で半径の小さな円を描くように高速旋回しての切り返し。急制動して再度の斬撃。追おうとする方向の逆方向からドローンのレーザーを浴びせる。
『ぐ……っ!?』
際どいタイミングだったが、魔力障壁で防がれる。そんな高速機動の只中にあってもエステルも幾度となく光のラインを放ち、ヴィルムの術を無効化する。幻惑の風景が出現しかけては散り、互いに放つ術が光の欠片として砕け散る只中をアルタイルは飛翔し続ける。
こちらの速度に対応するためか、奴の動きが少し変わる。主にドローンの射撃に対して展開していた魔力障壁を、斬撃に対しても見せるようになったのだ。
それでも。魔力障壁の内側で守りを固めたところでこちらに攻撃を当てることができない。
「どこかで反撃に転じようとするはずだ。そこで仕留める」
「はい、マスター」
接近。その瞬間が来る。盾で斬撃を受け止めながらも、マニピュレーターを切断しようと剣を振るう。遅い。その動きを見てから挟み込むようにもう一本のマニピュレーターが大きく弧を描くように死角から迫る。
『その程度で……!』
頭上から首を刈るような軌道で迫って来たプラズマトーチの刃を、ヴィルジエットは魔力障壁で受け止めていた。
ここだ。
『――は?』
魔力障壁の内側に、何かが浮かんでいる。レーザードローンだ。先程まで離れた位置で射撃を仕掛けていたそれを、高速機動のどさくさに紛れて一基回収していた。
魔力障壁の展開の仕方が、こちらの高速斬撃に対応する為にか、広い間合い張られるようになっていたからだ。
その内側に向かってドローンを再射出した。防御できない間合いの内側。そこからレーザーが射出される。剣を振るおうとしていたウィルジエットの右腕の肘関節部。そこを正確に撃ち抜いている。魔力障壁で受け止められた斬撃を支点にしながらスラスターを吹かして機体をその場で高速旋回させる。
形態を変化させて白兵戦形態へと戻し、直上から両手のプラズマトーチを以って斬り込んでいく。
『う、おおおおっ!?』
『お、おのれがあぁッ!』
マインラートとヴィルムの咆哮。ヴィルジエットの頭部が。手足が。装甲が。
プラズマトーチの直撃を食らって宙に舞った。地面に向かって直滑降に飛翔する。飛翔しながら切り刻む。咄嗟に重要部位――コクピットのある位置だけは咄嗟に魔力障壁で防御したようだが、それだけだ。他の場所への展開が間に合わず、近接戦の攻防は片手では追いつかず。末端部から良いように切り刻まれる。
切り刻まれながらもヴィルムは背後に魔法陣を展開させていた。
『よくも! よくも我に対してこのような――!』
「確か、呪い返し、でしたっけ。焦った構築で直接の呪いの干渉だなんて、攻性防壁の的ですよ」
『ぐッ、ぎ、いぃいあああっ!?』
『ヴぃ、ヴィルム様……貴様ら、何を――!?』
焦って仕掛けたことで守りが疎かになったか。エステルの攻性防壁に引っかかったのだろう。ヴィルムの絶叫と共に、ヴィルジエットの全身から火花が散って、胴体が打ち上げられた魚のようにのたうつ。
「終わりだな」
両腕のプラズマトーチを交差させるように。ヴィルジエットの腰のあたりを両断しながら突き抜ける。アルタイルの背後の空間に、ヴィルジエットのバラバラになった機体が残される。
迫ってくる地面。直角に折れ曲がるように飛翔する。少し遅れて。切り刻まれたヴィルジエットが地面に落ちてきた。




