第41話 白銀の騎士
こいつは――挑発に乗った振りなのかまでは分からないが、戦術を忘れる程に激昂はしていないな。盾を叩きつけるように前に翳しながら、剣を振りかぶって間合いを詰めてくる。
魔力を込めた大盾によるシールドバッシュ。こちらもスラスターを吹かして僅かに軸をずらして突っ込む。奴の盾とこちらの展開するシールドとがぶつかり合うが――正面からぶつかり合う位置取りとベクトルではない。
干渉の影響で、こちらの展開しているシールド表面と盾とが火花を散らし、反発しながらすり抜ける。こちらにとっては予想した通りであり、奴にとっては想定外の挙動。
間合いの内側。盾が役に立たない位置へと踏み込みながらも、咄嗟に振ってくる剣にプラズマトーチの斬撃を合わせる。
魔力障壁の展開は間に合わない。まず剣を持つ腕が切り落とされて宙を舞った。返す刀とばかりに振りかぶれば、そこから距離を取ろうとするように後ろに下がり、こちらは間合いを詰めるように追随する。
振りかぶってからの打ち下ろしの右の斬撃。そちらに意識を集中させながらも、しかし俺の本命は左――まだ展開していないもう一本のプラズマトーチだ。
至近。展開と同時に意識の外からの刺突を繰り出す。人間でいうところの、脇腹から胸へと光の刃が装甲の内側へと突き抜ける。
悲鳴すら上がらない。コクピットの少し上部。装甲の隙間から差し込まれたそれは、内部にいる乗り手を高熱の余波で既に絶命させている。少し遅れてようやく魔力障壁が右のトーチを防ぐような位置に現れ、すぐに消失する。
他の敵からは背中側しか見えていない。何がどうなったかも悟らせないままに、俺は敵機体の腹部に手を添えてスラスターを吹かして残敵の集団に向かって突撃する。
『な――』
脱力した味方の機体が背中を向けたまま迫って来たような形だ。迎撃するか回避するか。判断に迷ったのだろう。
対応するなら即座にその場から離脱するか、威力の高い技で諸共に吹き飛ばすかだったろうが、なまじ防御面に自信があるからか、盾で受けて弾こうとする。中途半端な――よく言えば仲間の機体を傷つけないような――対応を見せた。
そのまま左手に展開したプラズマトーチの出力を上げて目視できない位置から刺し貫いた機体ごと振り抜く。盾で払うような仕草を見せたままで、斜めに胴体が切り裂かれた機体が崩れ落ちていった。
赤熱した斬撃の軌跡が装甲表面に刻まれ、内部を焼き払う。いずれも魔力の集中している剣や盾を避け、魔力障壁を展開する間も与えなかった。敵機体の装甲の純粋な強度ではプラズマトーチを防ぐことはできない。
「残り2機」
切り裂いた機体の影から飛び出すように打ち掛かる。
『何だ、この速度、は――!?』
しかし、こちらの斬撃は魔力を纏った剣で受け止められていた。干渉波が生じて凄まじい火花が散る。至近から盾で殴りつけるような動きを見せるも、こちらももう一方のプラズマトーチを噴出させて浴びせ、干渉波で押し留める。
『動きを止めた! やれ!』
俺を止めた男はそう叫ぶが、こちらも本命は斬りかかった方ではない。
機体の影に隠すように低く。2基のレーザードローンを射出していた。残った2機の最後の1機の背後に既に回り込んでいた。敵は片方が俺の動きを抑え、片方が側面から切り込んで仕留めようという狙いだった。
練度が高いのだろう。数的優位を活かそうとする動きを見せていたが、こちらの動きと性能を見ることに意識が取られて、エステルが制御しているレーザードローンまでは意識の外だ。
「そこです」
狙いは魔力障壁を展開していない背面。ソフィアの残した装甲の亀裂からコクピットへと突き抜けるような角度を精密に撃ち抜いていた。
『何だ、あれは……!?』
脱力して崩れ落ちる機体。残った1機の動きに動揺が走ったのが見られた。レーザードローンはこれみよがしに小型スラスターの光の軌跡を空中に残して、背後へと回り込むように動く。当然、仲間がどうやってやられたか見ていただろうから、注意はそちらにも向けなければならない。
意識の間隙。それを突くように干渉波での鍔迫り合いを成立させていたプラズマトーチの出力を切る。ソフィア戦で見せた時と同様の戦術だ。
オンオフが可能なエネルギーのブレードは、必要に応じて突然消失させることができる。こちらにとっては当然ながら次の動きが予期できて、敵にとっては予想外の挙動となる。
圧力が消失してたたらを踏み、無様に剣が宙を切る。アルタイルの姿勢を低くさせながらも間合いの内側へと踏み込ませていた。
状況の変化に対し、奴の意識の切り替えは間に合わない。背面に魔力障壁を展開してレーザードローンへの防御を行ったようだが、アルタイル本体の動きに対応できない。
左右のプラズマトーチを噴出させて、縦横に振るい、敵機体の手足、頭部を一気に切り裂く。脚部に纏うシールドの出力を上げて、残った胴体を下から打ち上げるように蹴り飛ばした。
『ぐはっ!?』
頭部と四肢を失ったまま敵機体が、宙を舞う。その時にはアルタイルも空中へと飛び上がっていた。
打ち上げた敵機体に追いつく。腕部に纏うシールドの出力を上げ、コクピットの位置にシールドを叩きつける。
魔力障壁を展開しようとしたようだがそれよりも早く高出力のシールドを纏った掌底が装甲にめり込んでいた。めきめきと軋むような音。衝撃と共に敵機体の胸部装甲がひしゃげて歪む。
「っ!」
打ち下ろしと同時に、回避行動に移っていた。遠くから白光が奔ってこちらを狙撃してきたからだ。少し離れた位置に控えている、大きな反応。あれが動いた。
止めに入ったが、間に合わなかったか。それとも飛び上がったのに合わせて仲間を巻き込む心配がないと射撃を叩き込んだか。
二度、三度と放たれる光芒を空中で回避しつつ、俺はそのまま、スラスターを吹かしてそちらに向かって突き進んだ。
「最後の一機……。また少し毛色が違うようだが」
「今までの機体よりもかなり魔力が大きいようです。注意してください」
「ああ」
それを視界に入れながらも降下する。先程まで戦っていた機体と同様。騎士を彷彿とさせるデザインだ。大きさも先程の騎士と同じぐらい。
しかし先程の重厚な印象の機体や鉤爪とはまた違う。白銀の流線形の姿。少し細身で機動力は高そうだ。流麗な印象の剣とカイトシールド……というのか、中型の盾を装備している。盾には何かの紋章が刻印されているようだが。
俺はそいつから少し離れたところに着地し、焼け焦げた森の中でそれと対峙する。
互いに動きを見せない。戦意で張り詰めた空気が、互いの機体の立てる二種の駆動音で揺れる。
『ああもあっさりと部下を打ち破るとはな……。支援が間に合わんとは』
「精霊を狙って襲撃を仕掛けていたようだが、当てが外れたな」
部隊の指揮官と見て少し探りを入れる。
『確かに、このような損害を出すとは思ってもみなかった。精霊の確保もだが、新型の実戦データを取れると思っていたのだがな』
指揮官の割に後方で見ていたのはそのためか。本来ならエルフ達だけを想定した制圧戦。苦戦など考えられないと。
『だがな。我とマインラートのヴィルジエットを雑兵と同じに考えないことだ』
落ち着いた女の声。二人乗り――というわけではなさそうだ。
「マスター。あの機体。精霊が組み込まれているのは間違いなさそうですが、他のもののように眠っていません。恐らく、今の声は契約精霊か何かの類かと」
「精霊騎士か」
『精霊などと同列に見られるのは心外よな。我は城塞都市ヴィルジタリアを守護する神、ヴィルムの分霊。お前のような由緒も知れぬ雑多な精霊とは違う』
『そういうことだ。神霊を降ろしたアストラルナイトを他の者達と同じに見ぬことだな』
城塞都市の守護精霊――いや、こいつらの言葉を借りるなら神霊か。
人間達の城塞都市。その都市を守護するような立ち位置の、信仰を集めるような存在。それを宿していると。
「精霊に対して神霊ですか。……精霊を狩りに出向く辺り、仲間意識があるというわけでもないのですね」
「敵対している民族の信仰対象ならそういうこともある、か。もっとも、話に聞いている限り隣国の侵攻対象に期待なんてしてはいなかったがな。何せ、こんな方法で他種族から略奪するのを良しとしているような神だ」
「私達としても敬う必要がないから気が楽でいいですね」
ああ。気兼ねなく叩き潰せるというものだ。
エステルと共にそう言うと、ヴィルジエットの纏っている魔力が揺らぐ。少しの間を置いて声が響いた。
『……どこの蛮族と雑霊かは知らぬが、不敬よな。マインラート。彼奴らの首を撥ねて我に捧げよ』
『御意』
ヴィルジエットが僅かに腰を落として剣を構える。その刃が青白く光って火花が散る。アルタイルも右手からプラズマトーチを伸ばし、こちらも静かに立つ。
静寂。焼け焦げた森に、他の者はいない。他者を巻き込む心配なく戦える。
次の瞬間。ヴィルジエットが背中から煌めく光を噴出させながら、凄まじい加速を見せながらも間合いを詰めてきた。こちらもスラスターを吹かして突っ込み、正面から互いの斬撃をぶつける。
斬れないし、斬られない。強固な魔力がプラズマトーチに干渉して、凄まじい火花を散らした。お互いの武器が弾かれたその瞬間には双方ともが切り返しを見舞っている。剣戟。ぶつかり合う度に周囲を青白く照らす火花が生じる。
その剣戟の中でカイトシールドの陰――見えない位置にあった掌がこちらに向けられた。瞬間、細く絞られたレーザーのような閃光が奔ってアルタイルの胸部を狙ってくる。それをもう一方の手から噴出させたプラズマトーチで弾いていた。
魔力に対して干渉するなら、プラズマトーチを防御的にも使える。
魔力の煌めきが奴の剣に宿ると、そこから地を這う光の斬撃を放ってくる。燃え落ちた木々の残骸ごと地面を切り裂いて走るそれを、側面のスラスターを噴射し、横方向への急制動で回避。反撃。斜め上方のレーザードローンの射撃と、プラズマトーチの刺突による同時攻撃だ。
『それは先の戦いで見させてもらった』
マインラートの声と共にドローンの射撃は魔力障壁で弾かれていた。先度剣とぶつかり合う。焼け落ちた森を、スラスターを吹かしながら並走。高速で動き回りながら刃を叩きつけ合う。
『雑霊如きが』
神霊の声と共に、攻防の中でヴィルジエットがこちらに掌を向け――何かそこから光の波のようなものが広がる、が。こちらに届く前に光の波はガラスが割れるように弾けた。
「ハッキング――恐らく呪術の類ですかね? 何かの干渉をしてこようとしました」
呪術、か。
「……エステル。リアルタイムの高熱制御はもういいぞ。ここからは好き放題やって良い」
「良いんですか?」
「ああ。巻き込んで困るような相手も周囲にいないしな」
「では――」
エステルは頷いて微笑むと、俺の背後に浮かんだまま、周囲に仮想コンソールを展開する。さて。では始めよう。




