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第39話 黒翼降臨

 螺旋渦巻く豪火は更に勢いを増して、凄まじい熱風を結界の中に吹き荒らさせた。術の維持時間が、この規模のものとしては異常なまでに長い。


 いつ果てることもないと思われた火炎旋風であったが、それでも終わりは来る。がくん、と、ライヒルが膝を突く。杖で身体を支えるが、荒い息をついていた。

 精霊術と、人間達の魔法の違いは、外部に力を借りるかそうでないかだ。一気に自らの魔力を放出し、それを現象に変えて叩きつけるのが人間達の魔法。

 瞬間的な破壊力は引き出せるし場所も場面も選ばないが、その分威力の高いものは消耗も大きい。長老ライヒルをして、継続的な大魔法の発動は一気に魔力を消耗してしまう。ましてや、規模の大きな術の二重発動ともなれば。


『く――』


 爆炎が急速に収まっていき、結界がガラスの割れるような音と共に砕け散る。


『まさか、エルフが炎の大魔法とはな』

『不意を突かれちまった。くくく、中々やるじゃねえか』


 黒煙の立ち込める中から、声が響く。風が渦を巻いて煙を四方に散らすと、その中から先程と変わらないアストラルナイト達の姿が現れた。


「無傷……とは」

「……あ、あれで生きているのか……」


 荒い息をつくライヒルが眉を顰め、エルフの戦士達が声を漏らす。


『いやぁ? まともに食らったら危なかったかもなあ』

『魔法障壁もあったが、俺達のアストラルナイトは風属性が基本でよ。上手く使えば高熱は遮断できるんだよ。こんな風にな』


 黒いアストラルナイトが掌を上に向けるように翳せば、その手中に風の渦が巻く。さして力を込めたとも思えないその術の名はエアリアルスフィア。

 本来拳大のはずのそれは、巨人の規模に合わせたサイズになっていた。生身で魔法を使うよりも遥かに凶悪な殺傷力を有している。


 それを、無造作にライヒルに向け――。


「やめ――ッ」

『食らいな』


 シルティナの悲鳴に似た声が上がり、無慈悲に暴風の弾丸が放たれる。ライヒルはそれでも魔法障壁を展開する。防ぐには不十分だ。暴風に巻き上げられる木切れのように、ライヒルの身体が高く吹きあげられ、手足を、身体を切り裂かれながらゆっくりと地面に落ちていく。


「ライヒル様!」

「ライヒル……!」


 シルティナの叫びに反応するように、精霊――メイアが力を行使する。水がクッションのようになって地面への激突こそ防いだ。しかし、その力も維持できない。すぐに水が弾けてライヒルの身体は地面に投げ出される。致命傷ではないが、全身に切り傷を負って血まみれになっていた。


 暴風を受けたライヒルの生死には頓着もせずアストラルナイトが言う。


『見せしめだ。適当に殺せ』

『だとよ? ま、逆らったんだから仕方ねえな』

『さっき声を上げた女は殺すなよ。目を付けてたんだ』

『はっ。どうせてめえに亜人の女なんぞ預けたら、遊び殺しちまうんだろうに』


 そんな軽口を言い合いながら、エルフ達に向けて構えるアストラルナイト達。その鉤爪に、先程と同じような風の渦が巻く。


 シルティナはアリアとノーラを庇うようにその身体を抱きしめ――。アストラルナイト達は鉤爪を前に翳して一斉に風の弾丸を放つ。


 シルティナ達は来るであろう衝撃に備えて目を閉じ、身体を縮こませる。


 轟音が響き衝撃が爆ぜる。


 しかし。


 攻撃は、届かなかった。シルティナも、ノーラもアリアも。周囲にいた者達に至るまで。誰一人として傷を負っていない。風の弾丸は、確かに放たれたというのに。


 笑っていた。満身創痍で地面に転がりながらも、ライヒルは笑っていた。通信機でやりとりをしていたシルティナから報告を受けていたのだ。乗り物をあと少しで動かせるようになると。そうなれば本当にすぐに駆け付けることができる、と。


 だから、自分のすべきことは最初から時間稼ぎで良い。その間、氏族の皆や、精霊達が傷つかなければ。それでいい。魔法を放っている時には強い精霊がものすごい速度で接近してくるのを感じていた。

だから自分はすべきことを成した。守るべき者を守り、長老としての役割を全うできたのだ。


『なん、だ?』

『アストラルナイト……か?』


 鉤爪達から戸惑いの声が上がる。


 シルティナが顔を上げる。

 黒い片翼の翼。大きな背中。その表面を走る赤色の光のライン。そして、自分達の周囲を守るように赤い光の煌めきが壁のように広がっている。

 新手。一瞬そんな考えが頭を過ぎる。しかし、それは違う、とすぐに考えを改めた。だって、鉤爪達のような、不穏な精霊の気配を感じない。それどころか、もっと優しくて不思議な……知っている精霊の気配があった。


『悪いな。少し遅くなった』


 その、声。その声は。シルティナが目を見開き、声を上げた。


「ソーマさん!」

『私もいますよ』

「エステルさま!」


 エステルの声。その声にアリアとノーラの表情が明るいものとなった。




 ……ぎりぎりだった。弾丸の間に割って入ってシールドで庇った形だ。


『ソーマ殿。彼らの守りは私めが。後顧は気にせずに存分に戦って下され』

『長老殿の治療も任せて下さい』


 そう言って、集落の中に降り立ったアルタイルの肩から、ハーヴェイと幽霊神官のメアリが地面にふわりと降りる。二人も力になれるからと魔道具を装備してここまで同行してくれた形だ。

ハーヴェイが結界を展開し、メアリがライヒルのところに飛んでいく。


 視線は前方の鉤爪を備えた機体に向けたままで、エステルに尋ねる。


「……さて。シルティナの情報だと精霊の力を抑えるって話だったが……エステル。行動に支障はあるか?」

「こんな単純なハッキングが、私に通用するはずもありません」

「なら良い」


 阻害効果のようなものはあるが、それはエステルに通用するものではないらしい。


「武装はプラズマトーチの使用を推奨します。高熱が余計なものに向かって火災が起こらないよう、ハッキングで干渉して周囲の熱を制御します。ですが、一点だけ問題が」


 エステルは脳内でそれらの情報を伝えてくれる。

 そうか。エステルと共に、ハーヴェイとメアリが皆を守ってくれているという状況。ならば、俺も遠慮せずにやれるというものだ。


『何者だ、貴様。見たことのないアストラルナイトだが……どこの勢力のものだ? アンデッドを連れている……死霊術師か?』

「……答える意味を感じないな」


 現状、俺の中では海賊やらテロリスト、強盗と同義だ。ヴァルカランとの関係性を考えるなら緩衝地帯に住む公認された他民族に、宣誓無しに略奪目的の武力攻撃を行うような奴らということになる。

しかも明らかに対人を想定した以上の兵器を使ってだ。名乗ってやるような価値も、生かして捕らえてやる義理もない。


 エルフ達ともヴァルカランとも現地での協力関係を結んでいる俺としては、軍人としての立場から話をしてやる意味を感じない。そもそも、その肩書きだって今は意味のないものだから、そういう軍人としての規範を前提に考えるのも、無意味なのかも知れないが。


『隊長。あいつの機体、見たことのないものですが、随分と破損してるようですぜ』

『……のようだな』


 その口調には、嘲るような色が混ざっていた。

 そうだな。アルタイルの装甲は一部溶融したり罅が入ったり外れたりしていて、所々装甲下部のフレームや構造部が剥き出しになっている。片翼も吹っ飛んだまま欠けている。

 武装も解体して修復用の資材にしてしまっているか、そうでないものは修復途中であったために爆散の危険があり、大火力のものは持ってこられなかった。ASFを知らなくても、アルタイルが修復中だったというのは今の状態を見れば分かるだろう。


「ああ。一応言っておく。今すぐ機体から降りて投降するなら命だけは助けてやる」。

『くく……笑える冗談だな。その状態で我らとやり合う気か?』

『手前こそ、そいつから降りて降伏すりゃ、命ぐらいは助けてやるぞ』

「警告はしたぞ」


 軍人としての規範から離れて、個人的な感情を口にするなら……これ以上ないほどに頭に来ている。この集落の美しい風景も、そこに住んでいる穏やかな人達も精霊も。本当に気に入っていたのに。


「よくもまあ……好き放題荒らして回ってくれたな」


 ドン、と地面を割り砕いて空に飛び立ち、背後の結界に影響を与えない位置からスラスターを吹かして空中から軌道を変えて強襲する。


 ガギンと音が鳴った。

 主砲発射時に機体を地面に固定する脚部のクローで、鉤爪の肩をすれ違いざまに挟み込んだ。空中を一回転し、かっさらいながら一度前方の地面に叩きつける。


『ぐはッ!?』


 魔法障壁に関しては常時展開しているわけではないようだ。そして、衝撃を与えれば魔法を行使するための思考も阻害される。空中へ諸共に舞い上がる。

 集落の上空。森の高空へ。猛禽が獲物をかっさらうが如く、遥か空へと連れ去っている。ここから魔力障壁を展開して振りほどいても落下するだけだ。


「最低一機は物理的に破壊して構造を調べる、だったな? 地面に叩きつけてみるか。耐衝撃性能の底が知れた」


 精霊を内部に取り込んでいるのではないかと、ここに来るまでにシルティナから情報を貰っている。プラズマトーチで切り裂く前に、構造を知っておく必要がある。


「でしょうね。スキャンしてみましたが、まあ物理的には耐えられない程度の素材と構造かと」

『や、やめ……! ひっ! うっ、おおおおぉぉおあああッ!?』


 何をしようとしているのか察して悲鳴を上げるが、構わずにスラスターを吹かして飛ぶ。


『馬鹿な!? 何だあの動きは!?』

『くそッ! 撃て!』

『ぐおおおっ!?』


 地上から撃ち込まれる風の弾丸を戦闘機動で避ける。スラスターは動かないものも多いがコンディションは悪く最高速には程遠いが、爆散の危険はない。エステルが最適化をしてくれた関係で、俺は何も意識せずに飛ばすことができる。横Gをかける空中制動と抑え込んだ肩口とで掴んだ鉤爪の思考と挙動をかき乱し、反撃そのものをままならない状態にしたまま空中を飛翔。


 十分に加速したところで地面に向かって加速しながら突っ込んでいき、衝撃が大きくなるよう鈍角で地面に向かって叩き込む。少し開けた空間を目標に高速で。できるだけ衝撃が大きくなるような角度で思い切り投げつけながらも、こちらは鋭角に飛んで離脱する。


 激突の瞬間、光の壁を周囲に展開したのが見えた。見えたが、衝撃を殺し切ることはできなかったのか、鉤爪はぐしゃあっと、凄まじい音を響かせながら地面にめり込み、機体の四肢がもぎ取れ、胴体がひしゃげて散った。


「物理的な演算では、もっと破損するはずだったのですが……原型を残していますね。どうも、魔力によるシールドのようなものを纏っているようです」

「後で詳しく解析するならあれぐらいの破壊で丁度いいかもな」


 捕虜に取る必要も時間的な余裕もない。こいつらでなくてもソフィアが戦っている方だけでも一人ぐらい生かしておけば十分だ。


 構造も理解した。胸部に人間。その下に精霊の気配。閉じ込めているのか何なのかは知らないが、眠っているような気配だというのはシルティナから経由してハイン達の持ち帰った情報から聞いている。

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― 新着の感想 ―
ものすごい速度で移動したアルタイルの肩に乗ったハーヴェイとメアリ、アンデッドじゃなかったら耐えられなかったかも。 >その表面を走る緑色の光のライン。 第32話では 赤色の光のラインでしたが、修復して…
やっちゃえー!アルタイル!!(旗振り)
機械はSFの土俵
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