第38話 エルフの矜持
風の精霊の力を借りて負傷者を連れて行くエルフ達の気配を背後に感じながらも、ソフィアは巨人に向き合う。
『あれは……吸血鬼か?』
『……ヴァルカランの亡者……? こんな距離でも出やがるのか?』
『ヴァルカランの化け物が何故エルフを助ける……?』
空中で羽ばたき、動きを止めているソフィアの姿を見て、彼らはようやくソフィアが吸血鬼であることを認識したようだった。
ソフィアは巨人から響いてくる声には答えず、静かにそれを見る。
生命の気配を感じていた。巨人の胸――分厚い金属の装甲の向こう側だ。
その、中にいるであろう生命の足下。まるで踏みつけにしているかのような位置に、眠ったままで力を行使している精霊の気配を感じる。
「そう……。またそういうものを作ったのね。貴方達は」
俯くソフィアの表情はヴェールに隠れて翳る。その四肢から黒い火花が散って。
次の瞬間。凄まじい轟音と火花が響いた。目を見開いたソフィアが何かを投擲していたのだ。
その動作もそれの飛来も、視認できた者はその場にはいない。赤い結晶。螺旋を描く槍が、巨人の胸に突き刺さり、魔法障壁と装甲を食い破ろうと回転しながら火花を散らす。
『う、ぐおおおぁっ!?』
巨人を駆る人間が、困惑と混乱に悲鳴を上げる。障壁に亀裂が走り――。
『お、おおおぁっ!?』
悲鳴を上げながら、巨大な剣を振るって螺旋の槍を払う。その回転の勢いに剣が巻き込まれることで体勢が崩れ、巨人が無様に転ぶ。一瞬遅れて障壁が破れ、あらぬ方向に槍が突き進んでいく。軌道上にある、黒焦げになった木々を抉るように弾き散らし、遥か彼方へと突き抜けていった。
転んだ巨人の胸の装甲に、螺旋の余波が細かな無数の傷となって刻まれている。個人が放つような術としては慄然とする破壊力だ。生身で食らえば粉々になっているだろう。巨人達は言葉もなくソフィアを見る。
「装甲の隙間から叩き込めば殺せるかしら?」
両腕に結晶剣を作り出し、ソフィアは笑う。
一瞬遅れてぶれるような速度で飛翔し、そのまま打ち掛かる。凄まじい速度で飛来するソフィアに、巨人は魔法障壁を纏った盾を叩きつけるように動いた。火花が散って後方に弾かれたソフィアの身体は一旦高空に舞い上がり、月を背に錐揉み飛行で再び迫る。巨人達の中心に飛び込んだかと思えば、逆さまになった姿勢のまま横薙ぎの一閃を放つ。
放射状に放たれた赤い斬撃が巨人達の構える剣に、盾に、強烈な衝撃を走らせる。
『ぐっ!』
『化物が……! アストラルナイト相手にこれか……!』
『落ち着け! エルフ達用の対策ではなく、ヴァルカランの亡者との遭遇戦用に切り替えろ! 結界を展開して機動力を封じるのだ!』
指揮官らしき男の声に、巨人――アストラルナイトを駆る者達の動きが変わる。大きく跳び退り、剣を眼前に立てるように構えたかと思えば、円筒状の光の壁が周囲に展開する。
炎の精霊の気配が消え、光の精霊の気配がアストラルナイトから放出され始めていた。
後方――ルヴィエラが雨を降らせているエリアまでは結界は届いていない。ならばこのまま戦い続ければ良い。が、優位性を確保したと思ったか、それとも心理的な駆け引きの一環か。指揮官が声を響かせる。
『くく……。貴様はエルフ達を守っていたようだが、我らはエルフの戦士達の注意を引きつけ、時間を稼ぐ役割だ。今頃隠密性に優れたアストラルナイトを駆る別動隊が、エルフ達の里に到着している頃だぞ?』
「小賢しいわね」
指揮官の言葉に、ソフィアは不快げに眉を顰めると、その身体の周りに暗黒が渦を巻く。陽光への対策は、そのまま光の魔法や光精霊への対策にも転用できるものだった。
陽動部隊と交戦していたエルフ達の戦士は、集落に戻ってきていた。泉の周囲で手当てを受けながらも、ソフィアが時間を稼いでいる内に脱出を、という話をしていた戦士達であったが、まだ、動けない。重い傷を負った戦士もいる。
手当を済ませなければ命に関わるし、精霊も……移住させることはできるが、精霊の依り代や、移住する先――泉の精霊なら新たな泉のような水辺といった代替地は必要なのだ。それらの作業を進めていたから、まだ集落を捨てて逃げるという段階には至っていない。
慌ただしくエルフ達が動いていたところに、悲鳴が上がった。それは突然蔦の壁を、腕に装備した鉤爪で切り裂き、巨人達がエルフ達の集落に飛び込んできたのだ。
「あいつら――まだ……」
「さっきの連中と形が違う……。別動隊か……!」
そう。別動隊はエルフの集落に到着していた。猫背で細身の黒いアストラルナイトは一回り程小柄で、纏う精霊の気配が薄い。
隠密性に優れている別動隊。正面の連中は派手に暴れる陽動役。エルフ達も視認してやっとそれを意識できた。
事ここに至って尚、巨人の周囲では小さな精霊達の動きが鈍くなる。アストラルナイト達は精霊による妨害も効いていないようで、背後から光を噴出させながら、飛行とも跳躍ともつかない動きで高所に飛び移る。
『お。見つけたぜ』
周囲を見回すと、泉にいるエルフ達を視認したのだろう。そちらに向き直りながら声を上げる。エルフ達は姿を隠していたはずだ。つまり、精霊術の偽装すら見破っているということ。鉤爪の巨人は高所から飛び降りてきた。
悲鳴が上がる。シルティナも、アストラルナイトの中の一体と、目が合ったような気がした。
精霊達の目を誤魔化し、警戒させることなくここまで進んできた。だから姿を隠す精霊術も無効化されているのだろう。連中はそういう技術を持っている。
巨人――アストラルナイト相手では人間用の罠は役に立たず、鳴子も森で戦っている部隊との戦闘の余波で、意味をなさなくなってしまった。
ソフィアが割って入ってくれなければ、戦士達も戻って来られなかったから集落側への襲撃を知ることもできなかっただろう。そもそも、あの状況で追撃されていたら秩序だった撤退すらできなかった。
逃げる準備も、戻って来た戦士達の手当も間に合っていない。加えて、あの立体的な動き。空中で軌道を変える機動性。装甲や重量は先程の巨人達に劣るが機動力と隠密性に優れていると思われた。
「くっ……。だが、まだ、我らは――」
そう言って武器を手に立ち上がる戦士達。それを遠くから目にした黒いアストラルナイトが声を上げる。下卑た声が、エルフ達の集落に響いた。
『おいおい。戦士達は自分達に任せろだとか言っておいて、あんなに生きてるじゃねえか』
『副長も口の割に大したことがねえな』
『分かってると思うが、ここで炎は使うなよ。強そうな精霊が弱まったら困る』
そんな、会話が交わされる。
『で、エルフ共は?』
『逆らうなら適当に殺してもいいとよ。だが、まとまった数は残しとけって話だ』
『どうせヴァルカランと我らに挟まれているのだ。こいつらはろくな行き場もない。適度に生かしておけばまた精霊を育ててくれるだろうというお達しだ』
『はっ。そりゃいい。適当に何度か間引いてれば、その内俺達に逆らう気もなくなって精霊の牧場代わりになってくれるってわけか』
『ついでに女も攫っていこうぜ。さっき上玉が上から見えたんだが、どこだったかな』
そう言って哄笑を上げる巨人達。シルティナはアリアとノーラを守るために身を小さくしていたが、守っているはずの二人が逆にシルティナを庇うように、震えながらその顔を隠すように抱き着いてくる。
シルティナも二人を守るため、覆うように抱き返して身体の影に隠した。
その時だ。一人、泉の周囲にいるエルフ達を守るように立ち塞がる者がいた。長老、ライヒルだ。
「長老! なりません!」
「あなた……!」
ハインとマデリエネがその行動を止めようと声を上げるが、ライヒルは杖を手に肩越しに振り返って笑う。
「いいや。ハイン達は十分に戦った。休んでいるといい。フラリアも、メイアも……あれらに近付かないように。精霊の力が抑えられてしまうようだし、どうも目的はフラリア達のようだからね」
「ライヒル……」
フラリアは巨木に宿る精霊の名。メイアは泉の精霊の名だ。そう呼ばれた二人の高位精霊は泣き出しそうな顔でライヒルを見るが、ライヒルは彼がいつもするように、穏やかなで静かな笑みを返すとアストラルナイトに向き直り、悠然と歩を進める。
「私の名は、ライヒル。ヴァイネスの氏族を預かる者だ。長老の役割をしている」
声を響かせる。アストラルナイト達は動かない。精霊術が役に立たない以上、エルフなど生身の人間と大差がないと、侮っているのだ。事実、その認識は正しい。
『へえ。で? その長老様が俺達に何の御用で?』
「宝物を渡すから、仲間達に手出しをするのは止めてはもらえないだろうか。人間族から見ても価値のあるものだと思うのだが」
言われた者達は、一瞬目配せをし合うように互いの顔を見る。
『そんなもんは手前を殺して奪えば済む話だろうが』
「隠してあるから他の者は場所を知らない。手出ししないと約束してくれるなら、渡そう。報告せずに自分達のものにすればいい」
『……まあ、良いだろう。戦利品という扱いなら功績にもなる。だが、そこの精霊達も貰っていくぞ』
一人。他の者達の行動を制御している部隊長のような存在がいるらしい。粗野で下卑た言動の中で、多少理性的で交渉できそうな雰囲気はある。こちらの命は何とも思っていないようではあるが。
「精霊を――? 何のために?」
『それはお前達が知る必要のないことだ』
そう答えるが、ライヒルは何となく察しがついていた。眠ったまま力を大きく引き出されているような、これまで感じたことのない精霊の反応。あの巨人は、恐らく精霊を利用した何か。
そう、利用だ。自分達のような願いと協力であるとか、精霊騎士と契約精霊のような信頼や絆に基づくものですらない。
エルフ達でも金品でもなく、集落にいる精霊を目的としてやってきたことであるとか、先程の牧場にするだとかいう発言であるとか、森を焼く陽動まで行うような大規模な作戦も、この精霊を利用して巨人達を動かす、その資源を確保するために行っているものだと、そうライヒルは察していた。
『大人しくその精霊共と、宝物とやらを渡すのなら、お前達に危害を加えないと約束してやる』
口約束だ。先程の言動から考えても守るという保障すらない。信じられるのであればヴァイネス氏族は住む土地を変えていないし、彼らも攻め込んでくるような事はしなかっただろう。
いや、そもそも、約束を守る守らないという以前に――。
「――残念だが、やはりお断りしよう」
ライヒルが言うと、杖の石突を地面に叩きつける。眩い輝きがアストラルナイト達を包み、光の壁が立ち昇った。
『な――』
『結界だと……!?』
精霊術ではなく、人間達の使う魔法と同じもの。減衰はされない。交渉を持ちかけたのも、密かに魔力を練り上げ、術を行使する準備のための時間稼ぎだ。
「精霊達も我らの仲間だ。幼少の頃から一緒に育ってきた、家族であり、友人。それが目的だというのなら、話し合いの余地はない」
エルフ達にとっては精霊をよこせというのは同胞を守るために同胞を引き渡せというような、破綻した話なのだ。約束以前の問題として、論外である。
『笑わせる』
『こんなもんで俺達を閉じ込めたつもりか?』
アストラルナイトは鉤爪を構えるが、ライヒルの動きの方が早い。
「赤き大渦よ。焼き尽くせ! ブレイズストーム!」
杖を眼前に構えれば足元に魔法陣が広がり、凄まじい炎が螺旋を描く旋風となって結界の内部に荒れ狂った。
金属質の装甲だ。内部に人間がいるのなら、高熱を浴びせるのは有効かも知れない。少なくとも、ライヒルの知る術の中で効果があると思えるのはそれぐらいのものだ。
だが、不意を衝いた。アストラルナイト達はその攻撃を精霊術のように減衰させることができない。エルフの長老から集落の中で炎の魔法を受けるということも、彼らの中の誰も予想もできていなかった。
「おおおっ!」
ライヒルは目を見開き、声を上げる。術を維持し、持てる力を放出し続け、渦巻く豪炎はいつ果てるともなく噴き上がり続けた。
人間の、熟練の魔術師でも結界を張りながらこれほどの術を行使できるものはそういない。同族のエルフ達ですら、ライヒルが高度な人間族の魔法についての知識があると思っている者はいなかった。だが、これならば連中に届く。




