第35話 ハインからの連絡
「これで、断絶者を探しに行くこともできるわね。もっとも、国外で命を落とした場合はヴァルカランに回帰で戻されてしまうのでしょうけれど」
「仮の話でありますが、他国で戦った場合は、国内のような戦術は使えないでしょうな」
「普通のアンデッドと同様の対処をされるのでしょうね。まあ、その予定もないけれど。ソーマの作った魔道具を悪用して、血で汚すような真似はしないわ」
ソフィアの返答に騎士達も頷く。……ソフィア達は義理堅いことだな。俺達の解析と提供した術を、戦いの火種にするつもりはない、ということなのだろう。
「そういう方針でいてくれるのは、感謝するよ」
「ソーマは……平和を目指して戦っていたみたいだものね。私達だって、生前はそれを渇望していたから」
戦わなければならない時がある。けじめを付けなければいけない相手がいるのだとしても、方法は戦争ではない、ということなのだろう。
ともあれ、憎悪と封鎖に対してはきちんと機能するということが分かった。後は――アルタイルの修復が進んでからということになるか。
そして俺とエステルはそのままソフィア達と共に城へと戻る。
ソフィアは城に到着するなりと、将兵達に召集をかけていた。
大広間に騎士、兵士達、魔術師達を集め、居並ぶ面々が注目を集める中で壇上に立って演説をする。
「さて。皆も耳にしていると思うけれど、ヴァルカランでは今、賓客を迎えている。改めて紹介するわ。別の世界からやってきた戦士ソーマとその守護精霊エステルよ」
ソフィアが手を差し伸べるようにして俺達の方を示し、俺とエステルは居並ぶ将兵達に一礼する。
「二人は私達に対して理解を示し、呪いに対抗するための魔道具を作る手伝いをしてくれたわ」
そう言ってソフィアは俺達と交わした約束の内容と、ここまでの経緯を口にする。呪いを解く手伝いをする代わりに、元の世界に帰るための情報を交換すること。アルタイル修復の手伝いをすること。そして呪いを分析して対抗策を講じたこと。
そこまで伝えて首飾りを掲げれば、彼らの視線がそこに集まった。
「彼らは約束を守ってくれた。魔道具は我らの心を蝕む憎悪を防ぎ、私達を閉じ込める国境の壁を取り払う術を作ってくれた。私達が滅ぶことのできない問題も……いずれは解決するでしょう。だから――恩人に報いるために、私も彼らに力を貸したいと思う。貴方達はどうかしら?」
ソフィアが問うと騎士団長を始め、亡霊騎士や兵士達が拳を掲げて声を上げる。びりびりと、広間が振動する程の声があがった。
ソフィアは満足そうに頷くと言葉を続ける。
「どうやら、気持ちは同じようね。ならば、彼らの誠意と友誼に報いるために、私達も力を尽くしましょう。呪いに蝕まれて以来、私達は初めて前に進む事ができるようになったのだから」
再び歓声が上がった。
アルタイルの修復を進めつつ、呪い対策の魔道具も作る。
騎士団と兵士、国民一丸となって様々な素材を集めて城に結集させること。かつて行われた断絶者の召喚について何か情報を持つ者は噂であれ城に来てそのことを伝えること。
ソフィアが居並ぶ面々にそう通達すると、集まった面々が慌ただしく動き出す。
城の者達やヴァルカランの国民達に今の言葉を伝えるために将兵達は走っていく。それを見届けた後にソフィアは俺達に向き直った。
「さて。今後の方針だけれど。私達は、貴方に全面的に協力しつつ、断絶者のことを調べようと思っているわ。断絶者召喚のことを調べるのは、貴方への協力にも繋がっているし」
「分かった。情報収集以外のところでも断絶者回りのことは任せる。俺達がそいつについて何か知った場合も、ソフィア達に知らせると約束する」
「感謝するわ」
ヴァルカランの面々が国外で活動できるようになったとして。気になるのはそれを知った時の断絶者の出方だろうか。
逃げるのか、事態の解決や調査に乗り出してくるのか。その辺は未知数だ。
人類の守護者を本気で自称しているのならヴァルカランの面々を調査するなり対抗するなりの理由で姿を見せるとは思うが……自称しているのが見せかけだけなら封鎖が機能していないと判明した時点で逃げ出すだろう。
と言っても、その断絶者の内心や人となりを俺は知らないしな。……敢えて異変を知らせるか、あくまで隠れて活動するか。そういった方針もソフィア達に任せておいた方が間違いないはずだ。
「朝までには色々な素材も集まってくると思うわ」
「分かった。修復に必要のない素材は魔道具作りに回せばいいんだな?」
「そうね。選別しておいてもらえると助かるわ」
ハーヴェイは魔道具の量産を模索し、俺達は修復を進める。あと数日はヴァルカランに滞在する予定だから、その間にできることをやっておくとしよう。
それから2日、3日と、夜になると届く素材を選別し、アルタイルを修復しているナノマシンに預けるという作業を続けた。選別といっても成分分析をして必要な原材料が含まれていればこっちが受け取り、必要のない素材はハーヴェイに預けるという流れだ。
魔道具の素材は、とりあえずある程度の強度が確保できて術が刻めるのであれば何でもいいということらしい。
外に出ていく予定がないから封鎖対策は一先ず置いておいて、精神を日々蝕んでいる憎悪対策はすぐにでも済ませてやりたいというのがソフィア達の意向であった。
一先ずヴァルカランの国民全てに魔道具を配給するのを目標に、効率良く配れるように計画を立てる会議等を行っているようだ。魔道具を作れる、魔法の心得がある者達を招集したり、窓を閉めて城の中を暗くし、昼間も話し合いをしたり伝達をしたり、結構慌ただしく動いている様子である。
「忙しそうですが――随分楽しそうにしていますね」
にこやかな表情で一礼して暗闇に消えていくゴーストを見送り、エステルも笑みを浮かべる。
「ずっと停滞してた。この先も、ずっと同じだと思っていた。だから、みんな活き活きしてる」
ルヴィエラがエステルの言葉に答えた。
「展望もなかったところに、いきなり前向きな目標ができたわけだからな」
「ふふ。そうですね。みんな楽しそうです」
ヴァルカラン滞在は最初どうなるか予想もつかなかったが、意外に賑やかですることも多く、充実した滞在になっているように思う。
ルヴィエラはアルタイルの見た目を気に入ったようで中庭で眺めたりしていたが、その内俺達のところにも姿を見せて、エステルに力の隠し方であるとか色々レクチャーもしてくれていたようだ。
昔は――何というか、話をすることで第8世代だとバレないよう、あまり積極的に俺以外との会話をしないようにしていたところがあるが、今はそんなことを気にする必要もない。エステルは元々話をすることが好きで好奇心も旺盛だったから、エルフの集落の皆や、泉の精霊や小さな精霊、ルヴィエラと……知り合いが増えて楽しそうにしている様子は見ていて俺としては喜ばしい光景である。
エルフの集落と言えば、毎朝シルティナ達とも朝の挨拶で近況報告もしているが――基本的には今のところ異常もない、ということではあった。
エステルとルヴィエラの話を横目に見つつ、日課のように集落に連絡を入れるとシルティナから『ハインさんがお話をしたいそうです』と、通信を変わってくれた。シルティナと入れ替わるようにハインが姿を見せる。
『朝になるとソーマ殿から連絡が入るということなのでな。話をしておきたいことがあって、こうして顔を出した』
「ああ。おはよう」
そう答えるとハインも頷いて朝の挨拶を返す。
『こちらについての近況報告をしておきたい。あの後も警戒しながら森周辺を探っているが人間族の侵入はなく、特に何も起こっていない。罠にかかった者もいない』
ハインが言う。森の異常――赤い霧についてはソフィアとルヴィエラが集落の位置を探るために行ったことだが、それはそれとして集落付近までやってきた人間族の手段が判明していない。そのために、ソフィアのことが解決してもエルフの集落は警戒度が高いままだ。
「異常はないってことか」
『今のところは、そうだな』
ハインは顎に手をやって思案している様子だった。その言葉には含みがある。
「何かあるのか?」
本当に何も無くて平穏であるなら、わざわざ連絡を取ってくる必要はないはずだ。
『いや、逆に静かすぎると思ってな。森の……人間族の集落側に向かうと、普段なら森に侵入した痕跡なりが見つかるのだが、新しい痕跡がここ数日見られない』
樵や狩人。山菜や薬草採取に来た者。無害な者達で言うとこんなところだ。エルフ達はそう言った者達には気付かれないよう森の奥から監視したり、新しい痕跡も発見したりするらしい。
エルフ達が目撃しなくても人間達が入り込めば精霊からの情報も得られる、はずだ。
「そういう普通入り込んでいるような連中もいない……と?」
『そうだ。人間族の集落に何かあったか。他に事情でもあるのか。それは分からないが』
なるほどな。それは確かに、見過ごせない異常か。
「分かった。こっちも動ける顔触れが増えたし、戻ったら俺達がそっちに調査に行ってみるっていうのはどうだ?」
『動ける者が増えた、というのは?』
「憎悪と封鎖の呪いに対策ができたんだ。まだ一部に限定的されるけれど、ヴァルカランの人達は憎悪や国土に縛られずに行動できるようになった」
簡潔にこちらの状況を伝えると、ハインの表情が珍しく固まる。
『そ、そうか……。いやまあ、彼らが、誇り高くて無闇に血を流すことを好まないということはシルティナからも聞いているから、問題はないのだろうが』
「ああ。俺とハイン達の経緯も知ってるから、集落の皆に対してはかなり好意的だったよ」
エルフ達には手出ししないことも約束してくれているし、その理由もないしな。
『それを聞いて安心した。しかし、昨日の今日で、何百年も続いていた問題がもう解決とはな』
「私の性質や技術体系と相性が良かったというのはあります」
ルヴィエラと話をしていたエステルが答える。呪いという情報体に対して、ナノレベルでの解析だからな。それに、アルタイルを解析や演算に使った時の能力は人力でできる計算やシミュレートの比ではない。
「といっても呪いが解けたわけじゃないし、対策できたのも一部だけだから、まだ課題は残っている。外に出られるのも、当分は上層部の一部だけだろうと思うから、偶発的な事故も起こらない。そこは安心してもらっていい」
『そう、か。だがまあ、憎悪が働かないというのなら、彼らとは話をしてみたいところではあるな。我らがこうやって平穏に暮らせているのは、彼らが長年に渡って魔族に対しての抑えになってくれていたからだ。彼らにとって不本意なことではあるだろうが、その奮戦の恩恵にあずかっていたのは紛れもない事実。森の所有権もそうだが、それらへの礼と、今まで誤解していたことへの謝罪も伝えたい。長老もそう仰っていた』
「ああ――。それは彼らも喜びそうだ」
立体映像の向こうにいるハインに、俺はソフィア達の反応を想像して少し笑って答える。
「夜にでもソフィア達にハインの言葉は伝えておくよ」
「もしかすると話の流れによっては帰る時にヴァルカランの人達も同行することになるかも知れませんね」
『分かった。こちらでも長老に状況を伝えておく』
ハインは苦笑してそう答える。そうして改めてシルティナ、アリア、ノーラとも言葉を交わして通信を終える。
「本当、一気に状況が変わった」
「ハイン殿の言葉には胸が熱くなってしまいましたぞ」
ルヴィエラが俺とハインのやり取りに頷きつつ感想を口にすると、ギルベルトも思うところがあるのか、静かに目を閉じて言う。アンナもこくこくと首を縦に振って同意を示していた。




