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第34話 花を愛でることも

 俺達はそのまま食堂と厨房に案内してもらい、ギルベルト達にも手伝ってもらって昨晩の猪の魔物の食材を使って料理を作った。

 俺とエステルだけで食うには多すぎるが、エルフの集落にもお土産として持って帰ってもいいだろう。


 香辛料を使って焼いた肉を山菜とパンで挟んだサンドイッチ。それから肉とキノコ、山菜のスープといったところだ。

サンドイッチは多めに作っておいて、作業の合間にも摘まませてもらうことにして、エステルやギルベルト達と料理を作る。


「こうやって、料理を作るなどというのは本当に久しいことですな。こちらでは魔物の解体はされても、食事のためというわけではありません。姫様の為の魔物の血液採取ぐらいはありますが」


 鍋を振りながらギルベルトが言うとアンナも食材を包丁で切りながらこくりと頷く。


「吸血鬼は魔物の血で足りるのですね」

「いやあ、姫様は最低最悪の味だと仰っていましたぞ。それでも、人の血を無闇に吸いたくないとぼやいています」


 それはまあ……大変なことだ。ヴァルカランには滅多に人は立ち入らないだろうが、それでもそこを「あり」にしてしまうと部下が憎悪だけでなく、ソフィアに献上することを目的に狩りをしてしまうからだろうな。


 それをソフィアは嫌っているから、魔物の血で済ませているんだろうな。




 そうして日中は得られたデータの解析をして対策用のプログラムを組み、それらを実際に運用した場合のシミュレートを行っていった。

不都合が生じるとしたらどんな状況にある時か。安全対策、安全マージンの確保はどうするか。


 例えば、封鎖と憎悪に対策した状態で国外に出ている時に、憎悪対策の魔道具だけが壊れた、等という状況は起こらないようにしたい。望まない憎悪に振り回されて暴れるなんて、誰も望んではいないだろうから。


「破損による暴発を防ぐには二つの対策機能がセットになることと、憎悪の防止機能を持つ魔道具の予備を用意すること……あたりか」

「そうですね。国外で封鎖対策だけが壊れた場合、ヴァルカランに回帰する結果になりますから重大な結果は招きにくいのは確かです」


 では、その対策をより完璧なものにするにはどのようなプログラムを組むのがいいか。

 魔道具が悪意のある者の手に渡った場合に悪用されないようにするにはどうしたらいいか。


 そういったことをエステルと相談して対策を考えてプログラムを組み、シミュレートする。その傍ら休憩時間や処理待ちの時間を使って、アルタイル修復のための機材を貰った素材を手持ちのナノマシンで組み上げたり、ハーヴェイの持ってきてくれた魔導書にも目を通していく。


 ナノマシンの学習支援によって、一度目を通しただけでも丸暗記できる。もっとも、暗記したところで上手く活用するには暗記している内容に意識を向けないといけないし、実践して感覚を掴まなければ技術の類が上手く使えるとは限らない。

 ただ、不足している知識面を補うにはこれで十分だろう。


「アナログなインプットも、これはこれで味がありますね」


 というのは読書をしているエステルの感想である。


「まあ、それでも魔導書の内容はエステルと俺とで情報を共有しているから、暗記の効率も普通の2倍以上だけどな」


 といった調子で、俺とエステルは、日中をプログラム作りとシミュレートや学習に費やして過ごしたのであった。




 日が落ちた後は――ハーヴェイと相談して、出来上がったプログラムを組み込んだ魔道具が、継続して生産可能なレベルにできるかを調べる。


「ソーマ殿とエステル殿の組んだ術式――プログラム、でしたか。見たことのない式ですが、精緻で無駄がなく、美しいものですな……。安全対策までなされているとは……」

「実際は出来上がったものを暗号化して後から解析等をできなくするわけです。これは素数を使った方法でですね――」

「ほうほう」


 エステルの言葉にハーヴェイはふんふんと興味深そうに頷く。

 とりあえず日中仕上げたプログラムをハーヴェイに見てもらい、実物を作ってもらう、ということになった。


 プログラムの使用言語をこちらの世界のものに置き換え、動かすものを魔力と定義した形だが、ハーヴェイに言わせるなら十分に術として機能する、とのことだ。


 夜が明ける前に現物も用意できるということで、憎悪と封鎖の二つに対策した魔道具の試作品はハーヴェイの作業待ちとなった。研究室で作業するハーヴェイを見送り、俺達は城の中の会議場で重鎮達と話をする。


「後は、回帰の対策ね。こっちは中々厄介そうだけれど」


 ソフィアが言った。


「そうだな。回帰をどうにかするのなら、大本をどうにかしないといけない」


 憎悪と封鎖はダミーに情報を流すという対症療法で済むが、回帰の防止には呪いの本体とも言うべき情報をどうにかしなければいけない。

 それは本当の意味での解呪という話になってくるだろう。


「大本――別の次元に存在する情報体そのものにアクセスしなければいけないわけで……その為にはアルタイルの力があれば、不可能ではない、という感じです。ただ――今のアルタイルに通常手順にない空間へのアクセスといった無茶をさせるのは不安が残る……というところですね」

「つまり、アルタイルの修復が進めば」


 ルヴィエラが尋ねると、エステルはこくんと頷いた。


「いける、と思います。情報体へのアクセスと改竄は、私の専門でもありますし。アルタイルが精霊器で私の力を発揮しやすくなっているのであれば尚更でしょうか」

「修繕に使う素材と、そのために必要になる機材に必要な素材……。要するに……色々な素材が必要、ということよね」

「鉱山や国土内の倉庫などから色々持ってこさせるというのは如何ですかな」

「良い案ですな。何が必要になるか分かりませんし、我らの把握していない素材……希土類、でしたか。それらが鉱山から産出された鉱石の中に眠っている可能性も否定できません」


 そうか。鉱山ぐらいあるよな、当然。

 各種鉱山に遣いを出して特定のものに限定せず、平凡非凡問わずとにかくバリエーション豊かに色々な素材を持ってこさせるということで話がまとまる。


 国内に急ぎの遣いを出すだけなら回帰を利用した移動でも可能ではあるし緊急ならばそうするのだそうだが、今回は輸送しなければならないものもある。亡霊騎士達が伝令と輸送を担うために呼ばれ、次々に幽霊馬と共に空に飛び立っていった。

 青白いオーラを纏いながら次々と騎士達が飛んでいく様は中々にファンタジーな光景だ。


 亡霊騎士と亡霊馬の飛翔する速度は相当なもので、鉱山までどれぐらいの距離があるかは分からないが、結構な速度で素材を持って帰って来られるのではないだろうか。




 アルタイルの修復を再度進めるということで、機材を作ったり直接投入する素材を集めたりといった作業をしていると、ハーヴェイが中庭に駆けこんできた。その手に宝石の嵌った首飾りが揺れる。


「できましたぞ!」


 興奮している様子のハーヴェイの言葉に、中庭にいたヴァルカランの面々が色めき立つように反応する。


「早いですね」

「それはもう。術式自体が無駄なく纏まっていたお陰ですな。それと、試作品であるために量産を考えず、手持ちの素材で済ませてしまったところがあります故」


 エステルの言葉にハーヴェイが答える。

なるほど。量産体制に移るには素材をどうするか考える必要もあるが、理屈が正しいかどうかを確かめる段階なら手持ちにあった高級素材でも良い。ソフィアは満足そうに頷くとハーヴェイに言った。


「後は、実証実験ね。早速移動してやってみましょうか」


 実験内容としてはシンプルだ。憎悪の発動は草原のように生命の溢れる空間ならどこでも起こるから、外出すればそれだけで確かめられる。効果が出ているかどうかは、観測もできるのだし、当人も実感があるだろう。後はそのまま移動して、国境線を突破できるか確かめればいい。


「では、姫様。検証をお願いします」

「任されたわ」


 ソフィアは首飾りを受け取ると自らの首にそれをかける。

 そうして俺達は連れ立って馬車に乗り込み、草原へと向かったのであった。




「――では、確かめてみましょう」


 平静な状態と比較しやすくするために馬車の中で目を閉じていたソフィアであったが、御者のポールがそろそろ頃合いと見て馬車を停めると、そう言って立ち上がった。扉に手をかけたまま少し沈黙していたが、やがて意を決したかのように扉を開けて、夜の草原に身を躍らせる。


 俺達の見守る中で、ソフィアは目を閉じていたが――静かに目を開く。


「――ああ」


 ソフィアの口から嘆息が漏れた。

 呪いは――発動している。煌めきを、ソフィアの内から出た靄のようなものが受け取り、それを首飾りに向かって送り込んでいる。


 しかし。


「ヴァルカランの夜はこんなに美しいものだったのね」


 ソフィア自身はそれらの情報を受け取っていない。ダミーの首飾りがその情報を受け取り、処理する。受け取った情報は、偽装の情報を靄にフィードバックするが、それだけだ。処理は継続してループ処理されて……それで終わり。何の結果も齎さない。


「おお……」

「実験は成功ということですか……」


 ハーヴェイや騎士達から声が漏れる。


「ええ。私の心は静かなままだわ。本当に……綺麗な夜ね」


 そう言って、ソフィアは月明かりの草原を進み、近くに咲いていた花の近くでしゃがむ。


「今までは……花を愛でることすらできなかった。首飾りがみんなに行き渡ったら、城や家々に、花を飾ることもできるわね」


 花に軽く触れて、ソフィアは微笑みを浮かべた。泣き出しそうな、しかし嬉しそうな。そんな明るい表情は――年相応の少女のようにも見える。

そっと花びらに触れて顔を近づけて匂いを楽しみ……ひとしきり花を愛でてから立ち上がり、それからこちらに向き直った。


「ありがとう。ソーマ、エステル。ヴァルカランの女王として国を代表し、貴方達二人に敬意と感謝を伝えます」

「……ああ。良かったな」

「回帰についてはまだではありますが、一歩前進ですね」


 俺とエステルも、ソフィアに笑って答えた。


「ええ。このまま、封鎖についても検証していきましょう。それが成功したら――ハーヴェイ」

「はっ」

「魔道具の量産体制に移るように」

「承知しました。各地から素材を集めるという話も出ておりますし、アルタイルの修復に合わせる形で手配を進めたいと思います」


 そうしたやり取りを交わし、ソフィアはポールに何事か言って、御者席に座る。ポールは控えるように一礼して下がった。


「継続的な効果を発揮して大丈夫かも見ておきたいわ。このまま緩衝地帯へ向かうとしましょう。ポール。貴方はお城に戻っていて」


 かしこまりました、というようにポールは大きな仕草で再度一礼すると城に向かって歩いて行った。


 そうして、ソフィアの動かす馬車に乗って俺達は緩衝地帯へ移動していった。向かう場所は昨晩と同じだ。アルタイルを隠してあった森。あの辺りは本来ソフィアも立ち入れないエリアがあったから、検証場所として分かりやすい。


 ソフィアは馬車を走らせながらも景色を楽しんでいた。森の風景。小動物や虫。それらを眺めて嬉しそうにしながら進んでいく。亡霊騎士達も意識をソフィアに向けているらしく、草原で感じる程度の生命への憎悪よりも今は喜びが勝っているようだ。


 やがて目的の場所に辿り着く。ソフィアは無造作に馬車から降りると、森に向かって進む。国境線。それを――ソフィアは抜ける。情報はやはりダミーに向かって注ぎ込まれ、ソフィアの行動に対して、何ら阻害を及ぼさない。


 離れた場所から、亡霊騎士達が拍手喝采を送る。ソフィアは何の痛痒も憎悪もなく、静かに佇んで美しい月を眺めてから「ああ――」と嘆息し、それからこちらを見て微笑むのであった。


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