第32話 黒翼の大鷲
俺達はその後、亡霊馬の牽く馬車に乗ってソフィア達と共に草原の方へと向かった。現時点で渡しても構わないという素材を受け取り、それらを馬車に乗せての移動だ。護衛に騎士団長含めた亡霊騎士達がついてくれて、見た目は中々厳つい光景になっている。
「その修復している乗り物――アルタイル、だったかしら。それはヴァルカランの国土に流れ着いたということ?」
ソフィアが尋ねてくる。
「草原の近くではあるかな。緩衝地帯か、国土の中かは俺達には分からない」
「近くまで行ったら案内します」
エステルの言葉に、スケルトンの御者であるポールがこくんと頷く。座標は記録しているからな。正確な距離と方角も把握している。
草原の古い道を亡霊馬車と亡霊騎士達の駆る軍馬は軽快に進んでいった。
アルタイルも、多分、呪いの解析と対策に必要になりそうということで、ヴァルカランの面々が必要なら警備してくれる、ということで話も纏まっている。
解呪は彼らの悲願であるから、そこは信頼できるというか。爆発しない程度に修復されているわけだから、ヴァルカランの城近くに移した方が俺達にとってはアルタイルの保管場所として、より安全と言えるかも知れない。
それに当然、アルタイルを守ってくれるのは、彼らにとっての利益にも繋がる。
修復中に動く防衛システムもあるが、所在を明らかにして管理体制を確立しておけば知らずに近付いて事故が起こるようなことも防げるしな。
「アルタイルというのは、精霊器?」
ルヴィエラが首を傾げて尋ねてくる。
「精霊器というのが、現物を見たことがないからよく分からないんだ」
「精霊の守護する器物や場であったり、精霊と精霊騎士によって違う。剣であったり、城であったり」
「ちなみに、私とルヴィエラの間にも精霊器と呼べるものはあるわ」
ソフィアが言った。
「へえ。どんなものが精霊器なのかは聞いても良いのか?」
「ルヴィア湖の湖水全てがそうね。湖はルヴィエラの身体であり、私の手足となり、鎧になり、剣になる」
「それはまた、随分とスケールが大きいな……」
血を結晶にして武器としてソフィアは扱っていたが、その延長上で湖水を自分の力として扱える、ということだろうか。精霊騎士としてのソフィアは、相当なものだろうと思うが。
「まあ、マスターと私はアルタイルとかなり繋がりが強いので、もしかするとそう定義される間柄になっている……かも知れませんね。正直、こっちの世界に来たことでの変化は、よく分かっていないのです」
「アルタイルが精霊器になっていたとして、何がどう変化するのかも不明だしな」
「精霊の特別な加護を受ける何かだと思ってもらえれば、いい」
「城塞そのものが精霊器という事例もあったわね。侵略者に対し、城壁が精霊騎士の意志の元、精霊の力を振るって対処できる、というような」
……なるほど。エステルのハッキング能力をアルタイルからも放出できる感じになるのだろうか。
やがて草原に到着する。
草原付近は既に緩衝地帯ということで、場所によってはもう立ち入れないところもちらほら出てくるということだ。
未確定の地で融通を利かせられるのはソフィアぐらいのもので、それは多分、彼女が王族であるからなのだろう。
「見えてきた。あの森の茂みに隠してある」
月明かりの下で車窓から少し離れたところにある森を指して言う。
アルタイルを置いた場所は前に見た時と変わらずそのままといった様子だ。もっとも、迷彩用のシートの下では不時着した時よりは修復も進んでいるけれど。
「そう……あの辺の土地はもう、入れないわね」
「草原の向こう側、こちら側で国が違いましたからな。もっとも、隣接していた国々は我らを恐れたのか、国境付近の村々をかなり遠方に離れさせてしまい、今は何もなくなってしまいましたが」
騎士団長が馬上から答える。
エルフ達の集落もどこの国にも属さない緩衝地帯ではあったが――かつてはあの辺も草原で、森もそこまで広がっていなかったのだとソフィアは言った。
俺達は馬車から降りて、まずは封鎖がどのような過程で起こっているのか観測をしていく。観測用のナノマシンを散布しながらアルタイルを隠している森に向かって進んでいくと、騎士団長が言う。
「……我らはここまでですな」
騎士団長が本来なら何もない空間に手を伸ばしながら言う。ただし、肉眼で見えない部分では違う。例の煌めきのようなものと黒い靄とが騎士団長の伸ばした手に纏わりついている。
多分、壁になっているというよりも進めない、という認識を与えたり、進もうとする行動自体を制限したりしているのだろう。だから、勢いに乗せて突っ込んだりすれば外側に出ること自体はできる。出来るが――。
「無理矢理突破した場合も見せたいと思います」
騎士の一人がそう言って、助走をつけて疾駆してくる。そろそろ限界というところで大きく跳躍すると、空中で身動きがとれなくなったのか、不自然な体勢のままで地面に転がる。そのまま白煙を上げて、その身体自体が消失する。
「……なるほど。封鎖も同じですね。情報を外から送られて、内側にある黒い靄がそれを受け取り、自ら行動を制限させる。或いは自らの魔力で崩壊をさせています」
「となると――」
「憎悪と原理は同じですね。外部からの情報を迂回させてやれば、防げます」
エステルが言うと、騎士達の間からおお、と歓声が広がる。
「しかし、身代わり、ダミーという形では、回帰は防げないかも知れませんな。何せ、身代わりになるべき本体が滅んでしまって消失してしまっている状態なのですから、魔法的に身代わりになるべきものがいない状態では効力を発揮しようがない」
ハーヴェイが顎に手をやり、思案を巡らせながら言った。現行の魔道具では無理、ということか。
「憎悪と封鎖が防げるのであれば、行動の自由は大きく広がるわ。回帰は――まあ、魔族やらの状況の大きな変化を招くという側面もある。それらも後で考えるとしましょう。それよりも今は――アルタイルだったかしら。ソーマ達の乗り物というのが気になるところね」
ソフィアは楽しそうに笑ってみせる。
「アルタイルは――一先ず、動かすことができる程度には修復されているな。ヴァルカランの国土外にあるっていうなら警備面から考えて、とりあえず場所を移すか」
「そうですね。こっち側に運んでしまった方がヴァルカランの人々から協力を得られている以上は安心できます」
俺はエステルと共にアルタイルを隠している茂みに向かって進む。偽装用のシートを外すと、さながら騎士がそうするような片膝をつくような姿勢で、アルタイルの巨体が静かに鎮座していた。
「おお……あれが……」
「巨人……あれが乗り物ですと……?」
「翼を持つ巨人の騎士、か……」
そんな声が亡霊騎士達から聞こえる。彼らの印象は間違っていない。アルタイルの白兵戦用の形態は人型であり、流線形のスマートなシルエットをしている。黒を基調としたカラーリング。起動すれば体表に赤色の光のラインが走る。
高速戦闘用の飛行形態はもっと尖った鳥のようなシルエットになるが、その印象から鷲座から名を取ってアルタイルというコールサインを付けた。
ASFが星の名になったのは部隊名がアルマゲストだからだ。コールサインなのでパイロットの方でも割と融通が利く。俺達で適当に機体名兼コールサインを決めて良いということ、アルタイルと名付け、天文関係で統一した方が部隊として収まりがいいというのもあってそうなったという経緯がある。
しかし、万全と呼ぶにはまだほど遠いな。部品をそこかしこからかき集めてとりあえず爆発の危険を回避したということもあり、装甲や翼の一部が欠けていたり等、修理の途中というのが目に付く。装甲の下の構造部が剥き出しになっていたりと、今のまま運用するのは不安がある。
「アルタイル。起動しろ」
外から遠隔操作で炉に火を入れると、唸りを上げるような音と振動が響き渡り、アルタイルの目、装甲表面や、関節部といった要所要所に光が宿る。装甲表面を赤色の光のラインが時折走り、ゆっくりと、深い眠りから覚めるように顔を上げた。
「これが異界の乗り物……」
ソフィアがアルタイルを眺めながら呟くように言う。
「まあ……役割としては軍馬や戦車……軍船かな。とりあえず、場所を移してしまおう。ヴァルカランの城の近くまで動かしていくから、そこで警備をしてもらえば俺達としても安心できる」
「……精霊器と呼べるほどに大事なものなのでしょう? しっかりと預からせてもらうわ」
「助かる。まあ、呪いの解析や対策には必要だからな。ヴァルカランの中にも興味本位で手出しする奴なんていないだろ。警備をお願いするのはこっちからの潔白の証明だと思ってくれてもいい」
防衛装置もあるがセキュリティレベルを下げておけば、警告を無視して攻撃を仕掛けたり乗っ取りを仕掛けたりしない限り問題はあるまい。
「エステル。警告用の音声をこっちの言語に対応しておいてくれ」
「ああ。それも必要でしたね。……っと。合成音声の適用をしました」
エステルの処理速度は早いな。定型文を置き換えるだけとのことではあるが。
迷彩シートを片付けつつ、遠隔操作で立ち上がらせると、関節部等の修復箇所にくっついていた外気遮断用の硬化剤が剥がれ落ちた。
「実際に目にして、動き出してからよく分かった。やっぱり、これはエステルの精霊器」
アルタイルを見つめていたルヴィエラが言った。
「精霊だから分かるのでしょうか」
「そう。ソーマやエステルと、とても強い繋がりがある。二人からの思い入れも。そういうものが、精霊器になる」
なるほどな。
「一緒に星の海を飛んで、戦争を戦い抜いた大事な相棒ですよ」
「そうだな……」
エステルの言葉に目を閉じる。軍に所属してから、今に至るまでの付き合いだ。何度か改良や調整は経ているが、エステルと共にずっとアルタイルに乗り続け、何度も死線を潜り抜けた。繋がりや思い入れというのなら、これ以上はないのだろう。
というわけでアルタイルの状態を確認がてらコクピットに乗り込み、草原から湖の城まで歩かせて場所を移すことになった。
「こんなに大きいと、掌に乗れそう。乗ってみたい」
そんな風に伝えてきたルヴィエラ。
「俺としては構わないが……」
そう答えるとソフィアもそわそわしているのが見えたので「ソフィアもどうだ?」と聞いてみる。
「そ、そうね。物は試しだわ」
そんなことを言っておずおずと差し出されたアルタイルの掌に乗るソフィアである。そうしてゆっくりと――といっても馬車が進む速度に合わせてアルタイルは歩いて行く。
道中、歩いてくるアルタイルにヴァルカランの住民達は流石に驚いていたようだ。亡霊騎士達が先導していなければもっと混乱していたかとは思う。
亡霊騎士達の落ち着いた様子。ソフィアとルヴィエラが掌の上から手を振っている姿。そういうものに、住民達も脅威の類ではないと判断したらしく、沿道に集まるようにして歓声を上げたりしていた。
ゴーストの住民は周囲を飛び回って物珍しそうに眺めたりして、かなりの注目の的だ。俺もアルタイルを操作して、ソフィア達を乗せていない方の手を軽く振って挨拶しておいた。




