第30話 呪法解析
「……どういう乗り物なのかよく分からないけれど、私達がそれの修復のために素材を渡せば、それで呪いの解析も前に進むという理解でいいのかしら?」
ソフィアが俺とエステルの会話を耳にして尋ねてくる。
「いや、正確には、解析をすることで素材を貰えて、修復も効率的に進められるならお互いに取って得になるんじゃないかって話だな。修復のために使っているリソース……魔力を解析や計算に回す、みたいなものだ。だが、素材を貰えるなら、結果的にそっちの方が修復も速くなる」
修復が進むことで解析も早く進むというわけではないから、そこははっきりと伝えておこう。
「理解したわ。とりあえず現状で憎悪と回帰を確認してもらったら、宝物庫や倉庫に案内するわね。貴方達の目的のものが見つかれば良いのだけれど」
国土から出られない呪いの確認については、一度外に出る必要がある。草原付近が緩衝地帯ならば、アルタイルに素材を届けに行くついでに確認もしてこられるだろうか?
ともあれ、アルタイルに対して、データの双方向でのやり取りや解析機能を使えるように許可を出しておく。
「では、憎悪の状態について、確認させてください」
「では、ここは――召喚術で近隣の魔物を呼び寄せてみるとしましょう。魔法陣からは出られないようにします。こちらとしても魔物の血などが必要な面がありましてな。少し待ってから処理を行いますので、観測に集中なされるとよいかと」
ハーヴェイが言って、召喚術を行使する。魔法陣が輝きを放つが――。これも中々、とんでもない術だな。俺達なら位相融合炉があって初めてできるような、ワープに類似した技術。それを図形と魔法で行って、遠距離から何かを呼び寄せるというのだから。
俺も――エステル、アルタイルと拡張現実機能でリンクを繋ぎ、魔力の動きの疑似的な視覚化によって憎悪がどう作用しているのかを観測させてもらうことにした。
ハーヴェイの召喚術が作用すると、何か――大きな猪の魔物が現れる。通常の牙だけでなく、額から角が生えた大猪だ。エルフ達から聞いていた、森に出現する猪の魔物の特徴と一致する。トライデントボア、だったか。牙と角からなる三又で強烈な突撃を仕掛ける、というが。
出現と同時に、異変が起こった。その異変――微細な魔力の動きを――俺とエステルだけが拡張現実で目にする。ヴァルカランの人々の心臓と後頭部――あたりだろうか。そのあたりに黒い靄のような黒い蛇のような何かが発生する。それと、空間から煌めくような何かが出現。それを黒い靄が取り込み、脈打つようにヴァルカランの人々に送り込んだのが見えた。
……これが、呪い。
僅か遅れて、居並ぶヴァルカランの面々から凄まじい圧力が放射される。憎悪の発露だ。
先程までに人当たりの良かったヴァルカランの人々。冷静に振舞っていたハーヴェイやソフィアすら、魔力が揺らいで剣呑な力を放出している。
観測が目的なので全員堪えてはいるが、その手が小刻みに震え、今にも飛び掛かろうとしているかのようだ。
一方で魔法陣の中で、猪は外側に飛び出そうと咆哮し、突撃を繰り返している。その度に光の壁に激突し、弾かれていた。
「……観測が十分、だと思ったら教えて頂戴。血を私の糧にするのだから、私が仕留めるわ」
ソフィアが感情を押し殺した口調で言う。魔物の血が必要とはそういうことか。
「はい。もう十分です」
エステルが言うと、即座にハーヴェイとソフィアが動いた。猪が何度目かの突撃。弾かれたタイミングで光の壁が消失し、ソフィアの振るった腕から赤い閃光のようなものが奔る。
それは――空中で軌道を変えると猪の耳の後ろから突き刺さり、そのまま突き抜ける。
ソフィアの放った深紅の一閃は、一瞬で猪の意識と生命を刈り取っていた。どう、と、巨体が魔法陣の上に倒れ伏す。
「……はぁ」
ソフィアが小さく息をついた。それを見届け、ヴァルカランの人々の纏っていた気配も急速に落ち着いていく。暴れずに堪えることができて、安堵しているといった様子も見られた。
その過程も、余すところなく観測している。内側から生じた靄のようなものが、引っ込んでいくのが見えた。
そうして呪いが実際に働いている状態。憎悪と回帰の際の実際の魔力の動き等も観測させてもらった。
観測された魔力を実在するものとして過程し、どのような働きをするものなのか。実際どんな魔力の動きをしていたのか。そのデータをアルタイルに回し、解析と分析を進めてもらう。気になったのは内側から出現したあの靄と、その靄が外側から取り込んでいた煌めきのようなものだ。
内側にあったものは呪いだとして、外から出現した煌めきの正体は不明である。突然空間から生じたように俺には見えた。
エステルはアルタイルと共にもっと微細な世界での動きを観測できているから、得られた情報は俺よりも多いはずだ。
そのエステルは――目を閉じて静かに燐光を纏っている。アルタイルの解析と合わせて、高速で分析を進めているようではあるが……。
やがて眼を開くと静かに言った。
「まずは、分かりやすいように視覚化をしましょう。これは――呪いがどのように身体に組み込まれ、機能する際にどんな魔力の動かし方をしているのかを現したものですね」
エステルは立体映像を空中に映し出す。半透明のシルエットの人体。その心臓と脳に、何か――絡みついているようなものがある。
独立した植物のように絡みついて揺らいでおり、中々見ていて不気味なものがあるな。
憎悪の条件を満たした時に絡みついたそれらが脈打っている姿が見えた。俺にはもっと靄のような実体のないものに見えたが、先程見たものと概ね一致する。
「こんなものが私達の身体に組み込まれている、と」
「あくまで体内の魔力の流れを視覚化した場合の像ですよ。もっと細かく、微細に見た場合や外部に広げると、また違ったものが見られます」
エステルが言うと、映し出されるものがまた変化する。複数の人々のシルエットの、その頭上に一冊の本のようなものが浮かんだ。
本……? 俺の目には小さな煌めきのように見えた、あれだろうか。
「この本は実際に存在するものではなく、完全なイメージですね。実体のないものですので……集合意識――……んー。皆さんに共通する認識や記憶――歴史や物語、常識なのだと思って見ていてください」
集合意識。慣習や法、道徳や価値観等々のことだな。通じやすい言葉に言い換えてエステルが伝える。
国土全体、国民全体に掛かった呪いであり、強い憎悪もそこから来る怨恨に由来しているのでは、というのが観測やこれまでの情報から得られている仮説。それに符号するものではあるだろう。
研究室に居並ぶ面々が固唾を飲んで注視する中で、立体映像が動く。
憎悪の対象――猪を目にした時、頭上に置かれた本が開かれ、憎悪を示す文字やらを呪いの触腕が取り込んで脈打ち、体内に送り込んでいた。
「これは――」
「元々因縁があったから仇である魔族を嫌う。騙したから同盟の国々を嫌う。自分達を見捨て、恩を忘れた世界も許せない。全体の作り上げた憎悪を外から取り込んで内部に送り込む。そういう仕組みなのでしょう。断絶者が例外になっているのは……憎悪が発動する条件に入っていないからですね。組み上げたのがその人物だから例外扱いをしたのでしょう」
その条件に俺達も合致しているから憎悪を向けられない、というわけだ。
原理が分かれば対処法もいくつか考えつく。送り込まれる憎悪の記憶に対してダミーの送り込み先を用意して、機能が働いていても実際には心に対して作用しなくする、という方法だ。
「最初は憎悪を変換すればいいのではと思ったのですが、こういう仕組みなのであれば受け取る情報をダミーへの迂回させる方が効率的ですね。過去の怨恨の記憶という情報の行き先が関係のないところならば、変換したエネルギーをどう使うかも考えないで済みます」
「……送られてきたデータを一時保存。念のために当然起こるであろう反応を偽装でフィードバックさせて呪いのシステム自体を騙す。そういうプログラムは組めるな。それをこっちの世界での……魔道具、だったか。そこにどう落とし込むかだが……」
エステルの解析結果に合わせてプログラムを組む事はできる。対策の品を何かしら身に着けられるものにしてしまうのが手っ取り早いが……。
「特殊な術を刻んだ身代わりというだけならば、作ることは難しくありませんな。しかし……共有している認識から流し込まれることで憎悪が喚起される、ですか。なるほど……これまでの対策が機能しなかったわけです。これならば……或いは……」
ハーヴェイはエステルの話を聞いて、少し興奮しているようだった。
「魔道具に落とし込むことはできる、と?」
「可能でしょうな。どの程度の魔道具になるかは組み込む術を見なければ分かりませんが、原理としては分かりやすく、単純で身代わりというところまでなら基礎的なものです。然程貴重な触媒も必要としないのでは」
ソフィアが尋ねるとハーヴェイは頷く。
しかし、呪いの原理は彼らにとって予想外であったようだ。
流される情報自体は邪悪なものでもなんでもない。彼らが当然知っている情報を送り込むだけで、そこに聖邪の区別はないからだ。知っている記憶、情報だからこそ、そこに付随する感情を喚起、或いは共鳴させることで憎悪を増幅するといった感じの仕組みらしい。
ハーヴェイ達は呪い……邪悪な何かが内側にあって憎悪を増幅させているのではないかと対策を施すことを試みたようだが、それらは失敗に終わり、結局対応策が掴めなかったという。この辺は、微小な世界での解析能力に優れるエステルとアルタイルだからこそ把握できた魔力の動きではあるな。
「全て観測したわけではありませんが……国境という国の法――枠組みに縛られるのも、回帰するのも、恐らく集合意識が関係しているのではないかと。ヴァルカランの方々をアンデッドたらしめているものは個々人に帰結するものではなく、全体のようですし。しかし、集合意識の中に隣人、同胞の記憶が含まれているから、滅びても国土内に回帰する。こういう理屈……というか、検証が全て済んでいないので現時点では仮説ではありますが――」
と、エステルが語る。
その特殊な働きをする集合意識の核となっているのは、断絶者から渡された魔道具を使った王の願いであり国土や民の想い、なのではないかということだ。
エステルはそこまで説明してから目を閉じて首を横に振る。
「そういう切実な願いや想いを利用しているのは、本当に気に入らないな」
「そうですね……」
仲間を守りたい。国土を守りたい。隣人に健やかでいて欲しい。そういう当たり前の感情を利用して呪いとして作用させ、自分達は血を流さずに身を守る盾にする。
反吐が出そうなやり方だ。人類の守護者だか何だか知らないが、その断絶者とかいう奴には俺も悪印象しかない。
一方で、ソフィア達はそれを聞いても百も承知ということなのか、別段怒ってはいないようだった。彼女達は何度もその理不尽に憤りを感じてきたからだろう。
というか、寧ろ俺達の反応に笑みを見せているソフィアである。
「そういう反応を外の人にしてもらえるのは、嬉しいものね」
「そうですな……。真実を知った上で理解してくれる方がいるというのは、救われます」
「何分、外からは恐怖の対象でしかなかったですし、我らも彼らを見れば、憎悪に駆られるばかりで、交流以前の問題でしたからな」
ソフィアが言うと、重鎮達も含めて居並ぶ面々も同意するように頷いたりしていた。
……何というか、スケルトンでも感情の機微を読み取ることができるようになってきたな。表情がない分、感情は身振り手振りで大袈裟に出すようにしている節がある。それが何となくコミカルで愛嬌があるように見えてしまうというか。
というか、憎悪の問題が解決してしまえば、集落のエルフ達とも普通に交流できる人達なのではないかと思うのだ。何というか、変えられてしまったからこそ、人としてあろうとしていて誇り高い、という印象がある。人攫いに容赦がなく、シルティナ達を手にかけたくないと抵抗するような人達だしな。




