第27話 ヴァルカランの重鎮達
庭園を通り正面から城内に入るとそこは大きなホールになっていた。ソフィアの帰還を待っていたのか、俺達の歓迎のためか。執事やメイド姿の出で立ちをしたアンデッドの面々が俺達を迎えてくれる。
「お帰りなさいませ」
「ええ。今戻ったわ。断絶者ではあったけれど人違いだった。それでも、話を聞きたいというから、お詫びを兼ねて招待をすることにしたわ」
「ハインツ殿からそのように伺っております」
「ソーマ=ミナトだ」
「エステルと言います」
俺達も自己紹介をすると、執事の姿をした人物は「これはご丁寧に」と笑った。執事もアンデッド、なのだろう。黄色いオーラのようなものを纏っているが、肉体自体は普通の人間と変わらないように見える。もっとも、鼓動もないし呼吸もしていない、死体の身体のようではあるが。
「私は執事のギルベルトと申します。どうぞお見知りおきを」
「ギルベルトは、中位アンデッドのワイト」
ルヴィエラが教えてくれる。
「ワイト……。こっちのことには詳しくないから、よく分からないな」
「本体はこの身体に纏う黄色い光で、死体に乗り移って肉体を移し替えることのできるアンデッドですな。といっても、身体は本来のものではありますが」
なるほどな……。スケルトンやゾンビ、ゴースト、それに吸血鬼あたりは俺でも知っているが、それ以外の色々なアンデッドがいるようだ。
アンデッドの城というからもっと禍々しいものを予想していたが、彼らは中身が人間と変わらないということもあって城の中は清潔で整然としていた。
ゾンビ系のアンデッドにしても別段腐臭がするということもなく、血で汚れて不衛生というわけでもない。
ゾンビ系の者達は共通して何か変わった魔力の波長を纏っている、というのがエステルの分析である。
本来なら新陳代謝がないからどんどん朽ちていくと一方だとは思うのだが、ヴァルカランのアンデッドは回帰するというから……活動ができなくなると一定の状態に戻ってしまうという事を考えると、基本的にはその姿は変わらないのだろう。
だから何かしら、そういった衛生面での対策を施しているのかも知れない。種族的な進化とも言っていたし魔法もあるから、対応策はあるのだろう。
「ギルベルト、アンナ。客人が滞在中、彼らに不自由のないように」
「かしこまりました」
ワイトの執事ギルベルト。それから、骸骨系のメイドであるアンナ。二人はソフィアの命を受けると、揃って恭しく礼をする。
そのまま、俺達は城の中へと通された。通されたのは、会議室のような、大きな円卓のある場所だ。
そこには何やら、ローブを纏った人物や、黒いオーラを立ち昇らせる全身鎧の騎士と言った面々が揃っていた。
「お帰りなさいませ、陛下。ルヴィエラ殿」
「断絶者の客人を招かれたと報告を受けておりますが……その方々ですな?」
ヴァルカランの重鎮達なのだろう。ソフィアに近い強烈な存在感のある魔力。いずれも高位のアンデッドと思われる者達だった。
伝令の報告。実際に視界に入れても憎悪が湧いていないことから、俺達については承知なのだろう。興味深そうにまじまじと見てくる。
「ソーマ=ミナトという。事故でこの世界に流れ着いた。元いた場所では兵士だった」
「マスターを補佐しております、エステルです。こちらでは守護精霊ということになるのでしょうね」
俺達が自己紹介をすると、彼らも肩書きと共に名を名乗ってくれた。騎士団長、宮廷魔術師、宰相に大臣、元公爵といった錚々たる顔触れだ。
「まあ、まずは座って頂戴。飲み物や食べ物の用意がなくて申し訳ないのだけれど……」
「数日分の食事と飲み物なら用意して来ているから心配しなくて大丈夫だ」
「そう。それなら良かったわ」
俺とエステルが椅子に腰掛けると、ソフィアも女王の腰掛けるであろう上座に座る。
傍らに浮かんでいたルヴィエラにも変化が生じた。球体が形を変えたかと思うと赤い髪の少女になった。
俺達の少し驚いた視線に、心なしか満足げに頷きつつも悠々と歩いてソフィアの隣に腰かける。別の席ではなく、肘掛けのあたりに座った。それが当然というような印象だったが、ソフィアも居並ぶ者達も気にした様子はない。
ソフィアはと言えば、そのまま俺達を見て尋ねてくる。
「私としては、剣を向けた詫びもできるかと思っての申し出を受けての招待なのだけれど……あなた達には何か、聞きたい事や考えがあっての申し出のようだったわね。私だけでは知識面で不足もあるかと思って、この場に通したのだけれど、いいかしら?」
ソフィアは俺達がここに来た理由を重鎮達にも伝えて欲しいと言ってくる。
「分かった。俺達としては――見込みが少ないまでも帰る手段を探していたんだ。今回のことで過去にもこの世界とは関わりのない者がやってきていたということを知る事ができた。それが人為的な召喚だったというのなら、帰還の手がかりになるかもと思って、聞けることがあるならと思ったんだ」
「それから……私達の技術や知識が呪いの解析や対策に使えないか試す、というところですね。その人物を探しているのなら、外で活動できる私達なら協力できることもあるかと思いますし」
ソフィアの質問に俺とエステルが答えると、居並ぶ面々の視線が集まる。期待、値踏み、懐疑……色々な感情や思惑がそこにはあるのだろう。
「……どうかしら。私は、彼らを信用できる、と思ったわ」
「私も、同じ」
ソフィアとルヴィエラが揃って言うと、重鎮達は思案するような様子を見せる。
「お二方がそう思われた理由をお聞きしたい」
「それはまあ、そうよね」
ソフィアは問われると、エルフ達の集落に到着してからの経緯と共に信用した理由について話し始めた。
ソフィアの見解としては保有する技術体系、戦い方がまるで彼らの追っている断絶者とは違うこと。魔力の使い方や使った術が不慣れで自己流なこと。それから自分達とは関係のないところで、人さらいの埋葬をしていたと言ったことを総合して加味し、信用することにした、と語る。
「まあ……色々あるけれど要するに、実際に剣を交えて違うと思ったというのが一番大きいわ。それに……憎悪を向けられないからと、自分から私達のところに訪問したいだなんて言ってくる人間がいるとは思わなかった」
「そうですな……。我らがアンデッドに変じて以来の申し出と言えましょう」
宰相が言った。黒いローブの下にオーラを纏った骸骨の顔が覗いている。表情は読みにくいが色々思案を巡らせているようだ。
ソフィアの言葉を引き継ぐようにルヴィエラが口を開く。
「私は、精霊だから。その精霊が良いものか、悪いものかも、わかる。エステルは……。よく分からないものを司っているけれど人間に対しても森人に対してもかなり中立的。少なくとも、邪悪じゃない。大丈夫な子」
ルヴィエラはエステルに対して感じたことを口にした。
「私は自分を中立とは思っていませんよ。マスターの味方ではありますが」
「そう……。多分、種族全体ではなく、個人への想いが、そこにあるだけ」
「なるほど……。少なくとも、奴の我々への所業を知って付き従っているような精霊は、邪悪な性質を有するでしょうな」
「そういう、こと。ヴァルカランの話を聞いた時、エステルは断絶者に少し怒ってた。でも、ソーマに対してはそんな感情、向けてない」
ルヴィエラは、エステルを観察していたが……精霊同士、色々波長から分かることはあるらしい。
「うーん。潔白の証明になったのは良いんですが、そういう情報が魔力の波長から漏れてしまうのはちょっと困りますね」
「そう。精霊同士のやり取りに、色々不慣れ。秘密にするには、こつがある。あとで教える。先輩として」
ルヴィエラは淡々とした口調、無表情のままに胸を張りつつそんな風に言った。
「それは……ありがとうございます」
「どういたし、まして」
お礼を言うエステルに、ルヴィエラもお辞儀を返す。
「なるほど。それらのことから信用に足ると」
「それにしても、ソーマ殿はよく我らのところを訪問するなどという判断をしましたな」
「エルフ達が襲われてたところも見たけれど、憎悪に抗っている様子だったからな。それは…変えられてしまっても人間らしくありたいっていう意地なんじゃないかと思ったんだ。だから俺も、信用することにした」
こっちからも信用した理由を伝えると、それぞれに思うところがあるのか、少しの間彼らは沈黙する。両手を机の上で組む者。腕組みをする者。少し遠い目をする者。重鎮達はそれぞれに想いを巡らせている様子であった。
やがて、彼らは頷き合うとぽつりぽつりと語る。
「昔――山脈の向こう――大陸の端に現れた魔族は、いくつもの国を攻め滅ぼしながら大陸の制覇を掲げてこちらに向かって侵攻してきましてな」
「そこで人間達はこの脅威に対抗するために、大同盟を組んだのです。一丸になって彼らに立ち向かうと」
「彼らが侵攻して来れば必ず我らとぶつかると分かっていたという事もあり、ヴァルカラン王国は同盟の中でも早い段階から派兵し、彼らと幾度も戦ってきました」
重鎮達が昔の出来事を語る。
しかし、それでも魔族には対抗し切れなかったらしい。段々と押され、いくつもの国が戦火に焼かれていった。
「私達の国は通り道でもあったから。滅ぼされた国の避難民や王族の亡命を受け入れて、可能な限り後方へ逃がし……受け入れを良しとしない国々と交渉をしたり……当時は色々と大変なものだったわ」
ソフィアが眉根を寄せる。
結局後方の国々は他人事だったのだ。軍事力があって矢面に立っていないから兵力を出し渋る。大国が軍事力を温存しようとするものだから、戦後の軍事バランスを見据えて他の国々も牽制し合う。それでは勝てるものも勝てない。戦場となった国々の者達は、今日明日とも知れないものだったというのに。
「……なるほどな」
金属生命体との戦いの初期はそんな空気も確かにあったな。植民惑星が飲まれたり、こっちは脅威の規模が大きすぎてすぐにそんな空気も吹き飛んだが、一国家、一民族が戦火を広げているというだけでは、ピンとこない者というのはありそうな話だ。
「それでも彼らなりの危機意識もあったのでしょう。同盟は古の伝説――かつて大陸中央で暴れた、強大な魔獣王を討伐したとされる勇者召喚に倣い、異界から力になってくれるものを呼び寄せることを決定した」
「異界から現れた勇者は、こちらに渡る時に大きな力を得るのだと言われています」
大きな力。それは魔力を組み込まれることによる変質だろうか。こっちにやってきた時点でも、俺達にも色々できたしな。
「そしてやって来たのが私達の探している者。私達が断絶者と呼んでいる人間よ」
「彼の者は魔法に優れた才を持っていました。常識に留まらない大規模な結界。肉体や魂に干渉して大きな力を引き出す術。それらの力を振るい、同盟の者達と共に魔族と戦った」
「かつては、ヴァルカランの騎士達と肩を並べて戦ったこともある。私も共闘したことはあるわ」
断絶者について語る彼らの魔力は剣呑に揺らいでいる。呪いとは関係ないところで断絶者への怨恨は相当なものなのだろうというのが窺えた。
「あれは人類の守護者と自称し、事実そう名乗るのに相応しい力を有していた。魔将を討ち取り、戦果も出していたのだけれど、ね」
それでも押し込まれた。ヴァルカランの国土に攻め込まれる前に大規模な決戦があり、そこで敗走。戦い続けてきたヴァルカランは決戦で敗れた後は最早対抗する力も失い立て直しも難しく、各地は次々と攻め落とされていった。
そうしてこのルヴィアニウムや山間にある砦を残すばかりとなったのだ。ここを落とされれば後方の同盟各国にも魔族は手が届く。そう言う状況になって、同盟に名を連ねている大国と断絶者が、この地とヴァルカランを守るためにと、勇者の力を込め、技術の粋を尽くした魔道具を用意してきた、というわけだ。
「その後の顛末は伝えた通りよ。先王――私の父が魔道具を用い、国土全てが呪いで覆われた。呪いの中心にいた私達は自らの魔力で変じ、既に死んでいた者が起き上がる。死者は憎悪に駆られて最初の呪いの波で変じていなかった生者を襲い……死すれば同胞は起き上がる。やがてヴァルカランの国民全てがアンデッドと成り果てた」
「そうして――既に攻め落とされていたヴァルカランの国土にいた魔族達も、駐留していた他国の兵士も、全て死に絶えた、というわけです。ヴァルカランの民でないものは、アンデッドにはなりませんでしたが」
それはまた……凄まじい経緯だ。最初に死者が起き上がり、その死者が死者を増やす。最初期はゾンビパニックのような状態になったのだろうが、彼らの心情を思うと目も当てられない。憎悪に駆られていなければ、彼らは普通の人々なのだから。
「魔族も凄まじい損害を出して撤退することとなったわ。ヴァルカランを魔族に対する城壁として利用するのに、国土深くに引き込んだところで魔道具を持ってきて呪いを発動させたのは、そうやって魔族達に損害を与えるためでもあるのでしょうね」
「しかも、魔族側に戦力を集めさせるためだけに、同盟各国から派兵させて砦の守りを厚くさせましたからな……。本当に、ろくでもない」
そうやって成立した呪いは、同盟や断絶者にとっては想像以上の効果だったようだ。以降、同盟と断絶者は防波堤の役割を果たしたヴァルカランを浄化しようと何度か試みたが、それらは全て失敗に終わった。
魔族もまた、国土に攻め入ってきたことはあるが、結果は同じだ。どのような勢力、どのような力を以てしても、ヴァルカランの亡者を滅ぼすことは出来ずに消耗戦で磨り潰されて、撤退することになる。何せ、回帰するし憎悪に飲まれるので、国民全てが恐れたり引くことを知らない狂戦士になるようなものだ。
加えて、アンデッドとして特殊な力を持つ者も多いというから、それが外敵に対して軍として行動をすれば、相当なものなのだろう。




