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第26話 月明かりの湖城

「普通の馬車とは違うんですね。不思議な魔力を感じます」


 エステルが馬車の挙動を車窓から見て、そんな感想を漏らした。


「アンデッドとしての、ポールや馬達の力ね。王国に存在していた全てが呪いを受けたわけではないけれど、軍馬のように王国に帰属する一部の動物は影響を受けてしまった。まあ……彼らも生者への憎悪はあって、浄化をされても回帰するから、普通のアンデッドとは違うわね」

「ああ。そう言えば、そこも分からないんですが、普通のアンデッドとヴァルカランの人達では、在り方が違うんですか?」


 エステルが首を傾げて尋ねるとソフィアは首肯する。


「通常、低位のアンデッドは知性も理性もない抜け殻のようなものよ。彼らは自身の抱える恨みや未練、或いは場に満ちる忌まわしい力によってアンデッドに変じたもの。生前の行動を繰り返したり、恨みを晴らすために動くから、その恨みを晴らしたり、土地にまつわる因縁を解決してやればそれだけで消失する場合も多いわ。生者への憎悪のようなものはあっても、力も意識も希薄だから、私達ほど苛烈な行動にはならない」


 ということらしい。ヴァルカランのアンデッドはそういった個人的な恨みでアンデッドになったわけでもなければ場に満ちる力で変じたわけでもない。

 だから、ヴァルカラン自体が忌まわしい力に取り込まれているわけでもないから、アンデッドとなる理由が本来は存在していないのだとソフィアは語る。

 中位や高位アンデッドのように、目的があって変じたタイプでもないから、個々人にはアンデッドとしての目的もないのに、消失すらしないらしい。


「……中位以上のアンデッドは、自然の消失はしない。知性や理性を有する者も増えてくる。生者を襲うけれど、これは憎悪よりも己を高めるための糧にするという意味合いが大きい。私達の場合は……そういう動機では襲わない。中位以上であってもあくまでも生者の憎悪に突き動かされて襲うわ」


 理性や知性を色濃く残すが故に、憎悪もはっきりと認識してしまう。それに抗うだけの力が、低位アンデッドには欠けているから、憎悪のままに攻撃に移る。


 強いて言うなら国土を守りたい、同胞を守りたいという、前国王や国民皆の願いそのものが目的となっているのではないかと、ソフィアは言った。


 だから、同盟であった人間族の国々と魔族に対してはより強い憎悪が湧き上がる。

 願いがあるからヴァルカランの亡者が残っている限り、それが他の亡者を回帰させる。

 全てを浄化し切る前にどこかで回帰し、生者への憎悪に突き動かされて老若男女全ての者が戦線に復帰してくる。

 しかも低位の者達ばかりでなく、兵士や騎士階級には中位以上のアンデッドも多く、ソフィアを含めた国家の重鎮達は最高位のアンデッドだ。


「私も普通の吸血鬼ではないわ。他者から吸血されずに変じたものは、真祖と呼ばれるそうだけれどね」


 最高位のアンデッドは浄化以前の問題であり、個々で凄まじい戦闘能力を有する。

 滅びることのない高位アンデッドの統率を受けた、理性あるアンデッドの軍。真祖の吸血鬼と契約を交わした守護精霊ルヴィエラ。そう言った性質と戦力を保有するが故に、人間達も魔族も竜も、ヴァルカランに手出しできないままに数百年が経過しているのだという。


「ソーマとエステルのことが、気になる」


 ソフィアにヴァルカランの事を聞いていると、ルヴィエラがそんなことを言った。


「そうね。長いこと亡者をしているけれど、ソーマのような魔法も、エステルのような精霊も初めて見るわ」

「ああ。まあ、俺の使った術は、俺達の世界にある兵器の原理を再現させたようなものかな。光の剣――バヨネットも俺達の世界の兵器だよ」

「原理を再現……。なるほど。小規模な魔力と見たことのない式で、予想もしていない大きな効果だった。私の聴覚を攻撃するという発想も、戦士として見事なものだったわね」


 と、ソフィアは腕組みしつつ頷いて称賛の言葉を述べている。


「私は、精霊ということになっていますけれど、ファンタジー的にいうなら……ゴーレムみたいなものと言えば伝わるんでしょうか? 本来人工的な存在なんですよ」

「へえ。受け答えがしっかりしていて、とてもそんな風には見えないわね」

「高性能なんです。何せ、マスターが組み上げて下さったのですから」


 にっこり笑って胸を張るエステルである。


「人工……。そんな印象がしなくて、不思議。もっと自然の精霊に近い感じ」


 というルヴィエラの感想であるが。第8世代は人からある意味独立しているからかな。人の制御が及ばないという意味で、人工物の枠組みを超えているところがあるから。


「兵器の原理にゴーレム……ソーマは錬金術にも造詣が深いのかしら」

「俺達の世界の技術的な知識が多少あるってところだな。俺自身はあくまで軍人で一兵士だよ」


 ソフィアやルヴィエラと話をしながら進んでいると、車窓から見える風景に変化が出てい来た。あちこち廃墟があるのが見える。そこには佇む亡者や幽霊の姿があった。


 しかし、馬車を見ると手を振ったりする小さな骸骨や子供の幽霊もいる。親子連れで、沿道で見送ってくるゾンビの一家もいた。


 普通の国であれば、お姫様の乗る馬車に手を振る子供や見送る家族連れということになるのだろう。亡者になってもそれは同じであるらしかった。普通のそれがアンデッドに置き換わっただけで、彼らは本当に、憎悪ということから外れれば普通の人々なのだと思う。


「……慕われてるんだな、ソフィアは」

「有難いことにね。普通なら……父の失敗の責任が私に向けられてもいいでしょうにね」


 ソフィアは手を振ってくれる子供に手を振りつつ、こちらを見ると少し寂しげな笑みを見せる。

 それは寧ろ、責めてくれた方が楽なのに、と言っているようにも見えた。


 ……ソフィアの纏っている服は、多分喪服だ。


 誰に対しての喪に服しているのか。


 多分、父親……のことだけではないだろうな。もっとヴァルカラン全体にというか。今も尚、死に切れていない国民達がいつか静かに眠れるようにという、そういう願いが込められているものなのではないだろうか。


 やがて馬車は湖の畔までやってくる。

 月明かりを受けて煌めく湖水と、その中心――島に佇む古城。ルヴィア湖とルヴィアニウム城だったか。アンデッドの城とは言うが、馬車の窓から見えるその姿は神秘的で美しいものだった。


 ルヴィアニウムまでは長い橋が架かっている。古い時代に作られたものだとは思うが、ヴァルカランの国民によって手入れはされているようで、汚れたり朽ちたりしている印象はない。


 骸骨の騎士やぼろ布を纏った死霊の騎士が湖畔の周囲や橋、湖上を巡回しているのが見えた。


「警備体制がしっかりしているのですね」

「そうね。生前の仕事をしたり、それができないならアンデッドらしい振る舞いをしている方が落ち着くという者も多いわ」

「だからみんな、真面目に仕事をしてくれる」

「低位のアンデッドは、生前のような細かい作業ができないものも多いから、人数は多くても人手が足りていないという面もあるけれどね」

「修繕が、追い付いていないところも多い」


 エステルの感想にソフィアとルヴィエラが答える。

 確かに……。骸骨の手ではできない仕事もあるか。俺達が前に遭遇したアンデッド達は、緩衝地帯付近の農村の住民であるとか巡回任務であの近辺にいた者達らしい。土に埋まるのは陽の光の対策でもあり、警備を担当してくれている者が心を落ち着けるためにそうしている部分もある、というのが2人の説明である。

 確かに土に埋まっていればいいから何日でもあの場所で待機していられるというのはあるだろう。


「時々色々な目的で侵入する者も出るけれど、踏み込ませなければ、内側にあるものが盗まれたり、これ以上壊されることもないものね」

「回帰する、と言っても、あの子達は痛みだって感じる」


 ソフィアは壊れた石像に少し視線を送り、ルヴィエラも言った。

 侵入者は時々いて、大体は財宝を目的とする盗人や証拠を隠滅にやってくる犯罪者であるという話だ。貴重な素材を探しにリスクを承知でやってくる者や浄化そのものを目的とする神官の類も、極々少数ながらいるということではあるが……。


「あの人さらいの類は、ヴァルカランでは犯罪者扱いの枠か」

「まあ……そうね。当時の国内法的にはそうなるわ。外の国が、今どうなっているのかは知らないけれど」


 馬車はそのまま、城に繋がる橋を渡っていく。やがて、城門の前まで辿り着いた。


「憎悪は喚起されないのだし、私と一緒にいれば、いきなり攻撃されるという事もないと思うけれど。まずは客人を連れてきたと、話を伝えるわ」


 ソフィアは馬車から降りて、門番として立っている亡霊騎士達に話しかけていた。青白いオーラを纏う亡霊騎士は、真っ黒なフードの中から輝く目だけが見えるという姿であったが、こちらを見てその目の輝きを強める。


「驚いている……のでしょうか」

「かも知れない」


 驚きに目を見開くとああいう感じになるのだろうか。亡霊騎士の表情の変化は中々わかりにくいな。ただ、人格的な部分は御者のポールと同じく伝わってくるものがある。憎悪に飲み込まれていなければ、本当に普通の人だ。


 いや、普通よりも自分を律している感じはあるだろうか。望んでアンデッドになったわけではないから、人らしくありたいと願うのは分かる気がする。肉体的な欲求は感じないだろうから、そういうところでしか人らしく振る舞うことは出来ないと思うし。


 亡霊騎士はこちらに対して敬礼のような仕草を見せてきて、俺とエステルも車窓から会釈で応じた。片方が伝令に向かうのか、小さな通用口を使って城の中に走っていき、ソフィアがこちらに声をかけてくる。


「降りてきて大丈夫よ」


 ソフィアに応じて馬車から降りれば、門番だけでなく巡回していた骸骨騎士や湖上を飛行していた亡霊騎士達も恭しく一礼してくる。


「ヴァルカランがこうなってから、初めてのお客だから。みんな、嬉しい」

「そうね。皆、歓迎してくれているようよ」


 彼らの反応にルヴィエラとソフィアが笑って言った。


「そうなのか。いや、有難いが」

「みんな、意外に陽気ですね」

「憎悪から離れられればね」


 俺とエステルも彼らに挨拶を交わし、御者のポールに礼を言う。


 ポールは帽子を取ってお辞儀をして見送ってくれた。


そのまま城門へと向かうと、重々しい金属音を立てて、金属の城門が上に上がっていく。鎖か何かを巻き上げて上下に開閉する城門であるらしい。


 城門を抜けるとそこは庭園になっていた。ただ庭園は普通に連想されるものと違って植物の類が植えられていない。噴水や石像、ガゼボ等がある石造りの庭園だ。


 植え込み等は残っていないが綺麗に纏まっている。もしかすると植物が植えられていないのは生命の気配を嫌ってのものかもしれない。


 庭園に面した回廊を、メイド服のスケルトンやゴーストが城の中を行き来しているのが見えた。城内の仕事をしているのか。生前の仕事を引き継いでいるのだろう。


「城内の皆さんは、草原で戦った方々より総じて纏っている魔力が強い感じがしますね」

「城で働いていた者達は変じた時に比較的アンデッドとして強力な力を持った者が多いわね。城の維持管理が出来ているのも、そのお陰ではあるけれど、努力してそういうことができるように種族的な進化をした者もいるわ」

「ここは、象徴。だから、みんなが綺麗にして、おきたい、らしい」


 なるほど……。維持管理できる人手が限られるなら、みんなの思い入れのある場所をということか。破壊されても回帰するという話だが、アンデッドとしての成長もするようではあるな。

 いずれにせよヴァルカランの者達はソフィアを中心に盛り立てているようにも見えるな。

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