第25話 亡者達の事情
俺が外に出ると、蔦はゆっくりと閉じていく。それが閉ざされ、エルフ達の姿が見えなくなったところで声をかけられた。
「もういいのかしら?」
黒衣の少女――ソフィアだ。
「ああ。いつでも」
「道々、互いの話でもしていきましょうか。森から出たら移動速度も上げられるし、夜は長い。急ぐ必要もないもの」
そう言いながらソフィアは暗い森を先導するように進む。
向かおうとしている方向は――あの湖の城のある方角だった。
「この世界に墜ちてきた時に、空から湖と城が見えたんだが、やっぱりそこがヴァルカラン王国の城なのか?」
「ええ。ルヴィア湖と湖上城塞ルヴィアニウムね。魔族の侵攻で私達が最後に立て籠もった地なのだけれど、元々先王から私が与えられていた所領でもあった」
「私が守護、している湖」
「ルヴィエラもいるから、昔も今もヴァルカラン王国の国土で最も高い戦力を保有している場所でもあるわね」
ソフィアとルヴィエラが答えてくれる。
「守護精霊ですか。エルフの皆さんは人間側の技術をあまり知らないみたいで、詳しいことは聞けなかったんですよね」
「そうね。ルヴィエラは守護精霊よ。精霊騎士である私の求めに応じて、力を貸してくれる」
「そう。私はヴァルカランの偉い精霊って、言われてる」
意外に話をしてくれるルヴィエラである。
「それより、墜ちてきたと言ったけれど、空からということ?」
「ああ。乗り物ごとこっちの世界に流されて空から墜ちてきた。大規模な……魔法の爆発の余波に巻き込まれて起こった事故みたいなものだ」
「そう……。召喚ではないのね」
ソフィアが呟くように言う。
「召喚か……。それについての情報を聞きたかったんだ。帰る手段に繋がる手がかりになるかも知れないと思ってな」
「勇者の召喚も過去にあったと聞きました。それがあなたの言う断絶者というもので合っていますか?」
「ええ。魔族の侵攻に対抗するために結成された同盟が行った召喚の大儀式。それによって異界からやって来た者が勇者と呼ばれた者であり……私達の言うところの断絶者ね」
ソフィアの言動から判断するに、その勇者と何かあってヴァルカランの呪いが始まっているように思う。呪いを解く方法とも言っていたから、順当に考えるならヴァルカランに呪いをかけた人物が、その探している断絶者なのだろう。
「その断絶者が呪いを残したって言う事でいいのか?」
尋ねると、先を行くソフィアの魔力が少し揺らぐ。
「ええ。あれは人類の守護者を自称していた。魔族の侵攻を押し留めるために、父を騙し、私達を亡者へと変えて魔族に対する城壁代わりにした。同盟各国の王族達も、裏切りに加担していたようね」
魔力が揺らいだのは一瞬だ。ソフィアは淡々と答える。
その語りの静かさとは裏腹に、その内容は凄惨で深刻なものだ。
「……ろくでもない連中だな」
「全くです」
竜の住む山脈と、ヴァルカランとで魔族の侵攻に対する蓋としたわけか。
俺達の部隊――アルマゲストとて倫理は置き去りにしているところはあるが、それでもパイロットに対して敬意はあったし、強化手術に際してもリスクの説明や同意を取るということはしていた。
だから、俺達は納得していたのだ。納得した上で兵器の一部になったからそれでいい。けれど、ヴァルカランは違う。
騙して国に住む者達を纏めて亡者にする。しかもどれぐらいの時が経っているのかは知らないが今も尚亡者として縛り付けている、というのだから……。
「……貴方達は、私達の言い分を信じるのね」
気付くと、ソフィアは足を止めてこちらに振り向き、俺とエステルを見つめていた。
「こっちに来たばかりだって言っただろう。常識には疎いんだよ。俺達の世界にアンデッドなんていなかったし、ソフィアが吸血鬼と言われても俺にはエルフ達みたいに魔力からだけでは違いがまだ分からない」
「そう……」
ソフィアは身を翻し、再び歩き出す。俺達も歩みを進めつつ、口を開く。
「それに……アンデッドって言っても人間がそういう状態にされた、っていうだけだろう。性質の違いはあるけれど、俺もそういう意味じゃ普通の状態じゃないしな。理性や記憶があるなら、アンデッドであることだけを理由に信じる、信じないってのは違う気がする」
信じるに足る理由は……色々ある。ヴァルカランの亡者が理性や知性、記憶を残しているというのがシルティナ達を救出した時にも見て取れたからだ。
ソフィアの襲来にしても、生者への憎悪があってもそれを抑えて怪我人や死人が出ないように立ち回っていた。
……望んでアンデッドになったわけではないというのなら、そう振舞う理由は理解できる……気がする。人としてありたいと縋っている未練や望みであるとか、アンデッドに変えられてしまったけれど、だからこそ思い通りになどなって堪るかという矜持や維持だとか。そういうところから来るものなのではないかと思うのだ。
行動を見て、言葉を聞いて。腑に落ちたからその言葉も信じられると思った。
「……普通ではない、というのは?」
ソフィアは少し歩いた後、こちらには振り向かずに、尋ねてきた。
「俺達の国も、魔族みたいな種族と戦ってたんだ。こっちを食おうとしているから交渉も不可能。逃げ場もない。戦況も……良くは無くてな」
「それで一部の適性のある兵士の身体に、外から色々と手を加えたわけです」
「まあ……俺達は志願してのものではあったけれどな」
「……そういうこと。確かに、ソーマは魔力も使わずに異常な身体能力ではあったわね。そうした理由は――守りたいものがあったから、かしら」
「そうだな。故郷だとか、そこに住んでいる人だとか、知り合った奴らだとか。一応、敵を倒すことには、成功した」
志願したか、騙されたか。違いはあるけれど、敗北や破滅の一歩手前の状況で置かれた境遇は多分近いものがある。だから、ヴァルカランの者達の心情は理解できるような気がするし、多分ソフィアから俺達を見ても心情を察することのできる部分はあるのだろう。
もっとも、その後長年に渡って縛り付けられて何を思うのかまでは、理解できるなどと俺には軽々には言えない。少なくとも、魔族の侵攻から救われた者達からは、事情が分かったのなら敬意を以って接せられるべきだとは思うが。
「目的は果たせた。それは――何よりね」
振り返って、その表情を見せる。安堵したような、穏やかな声と表情だった。
「でも、こっちに流されて、きた。そこは不運」
「そうね。英雄として迎えられるべきだったでしょうに」
ルヴィエラとソフィアが小さく笑い、俺も苦笑する。目的は果たしたから、俺はそれでも勝ったと言えたが……。
「私達の呪いはね、先王――私の父が発動させてしまった。王族の命を対価にすれば結界で国土と人々を守れると、同盟と断絶者にそう言われて渡された魔道具に、最後の手段として縋った結果がこれなのよ」
ソフィアは表情を真剣なものにすると、自身の胸に手を当てる。
「本当は私がそれを使う、つもりだった。だって、そうでしょう。国を治めてきた経験豊富な父と、ただの王女では、どちらの方が国にとっての重要人物かという話よね。私も、それでみんなを守れるならと受け入れた。だけれど……父は笑って言ったの。命を落とすのなら年老いた者からだと。自分が亡くなっても、家臣達と共に国を盛り立てて行って欲しいと」
そうして、湖の城にある玉座から、王族の身体と魂を対価に、国土を包む呪いが放たれた。
「国土も、国民も欠けることなく残され、侵略してきた国土内の魔族達は残らず排除された。その代わりに……皆、他の全てを失ったわ。国を盛り立てることではなく、この呪いを解く方法を探すことが、私の存在している理由になった」
それで、断絶者を探していたわけか。不老と言っていたが、それならば人間達の国のどこかにそいつはまだいるのだろう。
「何度か、断絶者と戦ったことがあるような口ぶりでしたが」
「ええ。魔族が多大な被害を出して撤退した後、同盟は私達をどうにか浄化し、排除しようとした。その時に何度か交戦しているわ」
ソフィアは言葉を続ける。
「けれど父の願いに結び付いた呪いが深すぎたのか、国土に結び付いた不滅の在り方が、どうにもならなかったか。彼らも大きな損害を出すことになって諦めたようね。私達の憎悪は魔族にもだけれど、同盟に所属していた国々にも強く向けられるから」
ただ、それでも国土の外に出られなかったから断絶者については撤退を許してしまっているらしい。
「呪いを……解くのは、難しい、かも知れない。でも、ソーマとエステルの知識に、期待している」
「異界の知識を抜きにしても、こうやって、憎悪を向けずにまともな会話をしてくれる外部の人間なんて、何百年と現れてはいなかった。何か状況だって変わるかも知れないわね」
ルヴィエラが言うと、ソフィアも頷く。
「まあ、解析してみないと何とも言えないところはあるのですが」
と言いつつもエステルは呪い対策のために色々考えているところがあるから本気のようではあるが。解析やハッキングを得意分野としているからこその矜持ではあるだろう。
やがて俺達は森を抜ける。草原に出たところでソフィアが手を前に翳す。指輪が光を放ったかと思うと、地面に魔法陣が生じた。
「来なさい」
その言葉と共に、紫色の光に照らされて二頭立ての立派な馬車が現れる。しかし御者も馬もスケルトンだったりするが……。
「紹介するわ。御者のポールよ。ポール。ソーマとエステルよ。断絶者だけれど、人違いだったわ。剣を向けたお詫びに招待することにしたの。丁重にね」
ソフィアが言うと、御者のポールは帽子を取ってカチカチと歯を打ち鳴らすようにして顎を動かし、一礼してくる。何となく、ユーモラスというかなんというか、生前は愛嬌のある人物だったのではないかと思う。
「ソーマ=ミナトという。よろしく頼む」
「エステルです」
こちらも挨拶をするとポールは頷き、馬車のドアを開けて中に乗るように促してくる。ソフィア、ルヴィエラと共に乗り込むと、ポールが御者席に乗り込み、馬車が動き出した。
風情のある乗り物だが、乗り心地はあまり良くないし速度も出ない……と、聞いたことがあるのだが、どういうわけか舗装されてもいない道を馬車はスムーズに、しかも割と快適な速度で進んでいく。こう、霊体的な青白いオーラが馬車を包んでいて、滑るように音もなく移動しているあたり、アンデッドとしての力を宿した馬車なのだろう。
そんな幽霊馬車にのって、俺達は月明かりの草原を進んでいくのであった。




