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第24話 喪服の女王

「あまり……アンデッドや吸血鬼を信頼するものではないわよ。あんな風に止めを刺さずに組み伏せるだなんて」

「もし仮に、ここでソフィアを斬ったとしても、不滅だっていうなら意味がないだろ。納得してもらわないと、同じことを繰り返すだけだ」

「立ち合いと言った私との約束を信じるのならそうでしょうけれど……」


 受け答えをしつつも、ソフィアは目を開かない。エルフ達を視界に入れない事で、極力意識から排除している、というのは間違いなさそうだ。多分、意識を向けると憎悪が湧き上がるから、なのだろう。


 ソフィアはかぶりを振ると言葉を続ける。


「それは、良いわ……。人違いで疑い、剣を向けてしまったことを謝罪します、ソーマ=ミナト。大変失礼な振る舞いをしてしまったわ」


 そう言ってソフィアは結晶剣を消失させると胸に手を当てて頭を下げた。


「……そうか。まあ、謝罪については受け取った」


 俺も合わせるようにブレードを収納して答えると、ソフィアは顔を上げる。


「償いをするという約束も守るわ。迷惑をかけた森人(エルフ)達にもね。この森を貴方達の住む土地だと認める。……あくまで私の国はね。周辺国の見解は知らないけれど」


 一国の見解として。そういう権限を持つような身分ということか。それは、今後もヴァルカランの亡者からこの森の中でならエルフ達は攻撃されない、といった意味で良いのだろうか。


「それから、ソーマ。断絶者なのは間違いなかったけれど、人違いだったわ。剣を向け、攻撃を仕掛けたことに、何かお詫びをしたいのだけれど」

「それなんだが……色々聞きたいこともあるし、こっちにも事情があってな。さっきの話を受けるってのはどうだろう」

「さっきの話?」


 少女は怪訝そうな表情を見せる。


「連れて行く、と言っていた話だ。こっちの自由意志でなら招待を受けたい」


 そう言うと、閉じていた目蓋を見開き、信じられないものを見るような目で見てくる。


「……貴方、正気? ヴァルカランの亡者である私の国に招待されると?」

「正気とは挨拶だな。ソフィア達は別に、憎悪に駆られていないなら理性や知性があるって話だろう。なら、憎悪を受けない俺にはアンデッドであるとか関係のない話じゃないのか?」


 思えば、最初にヴァルカランの亡者を見た時もそうだった。人攫いの男達に容赦はなかったが、シルティナ達はできることなら手にかけたくないというように見えたし、そうしなければ憎悪が収まらないのだとしても、必要以上に苦しませることのないようにと動いていたように見えたのだ。


 ならば、ただアンデッドという状態である、というだけだ。

 俺やエステルなら憎悪を向けられないのだから会話も交渉もできるはずだ。


 少女が何かを言おうとして言葉を飲み込んでか、その表情がコロコロと変化する。口を開けて何を言うか迷った後、首を横に振ってから真剣な表情になった。


「……さっきも言ったけれど、アンデッドを――化物を信用し過ぎではなくて? 私は吸血鬼で、憎悪などなくとも生者の血は食料だということを忘れてはいない? 確かに納得はさせられたし、口にした言葉を違えることはしない。けれど、最後に私の身体を破壊しなかったのは、本当に危険だったわ。もし次があったなら、迷わずそうしなさい。吸血鬼は化け物なのだし、その剣ならそれができるでしょうから」

「そういう状況なら、な」


 何というか、心配されて逆に諭されているような気もするが。


「……ソーマさんは、優しい人だもの。だからあなたの行動を見て、信用したんだと思う」


 知っている声だ。静かだが、声を張って。よく通る声だった。

 見れば集まっているエルフ達の中にシルティナがいた。


「ヴァルカランの亡者に襲われた後だって……また襲われるかも知れないのに、見ず知らずの相手を弔ってあげるような人だわ。アンデッドだからどうこうとか、そういう目で見る人じゃない……と思う」

「……」


 シルティナの言葉。ソフィアは答えない。少しの間無言で空を仰いでいたが、ほんの一瞬、その視線をちらりとシルティナの方に向けてからようやく口を開く。


「あなたの、名前は?」

「……シルティナ」

「そう。覚えておくわ、シルティナ」


そう言ってから視線をこちらに戻す。


「そう、ね。確かに。現場にいた者達から聞いた話と、状況は一致する。霧を森に送る時に、埋葬してあるところも、見た。何故そうしたのか聞いてもいいかしら?」


 霧。赤い霧か。あの襲撃場所を基点にして、何らかの方法で俺の行き先を探し出したのだろうが、その時に簡易の墓も見たわけだ。


「アンデッドがいるような世界なら、埋葬してやれば男達がそうなったりしないんじゃないかって程度の思い付きだ。そうしないとこっちの気分がすっきりしなかったって理由の方が大きいがな」

「そんなことで、死者はアンデッドにはなったりはしないし、なるような条件が揃っているのなら、簡素な埋葬では防げない。……本当に、何も知らないのね。心配になってしまうぐらい」


 ふっと、ソフィアは穏やかに口元に笑みを浮かべる。


「この後は、どうする?」

「どうするって……そうね。あなたとあなたの守護精霊を招待するわ。森人の持っている以外の情報も貴方に教えておかないと……何かあった時に寝覚めが悪い。それともあなたを召喚した人間についても知りたいし」

「そんな相手はいない。俺がこっちに来たのは偶発的な事故だ」


 答えると、ソフィアは目を閉じたままで頷く。


「そう。なら良いわ」


 憎悪を抑えるためにか、巨大な魔力を放射しているものの、表情や魔力から剣呑な気配は霧散していた。精霊ルヴィエラも傍らに寄り添うように浮かぶ。


「というわけだ。ちょっとヴァルカランまで行って来ようと思う。遅くても数日で戻る。こっちとしても少し気になる事が出来た。断絶者っていうのは俺達が探している情報に繋がる手がかりかも知れないしな」


 そうエルフ達に言うと、彼らの表情が固まって目を瞬かせていた。


「……分かったわ。気を付けて、ソーマさん」

「何というか、ヴァルカランへの招待、とはな。おまけにこの森の領有をヴァルカランに認めさせる、か。予想もしていなかったが、潜在的な脅威がなくなり、行動できる森の範囲が広がったということだ。ソーマ殿には改めて感謝しなければならないな」


 その中で、シルティナは俺を応援してくれるかのように手を胸の前で小さく握りつつもそう言って、長老のライヒルも苦笑しつつも礼を言って一礼していた。他のエルフ達はただただ驚いているような印象だったが、ライヒルの言葉を受けて、それに倣うように一礼したり敬礼したりの仕草をして続く。


「私からも良いでしょうか」

「ん、何?」


 エステルに視線を送る。


「はい。呪い、というのが気になります。後付けの何かだというのなら、呪いの効果を打ち消したり緩和したりできないか、調べてみる価値はあるのではないでしょうか?」


 というのが、エステルが呪いというのを聞いた時に考えていた事のようだ。それを調べて解析し、呪いに対抗するプログラムを組もうというわけだな。


 ヴァルカランの亡者に憎悪を向けられずに呪いを解析し対抗手段を構築できるのは、その断絶者である俺とエステルぐらいのものではないだろうか。ヴァルカランの事情も、色々聞きたい。断絶者に絡んだ情報での帰還は……まあ、ヴァルカランから得られる情報だけでは難しそうだが。


「……それが上手くいくかはともかく……本当に、変わっているわね……」


 ソフィアは俺とエステルをまじまじと見てくる。


「関係が良ければエルフ達の集落もより安全になるだろうって打算もある。ソフィアは――ヴァルカランの中でも発言力がありそうな雰囲気だし」

「ええ、まあ」


 そう言って、ソフィアはスカートの裾を摘まんで一礼する。


「改めて名乗るわ。私の名はソフィア=ヴァルカラン。正式な戴冠を済ませたわけではないけれど、ヴァルカラン王国、最後の女王……ということになっているわね」


……女王。発言力がありそうどころか、国のトップか。


「ルヴィエラ。湖の、精霊」


 赤い球体から声が響く。ああ。あの城のある湖の精霊か。


「本星第6軌道防衛艦隊の特殊部隊所属。ソーマ=ミナト少尉だ」

「その補佐を行っています、エステルと言います」


 エステルと共に改めて名を名乗り自己紹介を行う。通じるかは分からないが、肩書きと階級も名乗っておく。


 ASF部隊の部隊長ということで少尉ではあるのだが、まあ士官学校を出ているわけではないしな。戦争の中で戦功をあげたからASF部隊という小規模な特殊部隊の部隊長を任されて、結果としてそうなっているだけだ。直接の上官はラボの面々で、色々と立ち位置が特殊ではある。


「ソーマとエステルね。では、ヴァルカランの女王の名において、あなた達を客人としてヴァルカランに迎えましょう。悪意や害意を向けられない限り、私達もあなた達に危害を加えないことを、この名において約束するわ」




「それじゃあ、少し行って来る。周囲の森に人間が現れているって話もあるし、言った通りそんなに時間を置かずに数日で帰ってくるつもりではいる。これを預けておくから、何かあったらこれに話しかけてくれれば俺達にも伝わる。こっちの声も届く」


 ソフィアには集落の外で一旦待機してもらい、家で外出の準備を整えてくる。

 通信機の端末をシルティナに預けて操作方法を簡単に伝え、連絡手段を確保しておく。

 本来は艦隊や部隊の仲間と連絡を取るためのもので、こっちではその役には立たなくなっていたが、活用手段が回ってきたようだ。


「アリアとノーラも寂しがらなくて済むと思うわ」

「それは……あるかもな。二人にも操作方法を教えても構わないよ」


 ソフィアの言葉に苦笑する。いきなり出かけたとなれば二人も不満に思うかも知れないが、双方向で映像も送れるから明日からでも話ができるはずだ。当然ながらヴァルカランに出かけているともなれば不安にさせてしまうし、安否を確認することにも繋がる。


「改めて、礼を伝えておこう。ヴァルカランの者達がその気になればこの集落にやってくることもできたようだが、ソーマ殿が話を付けてくれたおかげで、森がより安全になった」

「期せずしてというところですね。まあ、ソフィア女王以外、普通はここまで来られないようですが」


 何というか、国土や緩衝地帯にも呪いが関係しているらしく、国同士のルールだとか、そういうものに行動の制限を受けているような節がある。

 率直に言えば、変わった呪いだとは思う。国民がアンデッドになったということだから、そこからしても国や民族という枠が密接に関係している呪いというのは間違いなさそうだ。


 しかし、その理屈から言うとソフィアさえその気になれば緩衝地帯に派兵する、という名目も立てられるはずで、ソフィアがエルフ達に敵意を向けるような人物であれば、そもそも集落をここに作ることはできなかっただろう。


 この集落にしたって移住してから相当な時間が経っているのだから、それだけ長い間静かに過ごしていた。だから……今までと暮らしが大きく変わるわけではないにしても、潜在的にあった危険を潰す形にはなったと言えるのだろう。


 そういうこともあってか、すぐに戻ってくるというのにライヒルとマデリエネ、シルティナ、戦士達とが揃って集落の端まで見送りに来てくれた。外にはソフィアがいるから、生者への憎悪もあって森の外までの見送りは出来ないが。


「帰りは……そうだな。精霊術が使えるのならば問題なく戻って来られるはずだ。もし幻惑の結界に引っかかるようなら、シルティナに預けた道具で連絡を取れば迎えを送る」

「ありがとうございます」

「それでは、行ってきますね」


 エステルと共に言うと、エルフ達が頷く。


「重々お気をつけて」

「いってらっしゃい」


 そんな風にマデリエネやシルティナから声を掛けられ、礼を言って返す。ハインが蔦に働きかけて扉を開き――俺達は夜の森へと出たのであった。

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