第23話 結晶剣舞
――驚いたものだ。調査から帰ってきて、家に戻って食事をとって。それから精霊術の練習をしたりエステルと話をしたりしていたら、急に轟音が響き渡った。
何事かと装備を持ち出し、音の反響から場所を特定して現場に駆け付けたが……まだ口火を切った様子もなかったからいつでも割って入れるようにしつつ、情報収集をしていたという状況だ。
探しているのは俺で、状況が動きそうだったから飛び込んで止めに入ったが……さて。
「……ソーマ殿が戦う必要はない。攻め入って来た敵に対して、我らが矛を交えずして客人を戦わせては、エルフの戦士の名折れだ」
「俺を探してここに来たって言うなら、俺が対応するのが筋だろう」
ラウリスは俺に言うが、苦笑して答える。
吸血鬼。吸血鬼だと言ったな。改めて少女を見る。黒いヴェールと黒いドレス。銀色の髪と満月を思わせる金色の瞳。凄まじい魔力を周囲に発散させている。
エステルによれば魔力絡みの各種数値が異常、だそうだ。ヴァルカランの亡者と共通する部分があるということだが……。
傍らに赤い液状の球体が浮かんでいる。エステルの分析では血……ではない。鉄分を多く含んでいるが、あれからも相当強い精霊の気配を感じるということだ。
多分、泉の精霊よりもずっと強大な精霊なのではないか、とエステルが脳内で警告してくる。
その少女はと言えば――エルフ達には目もくれず、こちらを観察しているようだった。
「……本当だわ。生者であるのに憎悪が湧いてこない。断絶者が姿を見せていたとはね。あの子達の勘違いという事も有り得るかと思ったけれど、足を運んだ甲斐があったわ」
「断絶者……?」
聞いたことのない単語に聞き返す。
「ええ。文字通り、世界から断絶されているから、私達はそう呼んでいる。勇者だなんて、間違っても呼びたくないもの。私達を突き動かす呪いは、この世界の生者への憎悪。だから世界に属していない――外から来た者に憎悪は向かないのよ」
にこりと。優雅に笑って見せるが目は笑ってはいない。
外から来た者。ああ。だからヴァルカランの亡者達はそのことに途中で気付いて自決――というよりも報告を行うための撤退を行ったわけか?
そして憎悪は向かないというその言葉や表情とは裏腹に、刺すような敵意は先程よりも強くなっている。
ヴァルカランの亡者は知識や理性を残していると言っていたか。
だとするなら、呪いを由来としたものではなく、過去に断絶者と何か因縁があって憎んでいるということか?
「それで――」
少女の手の中に、赤い輝きが生まれる。液体。血だろうか。それは手の中で伸びると、赤い結晶のような質感の剣に変化した。
「貴方は、どこの何方かしら? もしかすると、私の探している不老の断絶者なのかしら?」
「……違う、と言っても信じてはくれなさそうだな」
「ええ。態度や言葉は勿論のこと、あれは見た目も性別も魔法でいくらでも偽れるわ。だから、そうね――。私と、立ち会って貰えるかしら? 身に着けた技まで誤魔化し切れるわけではないもの」
そう言って剣を構える。
「勝敗は――関係ないんだろうな」
「ええ。確かめることが目的よ。誤解だと分かれば勝敗は関係なく謝罪もしましょう。エルフ達のこの森の全体の所有権も認めるし、あなたに対しても何か償いを考えるわ。逆に……探している者だと確信したならば、私がここで敗れても諦めるなどということは決してない。私達が滅びることはないのだから」
滅びることはない。それはここで勝って撃退したとしても一時的なもの、ということだ。呪いと関係のないところで理由があって憎悪を向けている相手がいるとして、その人物が手の届くところで何かをしている。ならば目的が何であれ潰しにかかるだろう。
「安心なさい。確信が持てるまでは命を奪うようなことはしない」
そうは言うものの、確信を持つための手段というのが、あるのだとして。誤解を解くために、それを受けるのもリスクがあるな。
「先程、ラウリスに対して『血に聞く』と言っていました。それが具体的にどういうもので、どういうリスクを伴うものなのかが分かりません。出血は避けるべきでしょう」
エステルも同じ考えなのか、俺にそう言ってくる。
「……そうだな。向こうがまるでこちらのことを信用していない。前提条件が伴えばそうするだろう」
情報を引き出すのなら自らの身の安全を確保するために、こちらの抵抗を出来なくしてからと考えるだろう。仇敵であるのなら、探している相手だと判明したら殺すなり拉致するなりするだろうし。
吸血鬼が情報を引き出す方法だというのなら……例えば吸血して篭絡する。眷属にして支配する。或いは血から色々な情報を読み取れる――そんなところが定番だろうか。それは血に聞くという言葉から受ける印象とも一致する。
エルフ達を極力傷つけないようにしていたことを考えれば、不可逆なものではないとは思うが、少女の人となりを、俺は何も知らない。平常時は傷つけないようにしていても、目的が目の前にあるなら、どこまでを許容範囲とするのかが分からない。
「ソーマ殿……」
「手出しするなよ。用があるのは俺だけのようだし、突入はしてきても、極力穏便に済ませようとしていたのは本当なんだろう。実際に血が流れていなければ、誤解が解ければいくらでも仕切り直せる。他の奴にも、そう伝えてくれ」
ラウリスに答えて、俺はバヨネットを手にする。
「シース展開」
ブン、と特徴的な音を立てて力場が生じ、ブレードが展開する。
「ルヴィエラ。聞いた通りよ。一対一の立ち合い。周囲は静観してくれるようだけれど、約束を違えるような時は頼むわね」
『分かった、わ』
少女とは違う女の声。精霊か。こっちが1対1での立ち合いという前提を破れば、精霊ルヴィエラも動くのだろう。多分、精霊からの力の引き出し方だとか、そういうものを考えるなら、こっちよりも経験や知識が豊富で、相当厄介そうだ。
「エステル。こっちも今回、支援は無しだ。後学のために分析や解析なんかは好きにしていても良いが」
「私とは関係ない部分でのナノマシンの基本機能は?」
「それは――身に付けている道具みたいなものだしな」
そこを制限するというわけにもいくまい。クロックアップは安全マージンを取った状態でなら使えるし、医療用ナノマシンも普通に機能するはずだ。エステルの攻撃予測等は使えなくなるか。
駆け付けてきたハイン達がラウリスから事情説明を受けているのが見えた。彼らも、静観は――してくれるようだな。
少なくとも、少女に納得してもらえればヴァルカランの亡者による脅威が、森全体から消えるということにはなるか。その分使える土地や資源も増えるし、アルタイルを見に行きやすくもなる。俺やエルフ達にとってもメリットがない話ではない。
「それでは、始めましょうか」
「ああ。いつでも良い。その前に、名前を聞かせてもらえるか? 俺はソーマだ。ソーマ=ミナトという」
「ソフィアよ」
互いに距離を取って剣を構える。立ち会う、と言っても、向こうが確信するだけの何かがあれば、いつでも殺し合いになるのだろう。それだけの殺意と意志を感じる。
肌を刺すような緊迫した空気。ソフィアの周囲に、小さな火花が散っている。……目に見える程の魔力、か。
次の瞬間。黒い疾風のように、ソフィアが突っ込んできた。何でもないようなモーションから、一足でとんでもない初速で間合いを縮めてくる。
身を躱せるように位置取りしつつ斬撃に斬撃を合わせる。シースで形成されたブレードは十分な出力さえあれば、さながら実体剣のような抵抗がある。形成された刃の鋭さと粒子による物理的な切断。高熱による焼失によって文字通りに焼き斬る武器だ。
前に戦った亡者の武器防具なら諸共に焼き斬れた――が。
赤い結晶剣とぶつかり合えば、火花を散らして互いの武器が弾かれた。妙な干渉を感じた。バヨネットもこの世界に来たことで影響下にあるのか。いずれにせよ互いに切断には至らず。そのまま斬撃を応酬する。
「光の剣なのに実体がある……? 高熱と光だなんて、アンデッド対策におあつらえ向きの武器ね……?」
ソフィアは目を見開きながらも笑う。
「こんなのは俺達の世界じゃ単なる護身用だ。小型の金属生命体程度なら撃退はできたがな」
そもそも、金属生命体相手に生身で対峙するだとか、そんな状況に置かれること自体が間違いだ。否応ない状況でそうしたことはあるが、何度も生身で切り抜けられるようなものではない。ブレードしたって、重要設備を破壊せずに閉所でブラスターの火力と熱量を金属生命体の外皮をぶち抜き、内部に叩き込むことができるようにという装備だが、中型以上の金属生命体はバヨネットではどうしようもない。
しかし、吸血鬼か。
馬鹿げた反射速度と身体能力だ。しかも何か武術の心得があるらしく、その身のこなしも繰り出される斬撃も、力任せのそれではなかった。
刃を振り上げ、首を狙うような軌道で間合いを詰めてきたかと思えば、身体を回転させながら一気に低く、足元を刈り取るような軌道の斬撃へと変化。
跳躍してそれを避ける。近場にあった巨木の幹を足場に軌道を変えて地面に降り立ち、迫ってくる黒衣の少女を迎え撃つ。
迫りながらも凄まじい速度で刺突による連撃を繰り出してくる。真っ向。撃ち落とすようにこちらも刺突を繰り出して切っ先をぶつけ合う。
素面でまともに相手をしていられる速度ではない。初撃を合わせた時には俺は迷わずクロックアップを行うことを選択していた。
斬撃と刺突の軌道を算出し、撃ち落とし、切り払い、逸らす。
「目的は聞かせてもらえるのか? こっちには、心当たりがない。外からやって来たってのはそうだが、この世界の事情も――ほとんど何も知らないからな!」
切り結びながら、攻防の合間に言葉を紡ぐ。
「……身体の状態に、変化はない。演技をしているのなら大したものね。私達の目的など……呪いを解く手立てを引き出すこと以外にないでしょうに……!」
呪い。それは生者を憎悪することか。不死であり、不滅であることか。国土に縛り付けられていることか。
凄まじい密度の斬撃戦。集落の中での戦い故に、射撃は使えない。使ってもこの速度と反射神経では外す可能性の方が大きい。
吸血鬼の身体能力は馬鹿げたもので、強化手術を受けてナノマシンまで入れている俺がクロックアップを行って同等といったところだ。
加えて、魔力の動きが起こると瞬発力や膂力が爆発的に高まる。魔力の動きという予備動作に加えて攻撃の軌道予測でしのぐことはできているが、その扱いという一点では、明確に少女の方に一日の長がある。
だが――。探している相手かどうか確かめ、情報を引き出すという目的があるからか、狙ってくるのは身体の末端で、あくまで殺さず、戦闘不能に追い込むことを狙っているようだ。
つまり……対話は――まだ不可能ではない。
「だったら、他にやりようもあっただろう。俺に憎悪が向かないんだったら、エルフ達のいない場所で受け答えぐらいはいくらでもしてやれる!」
切り結びながら言う。それなら、ソフィアが憎悪に駆られても集落に血が流れる心配もない。
「主導権は常にこちらが握りたい。動けなくしてから連れ去った方が確実だわ。私達は一度騙されているから、敵かも知れない相手の申し出には慎重にならざるを得ない」
ソフィアが剣を握っていない方の手を振るえば数条の赤い光が飛沫のように空に散る。散った光が、空中で刃となって結実する。赤い結晶の刃だ。
左肩。右手。左足甲。右足大腿。それぞれの部位を狙い、刺し貫くように時間差を置いて降り注いだ。地面に突き刺さると同時に結晶が周囲を凍り付かせるように広がる。当たれば傷口の周囲をあれで固められて身動きも取れなくされるのだろう。
踏み込んでいって激突。切り結ぶ中で本体から、空中から投げナイフのように形成された赤い刃が飛来する。問題ない。こういう立体的な戦闘には慣れている。
斬撃を弾きざまに身体を回転。迫る赤い刃の群れをブレードでまとめて払い、間隙を縫うように踏み込んでくる結晶剣をもう片方の手で握ったカーボンファイバーナイフで逸らす。
返す刀で光の刃を振るう。剣そのものを巻き上げるようにブレードを動かすが、少女は高く跳躍し、空中で弧を描きながら後方に飛翔する。
落下地点に向けて踏み込もうとするが、その前に空中に足場になるように赤い結晶が生まれて、その軌道が変化した。
ソフィアは鋭い牙を見せて好戦的な笑みを浮かべたまま、空中から踊りかかってくる。
受け止める。重い衝撃。砲弾のような一撃は、少女の身体から繰り出されるようなものではない。シースが一瞬揺らぐも、こちらが意志を込めれば形成し直された。
やはり、バヨネットも魔力の影響を受けているようだな、これは。
衝撃を逸らして流し、地面に降り立ったソフィアと再び斬撃を応酬する。
見惚れるような流麗な剣技と立体的に飛び交う紅の弾丸。それを下支えする吸血鬼の身体能力。そこに交えて――。
弧を描くように、下から三日月のような軌道を描く蹴り脚が跳ね上がった。脳を揺らして行動不能に追い込む一撃。末端部への攻撃に意識を集中させてからのこれだ。顎のすぐ近くを、凄まじい勢いの風圧が通り過ぎていく。
今のはぎりぎりで避けることができたが、随分とまあ、戦い慣れていることだ。
まともにやれば体力面でも生身の戦闘での経験値という意味でも不利は否めない。魔力の運用やその使い方でも向こうが上――勝ち筋があるとするならば――。
踏み込んでいく。至近に間合いを詰めて、繰り出せる技を限定させる。立体的に飛び交う血の刃は、一度はなってから時間差で飛来するものだから、間断なく攻め立てれば立体的な射撃を抑制できる。
瞬き一つの間に幾度も結晶剣とブレードをぶつけ合う。その攻防の中で――。
タイミングを合わせ、ブレードを消失させる。当然、こちらに迫る斬撃を低く掻い潜るようにして間合いより更に内側に踏み込んだ。
「な――」
切り結ぶ中で突然ブレードそのものが引っ込められるとは思っていなかったのか、ソフィアは驚きに目を見開く。
ここだ。
すれ違いざまに。組み上げたプログラムを起動させながら魔力を放出して、その場に残す。エステルはハッキングで周囲の魔力に干渉していたが、俺も簡単な装置のプログラムぐらい即席で組める。
自分で放出した魔力を直接制御するのが人間の得意とする系統の魔法ならば、俺の放出した魔力ならばプログラムに沿った動きをさせることができる。
瞬間。俺の背後で、大音響が弾けていた。仕掛けたのはソフィアの耳元の空間。スタングレネードをプログラムを組みこんだ魔力で再現した。
離れていた位置のエルフ達が耳を抑え、森から鳥が飛び立つ程の音響。
「ぐっ!?」
そう。勝ち筋があるとするなら、技術体系と知識面での違いだ。知識に裏打ちされたプログラムによって魔力を動かすことで、感知はさせてもこっちの世界の住民にとって先読みや対処のできない攻撃手段を用意できる。
あれだけの鋭敏な五感を持つ相手だ。三半規管への攻撃は一時的なものであれど、効果的だろう。
ぐらりと、ソフィアの身体が揺らぐ。その背後まで突き抜けるように通り過ぎた俺はすでに身を翻し、飛び込むように身体を屈めていた。
ソフィアがやっている、身体能力を爆発的に高める魔力の動かし方は――こう、だな?
地面を割り砕き、ソフィアに向かって地面と平行に飛ぶように迫る。迫りながらブレードを展開。それでもソフィアは結晶剣をこちらの攻撃に合わせようと動いた。
しかし、精彩を欠いている。カーボンファイバーナイフで跳ね上げ、体当たりをしながら地面に引き倒す。展開したブレードを首筋に突きつけるようにして、ソフィアの身体を上から抑える。
言葉は、ない。ソフィアは驚いたように目を見開き、首元に刃を突きつけられながらも真っ直ぐにこちらを見ていた。
しばらく見つめ合っていたが、ソフィアは不意に目を閉じる。
「……見様見真似かしら。随分とまあ、無茶な身体強化をするものね」
「そうだな。真似させてもらった」
「吸血鬼ならあれでもいいけれど、その足、今のでへし折れていてもおかしくはなかったわよ」
「練習と加減が必要だとは思ったよ」
地面を蹴り込んだ足に鈍痛があった。まあ、ナノマシンの修復は働くだろうが。
「けれど、人違いということに……納得はしたわ。奴ならば、こんな魔力の使い方はしない。その前の……炸裂した空気も知らない術だったけれど、放出までの工程から見て、違うわね」
「剣の使い方だとか、そういうものでは判定できなかったのか?」
「奴とは前に遭遇してから、時間が経っている。剣を使っているのは見たことがなかったし、遭遇していない間に武術を身に付けていたら判別はできないわね」
……そうか。こっちの魔力の使い方の習熟度から、違うと判断したか。
それに、今の決着についても。俺がソフィアにとっての敵であるならば、片足を潰してまで止めを刺さず、ただ負けを認めさせるような戦い方もしないだろうしな。
納得はしてもらえたようだ。その身体から離れると、ソフィアも僅かに遅れて、周囲に憎悪を向けないためにか、目を閉じたままで立ち上がるのであった。




