第20話 エステル顕現
狩猟に出てから更に数日が経っていた。俺とエステルは今まで通り精霊術をシルティナから学びつつ、訓練や狩猟、罠設置に参加したり、集落内の収穫を手伝ったり、森の罠を作る手伝いをしたりと言った日々を過ごしていた。
森の罠についてはブービートラップという奴だ。エステルが収集していた歴史的なデータの中にあった、落とし穴であるとかバンブーウィップと呼ばれる古典的な奴である。
バンブーウィップは竹のように弾力性に富んだ植物を撓ませておき、罠に気付かずに糸を切ると猛烈な勢いで撓んだ植物が元に戻って打ち据える、というようなもの。
落とし穴ならば穴の底に尖った槍を仕込むだとか、ウィップなら先端にスパイクを付けることで殺傷力を上げることができる。警告や捕縛が目的なので今回はそこまで凶悪な作りにはしていない。殺傷してしまうとやられた方も後に引けなくなる場合があるからだ。
それよりは捕獲して結界をすり抜けている方法や目的を引き出し、対策を考える方が良い。
他にもエルフ達の暮らしの流れを知っておくために、集落内の仕事も見学させてもらった。例えば集落内でパンに加工する木の実を採集する仕事だとか裁縫の仕事。それに集落内の家畜や植物の世話などもそうだ。
エルフ達は精霊に働きかけて植物の生育を促進したり、性質を変化させたりできる。精霊術の中でも特に植物に影響を与える術は豊富であるらしい。これによりツリーハウスを作ったり、集落を覆う蔦の壁を作ったりしているわけだ。
衣服も同様。植物の繊維から服を作り、望みの色を木の実に付けて、様々な色の染料を作り出して服を染める。
そういった仕事を見学させてもらい、職人技が必要なところ以外は手伝ったりして、仕事の流れ、エルフ達の生活がどんな風に成り立っているのかを見せてもらった。
精霊術の方はと言えば、しっかりと進歩があった。一先ずの目標としてとしていた術――翻訳の術に成功したのだ。
これによりエステルが精霊達とも話ができるようになった。
「色々精霊さん達から情報を得ていきましょう。精霊にできることは私にもできることもかも知れませんし」
エステルはかなり張り切っている様子で、俺の見学中も小さな精霊達を周囲に集め、色々と交信しているようだった。交信。そう。会話ではなく交信だ。
データをやり取りするように光のラインが伸びれば、精霊達が明滅するように反応し、エステルはなるほどなるほど、とリアクションを取る。
精霊達は元々、言葉を使わなくても意思を示すことができる。翻訳の術さえあれば、どのような伝達手段でもいいのだからエステルが信号のような方法で情報伝達を行うのも自由だった。
どんな会話が成されているかは不明だ。ただ、どうしても修得して俺にお披露目したい技が見つかったらしく、その方法を勉強しているのだと、そう説明してくれた。
そうして――更に数日も経つと、俺に勉強の成果をお披露目する時がやって来たのだ。
「マスター、先日から精霊達から学んでいた技なのですが――ようやく修得できました……!」
家のリビングで、向こうの世界から持ち込んだデータ類を整理していた俺に、エステルがそんなことを言った。
「ああ。俺に見せたいって言ってた奴か?」
「そうです。泉の精霊は集落でも力を持っている精霊なのですが、彼女にも色々お話を聞かせて頂きまして。やっと形になったというわけです。他の方の安定した因子の操作をみて、ようやく理解できました」
念願かなったということなのか、エステルはにこにこしていてい中々テンションが高い。術というよりは技と言っていたが、なんだろうな。そんなにテンションを上げるような大技なのだろうか。
「というわけで、これからマスターにお披露目と行きたいのですが、お時間大丈夫ですか?」
「ああ。構わないぞ。端末のデータを覗いていただけだからな」
部隊の仲間の写真データや音声データだとか、向こう側にいる時に集めた音楽データなどのプライベートなものだとか。そういったものが端末のストレージの個人用フォルダに入っていた。エルフの集落は娯楽が少ないが、そういったものがあれば俺としても時間が余っていても問題はない。
ここのところエステルが精霊技の習得に注力していたようなので、気兼ねなく集中してもらおうとストレージ内を覗いていたが、そうしたデータも弄らなくて済むようだ。
エステルは立ち上がるとスカートの裾を摘まんで優雅に一礼する。
「では――行きますよ」
その言葉と同時に。エステルの力が、活性化しているのが分かった。一心同体でもあるから、そういうものは伝わってくる。高まっていく力が、内側から外側へと離れていくような感覚。一瞬の間を置いて、エステルの身体が光を放つ。
それも、僅かな間だけのことだ。光が収まると同時に、エステルの身体が、一瞬ふわりと浮き上がったようにも見えた。
「ああ……成功です」
俺自身の感じているものに変化はない。エステルは依然として俺の内側にいるのを感じる。が、エステルがこちらに歩みを進めてくる。床を歩く、コツコツという音。俺の頬を覆うように伸ばしてくる手。それがふわりと、俺に触れた。
「これで……安定させて実体化できるようになった、と思います」
そう言って、エステルは本当に嬉しそうににこりとした微笑みを浮かべた。
「……ずっとそうしたいって言ってたもんな」
「はい。精霊の場合は、顕現、というらしいですよ」
エステルは目を細めながらも、俺の頬や髪に触れて撫でていた。
何と……言えば良いのか。少し気恥ずかしくはあるが、止める気も起きなかった。エステルにとっては、長年望んでいたことでもあるから、だろうか。彼女にとって、そうやって触れ合えることが、とても大切なものであるように感じられたのだ。
色々な感覚が伝わってくる。エステルの指先の細さであるとか、体温や手から伝わってくる僅かな力であるとか。確かにエステルが実体となってすぐ近くにいるという、存在感のようなものだ。
実体化は既に2回ほど短時間ながら成功させていたけれど、こうやってエステルと接すると少し感慨深くなる。ずっと昔から知っていた。だというのに触れ合うことはないと思っていた。一緒に育ってきた、家族のような相手であったから。
「ああ、何と言いますか。自分の身体があると、色々と感じ方も違うものですね」
「そうだな。前も言ったけど、身体が無かったら、身体の部位から帰ってくる反応もないだろうし」
心臓が無ければ鼓動が速くなった時の感覚だって実感として持てないだろう。知識として知っていることとはまた別だ。
「触れるものが、こんなんで悪いな。大した手触りでもないだろう」
こう、髪の間に指を通して、撫でられているが、長いこと戦っていた兵士の髪質なんて推して知るべしだ。
「いいえ。戦いを潜り抜けてきた証のようなものです。私は好きですよ」
エステルは微笑んでそんな風に言った。……エステルが良いというなら良いが。こう……撫でられながらストレートに言われると……その、何というか返答に困るな。まあ、嬉しそうだから良いか。
やがて、エステルは満足したのか大きく頷いてから手を離した。
「堪能させてもらいました」
「そりゃ何よりだ」
そう答えつつ、肉体を得たエステルを改めて見る。
実物となったエステルの姿は、モニター越しに見るアバターや立体映像と変わらず。しかし本当にそこにいるエステルは立体映像の時よりも、当たり前だが、細やかな存在感を以ってそこにいる。
つややかで美しい髪。長い睫毛の一本一本から、瑞々しい唇。皮膚の肌理の細やかさに至るまで見て取ることができる。最初期のアバターを作ったのは俺だが、何度かバージョンを更新していて、エステル自身の手が加えられている。完全に俺が作ったアバターとは言えないからか、見惚れてしまうような美少女という評価が正しい、のだろう。俺からしたら家族のような存在ではあるけれど。
ん……そうだな。身体に不慣れで、現状まだまだ子供みたいなものではあるか。その辺は先達として、しっかり見守ってやらないと。
「ああ。そうだ。もしかすると身体的反応や緊張で、いざって時に委縮して動けなかったりだとか、そういう心配もあるかも知れない。非常時にそんなことが起こらないようにゆっくり慣れていくといい」
「確かに……。肉体があるとそういう心配もありますね。継続的な実体化……顕現というのは初めてですが、身体的な反応は通常の肉体のそれに準じているようです」
「呼吸もしているし、体温もあるもんな。心臓が動いていて、血も流れているのかな?」
「はい。鼓動もありますよ。マスターも確かめ……あ」
そう言って心臓のあたりに手をやってから、エステルは失言だったと気付いたのか、表情が固まる。あー……うん。
「脈……! そう、脈拍をですね……!」
少し顔を赤らめてと手首を振っていた。そんな姿に苦笑してしまう。身体を得るのは初めてだから、そういう羞恥といった感覚も初めてなのだろう。
「分かっているよ。しかし、精霊が魔力でそれだけのことができるというのは、驚きではあるかな」
そういうと、エステルは気を取り直すように咳払いをしてから表情を元に戻す。
「他の精霊達が顕現した場合の身体は、多分普通の人体とは違うものになる、と思いますよ。彼らは私程人体を熟知していないと思いますし、精霊としての性質に合わせたものになるのではないでしょうか」
「なるほどな。袖のあたりにホログラフィックなバイナリーデータがエフェクトみたいに浮かんで流れているのは、エステルの精霊としての特性なのか?」
「いえ。これはただの飾りです。電脳っぽくて格好いいじゃないですか? 本当に人間と変わらない肉体になれても、マスターに組み上げてもらった自分のルーツは残したいので」
……とのことである。こう、人工知能としての矜持を感じる部分だな。
「顕現した身体の扱いってどうなってるんだ?」
「出したり消したりは自由ですね。本体がマスターと一緒にいるというのは変わりませんから。脳と感覚系器官が離れているというのは普通のことですし、私の目や手、皮膚がここに作られて感覚的なものが本体とリンクしている……という風に見て頂ければ」
大して負担でもないので、慣れるという意味でも普段はなるべくこの姿で過ごしたいと思います、とエステルは嬉しそうな様子だ。実体の安定化は念願であったようだしな。
一方で顕現はある程度の精霊にはみんなできることであって、エステル独自のものではない、ということだ。だから、エステルの精霊としての性質、特性のようなものは未だ不明である。電脳、電子、情報体。そういう成り立ちのエステルはどういう精霊になって何の力を持っているのか。その辺も調べていかなければならない。
エステルはこうやって顕現できたが、方舟が誘爆した際の高エネルギーとか、それを利用して帰還することができないかだとか、そっちの方の研究は全然進んでいない。これは別にさぼっているというわけではなく、情報が少なすぎてとっかかりがないからだ。類似のエネルギーをどこかで見つけられればいいのだが、それにしたってアルタイルの高性能なセンサーがなければ分析しようがない。
アルタイルの修復に使っているナノマシンにしたって、修復の必要がなければ分析や解析に回せるものだ。だから、いずれにしても修復が終わらなければ解析能力を十全に使えない。
ある程度安全に動かせるようになるまで修復が進んだらアルタイルを使って遠出し、更に完全修復に必要な原材料を集める。そういう方向で考えてはいる。
まあ、それはともかくとして。
「それじゃ、身体が安定したのなら食事でもしてみるか?」
「良いですね。顕現している間は普通に食べたり飲んだりもできるそうですし。一緒に料理をしましょう」
俺の提案に、エステルは嬉しそうに頷いた。
元々戦争が終わったら俺に料理を食べさせたいとか言いながら自動調理器にかけるレシピなどを探していたエステルである。
一緒に食材を切り、精霊術で願いを込めてこちらから魔力を渡してやるとエステルはにっこり笑って俺の意を察し、竈に指先を伸ばす。光のラインが空間に伸び、竈の薪に火が点く。
精霊術経由でエステルに頼むのも、それを受けてハッキングで火を点けるのも、エルフの集落に来てから得られた技術や知識による成果だ。エステルのハッキング応用技術が精霊の力かどうかは何とも言えないが、こっちの頼んだことはきっちりできている。
手分けして食材を切り、鍋の中で炒め、キノコやその胞子、山菜、鳥肉と共にスープを作っていく。
レシピや分量はエステルが計測してくれた。
「私の計算によると、完璧な配分……のはずです。まあ、私は具体的な味という感覚を未だ知らないので他のレシピを参考にしただけなのですが」
とのことである。その言い分にはそこはかとなく不安も付き纏うが、分量や手順を間違えなければ問題ないはずで、その辺はエステルの得意分野のはずだ。
「失敗したらしたで、それもいい経験だしな」
「はい。こうやってマスターと一緒に料理できるだけで楽しいですよ、私は」
そう言って屈託なくエステルは笑う。
そうやって作ったパンと鳥肉とキノコのスープは、エルフ達の料理レシピで作ったものである。
その出来映えは……中々のものだ。ファンゴスだけでなく、森で採れるキノコを何種類か入れており、鳥肉、ファンゴスの胞子と山菜の甘味がさらに複雑で豊かな風味に仕上げてくれている。
エステルにとってはどうかと言えば。
「……これは……」
と、スプーンでスープを口に運ぶなり、エステルは天を仰ぐようにして固まる。
「ああ……。これが、美味しい……という感覚でしょうか。何と言いますか……衝撃的です」
「なら良かった。エステルは……反応が素直だな」
「素直にもなりますよ。何分、味覚は初めての感覚ですから。人が食の探求に時間と労力に費やした理由がわかりますね」
壮大な過去の歴史に思いを馳せるエステルだ。色んな事を知識として溜め込んでいるが、ある意味俺やエルフ達より世間ずれしていないのかも知れない。
「肉体と、それに伴う感覚。付随して動いてしまう感情……。外からの刺激がこちらの予想を超えてくる……。人が時に非合理な行動をしてしまう気持ちというのも、こういう感覚を知ってしまうと少し理解が進んだような気がします。第8世代の人工知能も肉体を持っていれば、きっと人類に対する考え方だって違ったんだと思いますよ」
「何だか、食事一つから壮大な話になってきたな。でもまあ、確かにそうか」
「はい。知識の上だけでなく、実際に体験してみないと……理解というのは、半分にも届かないのだと、そう思います」
そうだな……。俺としても帰れなくなってしまってはいるが、こうやってエステルが活き活きとしながら成長していっている姿を見られるのは、嬉しいものだ。色々な体験をして成長していって欲しいと、そう思う。




