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第2話 異界の空より墜ちる

 白い世界の中で、音もなく。

 時折前方から後方へと奔る青や緑、無数の光のラインの只中にいた。


 意識が途切れていた。頭痛と眩暈が酷い。連戦で何度もクロックアップをしていたから、そのせいだろう。


「何が、どうなっている、エステル」

『気が付かれたのですね、マスター。詳しいことは分析中ではあるのですが……一瞬のことだったので情報が不足しています。分かっていることとしては転移を行った場所の近くに、炉か何かの設備があったようです。誘爆によって高エネルギーが放出され、転移に大きな影響が生じました』


 余剰のエネルギーによって、自分達は漂流しているような状態ですと、そうエステルは言った。


「転移中の漂流……。出現予測座標は?」

『不明です。ただ――』

「ただ?」

『これも分析中であり、起きている現象からの仮説なのですが、私達は現在進行形で、異なる物理法則による影響を受けつつあります』


 エステルが予想もしていなかったことを言った。というか理解が及ばない。


「なんだそれは?」

『……要するに、ワープの際に妙な後押しのされ方をして、次元の壁を超えてしまったのでしょう。別世界の法則が適用されつつある、ということですね。マスター。お身体に何か、おかしな感覚はありませんか?』


 問われて、自分の身体の調子を注意深く観察する。クロックアップや戦闘機動で体中痛みが走っていたが、それは戦闘後にはよくあることだ。それらを除いた、未知の感覚があるのか、鈍った思考の中で探す。


「……そう言えば。微弱な電流をあちこち流されている、ような」

『私も、何か未知のエネルギーを感知しています。この謎のエネルギーや物理法則は……とりあえず因子とでも呼んでおきましょうか』


 因子ねえ……。身体にあった未知の違和感を意識したのも束の間、次第に馴染むように消えていく。消えたというか、慣れてきたというか。厳然としてそこに何かあるというのは分かるのだが。


「死ぬような変化ではないみたいだから、そこは安心だが」

『はい。マスターの生命維持も、私の思考回路も正常です。個人的な感覚だと機能的なバージョンアップを受けているのに近いでしょうか』

「お前の主観的な感覚までは流石に分からないな……」


 エステルの冗談めかした口調に少し苦笑して答える。


 そのまま光の奔る空間を眺めて、少し息をつく。


「しかしまあ、マザーを倒したっていうのに勝利の余韻に浸る暇も、仲間達のことを悼む暇もなし、か」

『そうですね……。マークさんやイクスさん……第6艦隊の皆さんも……』

「だが、あいつらのお陰だ。あいつらが道を拓いてくれたから、俺達は勝てた。みんなで、勝ったんだ」


 どこに向かっているのか。この空間から出られるのか。その結果が残念なものだったとしても、勝ちは勝ちだ。こんなことになってしまっているが、ここで終わりなのだとしても悔いは、ない。皆で勝ち取ったものに満足している。守るべきものを守り、あいつらを叩き潰すことができたのだから。


『本当に……そうですね。少なくともキャロルさんは脱出できたと思いますし、他の生き残りも無事のはずです』

「ああ」


 中枢部から任務をやり遂げ、離脱しながらの再チャージでぎりぎり転移に移れた。それを考えれば、先んじて離脱に動けたであろう他の仲間達が脱出できていないはずはない。そう信じたい。


『マスター。ワープアウトの兆候を感知しました』

「随分と長かったな」

『はい。ですが、出現先は未知の座標です。お気をつけて』

「分かっている」


 真っ白な光。その幕を突き抜けるように、アルタイルは通常空間へとワープアウトする。


「これは――」


 アルタイルが重力に引かれて大きく機体が揺らぐ。俺達が現れた先には青い空が広がっていた。眼下に地上が見える。緑の広がる自然豊かな大地。


『調整します』


 すぐさまエステルがブースターの出力バランス調整を行った。

 アルタイルはそれなりの重力下でも動けるが――今は万全とは程遠い。リミッター解除の影響とメインブースター、片翼の破損に加え、爆発に巻き込まれかけてサブブースターのいくつかも故障している。要するに、かなり推力が下がっている。


「出力の低下で高度が維持できない。今の内に着陸させることを考えよう」

『分かりました。飛行可能な範囲内で、適した地形を探して誘導します』


 エステルのナビゲートに従い、指し示した方向に向かって飛ぶ。アルタイルも限界が近い。本当に、頑張ってよく戦ってくれた。

 だから……あと少しだけ、頑張ってくれ。


『母星と大気の組成、温度や湿度が酷似していますね。スーツ無しでの呼吸が可能かと思われます』

「生命居住可能領域の星に出現したってのか……」


 どんな可能性だ……。

 だが――美しい光景だった。空気が澄んでいて遠くまで見通すことができる。

 白い雲と抜けるような青い空。明るい陽射しの注ぐ森と草原。光を反射してキラキラと輝く大きな湖。

眼下に広がるその光景に、目を奪われてしまう。母星は環境汚染が深刻だ。これほどまでに空気が澄んでいる光景を、俺は画像や映像だとか仮想空間ぐらいでしか見たことがない。

人類が宇宙へ進出する時代よりももっと前の時代。その頃ならば母星にもこのような光景が当たり前に広がっていたとは言うが。


『綺麗な星ですね……』

「ああ。汚染が進んでいないんだろうな」

『それに、人工物も確認できます。文明を持つ知的生物のいる星ということなのでしょう』

「会話や交渉ができることを祈っておこう。案外どこかの植民惑星――だと良いんだがな」

『該当するような建築様式はデータにありませんね……残念ですが』


 湖のあたりに……人工物が見えるが、あれは随分と古く朽ち果てている。水没した遺跡……だろうか。それにもっと離れたところにはどこかに続いているであろう道らしきものが見える。

なら、道を辿っていけばどこかには出られるんだろう。


 地上が段々と近付いてくる。ブースターを噴射して姿勢を制御しつつ、着陸態勢に入る。エステルが着陸地点に指定したのは草原や湖近くの森だ。森の中に少しだけ開けた場所を見つけ、そこに着陸させることで周囲から発見されにくくしようという考えなのだろう。


 戦闘機に似た高速機動形態から脚部を展開させる。二足歩行可能な白兵戦形態へと移行しながらも、ゆっくりとアルタイルを木々の間に降ろした。


 周囲に敵性反応がないことを確認してから戦闘モードを終了させると、いくつもの警告がサブモニターを埋め尽くすように表示された。……まあ、そうなるよな。

 大分無茶をさせた。残弾もほぼ残っておらず、エンジン回りの出力が不安定になっていて、アクチュエーターやフレームにも影響が出ている。被弾したメインブースターもだが、周辺の構造や装甲回りも結構酷いことになっていそうだ。

 無事なのは内部処理を行うコンピューターだけ……と言いたいところだが、何かこっちの世界にやって来た時に不明なシステムアップデート処理があったらしく、その排除も失敗したということらしい。その影響は不明。要するにハードもソフトもガタガタだ。


「随分無茶をさせたな」


 サブモニターに軽く触れて撫でる。


『ですが、こうやってマスターと共に生き残ることができました。あなたが頑張ってくれたからでもありますよ、アルタイル』


 エステルと共にねぎらいの言葉を口にする。アルタイルはこれと言った反応は示さない。


 俺はエステルを介してアルタイルとも繋がれるし、アルタイルも機体内部に俺やエステルが支配権を持つナノマシンを保有しているが、アルタイル自体はパーソナリティーを持たない。


 それでも戦争が始まる前から宇宙を共に飛び続け、長年に渡って戦争を戦い抜いた相棒だ。単なる兵器という以上には思い入れもあった。

 しかし、ここからどうしたものか。

 モニターに映る空を見上げる。知らない星。どことも知らない場所。見知らぬ星でも空は空だ。どこまでも高く、美しい青空がそこには広がっていた。

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