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第19話 黒衣の少女

 ――それは夢すらも見ないような、真っ暗で深い深い眠りだった。


 暗黒の淵。暗い泥濘に沈むような意識の断絶。彼女はそこに、ただただ身を委ねていた。

 前に起きていたのはいつだったか。年に数回、起こされることはある。定期的なもので、現状の確認をするためであり、何か起こった時に指示を出すためのものであった。

 その暗い眠りの中から、彼女の意識が急速に浮上している。少女は眠りの中で、そのことに気付く。

目覚めに向かっているから、思考することができている。何かしらの思考が巡るということ自体が、自分を呼び起こす者がいるということだ。


 何か報告すべきことがあったのか。それとも単なる定期的な目覚めと通常の報告か。


 普段は起こされたとしても何もなかったという報告を受けるだけだ。

 時折国土への侵入者はいる。大抵は散発的なもの、偶発的なもので、低位の者達に襲われて逃げるか全滅するかのいずれかだ。それは一々彼女を目覚めさせて報告するに値しない。起きている者達で対処できてしまうことだから。


 では、今回はどうなのか。どのような理由で目覚めさせられるのか。どれぐらい自分が眠っていたのか。わからない。わからないままに彼女は目を覚ました。寝床から身体を出した彼女は、額に手をやって嘆息する。


「……最低の目覚めね。相変わらず」


 呼び起こすために使われた血は魔物のそれなのだろう。例え上質な魔物のものであっても気分が悪く、およそ目覚めさせるための手段としては最低の部類ではある。


 だが、それでいい。それを望んでいる。


 身だしなみを整えて黒衣――喪服に身を包み、彼女は地下祭壇を後にする。螺旋状に続く石の階段を昇り、広々とした回廊を進んで扉を開き、広々とした部屋に出た。


 部屋の中央に石の円卓。そこに居並ぶ複数の人影があった。フードを目深に被った者。騎士甲冑に身を包んだ者。共通しているのはその顔を見て取ることができない、ということだ。


 広間にいる者達の中で顔が分かるのは唯一、広間に姿を見せた喪服の少女、ただ一人である。

 もっとも……その少女も薄い黒いヴェールを下ろしていて、それが透けているから顔立ちが見て取れる、という程度のものだ。

 それでもヴェールの下にある少女の顔は、ぞっとするほどの怜悧であるというのは判別できる。銀色の髪が広間に差し込む月明かりの下で煌めくように揺れた。


 少女の纏っているのは黒いヴェールと黒いドレス。喪服という随分と特異な出で立ちだ。そんな少女は堂々と歩みを進め、円卓の上座に腰を下ろす。居並ぶ者達の視線が彼女に向けられた。


「ご気分はいかがですかな?」

「知っていて聞いているのでしょう? 良くはないわね」


 フードを目深に被った男からしわがれた声で問われ、少女は苦笑して応じた。円卓に居並ぶ者達もその返答に僅かに肩を震わせる。

 少女はその反応を気にした様子もなく、自分を目覚めさせた理由を尋ねる。


「それで。何の理由で起こしたのかしら? こんな顔触れが集まっているところを見ると、定期の報告というわけではなさそうだけれど」

「そうですな。あの者らに繋がる手がかりが現れた……やも知れませぬ」


 フードの男のその言葉に、少女の動きがぴたりと止まり、纏う雰囲気が変わる。どこか弛緩していたような空気が、一瞬にして緊張感のある張り詰めたものになっていた。

黒い紫電のような魔力がぴりぴりと少女の周辺に散る。


「……詳しく聞かせてもらえるかしら?」

「緩衝地帯で民らが遭遇しました。我らの呪いに由縁のない、断絶者です」


 遭遇した、という状況を伝え聞いた少女は無言で話を聞いていたが、その表情から険しい色が消えることはない。


「そう……。断絶者であるのは間違いない。けれど、その話だけでは何とも言えないわね。その武器は、私達への対策というのは十分に考えられるけれど」

「そうですな。それだけで断定することはできますまい」

「しかし……確認しないわけには参りませんな」

「ええ。そうね。私達には目的が必要だもの。私達の手の届く場所に現れた――かも知れない。それだけで動く理由に足るわ」


 静かに少女は騎士の言葉を肯定する。


「だとしたら、今更何故姿を見せたのか。森人らを助けるように動いていたということですが」

「森人……ね。確か、昔あの近辺の森に追われて移住してきた……のだったかしら?」


 少女が問うと、騎士が首肯する。


「確認されたわけではありませんが、森の奥に住んでいるようですな」

「そう……。森人達から話を聞かせてもらわなければならないわね」


 少女は思案する。森人達の様子については報告を受けている。彼らは無闇に自分達に近付くようなことはしない。そして、話を聞こうとしても外に出てくることはないだろう。つまりは、こちら側から接触する必要がある。

 手段を問わず可能かどうか。それを考える。森人は閉鎖的で他種族との関係も良くはなさそうだと聞いている。ならば、情報を聞き出すこと自体は難しくないのではないか。因縁を吹っ掛けるような形になったとしても、交渉の材料はある。接触さえできれば、情報は得られると少女は見積もっていた。


 空振りであった場合はどうか。本命のそれではなかったとしても、それが断絶者であるというのなら前に進むための情報は得られるかも知れない。


「……こういう論理は好きではないし、節度を守っている者達相手では本当に気が進まないのだけれど……あの森はどの国の土地でもないわね?」


 確認を取るような口調。少女がしようとしていることを察して、彼らは答える。


「はい。少なくとも我らはどこの勢力の領有も確認しておりませんでしたし、我々の支配が及んでいる土地でもありません。森人との国交もない、となれば……」

「一時ならば戦場の延長と見なし、立ち入ることもできるでしょうな」


 嫌いな論理だ、と少女は自嘲するように家臣達の言葉に笑う。それでも前に進まねばならない。その理屈そのものが森人との交渉のための材料にもなるのだし。要は、犠牲を出さなければ良い。


「しかし……姫様、一つ問題が」

「何かしら?」

「森人共は精霊の力で集落の周りに幻惑の結界を貼ると聞きました。となると、捜索は難航しそうですぞ」

「精霊……。ならば、私にとっては然程の障害足り得ないわ」


 少女が言うと、居並ぶ者達がぴくりと反応する。確かに、目の前の少女ならば精霊由来の結界ならば問題にはならないだろう。彼女もまた、精霊との契約を結んだ者だ。全てが歪んでしまっていても、契約は今も尚健在であり、精霊もまた少女を信頼している。


「姫様と精霊様が自ら赴かれると?」

「そうね。民にはどちらにせよ任せられない。彼らのことは大切だし人となりも知っているけれど、それと呪いに抗えるか。交渉ができるかは別の話でしょう?」

「そう、ですな。我らでも、交渉となると難しいでしょう」

「そういうことよ。だから、森人の捜索は単身で十分だわ。寧ろ、貴方達は邪魔になる。多少の時間はかかるかも知れないけれど、問題はないわ。貴方達は、私の渇きを癒すために適当な魔物でも捕まえておいて。味はどちらにしても最低だけれど、精々、上等な魔物をね。少しは味もマシだから」


 そう言って少女は立ち上がる。即断即決。話が決まった以上はすぐに動くことにしたようだ。


「仰せのままに」

「ご武運を」

「今回は戦いに行くわけではないけれどね。けれど……」


 少女は言う。熱に浮かされたような、情熱すら感じる声で。


「けれどもし、森人のところで奴を見つけることができればそうなるかしら。そうなったら……ええ。とても素晴らしいことよね」


 家臣達は立ち上がり、敬礼を以って少女の姿を見送る。少女はヴェールの下で獰猛に笑うと、こつこつと靴音を響かせて議場を後にした。


「光の槍を扱う断絶者、か。さて。どうなることやら」


 議場に残された騎士の呟きは誰に届くこともなく、静かに議場に響いたのであった。

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― 新着の感想 ―
関わりがあったら驚きだなぁ……
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